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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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041:神聖宮の回想


 目を開けたら、知らない天井。


――なんて幸運。


 それは人間が作った建物に居る証拠。

 たとえ見知らぬ場所でも、遺跡で遭難したり歪みに呑まれて異次元の彼方へ消えてしまうよりはるかにマシなのだ。


 どこも痛くない。右側には白い背もたれ。ユニスが寝かされているのはベッドではなく大きなソファだ。


 視界に入る壁は薄いベージュ色。風景画がいくつか。室内調度は上品だ。天井にはきらめくクリスタルシャンデリア。


――病院じゃないのは確かね。でも、どうしてこんな所にいるのかしら?


 最後の記憶は、薄紫に燃える巨大な光炎『世界の迷図』の輝き。

 あれに入って、それからどうなった?


 ここは神聖宮?


 それとも七星華宮?

 皇族にして帝国宰相を務めるプリンスの小宮殿なら、どこかに豪華な部屋があっても不思議ではないが……。


――でも、ここの雰囲気は、七星華宮を通り抜けたときとは全然ちがうわ……。


「お、起きたか!」

 頭の方向に、晶斗がいた。




 晶斗のガードベストの左胸に、見慣れないガードナイフが付いている。


「晶斗、それは……!?」


 白い柄には見覚えがあった。蹴砂の町のホテルで、プリンスに見せられた『神の骨』製ガードナイフだ。非常に珍しい物だったから記憶に焼き付いている。


「ああ、これな」


 晶斗は鞘に触わった。


「あいつに渡されたのさ。これで君を護れってね」




 ユニスが『世界の迷図』に入ったあと、晶斗はプリンスと2人きりになった。

 晶斗は黙って『世界の迷図』を眺めていた。


 ふと、プリンスの方で空気が乱れた。

 風ではない。

 空気を媒介にして感じ取った何かの気配――。晶斗の護衛戦闘士として(つちか)った(かん)がそう告げた。


 晶斗はプリンスを横目で伺った。


――こいつ、シェインで何かしやがったのか。……あれ?


 晶斗はプリンスへ顔を向けた。


――こいつ、こんな服だったかな。……いや、見間違いじゃねえぞ、いつ着替えやがった?


 色は変わらず白。だが、さっきまでの華麗な略礼装とはあきらかに異なる。機能的でいっさい無駄な装飾がない。戦闘服だ。腰の剣も、長い太刀。宝石飾りなど皆無な実戦用の軍刀である。


 プリンスと目が合った。


 殺気は感じなかった。


「貴方にはこれを渡しておきます」


 プリンスは、黒い塊を晶斗へ投げ寄越(よこ)した。


 黒い鞘に入った白い柄のナイフだ。


 晶斗はナイフを鞘から引き抜き、刃を改めた。掌より少し長い白い光沢の刃。忘れもしない、蹴砂の町のホテルで見せられた『神の骨』製の武器(ディバインボーンズ)


 晶斗は刃を鞘へ収めた。


「いくらアンタが大金持ちでも、国宝級のお宝をタダで人にくれてやるほど酔狂な御仁とは思えないぜ。こいつを俺に持たせるメリットを聞かせてもらおうか」


「報酬の前払いです。それでユニスを護ってください」


 なぜプリンスはこれほどユニスを気に掛けるのだろう。晶斗のような怪しい外国人を巻き込んでまで。


「これを売れば一生遊んで暮らせる金が手に入る。俺が持ち逃げするとは思わないのか?」


 晶斗はガードナイフをプリンスへ返そうとしたが、プリンスは受け取らなかった。


「それは売れないでしょう」


 プリンスは薄く笑い、『世界の迷図』へ顔を向けた。整った横顔には一寸たりとも隙が無い。その完璧さは地上に降りた神々のごとく。


 晶斗は胸の奥がゾクリと冷えた。


 これほどの稀少品なら、闇市場でいくらでもさばける。

 だが、プリンスはどうやって手に入れた?

