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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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040:世界の迷図(ワールドメイズ)③

――で、ここでわたしに何をしろと?


 360度を見る、視る、観る。

 どの方角もただただ薄紫色の、果てしない空間だ。


「ここにあるラディウスを取れと言われたけど……」


 ユニスは目を閉じてみた。使うのはシェインの目。透視に集中。

 遺跡の空間を探索する方法はついさっき学んだ。


 全方位に『シェインの目』を飛翔させ、その視線を追いかけて、無数の『シェインの手』を伸ばす。


 探る。どこまでも。その隅々に行き着くまで。


 ある一点に、かすかな違和感。

 肉眼では見えないけれど、何かある!


――よし、ここね。


 まっすぐ10歩進み、左へ曲がる。歪められた空間の曲がり角。

 見えた!

 空中で(さん)(ぜん)と輝く丸い珠が。


「ラディウス!」


 ユニスはラディウスの前へ、立った。

 掴もうと手を伸ばし、そこで止まった。

 見つけるまで、やけに簡単だった。拍子抜け。


――まさか、(わな)


 だが、その理由はすぐ腑に落ちた。


――そうか、さっきのテキストと同じなんだわ。


 遺跡らしい構造(つくり)。通路が異空間として凝縮されている形も、あの四角錐の形をしたテキストそのまま。あれを踏破してからまだ10分と経っていないから記憶は鮮明だ。


「ここは迷図だけ……迷宮というカラに包まれていない、剥き出しの迷図なんだわ」


 ユニスは手を伸ばした。

 ラディウスを、掴んだ。

 光が消えた。

 握ったはずの手の中に、ラディウスは無く。


「消えた? そんな、まさかッ!?」


 何がどうなった?

 つかの間の感触を、必死で思い起こす。

 ユニスは確かに、ラディウスを掴んだ。

 そして……。


――わたしの手の中へ、入った……!?


 ユニスの手に触れた直後、ユニスの身体の中へ吸収されたのだ。


「迷宮にある物体が人体に入るなんて……そんなことがあるの?」

 呆然と呟いて、ユニスは慌てて自分の全身を探査してみた。


――身体のどこかにあるはずなのに、どうしてわからないの!?

 理律のポケットへは絶対に入れていない。そんな余裕はなかった。


 ピシリ。


 頭上で聞き覚えのある音。空間が(きし)んでいる。

 ラディウスのあった辺りだ。


 空中に亀裂が走っていた。白いヒビ割れは繊細な蜘蛛の巣のように、どんどんと広がっていく。

 どこまでも薄紫に澄んでいた空間は白く濁りはじめ、そこかしこからガラスのように砕け始めた。

 薄紫の薄片が飛ぶ。宙を舞い、加速し、ぶつかって千々に砕け、一瞬まばゆく輝いて、消える。


 崩壊する――『世界の迷図(ワールドメイズ)』が。




 ユニスの上から、薄紫の雪のようなきらめきが舞い落ちてくる。

 世界の迷図の破片だ。

 あとからあとから降り注いでくる。


――うわ、きれい……。

 破片がひとつ、ユニスの額に触れて、消えた。


 ふと、我に返った。


 足とお尻が冷たい。

 床にぺったり座り込んでいるからだ。

 空気の温度がさっきまでと違う。

『世界の迷図』の中は寒くも暑くもなかったけれど、ここは寒い。


 季節はまだ夏だというのに、冬の朝のようだ。


 真正面に、プリンスがいる。ユニスが『世界の迷図』に入る前とは異なった服装だ。いつもの略礼服より簡素で、左腰の剣は宝石付きの儀礼刀ではなく、大きな太刀である。


 その横で晶斗は、開けた口が塞がらないといった態で、棒立ちになっていた。


――何をそんなに驚いているのかしら?


