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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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054:暗闇の中の光、その正体

「ねえ、急に暗くなって……晶斗?」


 道の真ん中で、ユニスはひとりだった。

 村の建物に囲まれた一本道だ。


――まさか、晶斗に異変が起こった?


 姿の見えない晶斗の気配を探ろうとして、やけに自分の呼吸音が耳につくのに気づいた。

 世界が静かすぎる。


 人の住まう集落であれば、どこかしらで雑多な音があるものだ。風に乗って聞こえる声の切れはし、誰かがどこかで動き回るかすかな生活音……。

 何も聞こえない。

 建物の隙間を抜ける風のささやきすらも。


――どうしよう、進んでいいのかしら。それとも戻って晶斗を捜す方が……?


 視線を落とせば、地面に伸びていたユニスの影が、スウーッと薄暮に呑み込まれた。

 辺りは夜を迎えるがごとき薄闇が下りている。


――まだ昼前のはずよ……!?


 世界の色が変わりゆく。景色は薄闇に塗りつぶされ、建物は白と苔緑色(モスグリーン)に染め分けられた。

 気温が下がってきた。

 ひんやりした空気が鼻孔を刺す。五感の嗅覚で捉えたものではない。シェイナーの能力で捉えた、実体の無い(にお)いだ。


――この感覚って、たしか……遺跡で……。


 肌がゾッと鳥肌立つ。覚えのある感覚のはずだ。これは異空間の匂い。


――まさか、こんな村の中に歪みが出たの!?


 では、異空間へ(とら)われたのはユニスだ!


「晶斗、どこ? どこにいるのッ!?」


 晶斗からはユニスが消えたように見えただろう。いまごろ必死でユニスを探しているはずだ。

 ユニスは駆け出そうとして、慌てて踏みとどまった。


――走っちゃダメだわ。落ち着くのよ、ユニス。


 ユニスが異空間に滑り込んでしまったのは、理解した。

 あの瞬間から、晶斗と並んで歩いていたあの地点からは五歩くらいしか進んでいない。晶斗ならば、異空間と歪みに翻弄(ほんろう)されていなければ、ユニスより早く異常に気づき、現場へ引き返したはずだ。


「そうだ、上は!?」


 空は黒い天蓋に覆われていた。

 真上にぽつりと明るい点。青空の色。ユニスがいる時空間が狂っていなければ、外はまだ真昼の世界。


――あそこへ『手』が届きさえすれば。


 あの天の穴へ空間移送できれば、この異空間から抜けられる。

 そう考えた瞬間。

 針の先で突いた穴のような青い点は、消えた。

 天が閉じたのだ。

 おとずれたのは、真の暗闇。






 一切の光が消えたとき、さすがにユニスも絶望感でめまいがした。


――これが噂に聞く歪みからの異次元への遭難……。


 遺跡探索で行方不明になった人々がたどるという恐ろしい運命の噂。それがまさに我が身に降りかかってきたとは……。


――なによ、これは。……これでわたしをどうにかしようなんて、冷凍少女を()めないでよね。


 肉眼で見えなければシェインで透視すれば良いのだ。


 視えた景色を『視覚的』に表現するならば。

 空を塞いだ暗き天蓋の果ては高層ビルのごとき高みにあり。


 四方を囲んでいる闇色の壁は、空間が歪められたがゆえに、実体は何キロも先にある。


 地下も地上同様、空間が歪められ、外部からは閉じられている。どの方向も、歪みによって遮断されている。元の世界との境界線がある場所は地平線の彼方だ。物理的に遠すぎる。徒歩で移動するならば何時間、いやユニスの足なら何日もかかるかもしれない。


――なんなの、このバカバカしいほど広大な密室構造は!?


 ためしにシェインの〈手〉を四方八方へ伸ばしてみた。手応えは空気ばかり。とらえどころのない歪んだ空間は、ユニスが〈手〉を伸ばせば伸ばすほど、指先の少し前で無限に広がっていくような気がする。

 天も地も果てしない……無限世界のごとく。


――ここは元いた場所から……まともな時空間から、完全に切り離されちゃったってこと!?


 ユニスは緊張と恐怖で喉がカラカラになった。

 晶斗はユニスのすぐ側にいた。一メートルと離れていなかった。

 なのに、何かが、ユニスだけを、この異空間へ落とし込んだ?


――まさか、シェイナー専用の捕獲罠とか!?


 そのようなものがあるとすれば、制作者は空間を操れる能力者だ。標的とした相手だけを特定できる高度な技術を持ったシェイナーに限定される。


――なんてことするのよ。


 いまは誰の仕業かわからないが、もし見つけたら、氷で固めて保安局へ突き出してやる。


「上がだめなら……!」


 ユニスはその場で地面に片膝をつき、右手のひらで地面に触れた。地表は黒く、つるりとなめらか。土のざらつきはほぼない。


――さわれるのにやけに頼りない感じがする……。


 どちらかといえば、遺跡内部の壁や床に似た冷たい感触だ。

 村にいる確信がなければ未踏破遺跡へ迷い込んだと思いそう。


――いえ、この空間はもっと不安定な感じがするわ。まるで光の無い『迷図』に入ってしまったみたいな……。


 未固定遺跡の中の、どこかにある異次元空間『迷図』。迷宮の中の迷宮といわれ、七色の光に満ちた空間は刻一刻とその姿を変える。小さな異次元宇宙。

 ユニスが迷図に入った経験は二度きり。だが、直感が正しいと告げている。この異空間は迷図に近い性質だと。


――それでも地下はあるはずよね。


 ユニスは地面の下へ集中した。シェインでトンネルを掘るのだ。空間移送できる通路を作れば、移動できるはず……。


――え?


