マミ⑧
マミは微動だにしなかった。
もう言われる覚悟はしてたんだろう。
マミは悟ったかのようにこう言った。
「正直これ以上いくらになっても未収間に合わない。けどゲンキに新人王になってほしい。未収こぼしても良いなら全部ゲンキに任せる」
全て俺の一存に委ねられた。
冷静なマミの顔を見てふと我に返った。
なんだこの状況。
客の会計を俺が決めるのか…
どういうことだ。
ホストという職業としての異常性をちゃんと認識した。
だがすぐに新人王の3文字が頭をよぎった。
店のあらゆる所にも新人王のポスターが貼ってあるため雑念を消すのは難しくなかった。
「わかった。ドン・ペリいこう!」
俺も腹をくくった。
シャンパンコールが始まり、俺もテンションが上がっていた。
「俺が新人王じゃーーー!!!」
周りのボルテージも上がっていた。
すべての事情を知ってるカナデさんは淡々としていた気がした。
コールが終わり俺はマミに言った。
「本当にありがとう。新人王取れる気しかしない!取れなかったとしてもすごく感謝してる!」
嘘だった。
新人王とれなかったらなんも意味がない。
新人王とれなかったらなんのためのドン・ペリだ。
なんのためのマイナスだ。
ただそんなことをマミに言っても仕方がなかった。
新人王の月が終わった。
長い長い1ヶ月だった。
月初めのミーティングで発表される予定だった。
営業前に全従業員が集められ、社長の口から発表される。
最初に業務連絡などをいつも通り言った後、新人王という単語が出てきた。
新人王かどうかだけが大切なので
2位、3位の発表はなかった。
「今回の新人王は…キラ!おめでとう!」
俺は新人王になれなかった。
キラは拍手の渦の中にいた。
俺は負けた。
後から聞いたが俺は3位のままだった。
結局1位のキラとの差額は40万円程あり、ドン・ペリニヨンがどうかとか関係なかった。
俺は負けた。
それ以来気の抜けた俺がいた。
マミはドン・ペリをおろして以来、店にこなかった。
15日になり、マミから未収の入金もなく、給料日を迎えた。
給料日にはマイナス4000円の記載があった。
毎日出勤、遅刻なし、早退なしでマイナスだった。
覚悟をしていたものの俺は何をしているんだろうという嫌悪感に襲われた。
マミからも連絡が返ってこない。
今月の売上は散々だった。
自分の実力のなさを痛感した。
新人王の月から3か月後。
マミが未収額33万2600円全てを茶封筒に入れて持ってきた。
俺はなんて声を掛ければよかったかわからなかった。
「ゲンキごめんね。未収返すまで連絡も返さないようにしてたの。」
「そか。いやこちらこそ」
俺は小さく言った。
「今までありがとう」
そう言い残してマミは帰った。
それ以来マミに会うことはなかった。




