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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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056:異空間の収束

 遺跡のどこかに〈光珠(ラディウス)〉がある。


 それは遺跡探索家の間で囁かれる究極のお宝だ。

 シャールーン帝国の古い伝承にいわく、神々に選ばれた者にしか見えない場所にあり、手に入れるには、恐ろしく大きな代償が必要とも……。


 そしてそれは、優れたシェイナーにしか見つけられぬという。

 たとえばシャールーン帝国の中央神殿の大神官のような。いわゆる国家が認定した特級以上の能力者となれば、シャールーン帝国にも両手の指で数えるほどしかいない。


 そも、ラディウスとは何なのか。

 なぜそれほど価値があるとされるのか。


 一説によれば、これまでに取引されたラディウスの出所とは、探索者の生命と引き換えに、生き残った仲間の手に残されたものだという。

 そんな曰く因縁さえつきまとう品物なのだ、あの光り輝く小さな珠は。


 極めて貴重とされるが、稀少金属ではない。宝石でもない。


 ラディウスは謎の物質。その用途は不明。

 異次元より来たる遺跡が、長く執念深い調査を繰り返してきた人々にさえ、いまだ謎の存在であるように。


 ラディウスが遺跡の何であるのか――遺跡の心臓に等しい〈(かく)〉だというのが、一般の見解だが――ルーンゴースト大陸のどの国も、また遺跡に関する研究では最高峰と謳われるルーンゴースト学術院からさえ、ラディウスの研究が進んだという公式発表はされたことがない。




「げ、なによ、これ!?」


 グチョグチョでデロデロな、最悪のヘドロみたいな物質で構成された(ように見える)グロテスクな〈門〉。

 じつのところ、三次元的には実体が無い。でも、見た目はヘドロのかたまり。ユニスがこの世でもっとも嫌いな部類の、わけのわからない汚いもの。


「うー、やだ、きもちわるい……あれっ?」


 向こう側へ踏み込んだ瞬間、涼しい空気に包まれた。

 ふわり、足下が浮遊する。

 知っている、この感じ。

 見渡せば、七色の光輝く宇宙!


 頭上はるかにエメラルドグリーンの雲のごとき星雲のかがやき。足の下には果てしない彼方に小さな無数の銀河系が散りばめられて。

 いつかどこかで見たような光景。


 ユニスの髪が上へなびく。

 下から風が吹き上げてくる。

 異次元よりきたる涼しい風。肉体の嗅覚では嗅ぎ取れぬ、未知なる匂いを含んだ異界の息吹。


「ここって……迷図(メイズ)よね?」


 ユニスは誰にともなく呟いた。

 どうも単独(ひとり)で迷宮探索をしていると独り言が増える。


「どう見ても、いきなり迷図(メイズ)のど真ん中じゃないの!?」


 じっとしてたらヤバいかも?

 ユニスは空間を蹴り、いっきに上昇した。


 本来なら、遺跡の内側は、門を潜ったら迷宮仕様だ。

〈迷図〉とは、複雑な迷宮空間のどこかに隠された、さらなる異空間。探索者が見いだすことは難しく、その中へまで踏み込めるのは、世界の理に干渉できる理律使(シェイナー)のみ。ましてラディウスの探索は、シャールーン帝国でも優秀とされるシェイナーですら、困難といわれる難行だ。


 軽く一蹴りしただけなのに、ユニスの飛ぶ勢いはどんどん加速していく。


 行く方角など考えていない。すべて勘だ。

 ある一点を通過したとたん、まずい、と思った。

 ラディウスの気配から離れてしまう!


「きゃー、やだ、止まれ!」


 ピタリ、ユニスの体は宙空で停止した。


「もう、びっくりした!」


 シェインの制御(コントロール)が効いてよかった!


 ユニスはぐるり、輝く宇宙空間を見回した。

 こっちだわ。

 こんどはわかる。さっきよりも近くなったから。ラディウスがある方角は……。


 右へまっすぐ。つぎは左。天を仰いで、方向確認。おつぎは足の下へ!

 おっと! 行き過ぎちゃだめ!

 さて、ラディウスは……?


 無重力にまかせてクルリ、クルクル、回ってみた。


――あ、あっちだわ!


