051:理律省からの訪問者
なにか来る。
ユニスはハッとうたた寝からとび起きた。
一瞬、室内が暗くなった。
窓の外を大きな影が音も無く通り過ぎたのだ。
――なに、いまのは……?
すきま風に生成りのカーテンがかすかに揺れた。
壁の古風な文字盤時計は午後3時を指している。
さっきの影は何?
鳥みたいなシルエット……。
――どこかで見たような……。まさかね。
それよりお腹が空いた。
食堂へ行くべく部屋を出たユニスが階段を降りかけると、晶斗が昇ってきた。
「理律省が来たぜ。新しく登録された遺跡は必ず見に来るんだと」
登録は、午前中にトリエスター教授が保安局で手続きを済ませたという。
「そんな手続きがいるなんて知らなかったわ」
「研究用の占有登録は特殊だからな。登録料が馬鹿高いが、固定化1年目の初期採掘権をまるごともらえて、そのあとも研究用として独占できるんだ」
固定化遺跡の門は開放されているものだ。
万人が出入り自由な状態である。
しかし、占有権を取得すれば、登録から1年間は政府から警備隊が派遣される。無許可での立ち入りは不法侵入だ。探索には保安局への申請と、トリエスター教授の許可が必要となる。
ユニスも晶斗と出会う前、蹴砂の町ではあちこちの古い遺跡へ勝手にお邪魔していた。
そうして集めた遺跡産出物は、サイトショップでそこそこ良い値がついた。一攫千金というには慎ましやかにしても、蹴砂の町での滞在費と晶斗に必要だった当座の費用を賄っておつりが出るくらいには。
一般観光客が入れる古い遺跡でも、ときとして偶然拾われた小さな遺跡産出物に高値が付くこともある。固定化されたばかりの真新しい遺跡であれば、どれほど価値があるお宝が埋もれていることか。
迷宮で晶斗が切り捨てた魔物ベルシェバー、あの砂状化した残骸も特殊鉱物だというから、あの『砂』を洗面器1杯でも回収できれば一財産だ。
遺跡地帯の危険を知りながらも人が群がり来る理由――それは古代から現代にいたるまで、さして変わっていないのだ。
昨夜、固定化された遺跡の門は宿舎から歩いて5分ほどの距離にある。
行く途中で通りかかった空き地に白銀色な小型飛空艇が駐まっていた。
「あら、ヘルメリンⅦG型だわ」
シャールーン帝国で開発された個人用飛空艇だ。シェインカーは地上の交通法規に従い、飛翔高度は地上300メートルと制約があるが、こちらは小さくともれっきとした航空機。最高速度も音速まで加速可能だ。
「あのタイプはうちの村にしょっちゅう来てたの。理律省職員の御用達よ」
「へえ、詳しいじゃないか。あれに乗って来たらしいぜ。ほら、あいつだけど見覚えあるか?」
建物の陰から固定化遺跡の方をこっそり覗くと。
地面に貼り付いた黒い長方形、固定化遺跡の入り口前にトリエスター教授ともう1人長身の男性。陽光の下で長めの灰金髪が白く照り輝いている。
奇妙な既視感。
ユニスは目をこらした。彼から放たれる色合いも気配も初めて視る。なぜ気になるのだろう……。
「知らない人だわ。どうしてわたしに訊くの?」
「ここへ到着したタイミングが良すぎるだろ。君の監視役かな、と思ったのさ」
晶斗がいうには、理律省は国家の保安を司る公安機関。ユニスを監視対象として扱っているなら、専任の監視役を付けているだろうと。
「遺跡地帯で魔物に出くわしたことがないんだろ。どこへ行っても監視と護衛がいたならそれも不思議じゃないさ」
「まさか。理律省はわたしの行動を把握しているだけよ。そこまでぴったり護衛に貼り付かれたことなんてないわ」
ユニスは笑い飛ばしたが、晶斗は大真面目だ。
「そりゃそうさ。護衛対象に気づかれちゃ任務にならんだろ。蹴砂の町では俺のせいで表に出てこざるを得なかったのかもな。自覚はないだろうが、君はこの国ではそうとうな重要人物のはずだぞ」
「それこそ考えすぎよ。わたしよりすごいシェイナーなら守護聖都にたくさんいるのよ。それに比べたらわたしなんて田舎者もいいところだわ」
ユニスの生まれ育った村へ理律省が定期訪問していたのは、ユニスが学校へ通い始める前の話である。
ユニスがシェインを制御できるようになると巨大氷山の出現回数は少なくなり、やがて村へ理律省職員が訪れることもいつの間にか途絶えた。……表向きはそういうことになっていた。
しかし理律省は、現在に至るまで目には見えない『目』でユニスを監視し続けている。
おそらくだが、プリンスはユニスが蹴砂の町にいることも初めから知っていたのだろう。
理律省の長官でありシャールーン帝国宰相たる者が本当にお忍びで行動するはずがない。
ユニスがもっと幼い子どもなら、プリンスとの偶然の遭遇は至上の幸運と感動しただろうが、いくらユニスが世間知らずのお人好しでも、国宝を盗んだ重罪犯にされては百年の恋も冷めようというものだ。
「氷山が後始末されていた時間って、わたしは家か師の家で説教されていたのよね。理律省から来た人には会っていないの。でも、マユリカなら知っているかも」
親友のマユリカは同じシェイナーの師のもとで修行した。理律省を勤め先に選んだくらいだから、理律省に関する勉強もしていただろう。
マユリカはユニスの氷山についての思い出話はしない。師に説教されるとユニスは落ち込んでいたから、マユリカがその話題を避けてくれているとも考えられるが……。
「なるほど、そのあたりはマユリカちゃんに聞けばいいわけだな。で、理律省は100回くらい来たのか?」
晶斗が軽く訊いてきたので、ユニスも軽く応じようとした。
「失礼ね、3桁はギリギリいかなかっ……あ!?」
言っちゃった!?
