004:遺跡法
遺跡法。
ルーンゴースト大陸にあるすべての国に共通する規定。
『何人も遺跡に近づくべからず』
それは、大陸に生きる人間ならば国も民族も関係なく、物心つけば、文字を教えるよりも早く叩き込まれる最初の教えだ。ルーンゴーストの人間が『歪み』と『遺跡』に遭遇した時から始まった、生存の知恵。
歪みは、ある日どこからともなく現れる。
物質や空間、時間までも、あらゆる物理法則を当てはめることができない。
最悪なのは、人や物をこの世から消してしまうことだ。
あとには何も残らない、完全なる消失。
だが、長い歴史上には非常に稀なケースとして、消えた人や物品が戻った記録も残されていた。
「未成年なら、勝手に未固定遺跡へ入ったら逮捕されちまうぜ?」
晶斗の切り札は、遺跡法だった!
ユニスは肩の力が抜けた。小柄で童顔、未成年かと訊かれるのは慣れっこだ。どうやら晶斗も見た目でユニスを判断したわけだ。
「驚かさないでよ、遺跡法くらい知っているわ。わたしはとっくに20才だし、逮捕されたりなんかしな……!?」
危うく出かけた言葉を危うく呑み込む。
シャールーン帝国の成人年齢は18才。
ユニスは20才。で、未成年ではない。
だから勝手に遺跡に入ってきたけど、逮捕はされないもんね……って、こっそり未固定遺跡に入ってきたという、違反行為を自分で認めてどうするのよ!?
ちょっとクラッとしたのは、頭から血の気が引いたせい。
晶斗は「お、気付いたようだな」と、ニヤついた。
「へえ、それで20才か~? てっきり15、6才かと思ったぜ。シャールーン美女ってのはもっとこう、ほら、大人っぽいだろ。それで、保安局に関わりたくないってことは、遺跡探索の許可を取ってないわけだ。単独で未固定の遺跡へ潜るには、それなりの資格がいるもんなー。あ、そうそう、国の許可ってやつも必要だしな!」
晶斗はケラケラ笑った。
ユニスの額を汗が流れた。
ハンカチをポケットから出したい。
いや、ダメだ。ここで怯んだら保安局を呼ばれる。
逮捕はいやだ。……いや、違うか。
この場合は、晶斗を雇用することになるのか。
それも面倒くさそう。
だいたい押しかけ護衛戦闘士なんて、ユニスには砂漠の遭難者より不必要なのに。
「ここは遺跡地帯よ。未固定遺跡なんてあちこちに出現するわ。わたしが出てきた遺跡を特定することは不可能だわ」
でも、ユニスはシェインを使って特定の遺跡を見分けている。もし、保安局が都市から鑑識専門のシェイナーを連れてきたら、特定は……確実にされる、だろう。
肝が冷えるとは、きっとこんな気分。
晶斗は鷹揚にうなずいた。
「そりゃそうだ。俺だって、どの遺跡から吐き出されたかなんて覚えていないさ。これを見てくれ」
いきなり、晶斗は左拳を突き出してきた。ビクッと顔を引いたユニスの眼前へ、手の甲が向けられた。骨太の手首に黒い腕時計が嵌まっている。
「なによ?」
「よく見ろよ」
「この時計? ボロボロね」
ガラス蓋はキズだらけ。頑丈そうな金属ベルトも傷みが激しい。それでもまだ稼働している。なかなか根性のある時計らしい。
「この軍用時計が、俺に唯一残された装備だ。こいつの記録では、俺は3ヶ月間、迷宮をさ迷っていたらしい。俺には遺跡の中での記憶はほとんど無い。どうして生き延びられたのか、どうやって外へ出たのかもわからない。あの灼熱の砂漠で倒れていたら一時間と保たないから、遺跡から出たのは、君が出てきたのと変わらない時刻だったんだろう」
晶斗が遺跡から出た、と気付いたのは、太陽の光に目が眩んだ時だったようだ。火に焙られるような暑さに全身から汗が吹き出し、踏んでいる砂地から遺跡地帯のどこかの砂漠にいると解った。
そしてすぐ、凄まじい乾きに襲われた。
一歩も歩かないうちに倒れたのが岩陰で、下が砂地だったのは、生死を分ける幸運な偶然だったが……。
「あの時はもう指先すら動かせなかったんだ」
晶斗はユニスから視線を逸らし、遠い目をした。
生還した喜びは湧かず、意識が遠のきかけた、その時!
一条の光線が、真昼の空間を切り裂いた。
その輝く裂け目から人の形をした七色の陽炎が躍り出て、砂地に降り立つ。
それがユニスだったのだ――。
なんてこったい。
ユニスは頭を抱えた。
砂漠から保安局へ、晶斗を運んだ空間移送をごまかすどころじゃない。ユニスが不可視の未固定遺跡から出てきた決定的瞬間から、バッチリ目撃されていた!
「……あの~、できれば、全部忘れていただけないでしょうか?」
ユニスは大いにへりくだって頼んだのに、
「そりゃ無理だ」
一蹴された。
「命の恩人の頼みでも?」
「死にかけていた俺には一生忘れられない光景だったからな。目にしっかり焼き付いちまった。盗掘者の手口としちゃ、目立ちすぎだ。君、この仕事を始めて、まだ日が浅いだろ。しかも、あんな瞬間を目撃されるなんて、三流以下のコトワリツカイだ。お粗末この上ないよな!」
晶斗は堪えきれないように、声を立てて笑いだした!
「コトワリ……? なんですって……!?」
聞き慣れない言葉にギョッとしたが、聞き覚えはある。
たまに耳にする警察関係の隠語。
意味は『シェインを犯罪に行使する者』。
犯罪者に堕ちたシェイナー。
ユニスは目の前が真っ赤になった。
晶斗には、このわたしが、そんな輩と同じに見えているってわけ?
つい今し方までユニスを命の恩人だと感謝していた口で、そこまで言うか!?
「わたしはまともなシェイナーよッ!」
ユニスの叫びに、周辺客がいっせいに振り向いた。