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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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053:女神と悪魔の代名詞

 セビリスは、シャールーン帝国の古代神話に出てくる女神だ。ルーンゴースト神話の主神フェルゴウンの片腕とされ、ルーンゴースト大陸の創世にも関わった重要な女神としてその名を記されている。


 本来は人間が崇敬(すうけい)する神々の一柱(ひとはしら)だが、神代の戦で、一夜にして大陸ばかりか惑星全土を凍結させた。神々の敵のみならず、地上のあらゆる生命体までも氷の柱にされたという。


 その逸話(いつわ)が抜きん出て有名なため、創世の神の一柱として特別な神格を持たなかったセビリスは、人間が世代を経て伝承するうちにいつしか真冬の冷気を(つかさど)る神とされた。やがてその神格は、季節を司る神々の『冬』と密接な関わりがあると考えられるようになった。こうしてセビリスは、人間に身近な冬季の女神とされたのである。


 冬は氷雪の季節だ。

 氷雪を司る神は氷雪による災害をも司る。

 ゆえに、人間によって守護神と破壊神という二面性を持つと定義されたセビリスは、豪雪が多い地方で『氷の女悪魔』とも呼ばれるようになったのだ。






「で、この男は女神の怒りに触れて氷漬けにされちまったわけだ」

「こっち側にいたやつらはみんな仲間だったみたいね」


 ユニスの背後に立つ氷柱は、八人。それぞれのポーズは異なれど、誰の手にもナイフやなにかしらの小ぶりな武器が握られている。掌に隠せる大きさの、俗にいう暗器の類いだ。


「さて、こいつらの目的は、俺かユニスか?」

「わたしでしょ。冷凍少女はこの国で有名だもの。もしくはラディウス狙いだわ。まだわたしが持っていると思っている人がいてもおかしくないもの」


 晶斗はちらっとユニスを見た。


「……それで? これを砕くのか」


 真顔で恐ろしいことを訊きながら、かるく氷を叩く。氷があまり冷たくないのがわかったのだろう、晶斗はわずかに眉をひそめた。


「本物じゃないのか?」


 晶斗の質問にユニスは答えず、「いそいで!」と出入り口の方を見やった。


「保安官が処理してくれるわ。正当防衛だから問題無しよ!」


 シャールーン帝国の保安局ならば、冷凍少女(ユニス)の所業は周知していよう。なぜなら保安局の上部は理律省で、理律省の長は帝国宰相閣下。ユニスに監視を付けているプリンスその人なのだから。


「なるほど、実績があるんだな。あとで教えてくれ」


 店を出たら、外にはまたもや護衛戦闘士ふうの男たちが何人もいた。


「待ち伏せかよ」


 晶斗が鼻で笑う。


「笑ってる場合じゃないでしょ」


 ユニスはシェインで周辺一帯を索敵(サーチ)した。道のあちこち、建物の陰にも人がいる。店から逃げ出した人も混じっていようが、ざっと数えて、さっきの倍以上の人数が息を潜めている。


 近くに保安官はいない。これだけの騒ぎだ、とうに誰かが通報ずみだろう。保安局はこの商店街を抜けた先にある広場の向こう側。徒歩でも一〇分以上かかるとは考えにくい距離にある。


――すべてが偶然ではないわよね。


 さすがにユニスも、偶然と考えるには無理があると気づいている。蹴砂の町から守護聖都フェルゴモールでも、さんざんおかしな展開に巻き込まれたのだ。


――となると、こうなるように仕組んだ人がいるってことだけど……。


 これまでの流れから推測すれば、黒幕はおのずと絞られてきそうなもの。

 ただし、(いま)だに、本当に信じて良い味方が誰で、真に危険な敵は誰なのか、ユニスにはわからないのだ。


「よお、あんたら蹴砂(しゅうさ)の町にいたろ?」


 道に居並ぶ男達の中から一人が歩み出た。おそらく護衛戦闘士を生業としている男だ。遺跡探索者の装備は、主に機能優先の実用品。軍の払い下げ品も多く、没個性的で見分けが付かない。


「何か用?」


ユニスは冷たく返した。男たちは女悪魔(セビリス)の代名詞たるユニスを見ても微塵(みじん)も動じない。ということは、さきほど店でユニスが作った氷柱を見ていない、店から逃げ出した連中とは別口だ。

 ユニスは晶斗へ目線で合図を送った。晶斗が小さくうなずいた。


「お嬢さん、シェイナーだろ。店の中で大騒ぎしていたのは知ってるぜ。うちの隊に来てくれれば、報酬は相場の倍を払い……え?」


 とうとうと喋る男の前から、ユニスと晶斗は脱兎のごとく逃げ出した!


