050:遺跡固定化完了アフター
遺跡の標高はわかりづらい。
曲がり角はあれど、上昇・下降は空間のずれ加減により、どこまでいっても平坦な通路を移動することになる。
ゆえに、階層を上下に移動した際は非常に勘の良い人間か、きわめて平衡感覚のすぐれた人間にしか、それとわからない。
階層の正確な標高を知りたければ、専用の迷宮測距器で測定し、記録していくしか方法はない。
階層を判別しがたい理由は、一説によると未固定の遺跡内部には『時間』が混ざり込んでおり、そこだけ四次元構造になっているせいだとも。
その説の検証は、すでに何度か行われていた。
遺跡内部に滞在した時間と、外部の時間の進み方が異なるのは遺跡探索者の間では広く知られている。
しかしながら近年の統計では、遺跡探索者が安全を確保した上で未固定遺跡へ入り、規定時間内に迷宮を無事に踏破して出てきた場合、1時間を超える差異は報告されていない。
ゆえに、遺跡内での時空間の歪みはそれ以上ではないとされている。
遭難しない限りにおいては。
一瞬で、遺跡の全容を理解する方法。
そのシェインの行使。
それはわかった。
ほら、もうユニスは何層にも重なった迷宮の隅々まで、楽に見透せる。
通路は大きな氷塊でいっぱいだ!
「うああああ、やっちゃった……!」
ユニスは頭を抱えて座り込んだ。
晶斗はおもむろにディバインボーンズをひと振りした。白い長剣はガードナイフの形状へ戻る。それを流れるような手さばきで腰の後ろの鞘に収めた。
晶斗は氷の壁を上から下までじっくり眺めた。
「すげえな。……うん、固定化はちゃんとできていると思うぜ」
透明度の高い極上の氷だ。
ゆえに、通路の苔緑色が透けている。
氷1個は、おそらく2~3トン。門のある1階層で出していたものより、大きさも透明度もグレードアップした氷塊だ。しかも氷塊どうしの隙間は氷の粒で埋めるという念の入りよう。
晶斗は左手のガードグローブの甲を氷へ向けた。そのセンサーが何を伝えてきたのか、晶斗は軽く笑った。
「隙間はゼロ! たいしたもんだ、俺たちのいるここ以外は氷詰めとはな。ま、これで固定化は完璧に済んでるし、氷はもう溶かしていいぜ?」
晶斗が、センサーでは測定できない他の階層まで氷だらけなのを知っているのは、ユニスが報告したからである。
「無理。しぜんに溶けるまで待ってください……」
ユニスはガックリうなだれた。
ここは入ってきた門から4階層下。自分でやったとはいえ、唯一の出入り口である門も氷でふさいでしまった。これでは門のある階層へ歩いて戻ることも、外へ出ることもできない。
「この前みたいに火の玉を出して溶かせばいいじゃないか。固定化されたからって安心してたら、いつまでたっても外へ出られないぞ?」
「シェインホールを開けるわ」
ユニスはすぐ目の前の壁へ右手のひらをむけた。
次元空間を貫く穴を穿つ。
外へ直通する出口シェインホール。
もしもごくふつうの未固定遺跡で、これほど強烈に空間を貫く『歪み』を人為的に発生させれば、時空間が予想外の方向へ横滑りする危険があるだろう。
だが、遺跡の固定化は成った。月の位相が変わろうと、遺跡は異次元へ還らない。お宝は、あとでゆっくり取りに来ればいい。
――このまま宿舎の部屋へ帰りたいけど、さすがにそれはダメよね。
まずはトリエスター教授へ報告しなければ。
ユニスは晶斗の腕を軽く掴み、ほい、とシェインホールへ飛び込んだ。
天空の星々は少なくなり、その姿も蒼白く醒めつつあった。
もうすぐ夜が明ける。
トリエスター教授たちはユニスと晶斗が着地した場所から、北へ300メートルほど離れた場所で待っていた。
最初に入った遺跡の門はそこにある。
遺跡が固定化されたいまは、その足下の地面にぽっかり長方形の穴が開いている。それが遺跡の存在を示す唯一の証拠だ。
夜に浮かぶアメジストさながらだった遺跡の輪郭は、地上から消え失せた。
ユニスは小皿型の部品をトリエスター教授へ返した。
遺跡を固定化した方法を聞いたトリエスター教授は、とくに表情を変えることもなく「そうかね、短時間でよくできたな」と普通に満足げだった。
「では、次は迷宮測距器を回収してきてもらおうか」
遠隔操作できる小型飛空端末機だが、迷宮内部の深層へ潜ってしまえば、いかに優秀なシェイン系装置といえど制御通信が届かなくなる。
