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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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039:世界の迷図(ワールドメイズ)②

「ぎゃあッ、なんでッ!?」

 ユニスは正八面体の真ん中に浮かんでいた。


 身体の周囲ではキラキラ光る黄金色の粒子がゆっくりと漂っている。

 こわごわ手を伸ばし、黄金色の粒子を捕まえようとしたら。

 つまんだはずだが何の感触も無く、開いた指先には何も付いていなかった。


「実体が無いの?……ここには空気だけ?」


 それでも至るところに黄金色の粒子がきらめいている。空気ではなくて粘性ある液体の中をゆうらりと、上下に流動している。


 ユニスがまっすぐ前に伸ばした指先が、


 コツンッ!


 薄紫の透明な壁に突き当たった。


――ここが限界?

 ユニスがいま行使できるシェインは、触れた対象物の情報を『読み取る』くらい。


 硬く冷たい壁に触れた指先が読み取った情報は。

『これはシェインの結界も混合された外殻(カラ)』というもの。


――はあ? カラって何なの? おまけにメチャクチャ頑丈だしッ!?


 わかったのは、ユニスにはこの外郭を物理的に破壊するのは無理という現実だった。

 晶斗がプリンスへ抗議しているようだ。声はほとんど聞こえない。


「……おい、……! ……せ!」


 ユニスから二メートルほど位置で右手の拳で前を叩くような動作を始めた。どうやらこの正八面体の外殻を叩いているらしい。声はほとんど聞こえない。


 音や衝撃は、正八面体の透明クリスタルのような物質が吸収しているものらしい。


 それでわかった。


 ユニスが認識した硬い壁すなわち外郭の壁と、晶斗がいる実際の外郭がある場所では距離がちがうのだ。


「無駄ですよ。人の力では壊せません」


 プリンスの声はユニスのすぐ側で聞こえた。どうやらシェインの何らかの作用でプリンスとは『繋がって』いるらしい。


「危険はありません、そこで体感することはこれからのユニスに必要なものです。ユニス、そこから一歩も動かずに、遺跡の構造を『踏破』してください。踏破というのは、遺跡の空間の全容を解析することです。今日の場合、理解して知識とすることも含めてね。迷図に入れるほどの能力者なら、遺跡の中を走り回らずとも成せることなのです」


 プリンスが正八面体の前に来た。


「入った方法も解らないのに、どうやって出ろというの?」

 プリンスは肝心なその『方法』を伝授してくれていない。

 思っていることがユニスの表情に出たのか、プリンスが続けた。


「そこにいればやり方はおのずと理解できます。それは遺跡で、貴女がいるのは迷宮の中だと考えてください。金色の粒子は、形こそ違えど迷宮の通路とおなじものです。そのすべてを読み解けば解放されます」


 プリンスと目が合った。

 優しく微笑まれたら、膨れかけた怒りがたちまちしぼんだ。


――うう、こんな状況なのに幸せかも。こういうのを眼福というのかしら?……。


 ユニスが困惑しながらもプリンスにうっとりするといういささか器用なことをしていたら、晶斗が口をパクパクさせているのが目の端に映った。


『おい、こっちも見ろよ!』

 晶斗の唇の動きは、そう読み取れた。


――うわあ、そうだった。晶斗もいたのよね。


 危なかった。晶斗がここから無事に帰れるかもユニスにかかっている。プリンスを鑑賞している場合ではない!


「心配しないで。もう少し離れて見ていてちょうだい」


 晶斗はすぐうなずいた。晶斗の声はユニスに聞こえないが、ユニスの声はダイレクトに届いているようだ。

 晶斗はプリンスへ目を配りつつ、正八面体から5歩遠ざかった。ユニスから見て真正面にいるプリンスの、左手側でとどまる。それ以上はなれる気はない様子。


 ユニスはシャンと背筋を伸ばした。


――さて、これが遺跡の迷宮なら、通路の道筋があるはずよね。


 両手を胸の高さにあげ、掌を外側に向ける。

 シェインを研ぎ澄ます、自分だけの儀式めいた動作。

 透明な壁に向けた掌がほんのり温かくなる。


シェインの目で周囲を知覚しつつ、目を閉じた。


――さあ、ユニス、ここは遺跡よ。未固定の迷宮なの。いつものようにシェインで透視すれば良いだけだわ。通路はどうなっているの?


