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007:テストその①

 夜の砂漠は涼しい。

 昼間の熱気が嘘のように。

 明るい満月の下、地平線まで続く砂丘は白と影の縞模様(マーブル)に染め分けられていた。


 昼間に晶斗が倒れていた場所は岩の陰になっていて見えない。


「入口はここよ。マーキングしておいたの」


 ユニスが砂上1メートルくらいの空中を指さしたら、晶斗はキョロキョロした。


「地面に印も、目印の旗もない。ということは、動物が小便とかで縄張りの印をつけるやつみたいなもんか?」


 生真面目な顔で言われたので、ユニスは砂地で()けかけた。


「そっちのマーキングと同じにしないでよッ。他のシェイナーには()えないようにしてあるだけだから。わかってるくせに」


「まーな。ちょっと感心しただけだ」


 晶斗は、意地悪い笑みで返してきた。


 未固定遺跡の入り口は、固定化されるまでは不可視だ。センサーで位置を特定するか、透視や感知能力のあるシェイナーにしか感知できない。

 遺跡を固定化する手順はいくつかある。

 固定化に成功すれば遺跡の入り口は『門』となり、地面や岩壁に円や四角、三角形など、幾何学的な形でひらく。


「それにしても、よくひとりで未固定遺跡へ入ったな。空間が不安定だから魔物がウヨウヨしてたろ?」


「いーえ、ぜんぜん。シェイナーが入れば魔物が出ないというのは本当みたいよ」


「絶対に出ないというわけじゃないんだがな」


 晶斗は口角を上げた。ちょっと意地悪ッぽい笑みだ。ユニスが嘘を吐いていないのはわかっているが、遺跡探索の経験は浅いと思ってる。


「ほんとうよ。今までほとんど魔物を見たことはないの」


 シェイナーはその身に備わるシェインで、自分の周りの空間を常に整えている。

 ユニスもそうだ。


 シャールーン民族にはシェイナーが多く生まれる。

 古代では神々のごとき力を振るうシェイナーも存在した。シャールーン民族がルーンゴースト大陸最初の帝国を築けた理由だ。すべてのシャールーン人が必ずシェイナーの才を発現するわけではないが、他民族に比べればシェイナーになれる資質を備えているのは間違いない。


 その血も、帝国創世期から数万年を経て薄れたと言われている。が、まれに市井にもユニスのような傑出したシェイナーが出現するのだ。


 前へ突き出した両手の周りで空気が揺らぎ、景色が歪んだ。

 ユニスの両手を中心にして、空中に生じた波紋。


 それが、グン!、と上下に伸びた。


 ユニスよりも大きな楕円形(だえんけい)だ。その表面は歪んだ水鏡にも似て、ユニスの姿を映している。

 ドクンッ!

 脈打った! 移っていたユニスの姿が歪んで滲む。脈動は生き物の心臓さながらに規則正しく、脈打つごとに緑色を帯びていく。憂鬱(ゆううつ)な深い苔緑色(モスグリーン)は、遺跡内部の色合いだ。


「いかが?」


 未固定遺跡の入口は無色透明。

 なぜなら異空間に属すから。

 それは透視能力のあるシェイナーにしか感知できず、晶斗のような非能力者の目にも映るようにするには、遺跡全体を固定化するしかない。


 それをユニスは、自分で開けた入口だけを固定化した。


 ようは簡易な『仮止め』だ。もしも遺跡が仮止めを振り切って異次元空間へ帰ろうとすれば、ユニスは即座にその前兆を感じられる。危ないと感じたら、すぐに空間移送で脱出すればいいのだ。


「うん、変わった(ゲート)だ」


 晶斗はユニスが期待したほど驚いてくれなかった。

 ちょっとがっかりだ。まあ、ユニスが本当にとんでもない能力のシェイナーだと気付いた瞬間、逃げられるよりマシだが。


「そうね、正規の門じゃないわ。入口の一部だけを固定化したの。わたしがシェインを解除しない限り、この遺跡は異空間へ『逃げる』ことはないわ」


『遺跡が逃げる』と言うのは、遺跡地帯特有の言い回しだ。


 未固定遺跡は、出現してから一定時間を経れば、再び異空間へと去るのだ。

 新しい遺跡は満月と新月に見つけやすい統計がある一方で、出現と消失のタイミングは予想できないことがしばしばある。人間が巻き込まれたら『遺跡に喰われた』と言うのは、まるで生き物のごとき気まぐれなタイミングから連想された言い回した。