 手応えが無いのは想定内だが……。


「んー、もう、地下までダメなんて……え?」


 足が動かない。

 右足首と、左膝が、黒い地面にめり込み、ズブズブと沈んでいる。


「なんで……!?」


 引き抜こうと足に力をいれたら、太股(ふともも)まで沈み込んだ。


「ひっ、やだッ、助けてッ!」


真っ黒でドロドロのなかへ沈んでいく。まるで悪夢が溶けた沼底のドロ。呑み込まれてしまう。その先どうなるのか、想像なんか出来ない。


「いやあッ、晶斗!」


 眼前で、闇が縦に白く裂けた。そこから伸びてきた白い手が、ユニスの胸ぐらをグワシと掴んだ。


「ひゃあっ!?」


 ものすごい力で引っ張られ、ユニスは暗闇から引きずり出された。

 次の瞬間、手が放され、ユニスはお尻から地面に落ちた。


「イッターィッ!」


 まぶしさに目が眩んだ。

頬に冷たい風。

 なんとか細めに開けた目のまえに、白い……コートの、広い背中。その右手には抜き身の剣。蒼白な銀の髪を風になびかせた、見間違えようのないその姿は。


「プリンス!?」


 しかも、お忍びじゃない格好の!?


 こちらを向きかけたプリンスが、右横顔の角度で動きを止めた。変装用バイザーも付けていない素顔の頭上で、銀色の光がまたたいた。


 ユニスの周囲で風が乱れた。何が起こったのか、わからなかった。ただ目の奥に、幾筋もの銀色の残像が(とど)まっていた。


 ――は? いま、プリンスが、剣で何か斬った……のよね?


 風が鳴った。


 ユニスから少し離れた場所へ、重い何かが落下した。


 ど、ど、ドズン!


 ひとつふたつみっつ!

 反射的に数をかぞえたユニスの右前方へ、新たに風を切って飛んできた四つ目が墜落した!


「ぎゃあッ……あ、鳥!?」


 ユニスが生まれて初めて目にした奇妙な落下物は、大きな鳥にすこし似ていた。ただし、頭もクチバシも胴も、翼すらも、三角形を基準としたパーツで構成されている。翼らしき部分は、羽毛の無い金属的な光沢を持つ薄羽であった。


――なにこの三角形の変な……鳥、よね?


 先が尖ったクチバシは薄水色。平たい二等辺三角形の定規を二つ重ねたような尖ったクチバシだ。少し開いた口の中には、スカスカの歯が並ぶ。その歯もすべて鋭い三角片だ。頭部はこれまた立体的にして鋭角な三角形すなわち三角錐(さんかくすい)をしており、頭部よりはやや大きな三角錐は胴部分らしい。

腹部は剣でザックリ斬り裂かれ、緑色の体液がいきおいよく流れ出し、ジュクジュクと泡立ちながら地面に染みこんでいく。


 胴体の背らしき部分に、左右対称の薄羽根がある。フワフワの羽根ではなくコウモリのような皮膜とも異なる。つるりとした金属的な光沢の翼だ。


――変な羽根。これで飛べるの? これが砂漠の魔物の特徴なのかしら?


 さきほどからあちらこちらで聞こえる墜落と破裂音。

 近くは右に左にプリンスが三角鳥を斬り捨てる音であり、遠くのはそこで誰かが応戦している音らしかった。

 ユニスの目の前に落ちてきた三角の鳥は、即座に砕けこそしなかったが、緑の体液をさんざん流してから、恐ろしいスピードで分解が進んだ。

 時間にして三秒ほどで、死んだ三角鳥は――空を飛ぶこの魔物が、いわゆる生命体の範疇にあり、生と死の(ことわり)の下にあると定義できるのであれば――生命活動を断たれた(むくろ)は、真っ白な砂となって崩れた。


 ユニスは砂のかたまりから視線を上げた。


 光が衰退(すいたい)した世界は鉛色(なまりいろ)に染まっていた。空のどこかにある太陽は、灰色の分厚い雲に覆われている。真正面に見えるはるかな地平線からは巨大な積乱雲が立ち昇り、青白いマグマのごとく沸きかえっていた。


 積乱雲のそこかしこで黄金のイナズマが生まれ、雲の壁を切り裂いては地上めがけて駆け下り、大地へと突き刺さった。

 雲のかたまりがうごめくさまは、巨大な生き物の鼓動めいていた。


 積乱雲の中央が割れた。ゆうるりと左右に広がったその向こう側は、濃い赤紫色の葡萄酒をこぼしたようなグラデーションの空間に、真紅の星々が輝いていた。


「赤い宇宙……?」


 呆然と空を見上げていたユニスを、いつしか元の位置に戻っていたプリンスが右肩越しに一瞥(いちべつ)をくれた。


「迷宮が(あふ)れた」


 プリンスの言葉を、ユニスは脳内で繰り返した。


 迷宮とは人が踏み入らざる未踏破遺跡の内部。歪みに満ちた安定しない異空間、危険な魔物が跳梁跋扈(ちようりようばつこ)する暗き領域。


 灰色の天空をいくつもの影が横切った。

 あの鳥めいた三角形の集合体どもの影。

 本来ならば遺跡の中だけにいる魔物が自由に飛び交っている。


 異次元が、人間の世界へ侵出したのだ。


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