003:蹴砂の町
ここはシャールーン帝国最古のオアシスとも言われる『蹴砂』。
観光用の安全な遺跡見物にくる観光客と、遺跡探索の関係者が集う町だ。
このホテル近辺は、特に観光客が多い。それは観光客にとって『安全』な地域であることを意味する。
晶斗の問いかけに、ユニスは首を軽く横に振った。
「蹴砂の町は遺跡観光では有名だけど、それ以外には何も無い所だもの」
「そりゃまあ、遺跡地帯は人が集まるが、たいていは僻地にあるもんな。……ここには、外国のニュースも入ってこないのか?」
晶斗はまだ腑に落ちないらしい。
「ここに来るのは遺跡を見たい人だけよ。東邦郡なんて遠い国、興味が無いわ」
ユニスの顔を晶斗がジッと見つめている。
ふいに、両手で額を押さえた。
まさかっ、泣いた!?
この町が田舎なのが、そんなにショックだったの!?
だいたい遺跡地帯なんて都市から遠く離れているのが当たり前。
護衛戦闘士ならそのくらいの常識があるだろう。
それとも情緒不安定?
そういえば、晶斗は遭難から帰還したばかりの可哀想な人だった!
もっと気を使ってあげないといけなかったのかしら!?
ユニスが焦って椅子から腰を浮かしかけたら、
「たはっ、その様子じゃ、嘘じゃなさそうだな。まあ、君みたいなお嬢さんが俺の事を知らないのは仕方がない。でも、さっきの保安局の若いのも、知らんと言ってたしな」
晶斗は泣いていなかった。
「は?」
首を傾げるユニスの前で、晶斗は天を仰いだ。
オーバーアクションの好きな男だ。
蹴砂の町は、砂漠の砂の色から『黄砂都市』と名付けられたシャールーン帝国の西、オアシスシティ郡の最西端だ。
昔々、シャールーン帝国の西辺境といえば、人間が近寄れない未固定遺跡の浮遊地帯だった。
その歴史は、近世に大陸全土で起こった遺跡発掘ブームに遡る。
ルーンゴースト大陸の中世期にあった〈戦乱の時代〉が終わった後のこと。
平和が続いた各国では文化や科学技術が飛躍的に進歩した。それまではシェイナーに頼らざるを得なかったシェインを基とする様々な技術の研究も進み、時代が近世へ移り代わる頃には、誰にでも使える新しいシェインの装置が開発された。
だが、それには特殊な材料が必要だった。
『遺跡』でしか入手できない、稀少な貴石や鉱物の類いである。
古来より、危険な遺跡に入るのは、一部のシェイナーと遺跡専門の発掘師の仕事であった。
それが、ルーンゴースト大陸から戦争が無くなったことで、各国では軍事費の一部を遺跡探索や技術開発用に当て込み、国家規模での正式な発掘隊が派遣されるようになる。
市井では個人の発掘家という職業まで発生した。彼らはシェイナーの能力を借りずとも遺跡探索の助けとなる装置を手に、遺跡地帯へと押し寄せた。
人が集まれば、やがて市が立つ。
小さかった集落は町へ発展した。
古い宿は取り壊され、近代的なホテルが建築された。
蹴砂の町には、各国の有名な発掘隊が逗留した。彼らの滞在は、遺跡で稀少なお宝を発見する一攫千金の夢や遺跡に出現する魔物退治の冒険譚など、数多くの逸話を残している。
町で最も古いホテルは数百年の間にリニューアルを繰り返し、現在も快適な宿泊施設と娯楽設備を誇る。セキュリティも万全だ。一番のサービスポイントは、女性が一人で泊まっても安心なところだろう。
ユニスの滞在予定はあと数日。
晶斗の出現は予定外のハプニングだった。
ここでの遺跡探索は終わった。そろそろ潮時だ。気の毒な遭難者の愚痴を聞くボランティアの役割も十分果たしたと思う。
「ええと、ヘルクレストさん? 悪いけど、わたしはただの観光客で、明日帰るつもりなの。だから仕事は……」
ほかで探して、とユニスが言う前に、晶斗は遮った。
「俺のことは晶斗と呼んでくれ。俺は今、無一文だ。手っ取り早く仕事と金が欲しい。俺は護衛戦闘士だ。遺跡探検家のガードは護衛戦闘士の仕事だ。遺跡だけじゃない、遺跡地帯にはいろいろな危険があるから、護衛戦闘士は絶対に必要だ。お互いの利害が一致すると思わないか?」
晶斗は瞬き一つしない。
ユニスは目を逸らせなかった。
確かに、無一文は気の毒だが……。
ユニスはぐっと顎を引いた。
遺跡で遭難したのは不運だったと思う。
かといって、ほだされる気は無い。
ユニスは、遺跡には1人で入れるのだから!
「わたしには護衛戦闘士は必要ないもの。あなたは雇えないわ」
ここはきっぱり断るのが、誠意というものだろう。
だが、晶斗はユニスの視線を捕らえたまま、ニヤリ、口角を上げた。
「……い~や、素直に俺を雇った方が良いぜ。遺跡に関する知識は俺の方が上だ。たとえば、ルーンゴースト大陸遺跡共通管理協定、略して遺跡法ってのを、知ってるかい?」
晶斗はゆっくりと、一語一語を正確に発音した。
ユニスは、ヒュッ、と息を吸い込んで、止めた。