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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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049:迷宮の長虫ベルシェバー

 風を切ってベルシェバーが飛んでくる!


 晶斗(あきと)がサッと身をかがめた。

 1匹は晶斗を迂回して天井へのぼり、1匹は晶斗の真上を通過した。

 次の瞬間、真上のそいつは頭部を失い、体躯だけが飛んでいった。


 先に床へ落ちて転がった白い頭部は、小ぶりな四角形の集合体だ。

 なかでも小さな4つの四角が、クルクルッと回る。


 その『目』がユニスを見た!


「……ひぃッ!?……」


 悲鳴が喉でつっかえた。心臓が止まるかと思った。逆にショックでドキドキし始めてしまった。


――なんなのいまのは。目が合った? 知能があるの!?


 空中で4つに分断された体躯は飛びつづけ、スイーッと左右へ離れたあと、壁へ激突。バラバラに落下した。


 ズ、ズン……!


 とてつもなく重い、床から伝わってきた振動に、ユニスは軽くはずんだ。


 床の頭部は灰緑色の砂と(はじ)けた。

 バラバラに離れて落ちていた体のパーツもいっせいに砂と化す。ベルシェバーの完全なる死。無機質の砂は二度と動かない。


――わかっていても気味が悪いわ……。


 壁にはじけ飛んだ砂粒がユニスの足にぶつかった。


「ぎゃあ、やだッ!!!」

「心配すんな、ただの砂だ」


 晶斗はベルシェバーの頭だった砂の山を踏み砕いた。

 灰緑色の砂は人体には無害だという。

 何の役に立つのかと聞けば、これも特殊鉱物で、加工しだいでいろんな使い道があるらしい。


「うう、消毒したい……」


 異世界の魔物が不衛生かどうかは知らないが、ユニスにとってはゴキブリにも等しい。存在が許せない害虫である。


「なにいってんだ、気をつけろよ。大量の砂の下敷きになったらふつうに圧死するぞ」


 晶斗は新たに迫りきたベルシェバーを白い長剣の一振りでたて裂きにした。

 2つに分断されたベルシェバーは壁に激突、砂と散った。


「もっと早く言ってよ! 結界(バリア)を強化するわ」


 自分と晶斗に張ったバリアへ、重ねてシェインのパワーを送る。

 晶斗とユニスの周りがほわっと光った。2人の全身を包む膜のような形がうっすら浮かびあがって、消えた。


「ん~? これでグレードアップされたのか。べつに変わった感じはしないが……?」

「物質じゃないもの。でも、物質的な攻撃もある程度は防御できるわ。ただし、こんなの相手に結界はるのは初めてだから、衝撃に対する耐性がわからないの。無いよりマシだと考えて、()けられるものはぜんぶ避けてよね」


 物理攻撃に対する防御力レベルは、すなわちシェイナーの能力レベルに等しい。シェインのパワーは、シェイナーの意思の強さにも正比例する。

 この場合は、ユニス対ベルシェバー。たがいに持てる能力全開の正面衝突だ。


「おう、了解だ」


 飛んできたベルシェバーをバッサリ切り捨て、晶斗が声をはずませる。


――なにが嬉しいんだか!


 ユニスにはさっぱり理解できない。


――あ、また出た。


 1匹が空中で縦に裂かれ。

 2匹目は返す刀で首と胴を分断された。

 死骸は見る間に灰緑色の砂と化した。


「うわあ……!」


 床に落ちて転がった四角い頭部が、最後にガサリと形を失う。

 残るのは砂ばかり。

 謎多き異次元生物のなれの果てだ。

 大量の砂が流れてきて、ユニスは慌てて3歩さがった。


「こいつらの頭、目しかないけど、鼻も口もないの? 知能はあるのかしら?」

「まあ、集団で襲ってくる程度の知恵はあるみたいだぜ」


 左右の壁からにゅるんにゅるんと生えだす白い頭と長い胴。


――なんで、どうして、遺跡の壁のどこにこんなのがいるのよ!?