『神の骨』とは遺跡で発見される特殊鉱だ。武器へ作り変えるには目の玉が飛び出すような費用がかかる。注文できるのは王侯貴族か大富豪。そうでなければ国家か軍隊だ。


 また『神の骨』製のような国宝クラスの武器となれば、時代と共に持ち主が変わる特性を持つ。


 ふつうの取引により、金銭で売り買いされるのはどんな時代でも変わりはない。

 だが、物が武器となれば、力尽くで奪われるのも定石(セオリー)となる。

 そんな場合、代償として、しばしば元の持ち主の命もいっしょに奪われる。


 戦乱の世が遠くなった現代でも、稀少なアイテムが闘いの戦利品として勝者の手に(さら)われることは珍しくないのだ。


 それが、こういった武器を所有する者どもの、暗黙の掟であった。


――こりゃあ、このナイフの由来は聞かない方が良さそうだな……。


 かといって、こんな特殊な武器を黙ってゴミ箱へ捨てるわけにはいかない。

 晶斗はガードベストの左胸に鞘の金具を留め付けた。

 とりあえずもらっておく。


 丸腰の晶斗にはなにより助かる道具だ。ユニスに預けた晶斗の装備品を手にするまではコレを使える。処分は後で考えればいい。


「気前のいいこった。で、本当の目的は何だ。アンタ、俺達を何かに巻き込もうとしてるだろ。ディバインボーンズが必要な理由ぐらい、教えてくれても良いんじゃないか?」


 利用されてやるから情報をよこせ、と、晶斗は暗に取引を申し出たつもりだったが……。


「私が探しているものは、失われた『コルセニーの墓』と『セリオン』の正体です」


「何の暗号だ。そんなわけがわからんものに俺達の命をかけさせるつもりか?」


 晶斗はプリンスを睨んで反応を待った。


「そのための護衛戦闘士でしょう。何が起ころうと、ユニスの安全は貴方が保証するのでは?」


 晶斗が言葉に詰まると、プリンスは愉快げに口の端をあげた。


「もうしばらくお待ちください。ユニスが『世界の迷図』を踏破して出てくるまで」


 そうしたら……何が起こるのだ?


 光炎が輝いた。


 次の瞬間、祭壇前の床にユニスが出現した。

 ユニスは床にへたりこんだ。

 祭壇の上から光炎が消えた。

 辺りの空中には薄紫色の塵がかすかに舞っている。


 何が起こったのか、晶斗にはさっぱりわからなかった。


「その後は知ってるだろ、プリンスが俺達のことを国家反逆罪だの重犯罪者だのと言い出しやがってよ。逃げろと言われたから逃げ出したんだよ」


 晶斗の記憶はところどころ曖昧な部分があった。


 シェインホールらしきものに吸い込まれたのまでは覚えている。

 気がついたら、晶斗はユニスを抱えて街にいた。

 空にサイレンが響き渡っている。

 道路を行き交っている車両は軍隊と警察だ。


――街が封鎖されたのか。軍事演習? まさか、大陸間戦争が始まった?……いや、状況から考えると……あいつが俺たちを探すために、ここまでやったのか!?


 ユニスを揺さぶり声を掛けても反応が無い。

 晶斗は左手ガードグローブのセンサーでユニスの簡易チェックをしてみたが、生体反応がある以外、異常は検出しなかった。


――ダメージは目に見えない方かな。だとしたらやっかいだ。

 プリンスのシェインで何かされた可能性が高いとなれば、シェイナーか理医に診せなければわからない。


「意識のない女の子を抱えて街をうろつけないだろ。ユニスの友達の家も知らないしさ」


 とはいえ、いつまでも路地裏に座っていても仕方がない。

 移動するべく晶斗がユニスを抱え直した、その時だった。


 ユニスの胸の上にカードが載っていた。


 トリエスター教授の名刺だ。


 裏側を見たら、地図が浮かび上がった。

 街を上空から見下ろした三次元立体映像。現在地は赤い光点、トリエスター教授の屋敷は青い光点。二つは同じ地区にある。


 その小さな地図を頼りに晶斗は街を移動した。

 途中いくつか検問を見かけた。

 いずれも市街へつづく道に設けてあった。

 街から出ないかぎりは避けて通れた。


「そうやってこの家を見つけて、トリエスター教授を叩き起こしたってわけさ。すぐに君がどういう状態なのかを診察してもらったんだが……」




 トリエスター教授自身もシェイナーであり、遺跡の研究者であるとともに、シェイン研究の(たい)()でもある。

 午前2時に叩き起こされたトリエスター教授は驚きはしたが、ユニスを見ると怒りをこらえて診察してくれた。


「いつからこうなんだ?」

「神聖宮を出てからずっと目を覚まさないんだ。きっとあいつにシェインで何かされたんだ。あんたもシェイナーだろ、シェインで何とかできるか?」


「ふむ、身体的な異常は無い。ケガや病気ではない。強いて言えば、内側からの影響だろう」


 家庭用救急キットのセンサーを片付けながら、トリエスター教授は説明した。

ユニスに外傷が無いのは、晶斗もガードグローブのセンサーでチェック済みだ。


「きみの言う『あいつ』がセプティリオン大公のことなら、そういったシェインの痕跡はないぞ。ユニス君が目覚めない原因は不明だが、疲労して眠り続けているという状態が一番近いだろう。シェインの使いすぎだ。精神力はもちろん、体力も消耗するからな」