 晶斗が、あッ! と、何やら(ひらめ)いた表情になった。


「つまり君はシェインで(アンカー)を作ったのか。な~るほどなー。単独でこれができるシェイナーを見たのは初めてだぜ。シェインの使い方は誰に習ったんだ?」


 シャールーン帝国では、シェイナーの能力を使う技術は師から弟子へと受け継がれる伝統がある。晶斗はそれを知ってるらしい。


「神殿の神官クラスか、それとも――まさか、帝国の皇族じゃないだろうな?」


 感心から一転、晶斗は疑惑を讃えた視線を投げかけてきた。


「ご想像にお任せする、と言いたいところだけど、皇族じゃないわ、わたしは純然たる庶民(しょみん)よ」


シャールーン帝国でうかつに皇族を名乗れば不敬罪だ。晶斗の故郷・東邦郡(とうほうぐん)には貴族なんていないだろうが、シャールーン帝国の皇帝制と貴族制度は形骸化したとはいえ、まだ生きている。


「それから、このゲートはわたしたちしか使えないから」


 偶然、誰かが見つけても、入ってはこられない。


「もし、シェイナーが接触したら?」

「壊れるわ。わたしにはそれがわかるから、あなたを連れて逃げるだけ。ゲートが破壊されたら、触った人は無事ではすまないでしょうね」


 ユニスは濃い緑色の楕円形へ両手を当て、自分の姿の中へスルリと入った。




 薄明るい通路は、壁も床も天井も、植物の緑を溶かして煮詰めたような苔緑色(モスグリーン)

 ユニスは背後の門を振り返った。


 楕円形の波紋を隔てた向こう側にいる晶斗は、水面に映る像のように色が薄い。

 晶斗が門の方へ両腕を伸ばしている。


 手首から先が門のこちら側へ突き抜けた。

 引っ込められた。が、すぐまた門へ突き入れられた。


 晶斗を眺めていたユニスは右掌の上にポッと光を灯らせた。


 淡い水色の光はリンゴくらいの大きさだ。それで照らされたユニスがあちらがわの晶斗にも見えたのだろう、晶斗は勢いをつけて一跨(ひとまた)ぎで入ってきた。


「人跡未踏の迷宮へようこそ。心の準備はいい?」


 ユニスは光球を右肩の高さに掲げた。


「この遺跡の滞在時間は?」

「おそらく明日の午後、月の位相が変化するまでよ」

「測定機は無し。探査球による計測や計算もしていないな。シェイナーの勘か」


 晶斗は呆れたように苦笑した。


「便利でしょ。それじゃ、行きましょう」


 ユニスが歩き出そうとしたら、ふいに晶斗が肩を掴んできた。


「待てよ。いくら優秀なシェイナーだからって、ジャイロや羅針盤(コンパス)は? ここは起点だろう? 探査地図も作らないのか? 遺跡内の通路には目印なんて何も無い。俺が一緒に仕事をした、一流と呼ばれるシェイナーでも記録用の探査球を用意していたし、探査地図の作成もしたぞ」

「わたしが道を覚えているわ。あなたもわたしと一緒に行動するなら、何もいらないでしょ?」


 遺跡の中の迷宮で、命綱であるシェイン仕様の機器を何一つ持たず、遺跡の探索図すらも作成しないシェイナー。それがユニスだ。

 とはいえ、ユニスと同じレベルで遺跡探索ができるシェイナーは、他にもシャールーン帝国に存在する。ただ、彼らは国家機関や神殿などで厳重に管理され、公に現れることはめったにない。


