005:理律使《シェイナー》
惑星ルーンゴーストには『理』がある。
それは世界を構成する不文律だ。
たとえば水は、高きから低きへ流れる。寒ければ凍結し、熱せられれば蒸発する。この世界では常識である物理的な変化。自然界におけるあたりまえの法則。それがシェイン。
そして、シェインを自由自在に操れる者が『理律使』だ。
シェイナーの能力はこの世のあらゆる物質に干渉し、空間をも制御する。だから、人間は危険な歪みや遺跡を恐れずにすむ。なぜならば、人間こそがこの惑星の覇者だから。――シェインが干渉できる範囲での話だが。
『理使い』と言う単語も、その意味はシェイナーを指す。
ただし、シャールーン帝国では、少々ダークな隠語的な響きを帯びる。
それは『シェインを使って邪道を行う者』、犯罪者と同義語なのである。
ユニスが我に返ると、レストランは静まりかえっていた。
「やったぜッ! ようやくシェイナーだと認めたな。帝国のシェイナーはプライドが高いもんな!」
ふんぞり返る晶斗。
ユニスの頭で沸騰していた血が、一瞬で冷えた。
「うわああ……」と両手で頭を抱える。
ここに滞在する間は、地味~にやり過ごすつもりだったのに。
自分でシェイナーだと宣言してしまった!
今日までうまくやってきたのに……晶斗を拾うまでは、順調だったのに!
ユニスがテーブルに突っ伏したのを合図のように、静かだったレストランの空気がザワつき始めた。
ウエイトレスがテーブル間の行き来を再開する。
隣席のおばさんグループがウエイトレスを呼びとめた。ユニスの方を気にしつつ、ウエイトレスへヒソヒソと話しかけている。
ふと気付けば、厨房の入口にホテルの支配人らしき男性が。
他にも男性従業員が、こちらはレストランの入口近くに固まっている。
武器を携帯した警備員の姿が見えないのは、ユニスと晶斗がきちんとテーブルに着いていたからだろう。
――でも、これは非常にまずい事態だわ。早く切り上げないと……。
「命の恩人を脅迫するなんて最低だわ」
ユニスはテーブルから顔を上げ、晶斗を睨んだ。
「何の事かな。俺は遺跡法を知っているかと聞いただけさ。な、俺の方が賢いだろ。一緒にいたらガード以外にもいろいろ便利だぜ。護衛戦闘士だから遺跡に入る資格やらも持っているしな。で、返事は?」
「あなたが腕の立つ護衛戦闘士なら、仕事はいくらでもあるでしょ」
なにもわたしの所へ来なくたって……ユニスがブツブツ呟いていると、晶斗は自嘲じみた苦笑になった。
「俺には俺の都合があるってことさ。これで君は俺を雇うか、保安局に通報されるか、2つに1つだ。さあ、どうする?」
晶斗は視線を逸らさない。
――負けないわよッ。
睨み合うこと30秒――。……で、さきにユニスがうつむいた。
けっして、晶斗に屈したのではない。
隣席から聞こえてくる、親切そうな呟きに敗北を喫したのだ。
――ねえほら、あの子、まずいことになっているんじゃない?
――そうねえ、普段からおとなしそうな女の子だし……。
――夜遊びもしていなかったようだしねえ……。
善良にして目ざとい観光客(長期滞在型旅行者)のおばさん方である。
ユニスはひっそり連泊していた。
ホテルにはけっして迷惑をかけない、おとなしい優良客を装っていた。
遺跡が出現するタイミングは、月の位相によって変わる。
未固定遺跡を探す時間帯は、深夜か早朝が定番。
こっそり出かけてひそかに戻れば、従業員に見かけられるくらいですむ。
普通の滞在客が観光に出かける時間帯は、ユニスの睡眠時間だった。
昼間に出歩いたのは、レストランで食事をするため。
あんなわずかな時間の往来を観察されていたとは、世の中には暇な人間もいる……。
――ホテルの人はどうして来ないのかしらね。
――いっそ、私達で保安局に連絡しましょうか?
ユニスは焦った。
晶斗が、スッと右手を差し出してきた。
「異議無し……なら、契約開始だ。よろしく頼む」
おそらく晶斗は、ユニスが返事をしなかった真の理由をわかっていない。
ユニスはテーブルに出していた手を、サッと引っ込めた。
「まだよ。護衛戦闘士って高給取りよね。どうしてわたしが雇えると思うの?」
一流処の護衛戦闘士を遺跡で一ヶ月雇えば、その報酬はシャールーン帝国の平均的な労働者の年収に相当するという。
あくまで巷の噂だが。
さらに、遺跡を踏破した報酬や各種危険手当などを含めれば、田舎暮らしの4人家族なら軽く5~6年分の年収に相当するとも。
晶斗は右手をゆっくり引っ込めた。
さっきまでの陽気さはすっかり潜めている。
「ここは町で最高級のホテルだ。女性が宿泊しやすいリゾートホテルとはいえ、君みたいに可愛い美人が連れも無く、かといって1人で遊んでいるふうもない。なのに何日もツインルームに滞在している。その理由は、君が遺跡に入るシェイナーで、遺跡で見つけたお宝の収納と整理スペースを必要としているからだ」
さも当然、と言わんばかり。
ユニスはあんぐり口を開けた。
「まさかと思うけど、それだけの理由で、わたしに雇われようと考えたわけ!?」
晶斗は「まあね」と軽く笑った。
「俺は護衛戦闘士だぜ。遺跡に関連する調査はお手のものさ。じゃあ、先に部屋で一眠りさせてもらう。ちょっと疲れているんでね」
晶斗はヒラヒラ左手を振り、背を向けて歩き出した。
ユニスは目を剥いた。
この男、ユニスの部屋へ行く気なのか!?