 シェインの強さは行使するシェイナーの心の強さに比例する。

 それとて身体を動かす体力と持久力が伴わなければ、長時間集中してのシェインの行使はむずかしい。

 シェイナーが学ぶ初歩の知識だ。


 優秀なシェイナーほど、より高度なレベルを目指して身体を鍛える者は多い。

 ゆえにシェイナーが多く生まれるシャールーン帝国ではシェイナーの専門職業も多様にあり、最高のエリート集団といわれる理律省やフェルゴモール守護騎士団が存在するのだ。


「もし一晩眠って起きなければそれから心配することだな」


 トリエスター教授に講義されなくても晶斗とてルーンゴースト大陸の人間、シェイナーとシェインについての一般常識くらいは持ち合わせている。


「ようするに、疲れて寝ているだけか……」


 はあー、と大きく息を吐いて、晶斗はがっくりうなだれた。


「しかし、ユニスくんが何をしてこうまでひどく疲れたのかがよくわからんのだが……。そろそろ詳しい事情を話してもらおうか」


 トリエスター教授に促され、晶斗は守護聖都へ来た経緯とプリンスとの邂逅を話した。


 七星華宮へ入ったはずが神聖宮へ移動していたこと。ユニスが世界の迷図へ入って出てきたら世界の迷図が崩壊、プリンスに逃げろと言われて窓から飛び降り、落下の最中おそらくユニスが空間移送を使って街へ下りたらしい、という推測まで。


「なんとまあ、神聖宮から飛び降りるとは呆れた子たちだな。おおよその事情はわかったが、なぜ我が家に来たのかね?」


「神聖宮があんな場所にあるなんて俺は知らなかったんだよ。ほかに行くあては無いし、ユニスの友達の家はわからんし、こんなユニスを連れて検問に引っかかったら、その場で逮捕されるだろ!」


 晶斗の腹が鳴った。

 トリエスター教授に空腹を訴えたら、


「キッチンで好きなものを食べたまえ」


 許可をもらえたので、晶斗は冷蔵庫や食料庫からパン・ハム・コーヒーなどすぐ食べられそうな食べ物を遠慮無く出してきた。

 分厚いハムをパンに挟んでガツガツ頬張り、3杯目のコーヒーで流し込んでいたら、呆れ顔のトリエスター教授と目が合った。


「おい、もう少し落ち着いて食べたまえ。検問を避けて我が家へ来たのは正しい選択だったな。今頃はここ以外の建物を軍と警察が片っ端から立ち入り検査しているはずだ。外にいたら夕食どころか、とっくに軍に拘束されていただろう」

「おう、大陸一の学術院教授の特権ってやつだな。おかげで助かったぜ」


 晶斗は素直に褒めて感謝したのに、トリエスター教授の表情は険しい。


「そう考えたからここへ来たんじゃないのかね。私が留守ならどうするつもりだったんだ?」

「そりゃあ、窓のひとつもぶち破って一晩隠れていようかな、と」


 晶斗は正直に答えたのに、トリエスター教授はますます眉間の皺を深くした。


「やれやれ、早めに帰宅して幸いだったわけだ」

「そういや、あんたはどうやって聖都へ戻ってきたんだ? 俺たちは超特急で1日がかりだぜ?」

「私は軍のヘリを使えるのでね。遺跡探索には移動時間が肝心だからな。黄砂都市から聖都まで3時間だ」


 それも政府の仕事であれば、シャールーン国内のあらゆる場所を一直線で飛べる特権が付く。遺跡関連の緊急事態であれば、飛行禁止空域の皇宮殿上空さえ通過できるという。


「ふん、いいご身分だな。俺たちはあの野郎に振り回されてたのによ」


 晶斗はパンの最後のかけらを呑み込み、背もたれにそっくり返った。ようやく腹六分目。これで落ち着いて考えられる。ぐったりしたユニスを抱えて街中を走り回ったのだ、腹も減るはずだ。


 トリエスター教授が不審げに首をかしげた。


「その、君らをプリンスが雇おうとした話だが、そのセプティリオン大公こそ遺跡の発掘どころじゃないはずだ。昨日も休暇中に外交問題で呼び戻されたと聞いているぞ」

「へえ、あの美形、見かけによらず忙しいんだな」


 晶斗は鼻先でせせら笑った。

 教授の目が軽蔑を帯びた。


「君はニュースを見とらんのか?」

「この十年ばかりは」

「そうか、君は〈帰還者〉だったな」 


 トリエスター教授は右手の指先で眉間を揉んだ。


「もう一つの大陸文明サイメスの台頭だ。ルーンゴーストの裏側にあるあの大陸文明が、大陸間条約の締結を求めてきた。ルーンゴースト側の代表大使は、シャールーン帝国宰相アルファルド・コル・レオニス。君らがプリンスと呼ぶ、セプティリオン大公その人だ」


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