 晶斗は露骨に顔をしかめた。ユニスの顔を見据えたまま、ゆっくりと手を離した。


「あら、怖くなったの? でも、これがわたしのやり方よ。今ならあなた1人でも外へ戻れるけど、どうする?」

「いいや。そういうやり方は初めてなんで、ちょっと驚いただけだ。……これもテストか?」


 晶斗の声音が一瞬、鋭く尖った。ユニスに騙されている可能性……それを考えずにはいられない状況だから、無理もない。


「そう思ってくれてかまわないわ。連いてきて!」


 ユニスは先に立って歩き出した。


 晶斗はユニスの左隣へ並んだ。2人で横並びになると、通路は狭く感じられた。

 遺跡の中では足音が響かない。床や壁が音を吸収するからだ。


 ユニスは晶斗の呼吸音を聞き取った。規則正しいが、少々早い。やはり緊張しているのだろう。

 晶斗は一度だけ、肩越しに門の方を振り返った。


「もう見えなくなった。……自分だけにわかるように隠して後で盗掘しに来るのは、ハイレベルの盗掘者の常套手段だ。たいがいはチームを組んでやるんだがな。最低でもシェイナーが2人以上いないと、安全対策ができないからさ」


「詳しいわね。ホントにプロの護衛戦闘士(ガードファイター)だったんだ」


 ユニスは褒めたのに、晶斗は不本意そうに眉をひそめた。


「過去形はやめてくれ、俺は現役だ」

「それは失礼。東邦郡(オリエント)ではいつもシェイナーと組んで遺跡に入っていたの?」


 ユニスはてくてく歩きながら話を続けた。晶斗の方が足が長くて歩幅が広いのに、ユニスに合わせて歩いてくれている。なかなか気遣いのできる男だ。


「装置を使った探索に参加することが多かったな。それでも俺達だけで緊急出動して未固定遺跡に入ったことも、シェイナー抜きの踏破隊で遺跡の固定化を成功させたことも、何度もあるよ」


 シェイナーがいなくても、人間は遺跡に入ることが出来る。


 遺跡の出現は、時間や場所を選ばない。

 国家規模で遺跡研究を行っている軍や研究施設所属の探索チームなら24時間交替制で待機もできるが、個人の遺跡探検者はそうはいかない。

 いざ、遺跡が出現したとき、都合良く優秀なシェイナーを雇えるとは限らないからだ。


「君ほどハイレベルなシェイナーと個人で組んだことは一度も無いな。今まで1人でやっていたのか?」

「まあね」

「じゃあさ、東邦郡へ来ないか? 東邦郡の軍や大企業なら良い条件を出すぜ。東邦郡はシェイナーが少ないから、交渉次第で破格の契約料がもらえるはずだ。俺も推薦するよ」


 晶斗はやけに熱を込めて言う。ユニスへの印象を良くするためのお世辞ばかりではなさそうだ。


「なあ、これまでスカウトされたことはないのかい?」


 晶斗が怪訝そうに訊ねた。


「うーん、まあね」

「へえ、うまく隠れたもんだな」


 シェイナーの能力は血統によるものだ。


 その起源は太古に在りしルーンゴーストの神々に遡る。


 シャールーンの民はその末裔だという。シャールーン民族なら潜在的にシェイナーの血を持つ。シェイナーはその能力を生かすため、国家の専門機関や大企業に就職するのが常だ。

 それでなければ神殿――シェイナーの祖である神々に仕える道――を、選ぶかしかない。


 ユニスのようにフリーランスでいるシェイナーは確かに珍しい。


「シャールーン帝国にはシェイナーが多いもの。スカウトもされたけど、断ったわ。群れるのは性に合わなくて」


 嘘ではないが、本当の理由でもない。ユニスの個人的な事情まで晶斗に喋る必要はないだろう。


「そうなのか。ほら、俺を運んだ空間移送とか。対象者に手を触れず、あれだけの距離を飛ぶなんて、すごいじゃないか。運搬専門の業者をしているシェイナーでも、あらかじめ準備しておいた二地点への移送しかできないんだぜ」