 壁の奥を透視しても、苔緑色の無機質なただの壁――ユニスの世界の物質とは微妙に異なった何かではあるけれど――生き物の気配はどこにもない。

 そいつを晶斗がすかさず切り落とす。ついでとばかりに長剣をブン回し、壁や床もキズつけていく。キズの長さは1メートルにもわたらんとする深く白い(あと)となる。


――晶斗はどうして壁をキズ付けるのかしら。


 通りすがり、ユニスは壁のキズに指先でタッチした。


――あ! 晶斗が斬りつけた(あと)は消えないんだわ。


 迷宮の壁には復元力がある。

 どんなに鋭い刃物で力任せにキズつけ、その一部をえぐり取ろうと、いつのまにか跡形無く元に戻っているのだ。


 ちなみに壁や床から切り離した遺跡の構成物質は、密閉できる容器に入れておいてもほどなく謎めいた消失をするか、こちらの世界でいうただの石ころ同様の物質になってしまう。


 迷宮の不可解な常識だ。


 ユニスが珍しげにキズをさわっていたら、だしぬけに右前からゴウッっと風が吹きつけ、その風圧によろめいた。


 ベルシェバーが来る!


「きゃあ、やだッ!」

「うおっと!」


 晶斗がバックステップを踏み、空中に跳ね上がった。

 右のベルシェバーが首を切断された。その体は、とっさにかがんだユニスの頭上をスーッと飛びこえ、数メートル飛んでからポトリと落ちた。


 晶斗の動きに、ユニスは目が追いつかなかった。


 つづいて左から来たのは、胴体を真ん中から両断されていた。飛んでる途中で背中と腹側が斜めにずり分かれ、その場で落下。

 壁を蹴って跳んだ晶斗は、ユニスの前へ着地した。


「ほい、だいじょうぶか?」


 晶斗はひょいと手を伸ばし、ユニスの左手をつかんで起こした。


「ありがと。あの、壁のキズはどうして消えないの?」


 晶斗があまりにのほほんと喋るので、つられたユニスも緊張感がつい緩む。


「すげえだろ。こいつが神の骨製の武器(ディバインボーンズ)だからさ」


 晶斗は白い長剣を掲げてみせた。

 現在は長剣仕様、その正体は、刃渡り三十センチ弱のガードナイフだ。『神の骨』の通称通り、驚くべき希少価値に加え、遺跡産出品のなかでも非常にレアな採取品№1である。


「なんでか理屈は解明されていないけどな、こいつなら迷宮の壁を簡単に斬れるんだよ。さっきから壁を斬りつけてるのは、こいつで付けたキズからは強力な固定化が進むからさ」


 すでに固定化された壁や床からはベルシェバーが出てこないという。


――まさか、迷宮が魔物を生む母体?


 魔物は迷宮のどこかに潜んでいるのではなく、遺跡そのものが魔物を生み出すということか?

 ベルシェバーは、遺跡の固定化が成されるまで無限に生まれ続けるのだろうか。


 ふと、ユニスはベルシェバーの奇妙さに気づいた。


 突撃の体当たりがベルシェバーの攻撃だ、と晶斗はそう説明した。

 だが、いくら晶斗の剣技がすぐれていようと、ベルシェバーの攻撃は、まるで晶斗に斬られるために突っ込んで来るみたいである。


 晶斗はこのタイプの遺跡はこのベルシェバーだけが出ると知っていた。晶斗1人で片付けられる。だから護衛は自分だけでいいと言ったのだ。


――すごい自信家!?


 とはいえ、早く遺跡全体を固定化しないと晶斗だって疲れるし、際限なく魔物退治なんてできるはずがない。


 気ばかり焦るユニスの背後に、気配。


 通路の奥にまたベルシェバー!


 その3匹を、晶斗は難なく切り捨てた。

 白い長剣を閃かせ、こちらを向いた晶斗の顔には疲れなどみじんもなく、若々しさと力にあふれていた。


――なんであんなに元気なのかしら……。


 とうとつに通路に静けさがたち戻った。


「よし、いこうぜ」


 ふたたび歩きだして数分……。

 あれほど耳障りだったベルシェバーが風を切る音は、さっきから聞こえない。


「晶斗、ベルシェバーは出てこないの?」


 あまりにも静かだ。ユニスは奇妙な感覚にとらわれた。世界から音という音がきえたみたい……。


「うん、いまは出ないな」


 晶斗は、両サイドの壁へキズをつけながら歩いて来た。

 キズがついた壁からはベルシェバーは出てこない。固定化も進む。

 だが、ユニスが早く固定化のシェインを使わなければ、遺跡全体が固定されるにはまだまだ時間がかかる。


 わかってはいるのだが……。


 ベルシェバーと目が合ったショックでバクバクしていた心臓が、ようやく落ち着いてきたばかりである。


「終わったの? もう出てこない?」


 ユニスは疲れた。もう宿舎へ帰りたい気分だ。


「いや、これは1回目の静けさってとこかな」


 と、晶斗はディバインボーンズを大きく振るった。


 ズシャッ!