 ユニスは左右を見回してから、真後ろを向いた。

 黒い祭壇の上にあった薄紫の光炎は失われていた。『世界の迷図』は跡形も無い。ユニスが迷図の崩壊に巻き込まれなかった理由は不明だが、無事に出られたのだ。


「早かったですね」

 プリンスは、微笑んでくれた。


 良かった、ユニスの行動は間違っていなかっ……。

「破壊しましたね。――『世界の迷図』を」


 プリンスの声はこの上なく優しかった。


 一瞬、ユニスは何を言われたか、わからなかった。

 だが、脳に理解がジワジワと浸透するにつれ、全身が総毛立った。


「でも、さっきは、こ、壊れないって、言ったでしょう……?」


 ユニスはガタガタ震えだした。プリンスにはもっと反論したいのに、歪んだ泣き笑いのように固まった表情筋を、これ以上動かせない。


「あなた方は世界の迷図を破壊しました」

 プリンスは複数形を使った。


 晶斗が仰天している。

「おい、俺もかよ? アンタ、何を考えて……」

 晶斗の抗議は無視された。


「これは国家への大逆罪です」

 プリンスはおごそかに宣告した。


「ええッ!?」

「なんだとッ!?」

 ユニスと晶斗の叫びが重なった。


「あなた方は極刑に値する犯罪者となった。逃げた方が良いでしょう」


 プリンスは、優美とさえいえる動きで、右手をすいと上げた。


 黒い壁の方を指さしている。


 風が吹いてきた。

 外気の匂い。


 開かれた窓があるのだ。真っ黒に見えるのは夜だから。


 遠くの警報に交じり、大勢の足音。


 こちらへ来る軍靴の響き。


 ユニスはのろのろと立ち上がった。

 これから神聖宮の衛士に逮捕されるのだろう。シャールーン帝国の至宝である『世界の迷図』を破壊した刑罰は、きっと極刑。

 シャールーン帝国には死刑制度があるから。


「くそっ!」

 突然、晶斗がユニスへ突進してきた。


「わぶッ!?」

 ガシッと両腕で抱きつかれた。ものすごい力!


 ユニスを持ち上げた晶斗は、走り出した。

 晶斗の肩に担がれて、胸部が圧迫され息が詰まる。

 ユニスは、声もなく気絶した。


 ユニスは気絶したから、その後の出来事は知らない。

 丸1日経ってから、経緯を晶斗から聞いた。




 ユニスを抱えた晶斗は、窓から外へ、飛び降りた。……つもりだったという。

 窓だと思った白い柱と柱の間は近づいても真っ黒で、外の景色は見えなかった。

 ユニスを右肩に担いだ晶斗は窓の外へ向かって、飛んだ。


 風があった。だから外には通じているのだろうと。


 たしかに、外だった。


 ここへ来るときに昇った階段は、ほんの10段ほどだったし、神殿の床の高さもせいぜいその前後だろうと。

 ユニスの体重なら支えられる。着地の際の衝撃は、地面へうまく転がれば悪くても骨折程度で済むかもしれない。

 そこまで計算した上で、晶斗は窓から飛び出したのだ。


「え?」


 数メートル下の地面を予測して、自分がクッションになるべくユニスを抱えていたのに。

 いつまで経っても、来るはずの衝撃が、来ない。

 晶斗がそれに気付いたのは、たぶん、窓から飛び出て1分くらい経過してからだった。


「どおおおおっ、うわぁあああああああああッッッッッ!!!」


 耳元でゴウゴウと風が唸る。

 全身に風が当たる。ものすごい風圧だ。空気は冷たく、鋭く肌を刺す。

 はるか眼下に、星の輝き。……ではなく、街の明かり。幾何学的な並びで、街の建物だとわかった。


「なんで、だぁあああーッッッ!!!」


 神聖宮。

 それは、シャールーンの民ならば、知らぬ者はいない尊き大神殿。

 守護聖都フェルゴモールの空の上、高度一万二千メートルに浮かぶ聖地のこと。

 シャールーン帝国七大観光名所の一つでもあるのだが――。当然、晶斗も知っているものと、ユニスは思っていた。




 晶斗によると「本当に空から真っ逆さまに落下していると気付いてさすがに命をあきらめかけた」時、ユニスが身動きしたという。

 ユニスはまったく覚えていない。


 そのときだ。


 真下の空中に黒い穴が出現したのは。


 空間を短縮して移動できるシェイン・ホールの入り口!

 晶斗が認識したときには、その中へ落ちていた。


 シェインホールに入っていた時間を、晶斗は覚えていないという。


 我に返ったときには、路地裏の暗い片隅にいた。

 吐き出されたはずのシェインホールの出口はどこにも無く。

 優美な街灯の明かりが古めかしい石造りの壁と石畳の道を照らしていた。

 シャールーンの伝統的な建築様式の家々。


 守護聖都フェルゴモールの街のどこか。


 鳥肌が立つようなサイレンの音が高く低く、晴れた夜空に響き渡った。

 晶斗はユニスを抱え、夜の街を走った。




 サイレンが鳴り止んだ後は、ゾッとするほど静かになった。


 常ならば、明け方まで大勢の人間が往来する歓楽街すらも、闇に沈み。

 校外へ出る主要な道では、軍による検問が行われていた。


 守護聖都フェルゴモールには(かい)(げん)(れい)が敷かれていたのである。


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