045:スパイ・アイズ②
――え? 揺れてる?
揺れはだんだん大きくなり、世界はリズミカルに上下する。
――いやあ、気持ち悪い!
ユニスは晶斗を見、トリエスター教授を見た。
「なんで揺れるの!?」
たまらなくなって訴えたが、
「へ? なにも揺れてないぜ?」
晶斗もトリエスター教授も、こっちを見ているようだが、ユニスはすでに視界がぶれぶれだ。きっと二人とも訳がわからないという顔をしている。
ユニスは手すりに両手でしがみついた。
気分は悪くない。ということは、この異常は、ユニスだけに起こっている。
――まさか、病気? 気絶する前兆とか!? やだ~ッ!
ふと、揺れる中にも意識がどこか一定の方角へ引っ張られているのに気づいた。
少しでも気を抜けば、そちらの暗い方へ――意識の奥にある、無意識の領域である暗闇へ――引きずり込まれてしまいそうな恐怖。
――いやだ、怖いッ!!!
ユニスはギュッと目を閉じて。
パチッ! と開けた!
揺れはとまった。
「晶斗?」
晶斗がいない。
トリエスター教授も。
シェインカーの中ですらなかった。
青空だ。
小型飛空挺が降りてくる。
地面が見えない……というより、飛空挺から、視線をはずせない。
――わたしの『目』じゃないんだわ!?
かろうじて視界に入る下方にはコンクリートの床がある。
少し離れた場所には、白線で描かれた大きな円や記号。
――これ、知ってる。たしか守護聖都のニュースで映ってた……。
小型飛空挺の離着陸場のしるし。
ただし正規の空港ではない。
――ここ……。たしか中央ホテルの屋上だわ。
着陸した飛空挺から人が降りてくる。
1、2、3……、6人。全員が白い丈長い衣装という古代神話の神官めいた格好をして、頭髪が無い。きれいに剃り上げているのだ。
なんて奇妙なファッション!
それにものすごく冷たくて鋭い目の人たち。
「守護聖都フェルゴモールへようこそ」
プリンスの声! なぜユニスの頭の中で響いて聞こえた?
その答えを考えるまもなく、世界が暗転した。
「おい、だいじょうぶか?」
目を開けたら晶斗の顔。近い。それに薄暗い。
と、額の上から影が退いた。さっと手を引っ込めたのはトリエスター教授。
「異常はない。気分は?」
トリエスター教授に診察されていたらしい。
ユニスは慌てて背筋をのばした。
「ここはどこ!? わたしが動かなくなってから何時間? 黄砂都市にはもう着いたの!?」
「陸軍基地にもまだ着いてないぞ」
なにをいってるんだ、と晶斗。
トリエスター教授は探るようにユニスの顔を見ている。
「どうやら透視に集中していたらしいな。何を視ていたのかね?」
ユニスが目を開ける直前に視ていたもの。それは……。
「守護聖都にあるホテルの屋上にいたわ。白い衣装を着た髪の毛の無い人たちが飛空挺から降りてきたの」
「なんだ、そりゃ?」
「ほう、サイメス人の特使団だな。時間通り到着したとみえる」
晶斗は首をかしげたが、トリエスター教授は理解してくれた。
ユニスの説明でわかったのにも驚いたが。
「サイメス人はあんな変わった格好をしているんですか?」
「いっておくが、特使団は特別だ。ルーンゴースト大陸にはいない特徴的なスタイルの人々だからな」
トリエスター教授の解説によると。
サイメス代表は『元老』という役職の人々である。
サイメスにおける、ある種の政治哲学に身を捧げた政治のプロフェッショナル集団だ。髪をすべて剃っているのは市井の生活と決別した証。古代の神官めいた格好は、政治を担うという崇高な使命と役職にふさわしい服装をする厳しい規則のためだそうだ。
「こちら風にたとえて言うなれば、神殿に一生つかえる誓いを立てた大神官のような者たちだな」
「問題はなんでそいつらが到着する光景を、ユニスが視ていたのか……視せられたのか、っていうことだが?」
「そこまではわからんよ。君たちの方こそ守護聖都フェルゴモールに繋がる心当たりはないのかね?」
「見ていたのはプリンスだったわ。ようこそ、って、出迎えるのが聞こえたもの」
「またあいつか」
「妙なこともあるものだな。きみがあの宰相閣下の『目』を使ったというのは。何か同調するような接点があるのかね?」
トリエスター教授はいささか懐疑的に訊ねてきた。
他人の『目』を借りるのは、指導者クラスのシェイナーでも上級の技。たいがいは透視先に自分のシェインを込めたもの――とっかかりとなる何か――がなければ難しい。
「もしかして……これかしら?」
ユニスの左手中指にはめられた金の指輪。複数の小粒ダイヤが埋め込まれたそれに仕掛けられた呪紋は、指から外せないという呪いにせよ、込められているのはプリンスのシェインだ。ユニスがこの指輪をはめている限り、プリンスとの繋がりが切れないとも考えられる。
晶斗が神聖宮から飛び降りたとき、ユニスは完全に意識不明だった。
だが、無事に街へ降りられた。プリンスがユニスを通してシェインを行使し、空間移送のトンネルを作ったのなら辻褄は合う。
ついさきほどユニスのシェインの目を一時的に奪ったように、ユニスを遠隔コントロールで動かすのがたやすいのなら。
――この指輪がある限り、プリンスに監視されているようなものなんだわ。晶斗にも言っておくべきかしら。でも、晶斗にはどうにもできないし……。
またユニスの指ごと切り落とすとか言い出されても困る。
「そうだった、これのことも訊きたかったんだ。あんたならこれを外せないか?」
ユニスの不安も知らず、晶斗は普通に指輪だけ外す方法を模索していたようだ。
「ふむ、呪紋か。専門外だし、この場で解呪は無理だな」
「解呪はどこでできるんだ?」
「大きな神殿か、専門のシェイナーだな。しばらくはあきらめたまえ。四六時中同調しているわけではなかろう。能力の差で拒否が難しいとしても、あちらが同調を強制しない限り、繋がらないはずだからな」
「それじゃさっき守護聖都のサイメス人が視えたのは、わたしの方がプリンスに同調したってこと!?」
ユニスに視えたのはプリンスが見ていた光景だ。
ただの偶然?
いや、そんなヘマをする相手ではない。
「どうせあいつにムリヤリ視せられたんだろ。……そうか、同調してるならあいつもこっちの様子を視ているんだな。俺たちが居る場所を?」
晶斗の質問はトリエスター教授へ向けられたものだ。
「そういうことだ。そのへんの事情はあとで本人に訊きたまえ。私からはこれ以上なにも言えんし、できることもない」
陸軍基地で乗り換えはスムーズだった。身分証の確認などは一切無く、基地内に入った飛空挺はそのまま発着場まで移動した。
陸軍基地内でも違和感はあった。
プリンスの気配とはまた別のものだったが。
アカデミアの飛空挺へ乗り込む寸前、ユニスは晶斗へささやいた。
「誰かに見られているわ」
嫌な視線。
これはシェイナーの勘。
「視線はいくつかあるわ。どれもシェイナーではない人みたい。わたしたちをじっと観察しているみたいな視線よ」
「ああ、蹴砂の町から追いかけてきたやつもいるんだろ。簡単に諦めるとは思えないし、こっちに来てから新しいのも増えたみたいだぜ。陸軍基地で手を出してくるやつはいないと思うが……俺から離れるなよ。ほら、いこうぜ」
アカデミアの飛空挺は、守護聖都フェルゴモールを飛び立った。