 湿って重いものを切ったような鈍い音。

 通路左右の壁に細い十字模様が刻まれた。

 その切り目から、灰緑色の砂がサラサラとこぼれだす。ここからベルシェバーが出る寸前だったらしい。壁から出る前は魔物の形態になっていないのだ。


――ほんとうに、迷宮が魔物を生み出しているんだわ。


「ベルシェバーは他にも特徴があってな。それがなんと……」


 前方の左右、壁の表面がざわめいている。

 まるで苔緑色の皮膚のすぐ下を、無数の虫が這い回っているかのごとく。

 ユニスは怖気(おぞけ)がはしった。


「なんなの、早く言ってッッッ!」


 壁からヌウッと、新しい白い頭部が生えた!

 出てくる出てくる、ベルシェバー。


 カチカチ。


 耳慣れてきた奇妙なスタッカートの連続。


 カチ、チ、チ、チ、チチチ、チチチチ、ka・ka・ka――――――。


途切れ無くなった。

 鳴り響くは1本の音。


「わははっ、来たぜ来たぜ!」


 大当たりだ! と晶斗がよろこぶ。


「団体が好きなのさ、っと!」


 晶斗が振るった白い一閃、ユニスが見たのはその残像。

 ユニスの視界で、5匹すべてのベルシェバーが2つ以上に分断され、床に落ちた5匹分がまとめて砂と化す。


「ひいッ!?」


 我ながら、なんて乙女らしくない悲鳴。


「なにやってんだ、とっとといくぜ!」


 晶斗が走り、ユニスも走った。頭の中は半分まっしろだ。

 進行方向からベルシェバー、ベルシェバー、またベルシェバー。


 片っ端から晶斗が斬り捨てる。


 白い塊がボトボト落下してくる中を、駆け抜ける。


 魔物の変質がサラサラの砂で良かった!

 もしも血液やらの体液を、ドロドロぐちゃぐちゃのベチョベチョに流すタイプなら、一生遭遇したくもない。


 この遺跡にどんな希少なお宝が隠してあろうと、ベルシェバーがいると知った時点でユニスは速効フェードアウトした自信がある。


 バサッと、砂が降ってきた。


「ぎゃあッ!!!」


 一瞬、視界が灰緑色に染まる。


 頭から砂をかぶった。髪が砂まみれ!


 ユニスの中で何かがぶち切れた。


「お?」


 晶斗がベルシェバーをスパスパ切り捨てながら進んだ少し後ろで、ユニスは立ち止まっていた。


「もう無理!」


 ひと声宣言。


 砂が人体に無害だとかなんて、関係ない。


 洗練されたシェインの行使方法など忘れた。


 迷宮が際限なく魔物を産み出すなら、ユニスだっていちばんの特技をとことん使うまで。


 ゴン!


 重量物の落下に、床が揺れた。

 通路の空気が一気に冷える。砂漠地帯の遺跡にあるまじき極寒の低温。


 ゴンッ! ガンッ、ドゴッ!


 落下音が続く。1個の大きさは小型車くらい。目測では1トン前後。


 ドガドガドガッ!


 いきなり空中に出現しては落下する。

 ユニスたちが通ってきた通路は、透明度の高い巨大氷ですっかりふさがれた。


 ベルシェバーの追跡はない。

 ユニスの出した氷を通り抜けられない証拠だ。

 通ってきた通路の、見える限りの空間が、天井まで氷でふさがれた。


 ユニスは行く手にも氷を念じた。


 天井近くにポポン! 巨大な氷塊が浮かぶ。さっきの1トンよりはやや小ぶりであるが。

 突き当たりの壁から3匹出現!

 すかさずユニスは、氷塊を浮かせていたシェインを打ち消す。


 氷塊落下!