 周囲を巡っていたキラキラ光る粒子が、ピタリと止まった。

 ユニスの思考に呼応するかのように。

 粒子の一粒に意識を集中してみる。小指の先ほどの粒1つ1つに、恐ろしく濃縮された異空間の気配。逆に言えば、非常に濃い分、通常空間とは異質なことがはっきりわかる。


――ふうん、迷宮の『通路』って、小さく固めたらこんな空間なんだ。


 プリンスはすべてを読み解けば解放されると言った。

 1個だけに集中してはダメだろう。このキラキラした小さな粒々が迷宮を構成する異空間通路なら、すべてのキラキラを把握しなければ意味が無い。


――でも、こんなにたくさんあるのに、どうやって数えたらいいのかしら?


 と、視界が揺れた。


 透視のために集中していたシェインの『目』が、その視界が、いきなり『高く』なった!


――なに、何の力?!


 自分が正八面体に入った瞬間が視えた。

 その中にいる今という時間もありありと感じながら。いまいる場所と、正八面体の外側から視た光景を同時に、混乱なく捉えている。


 プリンスと晶斗の姿も、もちろん視えている。その光景は複数あった。まるで映画の1場面をいくつか切り取って並べたようだった。


――この中には大きくはないけど時間の歪みもあるんだわ。そのど真ん中にいるせいかしら。おかしいとは思わずに理解できているなんて、変な感じ……。


 知覚とはまたちがう、三次元の空間を足下に一望するがごとき一段高い次元へ、強制的に飛翔()ばされている。


 この正八面体の作用だ。


 軽いめまいがした。


 次の瞬間――。


 ぐん、と全身に圧力がかかった。『目』を飛翔させたのと同じ力が、こんどはユニスの中からシェインの『手』をムリヤリ引っ張り出している!


――わわ、こんどはなんなの!?


 それは、知覚が追いつかないほどの早さでユニスの全身から引き出した『手』を千に分割し、それだけではとどまらず、さらなる分割が行われて、『手』は数え切れない本数にされてしまった。


――うそお、シェインって、こんなに細かく出来るものなの!?


 ユニスが考えるよりも早く、こんどは細くされた無数の『手』はいっせいに伸びだして、正八面体の隅々にまで到達した。


 糸よりも細い『手』の『指先』は精密なピンセットの先端よりも繊細だ。正八面体を構成する異次元物質についての情報を、ことごとく拾い集めた。

 膨大な量のそれは、小さく小さく圧縮されて1個の塊となり、ただちにユニスの元へとフィードバックしてきた。


 時間にして1秒たらず。


 ユニスの『目』も『手』も元通りユニスの中へ還ってきた。

 そして一塊になった正八面体の情報は、雨の大きな一滴のように、ユニスの脳へ音も無く落ちて、浸透した。




ユニスは目を開けた。

 まだ正八面体の中。でも、脱出に必要な情報はすべて取り込めた。


――たしかに簡単だったわ。


 ユニスが知ろうとしたのを合図に、迷宮の構造が自動的に設計図に変換され、わかりやすく差し出された。そんな感じだった。


 薄紫色の正八面体の中には、肉眼で見える通路はない。

 だが、内部に圧縮された異空間を内包する粒子は、高度なシェインの技術で創造された人工的な迷宮だった。


 正八面体の『迷宮』に入ったシェイナーは、最初に迷宮の構造を透視する。解析しようとするその意思が、正八面体に仕掛けられたプログラムを発動させるスイッチとなる。


 シェイナーが迷宮の構造を理解し、その情報を凝縮して一瞬で取り込む方法の指南。どのようにシェインを行使すれば、効率よく情報を取り込めるのかを教えるためのプログラム。


 この正八面体は、そのために『設計』された。ユニスには、それがわかった。

 プリンスの言葉通り、これは『テキスト』なのだ。遺跡に入るシェイナーに、その基本構造を強制的に、かつ安全に習得させるための教科書。


 おそらくは、国家に仕えるハイレベルなシェイナー育成のために用意された、非常に特別な訓練マニュアルだろう。


――わたしごときが習得してもいいのかしら?


 ユニスがこの特殊な『技術』を習得することで、プリンスにどんなメリットがあるというのだろう?