 晶斗は気さくに話しかけてくる。ユニスへの強い興味と視線。ユニスがどんな人間なのかを見極めようと冷静に観察している……そんな感じ。


「あの時は、空間ごと切り取って運ぶしか方法がなかったの。わたしの力じゃ、あなたを持てないもの」


 優れたシェイナーだろうとユニスの身長は155センチで、体重49キロ。遺跡に入る以外では体を鍛えるようなスポーツもしていない。身体能力は平均的な女性並みだ。

 それは晶斗も、ユニスの身体付きを見てわかっているだろう。


「でも、俺はそれで助かったんだし、本当に感謝しているよ」


 すごくいい笑顔で言われた。


「どういたしまして」


 ユニスは照れ臭くなって右を向いた。


 シェイナーではない相手に、これだけ手放しで褒められたのは初めてだ。この照れくささに比べれば、バケモノ扱いされる方がまだ慣れている。

 悪くはない気分だけど――あんなに良い笑顔で言うなんて、ずるい。


 砂漠で見つけた時は浮浪者にしか見えなかったし、護衛戦闘士なんて荒っぽいアウトロータイプばかりだかと思っていたら、意外や紳士。


 これでは無理矢理なテストをふっかけたユニスの方が悪者じゃないか。


「そういえば、回復が早くて良かったわね」


 ユニスは急いで話題を変えた。

 これ以上良い笑顔を向けられたら、簡単に(ほだ)されてしまいそう……。


「ああ、この町の理医は腕が良いな。さすがは田舎でもシャールーン帝国だ」


 あのとき晶斗は気を失い、保安局の医療室で目が覚めた。


 保安局に常勤務医はいない。そのため町から医療専門のシェインの使い手『理医』が呼ばれ、晶斗の治療に当たったという。 


 理医は初老の男性だった。理医はすぐに晶斗の体に両掌をかざして診察した。そして治療。頭から首、腹部から足へ。ゆっくりと動かされる手の治療を受けてから5分後――晶斗は、自力で起きあがっていた。


 人体にも(ことわり)がある。


 人間とは、神々が宇宙の仕組みたる理に従って創造されたもの。病気やケガとは人体に起こった変質的な歪みであり、理の乱れだ。


 ならば、理に従って正しい状態に治せば良い。


 病変した細胞は正常に戻り、ケガは跡形も癒やされる。 

 理医によれば、晶斗の身体は衰弱していたが、外傷は無し。


 遺跡から砂漠へ放り出されてすぐにシェイナーに拾われ、空間移送で運ばれたのも、生死を分けた幸運だったと。


「なんだ、わたしがシェイナーだとバレていたのね」


 ユニスが晶斗を空間移送で運んだことも見抜かれていたなら、保安官の態度も納得できる。あの保安官は、ユニスがシェイナーであることを『隠したい事情』まで知っていたのだ。


「それなんだけど、君、シェイナーなのをなんで隠してんだ?」

「ええ、まあ、その……ちょっと事情が……」

「なんでだよ? 遺跡地帯はシェイナーの仕事場だぞ。探索隊に女性のシェイナーが参加するのも珍しくないぜ?」

「それは、その……管理されるのがイヤなんだけど……あの、じつはね」


 ユニスは腹をくくった。


 晶斗には少し説明しておこう。珍しくユニスへ好意的な目を向けてくれる、稀少な男性だ。下手に嘘を重ねて、妙な勘ぐりを入れられたくない。


「シャールーン帝国では、シェイナーは国家機関に登録しなければならないの。わたしは自分の好きなように、自由に遺跡に入りたいから、それがイヤなの」

「東邦郡なら自由にできるぞ。俺も協力するしな!」


 晶斗の口調にはさっきよりも熱がこもっている。どうも本気でユニスを口説いているらしい。


 ユニスはお愛想笑いを返した。


「お気持ちは嬉しいけど、シャールーン帝国を出る気はないわ。それに、どこの国だろうと、スポンサーと契約したらスポンサーのために仕事をするわけでしょ」

「それはそうだが……」

「今はわたしが遺跡に入るのも、未固定遺跡を1人で探索するのも自由だわ。当分はこのままでいたいの。もっとも本格的な遺跡探索をするために遺跡地帯へ来たのは、今回が初めてだけど……」

「ということは、本格的じゃないのは、これまでもやっていた、と!」


 晶斗は深くうなずいている。声だけ真面目で、笑いの気配がした。


 ユニスは腹が立った。ポジティブなのは結構だが、晶斗には緊張感が足りないようだ。ユニスが一緒にいるとはいえ、ここは未固定遺跡の中なのに。


「もう! こんなときまでふざけないでよね。今回、わたしが踏破したいのは、普通の遺跡の通路じゃないんだから!」


 ユニスは止まった。

 晶斗も止まる。


 歩いた距離もちょうど良し。


 ユニスは右腕を大きく振りかぶった。


「えいッ!」


 ユニスの手から光球が放れる。


 前方はT字路の突き当たり。

 光球が、壁に当たって砕け散った。飛沫が弾け、空中に消えてゆく。


 通路に闇が、降りた。


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