047:遺跡出現
宿舎中に警報が鳴り響く。
「新しい遺跡が出たぞーッッッッッ!!!!」
パチッ! と、目を開けて数秒後、ユニスはガバッと跳ね起きた。
――やばい、すっかり熟睡してた!
久しぶりに安心できる静かな環境、晶斗や警備隊員やら大勢の人の気配にすっかりリラックスしたらしい。
――遺跡って聞こえた。急がなくちゃ!
いつでもどこでも万が一にも新しい遺跡が出現したら、探索は時間との勝負。
これぞ遺跡探索者の心得。
今日は晶斗に部屋着で寝るよう指示されていた。
守護聖都フェルゴモールからの追っ手を用心してのことだが、おかげで身支度はすぐできる。
ドアがノックされた。
開けたら護衛戦闘士姿の晶斗。額には青のバンダナまで巻いて完全装備だ。もしかしたらこの格好で仮眠していたのかもしれない。
「村の北西100メートル以内に新しい遺跡が出た」
ありえない。村とその周辺の土地は古くからの守護理紋で護られているはずだ。
「トリエスター教授はうちのチームで緊急踏破するといっている。ここの屋上から見えるぜ。いこう!」
晶斗について屋上への階段を駆け上った。
他の家屋よりも1階分飛び抜けて高い宿舎の、四角く平らな屋根の上。
村の北から異様な雰囲気。
歪みの気配。
満天の星の下、淡い薄紫色に透ける遺跡。
その形は2個の四角錐の底辺を合わせた正八面体だ。透ける輪郭の内側で無数の星の光が歪んで滲む。銀の粒を内包したアメジストの宝石のごとく。
「トリエスター教授によると、未固定遺跡がこんなふうに三次元的に可視化するのは、100基に1基くらいだそうだ」
夜の闇を青い雷光が切り裂いた。
淡い薄紫色した遺跡は、一瞬だけ、透明水晶のように蒼白く変化した。
遺跡の表面には青いイナズマが無数に生まれる。
それらは輝く蛇さながら、ピラミッドの表面をのたうち回った。異次元から訪れた遺跡がこの世界の空気に初めて触れたときに発生するイオン化現象。
数時間もすれば収まるそれは、出現から間もない未固定遺跡の特徴だ。
「入り口は? 門は開いてるの?」
遺跡には少ないが種類があり、人間が入れないものもあると聞く。
そんな場合はユニスのような空間操作が得意なシェイナーが、強制侵入用の入り口を作るのだ。
「地面に近いあのあたりだ。見えるか?」
遺跡の上部ピラミッドの3分の2が地面の上に出ていて、下方のピラミッドは6割くらいが地面の下に潜っている。
薄紫色の中に黒っぽいシミのような部分。地面すれすれにぽっかり口を開けた長方形。
「あ、あれね! すごいわ、肉眼でゲートがこんなにはっきり見えるなんて!」
遺跡の構造からすると、あの場所は、1基に1つは確実に開く正規のゲートだ。
「透視出来ない人たちがどうやって遺跡を見つけるのか不思議だったのよ。これなら誰でも見えるわね」
「まあ、そのために歪みが視えるレンズが開発されたわけだが、昔からたまにこういうのがあったんだな。でも、ここまで全体が可視化して見えるのは超レアケースだぜ」
晶斗は皮肉っぽく口元を歪めた。
「遺跡の出現は昼間より夜の方がわかりやすいんだ。こんなふうに星が歪んで見えるからさ。門がけっこうデカいから、ありゃ中規模クラスだ」
過去において、ユニスも2つの遺跡に遭遇した。しかし、ろくに内部を探検しないうちに、核たるラディウスを取って崩壊させたため、未固定遺跡の実態は知らないに等しい。
「あれで? 遺跡の大きさって、見た目では測れないでしょ? 固定化が成功しても可視化する部分はごく一部だもの」
感知能力あるシェイナーでさえ、遺跡内部に入ってからシェインを行使することにより、遺跡全体の大きさ・広さを知覚する。
「経験による勘だけどな。大きい遺跡は入り口も微妙に大きいんだ。あれはきわめて生きが良い、中規模クラスの遺跡ってことさ」
村のどこかで空間が軋んだ。
通常ならば、遺跡は具現化する前に、守護理紋の効力により、歪んだ空間ごと砂漠へ追いやられる。
それが村の領域のすぐ外側に出現し、村から距離を取ることもなく、しつこく同じ場所に留まっているのは特異なケースだ。
いかに強力な守護理紋といえど、絶え間なく空間をひずませる苛烈な存在にさらされてはたまらない。
村のぐるりに配置された守護理紋が刻まれた石柱が、家屋の礎石が、過負荷によってジリジリと浸食され、刻まれた文様は爛れたように崩れていく。
歪みの浸食はいずれ村の中へおよび、住宅地にも影響が出よう。