ユニスと氷山。それは黒い歴史。固く封印して、晶斗には絶対言わないつもりだったのに、会話がはずめば何気にボロボロばれていく。
我に返って、うぐぐ、と両手で口を押さえるユニスの背中を、晶斗はバシンと叩いた。
「グホッ、な、なによ」
「ハハッ、すげーじゃないか!」
「な、なんで? こんなの、自慢しちゃダメなんじゃ……?」
「俺に言うのはかまわないさ。持ってる勲章は自慢すりゃいいんだぜ」
「ええ~? そういうものなの?……」
暗に信頼しろ、と言われているのだろうが、どうも晶斗のペースに巻き込まれたらユニスは調子が狂いっぱなしだ。
「そんなふうに言われたのは初めてだわ。あははは、ありがと……」
子どものユニスが引き起こした氷山事件が重大問題に発展しなかったのは、被害を被った人々への救済措置がすみやかに理律省から行われていたからだ。
ユニスが氷山制作者として有名なのは、たまたま他所から来ていた人々にも目撃され、隠し通せなくなったからだ。
珍事として全国ニュースになるのに、それほど時間はかからなかった。
犯罪事件ではないから、氷山作成者としてユニスの名は紹介された。
『ユニス』は、シャールーン帝国ではありふれた名前であった。それが報道機関が面白がって付けた『冷凍少女』の二つ名が一気に広まったきっかけだった。
おかげで『冷凍少女ユニス』はシャールーン帝国人ならば知っている帝国の常識となった。
以降、ユニスと命名される子どもはほとんどいなくなったとか……。
「なあ、あいつこの前あんな変装してたろ。あいつじゃないという証拠はないぜ?」
晶斗のいう『あいつ』がプリンスだと、ユニスにも察しがついた。
「疑いすぎよ。あの方がこんな所に用があるわけないでしょ」
ユニスも既視感の正体にはすでに気づいていた。
あの理律省職員の後ろ姿はプリンスに似ているのだ。
頭の形、襟足までかかる長髪、肩幅と上半身の骨格、砂漠用の白いコートに左腰に細身の剣を吊り下げたスタイルまで。守護聖都のお役人というより、遺跡地帯にいる護衛戦闘士か魔物狩人ふうな雰囲気も。
「たしかにプリンスと間違えそうな強力なシェイナーみたいだけど、別人よ」
自信を持って断言したら、晶斗から露骨に懐疑的な眼を向けられた。
「あいつの変装じゃないという根拠は?」
「だって、シェインの目で視た気配と色合いがプリンスとはちがうもの」
間違えようのない鑑定結果を告げると、晶斗はやっと納得した。
「ちぇっ、あいつなら文句のひとつも言ってやろうと思ったのによ」
晶斗はよほどプリンスのことが嫌いなのだろうか。その気持ちもわからないではないが、あまり露骨にけなされると、幼児期からプリンスのファンだったシャールーン帝国民としては複雑な心境になる。
――そういえば、もしプリンスに会ったら、わたしは何て言えばいいのかしら。
神聖宮の事件の真相は未だ不明。
プリンスの真の目的はわからぬまま、ユニスと晶斗は国家大逆犯にされている。
いずれはプリンス本人の口から釈明を聞きたいものだが、会ったら会ったで今度はなにをされるか想像もつかないゆえに、すぐ再会するのもどうかと思う。
なんとも矛盾した期待を抱いてしまう相手だ。
ユニスが考えにふけっていたら、晶斗にトンと肩を叩かれた。
「あいつ、中へ入るみたいだぜ」
後ろ姿がプリンス似の理律省職員は、トリエスター教授との話を終えるとその場で地面に片膝をついた。
右手で、黒い長方形の縁へ触れる。
地面が輝いた。そこから生まれた紫のイナズマが、天空目指して駆け上がる。幾筋もの光が空の彼方へ消えていった。
「うそッ!? あの人、わたしのシェインを逆転させたッ!?」
ユニスは壁の影から顔を出した。
こちらを向いたトリエスター教授と目が合った。
ユニスは慌てて顔を引っ込めた。
「なあ、逆転ってなんだ?」
黙って見守っていた晶斗が解説しろ、と目で促す。
ユニスは遺跡のある方を指さした。
「中の様子をまだ視てないから半分は推測だけど。あの人、わたしが氷を作ったシェインの過程を解析して、正反対の作用に変換させたみたい。あのイナズマが生まれた一瞬で、その効果を迷宮全域へ展開もさせたんだとおもうわ。迷宮に詰まっていた氷は出現前の状態にもどされて、ぜんぶ消えたはずよ」
「ははあ、君ができないって言ってたやつを軽々と?」
「う……。そうよ。難易度は超A級ね。わたしの行使したシェインのパワーを上回る強さのシェインと器用さがないとできないから」
自分で解説してさらに落ち込み、ユニスは壁に額を付けた。
「おい、入ったぞ!」
律省職員の姿が消えている。
ユニスは急いで透視を始めた。
黒い入り口から覗き込む。
固定化が成った遺跡は安全だ。
透視の障害となる歪みは発生していない。
予想通り、迷宮の通路から氷はすっかり消えうせている。
1階層に、理律省職員の姿はなかった。早々と他の階へ移動したらしい。
通路に氷が無いのを確認するためだろう。
ユニスは追跡した。
ところが『眼』が追いついたと思ったとたん、視失う。
――早い! どこに?……あ、いた!
