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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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038:世界の迷図(ワールドメイズ)①

 黒い祭壇の上で燃えさかる薄紫の巨大な炎。

 これこそが、

世界の迷図(ワールドメイズ)!」

 ユニスは目を細めた。


 薄紫の()(えん)は天高く吹き上がり、祭壇の前に立てば、その頂上まで見るには首を大きく反らさなければならなかった。


「変わってるな。こんなに明るいのにまぶしくないぜ」

 晶斗が呟いた。


「特殊なシェインの光なんだわ」

 ユニスは薄紫の光炎を直視した。


 この広い場所は煌々(こうこう)たる光で満ちている。とはいえ、プリンスは、輝く炎を背にして床に影が落ちていない。目には優しい光なのだ。


 そういえば大広間に入った時からユニスの足下にも影はできなかった。


 光炎の特殊な光の粒子は濃度の均一な水のように広がり、大広間の隅々にまで満ちているのだ。

 プリンスは燃える光炎の中へ、ゆっくりと右手を差し入れた。


「この炎は目には見えていますが、その原理はシェイナーが作り出すシェインの『光』に近いものです」


 右手は入れたときと同じ速度で引き戻されたが火傷もなく、袖口も変わらず白いままだった。


「こんなに大量の光が、こんな形で安定しているなんて……!?」


 光の球ならユニスも明かり代わりによく作る。

 シェイナーの素質ある者が初めに習う初歩の技だ。


 光の明るさや大きさ、持続時間は、作り手たるシェイナーの才能と技量に比例する。

 ユニスは一応訓練した。光の明度と持続時間は、ほぼイメージ通り創造できる。

 これまでの経験から最長で2~3時間。シェイナーとしては中の上だろう。


 だが『世界の迷図』は違う。その輝きの質からして、ユニスの作り出す光球とは根本的に異なっている。


 言い伝えを信じるならば、薄紫の炎はこの場所で創造されてから一度も消えず、また作り直されることもなく、数千年以上輝き続けている。


 定命ある人間のシェイナーに可能な(わざ)とは思えない。


 ゆえに『世界の迷図』は、伝説の神々の一柱(ひとはしら)たる『祖神フェルギミウス』が創造したと言われている。


 人に叶わぬ技ならば神々のわざ。


 そんな考え方が民の間にしぜんと浸透しているのも、シャールーン帝国の人々が神々の末であるという伝説ゆえか。


「世界の迷図がシャールーン帝国の秘宝と呼ばれている訳はご存じでしょうか」


 プリンスの問いかけに、ユニスはちょっと考えた。『シャールーン帝国の祖神フェルギミウスが作ったから』というだけでは、神殿の飾り以上の意味は持たないだろう。


 ヒントはあった。

『世界の迷図を踏破すれば世界の(ことわり)の秘密が明らかになる。神話に出てくるシェイナーのようなとてつもない力が手に入る』という伝承とも噂ともつかない話は、つまり、人間が中に入って踏破できる迷宮構造を内包しているということだ。


「世界の迷図を踏破すれば……つまり、シェイナーが、解析するのがとても難しい迷図を踏破できれば、それが学びとなって、より強力なシェインを遺跡の内部で行使できるようになる、ということでは?」

 ユニス流の解釈だ。


「その民間伝承は少々歪められています」

 プリンスは口角をあげた。


「では、本当はどのようなものなのですか?」


 ユニスは素直に訊き返した。知識を測られたというより、ユニスが『世界の迷図』をどう思っているのか、再確認された気がした。


「シェイナーの能力に関わることです。簡単に言えば、祖神フェルギミウスがその直系子孫に伝えた、シェイナーの能力を磨くためのテキスト、というところでしょうか」


 プリンスが差し出した左手の上に、小さな光炎が出現した。その輝きは黒い祭壇で燃えさかる薄紫の炎に似ている。


「世界の迷図に入る前にこれを踏破してください」


 小さな光炎はプリンスの手の上でたちまち硬質の光沢を帯び、結晶化した。


 炎と同じ透明な薄紫色の幾何学的な菱形のシルエットは、四角錐(ピラミツド)2つの底を貼り合わせた正八面体! 内側で細かな黄金色の粒子がゆっくり上下してチラチラ光るさまは、粘性ある液体が流動しているようだ。


――シェインで結晶化させたの? ここではシェインが使えるのかしら?