 ベルシェバー3匹は押しつぶされた。


「いいぞ、もっと氷を出してくれ。通路の両側を氷でふさいじまえばやつらは壁から出てこられねえ!」


 晶斗の提案に素直に従い、ユニスは大人の身長ほどの氷塊を周囲へゴロゴロ降らせた。

 氷は左右の壁際に積み上がった。

 苔緑色の壁がやや白っぽく見える。凍結したのだ。

 いっきに空気が冷たくなる。


「異次元物質も凍るのね」


 ユニスは寒さにブルッと震えた。


――こんなところで防寒着が必要になるなんて想定外だわ。


 シェイナーとて生身の人間、汗をかいて冷たくなったら寒くなってあたりまえ。自分で出した氷だって冷たいものは冷たいのだ。

 いまは体を覆うシェインの結界で、ある程度の体感温度を調整・補正をかけているが、純粋な肉体疲労はシェインでは回復できない。


「凍るってのは、この世界での変化だ。つまりこの通路は、もう俺たちの世界の物質になって固定化できたってことさ。その調子でいこう!」


「ええ、氷を出せばいいのよねッ!」


 やけくそ気味に返事して、ユニスは通り過ぎてきた通路すべてへ巨大氷塊を降らせた。見知らぬ場所はイメージできないが、自分が足跡を付けてきた場所なら簡単だ。

 後ろを向けば、通ってきた通路は透明な氷ですっかり塞がれていた。


「おお、すげーでっかい氷だな。どこから出してるんだ?」

「知らないわよ、そんなの! とにかくこれだけは得意なのッ」


 それでも氷に通れる隙間があれば、ベルシェバーはすり抜けてくる。

 大きな氷塊をランダムに積み上げ、同時に砕いた氷のかけらも間断なく降らせる。通路の床から天井までに、氷がみっちり詰まりゆく。


 ほどなく通り過ぎてきた通路すべてが氷で埋めつくされた。


 その隙間を通ろうとしていたベルシェバーも、いっしょに。


 シェインで作られた氷は溶けにくい。

 とくにユニスの作った氷は溶けるまでに時間が掛かる。

 氷結の(かなめ)は絶対零度たる超低温を作り出すシェイン。すなわちユニスの(シェイン)が核だ。その核が発するシェインの作用が薄れぬかぎり、凍結はつづく。


 シェインの氷で囲まれた小さな隙間の温度は、摂氏(せっし)マイナス七十度の超低温。吐く息がただちに凍てつく世界で、その作用が、氷の隙間をすり抜けようとするベルシェバーの体内に浸透するまで1秒足らず――氷に挟まれて身動きが取れなくなり、もがいていたベルシェバーはことごとく砂状化し果てた。


 晶斗は前から来るベルシェバーを斬り捨て、ユニスは足跡代わりにどでかい氷をドッカンドッカン置き去りにしながら、通路を進んだ。

 シェインの行使に細かい制限を付けていないから、通り過ぎた通路はことごとく超低温の氷洞と化しているだろう。


「おっ、そろそろだな」


 おもむろに晶斗が、腕時計を確認。


「こんどはなに? 遺跡の時間ならまだ余裕が……」


 ユニスの勘では、氷で通路を塞いだから遺跡の四割は固定化が済んでいる。

 統計では、遺跡が『完全に安全な固定化遺跡』になるのは、全体の6割以上が固定化されてからだという。まだ厳密には、遺跡が異次元へ逃げる可能性は残っている。


「俺たちがここへ侵入してから約10分。あいつらに牙が生えてくる頃だ」


 晶斗はなんだか(うれ)しそう。

 ユニスは正しく返すべき驚愕の反応が遅れた。


「キバ?……牙って、まさか、あッ!」


 とっさにユニスは、少し離れた前方へ、ひときわ巨大な氷を出現させた。

 前方にベルシェバーが出現したのだ。

 ユニスが気づけたのは視認より早い直感、氷で壁を作ったタイミングはほぼ同時。考えよりも速かった。


「おおっと、やるじゃないか!」


 晶斗はその巨大氷壁を真っ二つに斬った。


「晶斗ッ!」


 氷が左右に割れる。

 真ん中をベルシェバーが飛んでくる!


「ぎゃあッ、来た!」


 ユニスを見下ろすそいつの四角い4つの目の下が、横に大きく裂けた。

 白い頭部の黒い裂け目。どう見ても、『(くち)』。


「進化したッ!? 口が無い魔物じゃなかったの!?」

「たまにいるんだ、学習して形状変化するタイプが!」

「嘘だといってえッッッ!!!???」


 グワッと開いた内側の、上下に並んだ尖った三角の歯。並びは三重。その奥は、闇。暗黒。




 それから後のことを、ユニスはよく覚えていない。




 全身の毛穴がブワッと開いたような感覚がした刹那、遺跡内部の全域を『知覚』したこと。


 その範囲すべて、隙間無く氷塊で埋め尽くしたこと。


どうやらユニスは、無意識のうちに持てるシェインの全力に近い能力を放出したらしいとは、あとから自己分析した結果である。


 その頃、外で遺跡を見ていたトリエスター教授たちは、遺跡の輪郭が一瞬だけ丸みを帯びて、膨れ上がったように見えたという。


 そしてベルシェバーは、出なくなった。


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