「だってさ。ユニス?」
どうする、と晶斗は目で問いかけてくる。
「無理です」
言われるだろうと思っていたから、答えは準備済みだ。
「なぜかね?」
「氷が詰まっているので通路には入れません」
わかってるくせに、とユニスはふくれっつらで応えた。
「空間移送で入れば良かろう」
「通路は氷で塞がれています。わたしたちがもといた場所なら空間があるから入れますけど、そこから移動はできません。第一、あのたくさんの端末機が迷宮のどこにあるのかわかりません!」
迷宮測距器の、1個1個が自立飛行する小さな三角錐は、みごとにバラバラに飛んでいった。いまごろは通路のどこかで氷の隙間に埋もれている。
「固定したての新しい遺跡に入らないなど、もったいないことがあるか。我々が調査に入るからいますぐ氷をぜんぶ取り除きたまえ」
「だから無理です」
「なぜだ。君が作った氷じゃないかね?」
通常、シェイナーが行使したシェインは、その本人ならば打ち消すのも簡単である。……というのが、通説だ。
「やったことがありません」
ユニスは正直者なのだ。
「なんでえ、また火の球でも出して溶かせばいいだけじゃないのか?」
晶斗がよけいな口を挟む。超特急アルタイルで火球を出して氷を溶かしたのを知っているから、無邪気なものだ。
「いいえ、これは火球一個でどうにかなる量じゃないわ。しかもわたしが作った氷なのよ。透明度が高いから白い氷よりも熱吸収が遅く、溶けるのも遅い! わたしの作った氷山は真夏の炎天下でも何時間も溶けない、極めて良質な最高の純氷だというデータもあるくらいなんだから!」
「そういえばそうだったな」
トリエスター教授が右こめかみを指で押さえた。
「おい、そんなもん自慢すんな。遺跡のお宝採掘は早い者勝ちなんだ。そこは効率と俺たちの利益を優先しろ」
晶斗が正論か欲望だかよくわからない理屈を主張する。
「仕方ないでしょ、わたしのせいじゃないわ!」
「君たち、痴話げんかは後にしたまえ」
トリエスター教授がずずいと割り込んできた。
「採掘は後でもいいが、こっちは貴重な学術研究だ。一刻も早く固定化して間もない新しい計測データを取りたい。というわけで、入り口だけでもなんとかして開けてくれ。火球を行使するのが難しいなら熱源の種類は問わん、高温の何かで入り口から氷を溶かしていけばいいのじゃないかね?」
トリエスター教授の提案に、ユニスはキッと振り返った。
「自慢じゃありませんが、長時間の火のコントロールなんてできません。熱いのが苦手なんです。火球を1個出すくらいならなんとか我慢できますけど、それ以上となると、反射的に巨大氷山を出現させる危険もありますわ。なにより、これまで作った巨大氷山を自力で片付けたことは1度もないんです。ひょっとしたら遺跡どころか、この周辺一帯を破壊するかもしれません。そういう危険があったから、わたしの育った村では理律省に依頼していたんです。それでもいいならやってみますけど?」
これだけ丁寧に説明したら、さすがに解ってくれるだろう。
なのにこんどは、晶斗がこめかみを指で押さえた。
「あのなー、だからそういうことを胸を張って言うなって。遺跡で頼りになるのはシェイナーなんだぞ。そのシェイナーが頼りにならなきゃ、探索隊の生死に関わるだろうが」
「だって、空間操作と氷山と火を出すのはぜんぜんちがうもの。誰にだって得意と不得意があるでしょ。ちょっと極端なのは自分でもわかってるわよ」
「よくそれで今まで無事だったもんだ」
「そう? 運が強いと言って」
例外は先日の超特急アルタイルだ。
その場で扉を開けるためには、得意ではない火球で氷柱を溶かすしかなかった。
できないわけではないのだ。
昔、シェインの修行をするために預けられた師の元では火球を扱う訓練もしたはずなのだから。
――なぜか火系の修行についての記憶はかなり曖昧になっているのよね。
遺跡探索の仕方についてもそうだ。
未固定遺跡の探索方法、その入り口の開け方、迷宮の探索方法など、師に指導されたからこそ、今のユニスがそれらのシェインを行使できているはずで……。
――なのに、どうして習得した過程をまったく覚えていないのかしら。
もしや修行中、火球を扱う適正に乏しいと判断され、師が訓練半ばで中止したとか?