 ユニスの理律ポケットを開けられたら、晶斗に装備を渡せる。

 シェインの『手』をこっそり伸ばして、理律ポケットの入り口に触れてみた。


 ビシリッ。


 指先で空間が(きし)んだ!

 ユニスを取り巻く全方位で、人間の聴覚では聞き取れない『音』が(うごめ)く。


――マズい!


 ユニスの意図した空間制御(コントロール)の動きとはちがっている!

 慌ててシェインを打ち消した。

 音を立てて軋んだ空間は、ふたたび音も無く揺らめいて、すみやかに軋む前の状態へと戻った。


「どうかしましたか?」


 プリンスは素知らぬ顔だ。ぜったい気付いているくせに。


「なんでもありませんわ」


 ユニスは微笑みで返した。脇の下には冷たい汗。


 あぶなかった。


 もしあのまま理律ポケットをむりに開けていたら。

 空間の軋みは大きくなり、制御不能の歪みに巻き込まれた理律ポケットは破壊されただろう。

 ユニス自身へも大きなダメージがフィードバックされて。


――もしやここは普通のシェイナーにはものすごく危険な場所なのでは……?


 人の姿が無いのも道理。警備する者などいらないわけだ。


 守護理紋で護られた街のように、世の中には様々な理由でシェイナーがシェインを使えない場所がある。

 それが桁外れに張り巡らされた皇宮殿で、何の(へい)(がい)も無くシェインを行使できるプリンスには特別な理由があるとしか考えられない。


 ユニスはプリンスの手の上の、小さな正八面体を見据えた。


「その小さいのは迷宮……いえ、遺跡の中で見つかる迷図と同じものですね?」


 通常の遺跡ならば、その迷宮は、人間が肉眼でも発見できる。迷宮は、中に入れば歩き回れる三次元に属した質量を持つからだ。


 しかし、遺跡のどこかに秘められた『迷図』は完全なる異次元だ。時間の流れすら異なる、一説では四次元に属す空間とさえいわれる。


 人類が歪みと遺跡を発見してから1万年以上。


 それでもなお、遺跡とは未知なる謎の塊なのだ。


「これには遺跡と同じ三次元の迷宮が封じ込めてあります。あなたの能力なら一瞬で固定化できる程度の、小規模な遺跡ですよ」


「一瞬で……? まさか、そんなことができるのですか!?」


 遺跡内部を探索し、人間に有益な物を手にいれるには、時間がかかる。

 だから人間は、遺跡をこの世界へ安全に留め置く方法を模索した。


 それが『遺跡の固定化』である。


 遺跡がこの世界に滞在している時間は、出現時からの月の相が半分以上変わるまで。長くても2~3日で移動を開始すると言われている。


 が、これは統計的な滞在時間だ。


 ユニスが知っている遺跡の固定化とは、固定化に長けたシェイナーでも多少の時間を要する。

 まず、シェイナー自身が遺跡内部へ入らねばならない。そして迷宮内の数カ所において、迷宮を構成している謎の異次元物質が変質するようにシェインを行使する、というものだ。


 遺跡の総質量のうち50分の1以上を変質させることができれば、残りの部分は一気に同化される。この世界の物質として安定すればしめたもの。魔物はほぼ出なくなり、探索する時間に制限もなくなるのだ。