 ここでは自分の勘だけが頼り。

 (くう)を蹴り、移動する。


 目指す方向へ、風のように飛ぶ。

 そろりと着地。

 足裏に固い、地を踏むような感触!


――よし、いつもの道、見ーつけた!


 なんとなく。……そんなかすかな感覚を頼りに、ユニスは移動する。

 歩き、走り、跳んで、飛ぶ。

 もうすぐだ。もうすぐ。


 ほら!


 スイッと頭の位置をやや左にずらす。

 斜め下から見上げれば。

 その角度からしか見えない空間の隙間から、燦々(さんさん)と黄金色の光がもれている。


「やった! ラディウス!」


 手を伸ばして――触れる直前で止めた。


 ほんとうに、だいじょうぶ?

 今回はいつもといろいろ違うのよ。

 この場所からラディウスを掴み取れば、遺跡はすごい速さで崩壊するわ。


 もちろんそれは、忘れていないけど。


 肝心の逃げる算段は?

 逃げ足には自信があるわ。

 いまは崩壊させるのが真の目的よ。


――だけど、崩壊は速いわ。


 脱出手段とそのための時間は計算した?

 いいえ、まだ――。


 前回の遺跡では、時間に余裕があった。下見をして、自分のシェインで〈道〉の目星をつけておけた。

 今日はそんな余裕はない。

 いまもない。

 心の余裕もなければ、物理的に時間の余裕すらない。


 こうして考えている時間すら、もったいないのに……。怖い。自分の行動がほんとうに正しいのか、自信がないから。


「くっ、どうしたら……」


 タイムリミットが迫っている。シェイナーの勘だ。

 遺跡が消えるまでのタイムリミットは、一般的に二十四時間とされる。あるいは天の月の位相が変わるまでともいわれているが、過去の少ない統計では個体差が大きく、正確ではない。


――こんなことならプリンスに救出を頼んでおけばよかった。


 あちらの方がシェインの使い方も遺跡探索も超がつくプロフェッショナルだ。安全確実な脱出ルートを確保できただろうに。


 いや、それよりもプリンス本人がやれば、ユニスよりも簡単かつスマートに、ラディウスを奪取できたのではないか。

 なんでユニスを送り込んだのだろう?


 ちりり!


「痛っ!?」


 腰のあたりに痛みがはしった。まるでプリンスのことを考えたのに呼応して、針でチクチク刺されたような、奇妙な刺激だった。

 腰に手をやった。とくに何もない、が……。


「なに、これ?」


 目に見えない、手にも触れない、細い何かがユニスの腰に巻き付いている。

 シェインの〈手〉で触れれば、そこには確かに質感があった。細くて、ユニスの腰回りに三重くらいに巻き付いていて、端が伸びている。ずーっと長く、どこかへ。


「あ、これ、シェインの(ひも)だわ」


――この感じ、知ってる……。


 覚えがあるも道理、これはプリンスのシェインだ。おそらく命綱。

 安心感が、ぬるま湯のように全身に広がった。

 ユニスをここへ送り込んだのはプリンスだ。ユニスを引き戻す用意が無いわけがなかった。


「……ふッ、バッカみたい」


 ラディウスを取るか取らないか、遺跡の崩壊と脱出とであんなに悩んだのに。

 けっきょくはプリンスの手の平の上で踊らされていただけ。


 プリンスの完璧な計画。


 ユニスはラディウスを手に入れる。

 それからこの命綱を媒介にしてシェインで飛べば、いっきに〈外〉まで移送可能。

 プリンスは引き戻しのタイミングを待つだけでいい。


 安全は保証付き。だってプリンスだもの。


 ユニスは、ラディウスを、そこからむしり取った!


 ラディウスが失われたその一点から、空間に亀裂が入る。

〈世界〉が灰色に変わりゆく。

 遺跡を構成する異空間が分解をはじめる。


 まるで世界の終わりのごとく、ホロホロと砕け、サラサラと崩壊していく。


 巻き込まれる前に脱出しなければ、あれらとおなじ空間の藻屑となる。


 ユニスは腰の命綱をつかみ、力いっぱい引っ張った!





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