そうであれば、ユニスの記憶が中途半端なのもうなずけるのだが……。
――でも頭のどこかに少しくらい記憶が残っていてもいいはずよね……。
平時なら気にもしない記憶の奥底を探ろうとしたとたん、額から左目にかけて鋭い痛みが走った。
「いたぁッ!?」
ユニスは両手で額の左側を押さえた。
「ユニス? なにが起こった?」
晶斗が急いで顔を覗き込んできた。
「どうしたのかね!?」
トリエスター教授の声にも少しばかり焦りが含まれている。
「ちょっと頭痛が……」
ユニスはうつむいて額を手で押さえていた。
――なに、いまのは……。
瞬きした。
額から痛みは消えた。
まるで嘘だったみたいに。
「だいじょうぶ……みたい。治ったわ」
ユニス自身へ疑問を残して。
――びっくりした。あんな痛み、初めてだったわ……。
もしもいきなりナイフで額を斬りつけられたら、あんな感じだろうか。
そう感じたほど鋭い痛みだった。
たまに小耳に挟む噂に、シェイナーが能力を使いすぎた際の発作的な症状というのがあるが、あれもそのたぐいだろうか……。
――シェインを酷使したせいとか?……気をつけなくちゃ。
なんにせよ、ユニスは疲労している。
今日はこれ以上、シェインを使えない。使ってはいけないと感じる。
どうせこの遺跡の通路に詰め込まれた大量の氷は、火球の1つや2つあったところでとうてい溶かせるものではない。
火球1個を作り出すシェインは、一般的にはそう難しくもなく疲れもしない簡易な技術の応用だ。だが、ユニスにとっては氷を作るよりも強めの集中が必要で、作り出した火球を維持しつづける精神力・体力の消耗は、巨大氷山を1個作成するよりもはるかに高いのだ。
――なんで火と氷はこんなにちがうのよ~。
「ああ、もういい、氷の後始末はこちらでなんとかする」
トリエスター教授は気難しい顔をいっそう難しくしかめていた。
彼は生粋のシャールーン帝国人。ユニスが子どもの頃から氷山を作っていたニュースを知らないはずがない。
「ユニスくんの言い分にも一理ある。ここら一帯を破壊されちゃたまらん」
「へえ、なんやかや言いながらユニスのことをよく理解してるんだな」
「どういう意味よ?」
晶斗の左足をユニスは踏んづけた。遺跡探索用ブーツは頑丈だ。晶斗へダメージを与えることには失敗した。
「しかし、そんなに溶けない氷だったら、溶けるまで皆ずいぶん困ったんじゃないか?」
「そうでもないわ。わりと早く片付けられていたもの」
あとで師や家族に聞かされた話によると。
子どものユニスが何らかのはずみで氷山を作成した。
↓
第一発見者が村の役所へ緊急連絡。
↓
村の役所から理律省に緊急連絡される。
↓
理律省から巨大氷山の後始末が出来る能力者を最優先で緊急派遣。
↓
すみやかに現状回復。
と、いうのが定番だったと、ユニスは聞かされている。
「なんだ、しっかり緊急事態用マニュアルまで用意されてたんじゃないか」
ユニスによる氷山現出=「緊急事態」と晶斗に断定されるのは少々カチンとくるが、ユニスも大きくなってから、理律省はユニスが何かした時に備えたマニュアルをもっていたのだろうとは思っている。
「その話なら私も知っている。ちょうどこのあと守護聖都フェルゴモールから遺跡調査のために理律省の職員が来る予定だ。業務外になるがついでに氷を片付けさせよう」
トリエスター教授は近くにいたスタッフを呼んで何やら指示した。スタッフはうなずき、走っていった。
「手回しが良いな。そいつは専門家なのか?」
「まあそうだな。この事態に対処できる能力の持ち主なのは確かだ」
トリエスター教授は警備隊長を呼んだ。
警備隊はいつでも遺跡探索に入れるよう半数が準備をしていた。トリエスター教授は次の指示があるまで交代で門を見張るよう指示を変更した。
トリエスター教授はスタッフを集合させた。
「みんな聞いてくれ。固定化した遺跡の初めのデータを記録し、明日の朝1番で保安局へ登録すれば、この遺跡の初期採掘権は我々のものだ。保安局へいって保安官を呼んできてくれ。先に必要な書類を作ってしまおう」