 プリンスによれば、遺跡地帯にある研究・観光用の『安全な』遺跡の大半は高度な訓練を受けたシェイナーによって出現時から国が確保し、固定化されたものだという。


「それらの仕事を請け負うシェイナーは皆、最終的にここで訓練を受けた者たちです。帝国でも特に選ばれたシェイナーだけがここへ来る権利を得ます。シェインの知識を学び、技術を磨けば、できることも多くなる。世界の迷図を踏破したシェイナーがより強い能力を持つ、というのは、そういう意味です」


 プリンスが言えば何でもないことのように聞こえる。


 ひとくくりにシェイナーといえども、その能力の種類や行使できるレベルはさまざまだ。


 たとえばユニスの親友マユリカは、シェイナーのエリート職と名高い理律省に勤めているが、入省したあとも厳しい修練を積んでいる。その理律省職員のマユリカからして『世界の迷図』を踏破させてもらえるなんて話は耳にした事が無い。


 理律省職員以上の能力者といえばシャールーン帝国でもごく限られてくる。


 神殿に所属する大神官クラス、あるいは古来から強いシェイナーが生まれやすい古い貴族の家系に連なる者。その最高峰たる皇族の中でも、プリンスのように抜きん出て強力なシェインの才を発現させた者だ。

 ユニスは怖くなってきた。


――わたしなんかが『世界の迷図』に入っていいのかしら……?


「あの、世界の迷図を踏破する権利は、仕事をしたときの成功報酬だったのでは?」


「この場合は、依頼を成功させるために必要な支度金だと考えてください」


 プリンスが左手を軽く上げた。その手の上で輝く正八面体の硬質な光沢は透明硝子(ガラス)水晶(クリスタル)めいている。蹴砂の町で、ユニスと晶斗が崩壊する遺跡から脱出したさいに見えた遺跡の全体とそっくりだ。


 ふいに晶斗がユニスの前へサッと移動した。

「おい、ユニスに何をさせる気だ?」


 晶斗はユニスに背を向けたまま、右手の指先で、ベルト後ろにあるガードナイフの鞘の留具を突ついた。

『ここに付けていたガードナイフを、くれ!』

 と言いたいらしい。


 ガードナイフはユニスの理律ポケットの中。

 それをいまこの場で、こっそり出して渡せ、と。


――そんなの無理ッ!……って、どう応えれば……?


 ユニスは右手の人差し指で、晶斗の掌にすばやく×印を書いた。


 もしガードナイフを出せたとしても晶斗には渡せない。

 こんな特別な場所であからさまに武器を手にすれば申し開きようのないプリンスへの敵対行為。生きて帰れる確率が0(ゼロ)になったらどうする気だ。


「何度も言うが、俺達はアンタの依頼を受ける気はない。謎の神々の墓探しとやらは1人でやってくれ。リスク不明の道楽に付き合う趣味はないんでね」


 プリンスへ話しながらも、晶斗が右手をギュッと握った。×印の意味は通じたようだ。今度は人差し指だけが伸びて、チョイチョイと動かされた。

 どこかを指差している。その方向は……。


――あっち?……入ってきた方かしら?


 ユニスが首を傾げている間に晶斗は右手を前へ戻し、腕を横へ軽く広げた。

 プリンスに対してはあきれた仕草で、ユニスにとっては別の合図。


――逃げろ。


 それが意味。


 ユニスは冷たい緊張に固まった。

 晶斗は時間を稼いでいる。

 ユニスを逃がすための時間を。


――相手はシェイナーよ!


 プリンスはここでシェインを使え、ユニスは使えない。

 ユニスだけが走って逃げられる可能性は限りなく0どころかマイナスだ。


「ご安心を。あなた方の安全は保証します。もちろん、これも安全ですから」


 プリンスの手の上で、正八面体がふたたび光炎に包まれた。光炎は大きく燃え上がり、内側の正八面体も大きく膨らむ。


 それが、宙に、飛んだ。


「うわあッ!」


 落ちかかってきたそれは晶斗を押しのけ、ユニスを頭上からすっぽり包んだ!

 目に見える景色はすべて薄紫に染まり。


 ユニスは正八面体の内側(なか)に、閉じ込められていた!


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