 ユニスは、我に返った。


 正面に晶斗がいる。張り詰めた表情で、身じろぎもせずに。かなり心配させたようだ。


「もう済んだわ。いま、外へ出るから」


 この迷宮は解析されて用済みだ。ユニスにはもういらない。

 正八面体の薄紫色が、スウッ、と薄れていく。


 外殻の形も、その硬質な光沢を失い、消えてゆき――。


 肌に外気を感じた。


 とんッ! と、ユニスの足は床を踏んだ。

 晶斗が大きく息を吐いた。


「……ったく、ハラハラさせやがる。何をしてたんだ?」

 晶斗は険しい表情をやわらげた。


――わあ、本気で心配させちゃったんだわ。


 ごめんなさい、とユニスは素直に謝った。


「あの中にはミニチュアの迷宮が封じ込められていて、中に入ったシェイナーが踏破したいと望めば、そのやりかたを強制的に教え込まれるプログラムがされているの。それを覚えてきたから、シェインで同じ物を作り出すこともできるようになったわ。……それで、次はわたしに何をさせたいのですか?」


 ユニスはくるりとへ振り向いた。

 プリンスが、挑戦的な笑みを返してきた。


「世界の迷図へ入り、ラディウスを取ってください。それが指輪を外すキィワードです」


 ユニスは左手の指輪に右手で触れた。

 これを外すのがここへ来た第一目的だったが……。


「ラディウスを取れば遺跡は崩壊する。……世界の迷図は国宝でしょう。わたしがさっきと同じ事をしても壊れないのですか?」


「壊れません。私が保証します」


 プリンスは笑みを消していた。


 何が何でもユニスを世界の迷図に入れたいという強い意思を感じる。

 ユニスに学ばせてやろうという親切でも、仕事の報酬でもない。

 もっと何か、別な理由……。


「おい、俺を抜きにして話をするなよ」


 晶斗が後ろからユニスの両肩に手を掛け、自分の方へ引き寄せた。


「あんた、まだるっこしいんだよ。本当の目的は何だ? 俺たちに何をさせたい?」


「ユニスが世界の迷図へ入り、ラディウスを取ることです。そのためにテキストで学んでもらう必要がありました。それができなければ、指輪は一生そのままです」


「ハッ! けっきょくは脅迫じゃねーか。今すぐ指輪をはずせ。俺たちはそれで引き上げる」


「決めるのはユニスです」


 まっすぐにユニスを見つめるプリンスの強い視線に、ユニスは射貫かれるかとおもった。

 なぜか、怖くはなかった。

 プリンスの厳しい態度も脅迫めいた言動も、ユニスを怯えさせるためにやっていることではない、とユニスの本能がささやいている。


――敵なのか味方なのかがいまいちはっきりしないけど、今は味方のような気がするし……。


 となれば、ユニスが現在いちばんに気に掛けるべきは、晶斗の安全だ。


「いいわ、やるわ。その代わり、万が一わたしが失敗しても、晶斗は無事に地上へ返してあげると約束してください」


「おい、ユニス!?」


 晶斗が手に力を入れた。驚いて力が入ったのだろうが、けっこう痛い。

 ユニスは晶斗の手の上に手を置き、軽く叩いた。


「でないとここから帰れないことくらい、わたしにもわかるわよ」


「まだあいつを殴り倒して逃げるっていう手もあるぜ」


「それをするには相手が悪いわ。シャールーン帝国最高のシェイナーよ」


 晶斗は手を離した。

 シェイナーではない晶斗にもわかっているのだ。

 ユニスはこの大広間でシェインを使えない。

 ここでシェインを自在に行使するプリンスは、とんでもなく規格外のシェイナーなのだ。逆らうのは得策ではない。


「晶斗・ヘルクレストの身柄は保証します。我が一族の祖神フェルギミウスにかけて。世界の迷図は貴女にしか頼めないことですから」


 プリンスは右手を心臓の上に置いて言った。

 ユニスは晶斗へちょっと笑いかけた。


「心配しないで。すぐに戻るわ」


 ユニスは、パッと走り出した。

 目指すは薄紫に輝く炎。

 プリンスの身長よりも高い祭壇の上にあるが、室内は世界の迷図の影響下にある。

 つまり、遺跡と同じ歪みが存在する空間なのだ。


――ここなら跳べる!


 祭壇に立つプリンスの手前で床を蹴って、

 跳んだ!


 遺跡と同じ空間であればこそ為せる、人間離れした跳躍。


 晶斗は上を向いて目を見張っている。


 ユニスは高い天井すれすれまで上がってから、真っ逆さまに落ちにかかった。

 両手を頭上にそろえ、薄紫の光炎へ、指の先から飛び込んだ。


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