「おい、話くらい聞きやがれッ!」


 呼びかけられても無視だ。

 ユニスと晶斗は全力疾走。

 後ろから何人かの足音。

 村の小さな商店街はすぐに抜けた。


「こっちだ!」


 晶斗が道を右へ曲がる。


「ちがうわ、宿舎は左よ?」

「あんなのをつれて戻れるか。とにかく止まるな」

「無茶言わないでッ!」


 小さな村の中を走り回るのは限界がある。どこに逃げ場があるというのか。


「いいわ、わたしがなんとかする! わたしの前を走ってて!」


 人家のある場所ではシェインを使わない。

 それはシャールーン帝国のみならず、ルーンゴースト大陸に住まう者の暗黙のルールだ。


 しかし、ここの村人は、ユニスがトリエスター教授に雇われたシェイナーだと知っている。さっきの店での大騒ぎも、いまごろ村にいる者たちには知れ渡っていよう。もうユニスがシェイナーであることを隠す意味も無い。


 突然、向かい風が吹きすさんだ。

 白い風が唸りながら、後方へと吹き抜けていく。純白の風は、吐息まで凍りそうな氷雪であった。

 晶斗が「わっ、なんだ!?」と驚くのを聞きながら、ユニスは舞い狂う雪の粒を避けて目を閉じた。

 風が吹いたのは一秒たらず。

 走ってきた道の方で短い悲鳴が連続し、ピタリと途絶えた。


「晶斗、もう、いいわよ。止まって……」


 足がガクガクだ。もともと運動は得意ではない。


「は、走りながら、シェインを同時に行使するなんて、するもんじゃないわね」


 ユニスがしゃがんで呼吸を整えているあいだ、晶斗は来た道の方を眺めていた。

 追っ手はいない。その代わりといってはなんだが、道には点々と、氷の道標(みちしるべ)ならぬ人間入りの氷柱が立っていた。


「さすが! といいたいが、単なる通行人は(まぎ)れてないだろうな?」

「失礼ね、気をつけたわよ。そこのをよく見て!」


 ユニスはいちばん近くの氷柱を指さした。

 氷の中の男は麻シャツにズボンという平凡ないでたちだ。

 晶斗はその氷柱に近づき、覗き込んだ。


「あー、なるほど……」


 男の右手には黒い棍棒(ブラック・クラブ)、左手には大ぶりなガードナイフが握られていた。

 ほかの氷柱の中身も似たようなものだ。半分は平凡な村人ふうで、残りは護衛戦闘士ふうの装備という程度。


「ふん、目的は誘拐かな」

「どうしてわかるの?」

「こいつらの武器さ。この黒い棒は電磁(でんじ)(むち)で、殺傷能力が低い。あの店にいた連中と同じで俺たちを殺すつもりはないが、生きたまま拘束したかったんだろ」

「迷惑な話だわ」


ユニスはイヤな可能性に思い至った。


――これ、辺境のニュースになるかしら?


 辺境の小さな村で、氷柱人間が作られた。氷柱に人間を閉じ込めるシェイナーは珍しい。いや、ユニス自身も自分しか知らない。裏読みすれば「ここにシャールーン帝国の冷凍少女(フリーザーガール)あり!」という証明のようなもの……。


――ニュースが報道されたら、またこの村へ来る人が増えるかも……!?


 ユニスが所持するラディウスの件もある。トリエスター教授に頼み、表向きは学術院がラディウスを手に入れたという噂を流してもらったが、いまもユニスの理律(シェイン)ポケットの中だ。

 ユニス目当てかラディウスが目的かはさておき、せっかく守護聖都フェルゴモールからこっそり脱出してきたのに、これでは蹴砂の町にいたときと変わらない。


 ちなみに蹴砂の町の後日談は、トリエスター教授から聞かされた。


 ラディウスを狙ってユニスを追いかけていた人々は全員逮捕。現在も黄砂都市の保安局拘置所にいる。


 彼らの罪状は、まとめて『都市騒乱罪』。聞き慣れない罪状であるが、刑罰の上限が極刑まである重犯罪だ。時期も悪かった。シャールーン帝国はルーンゴースト大陸を代表する大陸間条約会議の真っ最中。逮捕された人々は条約締結に反対する過激派(テロリスト)の疑いまで掛けられており、拘置期間は普通よりも長引くという。守護聖都フェルゴモールにおける警備体制の問題なども絡むため、会議終了まで解放はない。


「ま、いいか。あとは保安局にまかせて、俺たちは宿舎へ帰ろう」


 宿舎の建物の、裏側が見えたとき。

 周囲が(かげ)った。


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