046:南黄砂村
シャールーン帝国西の辺境、黄砂都市。
その呼び名のごとく黄色い砂漠に囲まれた地方都市である。
黄砂都市より南西は、白っぽい砂漠が広がっている。
『南黄砂村』は、その砂漠に四方を囲まれた縦横5キロの四角い土地だ。
家屋はすべて四角形が基本。白い屋上と白壁が陽光に照りかがやく。砂漠のある地方ではポピュラーな光景だ。
村の中央には、シャールーン帝国の古い村によくある円形広場が造られている。
片隅の小さな泉からこんこんと水が湧き出ている。
年代もわからぬほど大昔からある泉は、古代の共同水道だ。いまも定期的に点検補修されている。そのまま飲料水にもなる清らかな水は石畳の細い水路を流れ、いくつもの分岐点で分かれて進み、各家々で生活用水に使用される。
シャールーン帝国は、歴史書に記されるよりはるか以前から、辺境の地においても上下水道を完備していた大陸最高の文明国家であった。
守護聖都フェルゴモール郊外の陸軍基地でアカデミア専用機に乗り換えたユニスたちは、2時間足らずで黄砂都市に到着した。
昔から遺跡地帯として有名な土地であるが、列車もバスもない陸の孤島だ。
基地からはシェインカーで移動した。
先に到着していたトリエスター教授の研究チームは研究者20名、警備隊員が13名。現地雇いの村人10名。
単独で遺跡に入るユニスから見ればけっこうな大所帯だ。
晶斗は到着早々、警備隊長に話をしにいった。護衛戦闘士の仕事はユニスの警護。だが、トリエスター教授との契約上、警備隊との協力は不可欠だ。晶斗はこういう場に慣れている様子で打ち合わせをおこなっていた。
トリエスター教授が持ってきた荷物は研究チームの人たちが手分けして整理ずみだし、機材は調査用の遺跡へ運ばれた。
警備は万全。警備隊員は三交代で見張りに立つ。
宿舎として借り上げた建物の管理や食事の世話は現地雇いの村人がしてくれる。
さしあたってユニスはやることがない。
――散歩でもしてこようかしら……。
こっそり建物から出ようとしたら、
「こら、勝手に出歩くな」
晶斗にさっと通せんぼされた。
「ちょっと散歩よ。そこの保安局まで」
「保安局に何しにいくんだ?」
「この村の観光地図が欲しいの。ほら、遺跡地帯ならどこでも観光客用のマップを用意しているでしょ。お店とか宿泊施設なんかが紹介してあるやつ」
「村のことならトリエスター教授に聞けばいいだろ。それにこの村は観光向けのものを置いていないと思うぜ?」
「そんなの、行ってみないとわからないじゃないの!」
ユニスはトリエスター教授へ外出の断りを入れ、晶斗の護衛付きで出かけた。
一般的に遺跡地帯は、豊かな村が多い。
遺跡の出現によって人は遺跡探索に訪れる。
人が集まれば生活物資も必要だ。
それも大量に。
蹴砂の町が良い例だ。遺跡探索者相手の市が立ったのが始まりで、やがて観光の街に発展した。
南黄砂村も古くからある遺跡地帯の集落だ。
ところが、歩けども住宅以外の建物は見当たらず、誰とも行き会わない。
「変ね。なにかお店は……無いのかしら?」
やがて、住宅地よりも道幅が少しだけ広い通りに出た。
道の両サイドにシャッターがある店舗らしき建物が並んでいる。
看板の絵や文字から判断すると、飲食関係の店が10軒。半分は酒場らしい。
いまは、静寂。
戸口の前に置かれている立派な看板の汚れ加減が昔の繁栄を忍ばせる。
建物は壊れておらず、窓ガラスはきれいだ。
まだ廃屋ではない。よく見れば、扉には休業中の札。
「どういうこと。ここは遺跡で有名な村じゃなかったの?」
乾いた風だけが吹き抜けるさまはゴーストタウンさながらである。
道の終わりの端っこに、1軒だけ、地元村人のための食料や生活必需品を売る小さなスーパーマーケットが――店構えは百年くらい前から時を止めていたような古びた外観の雑貨屋だが――だけが、店を開けていた。
品物はいろいろあるが、はっきりいって、ショボい。
お菓子やジュースは守護聖都フェルゴモールで売られている物と同じだった。
ユニスはおやつを買いこむついでに、店番のおばさんに、村がゴーストタウンに見える理由を訊ねてみた。
「あら、知らないの? この村じゃシーズンオフは大方の人が黄砂都市の自宅へ帰るのよ」
新しい遺跡がもっとも多く出現するとされる時期は年2回。
夏至と冬至の前後だ。
季節を問わず南黄砂村に遺跡が出現した時代は100年以上前のこと。
南黄砂村の住人が村に滞在して店を開けるのは、冬至と夏至前後の2~3ヶ月間だ。それ以外の季節は生活に便利な黄砂都市の自宅ですごす。
それがこの村のトレンディなライフスタイルだという。
最近は、遺跡の出現自体が稀になったのと、もともと人の移動が少ない地方でシャールーン帝国の国家事業であった列車の路線敷説計画から外された辺鄙な場所だ。シーズンオフに訪れる物好きはいない。
シーズン中に開く店も、この数年は半分以下になっている。
「ひどい。こんな不便な所、ぜったいに住みたくない……」
買い込んだお菓子とジュースの入った紙袋を抱え、宿舎へ向かってとぼとぼ歩くユニスの後ろで、「やっぱりなー」と晶斗が納得している。
「ここは年中観光客が来る蹴砂の町とは違うからなー。古代からある遺跡地帯と言っても、観光業に傾かなかったんだよ。遺跡が頻繁に出現したのは大昔の話さ。最近は遺跡の季節でも出ないから、やってくる遺跡探索者は大穴狙いの一発屋以外は、トリエスター教授みたいな学者が固定遺跡の調査に来るだけだってさ」
晶斗は警備隊や宿舎に来た村人から話を聞いていたようだ。
「じゃあ、わたしたちが滞在している間の生活はどうするのよ。遺跡の調査なんて1日2日じゃ終わらないのに、お茶を飲む店も無いのよ」
「3食は宿、あとは自炊か自力調達。こういう僻地での遺跡探索隊の基本だ」
「そんなの、いやああああーーーーーッ!!!」
悲鳴を上げてもどうにもならない。
「毎朝のモーニングセットもカフェのランチも午前と午後の花のお茶の時間に守護聖都で流行しているお菓子もないなんて論外よ。いまから守護聖都へ帰るわ!」
「阿呆、ひとりで帰れっかよ。お茶なら自分でいれたらいいだろ。メシは宿舎で用意してるし、外食する必要なんてないじゃないか」
晶斗にみじんも反論できない。
ユニスはしぶしぶ宿舎へ引き上げた。
晶斗はユニスにぴったり付いてくる。宿舎内でも1階の共用スペースではトイレの前まで見張りに立たれた。
この宿舎で女性はユニスだけだったので、部屋は風呂・トイレ付きの個室を割り当ててもらえた。
晶斗は隣の部屋だ。それでも、自室にいる間はプライベートが護られる。
ベッドに座っていたら、急に眠くなった。
――そういえば、疲れていたんだっけ。
守護聖都へ戻ったところで外出できないし、ラディウスを狙う奴らに見つかったら面倒くさいことになるのはわかっている。
――ほとぼりが冷めるまでのんびりするのも、まあいいか……。
そう考え直して眠りについたら。
真夜中、異様な気配に覚醒した。