最下層の通路へ飛んだと思えば、次の瞬間には別の階層を歩いている。
――この人、すごい速さで空間移送してるんだわ。
それから5分とたたないうちに、彼は出入り口のある階層へ戻ってきた。
彼は歩いて門から出た。
そこにはトリエスター教授が待っていた。
理律省職員は、体の前に人頭大の黒いボールを出現させた。小型三角錐の集合体、迷宮測距器だ。
――なんだ、迷宮内をあちこち移動していたのは、あれを回収していたのね。
遺跡内部をランダムに飛び回り、飛行効果の切れた端末機は、こちらから探しにいかねば回収できない。トリエスター教授は彼に回収を頼んだわけだ。
トリエスター教授は迷宮測距器を受け取った。
すると、理律省職員の姿が一瞬で消えた。
空間移送。町のどこかへ移動したのだ。
――すごい制御!
通常、強力な守護理紋に護られた場所では、シェイナーも空間に作用する系のシェインを使ってはいけない。
守護理紋によって整えられた空間が人為的に乱されたら、それをきっかけに危険な歪みが発生するかも知れないからだ。
ユニスもよくよくの緊急事態でないかぎり、町中でシェインは使わない。
守護理紋に気を遣いながらの空間移送など、目隠ししてジクソーパズルを組み立てるようなもの。体力と精神力を恐ろしく消耗するし、もし守護理紋に負ければ――シェインが打ち消されるだけならまだしも、
――我が身が物理的に、どうなるかもわからないのに。
あの理律省職員はそんな細かい制約などものともしない手練れなのだ。
――理律省にはあんなレベルのシェイナーが何人もいるんだわ。
この田舎町に来て、ユニスはプリンスから隠れているつもりでいる。
が、ほんとうは、わざと見逃されているのではないか?
プリンスはシャールーン帝国のシェイナーを束ねる長。本気で指令を下したら――シャールーン帝国全土のシェイナーに総掛かりで追跡されたら、逃げ切れるわけがないのだ。
ユニスはシェイナーだから仕方ないとしても、成り行きとはいえ晶斗を巻き込んでしまった。
――このさき何が起こるとしても、晶斗だけは無事に東邦郡へ帰らせてあげなくちゃ……。
トリエスター教授が手招きしている。
ユニスは晶斗と連れだって建物の陰から出た。
「データの回収は終わったよ。君たちも明日はゆっくりしたまえ」
トリエスター教授は上機嫌だ。
「あいつはどこだ? 明日から迷宮の探索に入るんだろ。俺たちと顔合わせはしないのか?」
晶斗はストレートに訊ねた。
「必要ないだろう。彼はこの南西地区一帯の管理官だ。新しい遺跡の確認は済んだからな」
トリエスター教授はあっさり答えた。
南西地区担当ならユニスの村は管轄外。関係無い人ならユニスもこれ以上の興味は持たないでおこう。
遺跡が固定化されたらシェイナーの役目はいったん終了だ。あとは探索隊の仕事。迷宮内を歩きまわって地図を作成するかたわら、遺跡産出物を拾ったり壁や床を採掘したり……。そうして入手した遺跡産出物の権利は、五割が発見者のものになる。
とうぜんユニスも参加できるものだと思っていたが、
「ごくろうだったな。疲れただろう。次の指示があるまで宿舎で待機してくれ」
いたわりのこもったトリエスター教授の指示が出た。
「わたしたちだけ仲間はずれ? ひどいわ、遺跡探索はできないし、ほかに遊びに行く場所も無いのよ。あーもう、早く守護聖都フェルゴモールへ帰りたい!」
「研究は採掘よりデータ取りだからな。固定化遺跡は逃げないから、あとでゆっくり入れば良いさ」
ユニスと晶斗は歩いて10分足らずの距離にある宿舎へ戻った。
そして、ユニスにとってはいささか不本意なほどのんびりした一夜が明けると。
村の様子は一変していたのである。