人の世に現れた遺跡は、異次元へ還るか固定化がなされるまで、人間は安心できないのだ。
トリエスター教授たちは宿舎の前に集まり、手持ちの機材を確認していた。
「黄砂都市に連絡はついたか? なに、まだ? 誰か、保安局へいって遺跡踏破用装置の予備を借りてきてくれ。迷宮測定機器も一式頼む。こちらで持ってきたのはぜんぶ三号遺跡に運び込んだから手持ちがないんだ」
若い研究員が隣の宿舎からバタバタと走ってきた。
「黄砂都市の支部に連絡がとれました。時季外れのうえ、この時間では人を集められず、早くてもあと2時間はかかるそうです。到着は朝になると」
「守護聖都の方から連絡は?」
トリエスター教授が間髪入れずに訊きかえす。
「戒厳令下のため、こちらの遺跡探索には人手を回せないそうです。理律省からの派遣もすぐには無理だと。調整しても明日以降だそうです」
「くそ、間が悪かったな。せっかくの新規遺跡だというのに……む!」
トリエスター教授たちはユニスが来たのに気づいた。
「そうだった、今日は踏破隊を待たなくてもだいじょうぶだ。我々には空間操作に長けたシェイナーがいる。固定化さえ済めばこっちのものだ。朝には我々のチームの名で保安局へ踏破届けが出せるぞ!」
トリエスター教授の言葉に皆はうなずき合い、期待に満ちた視線をユニスへむけた。
「それってわたしのことですよね?」
なんだかユニスにとっては嬉しくないような予感がするのだが……。
「君以外にシェイナーはおらん。喜べ、出現したての中規模クラス遺跡へ1番乗りだ。まっさらの迷宮でお宝が取り放題だぞ」
「それはありがたいけど、本当に拾い放題なのかは疑問だわ」
ユニスがのんびり散歩気分で入るのとは勝手が違うような気が……。
「でも、ようは遺跡に入って迷図を見つけて、ラディウスを取ってくればいいんですね?」
遺跡の中のどこかにある遺跡の中の遺跡『迷図』。
その中に隠されている『光珠』は遺跡の核にして、超レアな国宝級のお宝である。が、ラディウスを取られた遺跡は即座に崩壊する。
「何をいう、そんなものは後だ。先に固定化させないと遺跡のデータが取れないじゃないか。だいたい他の遺跡産出物を取りたいなら、崩壊させたら消滅して後には何も残らんぞ。いいから早く固定化の準備をしたまえ」
トリエスター教授は注文が多い。
なんだか面倒そうだ。ユニスはムッと唇をとがらせた。
「準備なんてありません。わたしはこのままでいけますから!」
道具をもたないユニスはいつもの標準装備だ。ミニスカート風チュニックに脚にはレギンス。靴はヒールの高いショートブーツ。
長い金茶色の髪は結わずに腰まで流しているが、シャールーン帝国の独身女性はそれが普通だ。
「すぐ固定できるなら、護衛は俺1人でいいだろ」
警備隊長と打ち合わせが済んだ晶斗がこちらへ来た。
「おお、そうだな、頼むぞ。ユニスくんは魔物には慣れとらんだろうから、ちょうど良い経験になるだろう。おっとそうだ、ついでにこれを持っていけ」
トリエスター教授は機材の山から何かを取り出し、ほい、と投げよこした。
「はい? え、わきゃッ?」
ユニスはそれを両腕で受け止めた。
ボーリング玉より少し大きな、黒と銀に塗り分けられた金属部品のかたまりだ。1個1個は拳くらいの立体的な正三角錐が数十個。それががっちりボール型に固まっている。
「なにこれ? 立体パズル?」
金属めいているわりには重くない。ユニスでも片手で持てる。
「最新型の迷宮測距器だ。精密機械だから取り扱いにはくれぐれも気をつけてくれ。こいつを通路の入り口で射出させれば、自律飛行を開始して迷宮の隅々にまで飛んでいく。三次元の空間情報を収集して送ってくるんだが、2階層以上深くへ入ると遺跡の壁に通信が遮断されて遠隔操作ができなくなる。固定化の後で回収しにいってもらうからな。射出するまで落とすんじゃないぞ」
トリエスター教授は何度も念押しした。そうとう高価な機械らしい。
「おう、俺たちにまかせとけ。ほらユニス、いこうぜ!」
晶斗にポンと背中を押され、ユニスはおっとっと、と歩き出した。
急に緊張してきた。
こんなに期待されて遺跡へ入った事なんて、いままでに経験が無い。
「あの、ちょっと待って、なんかいつもと勝手が違うんだけどッ……!?」
「だいじょうぶさ、俺がついてる。さっさと固定化して終わらそうぜ!」
ユニスは新型迷宮測距器とやらを抱えて、晶斗に遺跡へ連れ込まれた。




