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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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037:気がつけば神聖宮

 鉄柵の向こうに処女雪のごとき純白の壁。

 正面玄関の高い天井と床には北斗七星のモザイク画。

 これは帝国の宰相セプティリオン大公ことプリンスの『七星華宮』の紋章だ。


 プリンスは扉の前で待っていた。


 今日も凜々しい白の略礼服である。ファッション雑誌などで度々目にするプリンスの、お馴染みのスタイルだ。左腰に吊り下げた(しよう)(しや)な剣は実用にあらず、略礼服の華麗さに合わせた宝石付きの儀礼剣である。

 プリンスは優雅に一礼した。


「七星華宮へようこそ。約束を守っていただけて感謝します」

 プリンスの微笑みはいつでも麗しい。


 ユニスはうっとりした。子供の頃から憧れだった、世界で一番綺麗な王子様が、目の前にいるのだ。


――ええと、こんな時は、なんてご挨拶すればいいのかしら?

 遅くなりましたが参上しました、かしら?


 ユニスがドキドキしながら口を開きかけた横で、突然、


「ふんッ!」

 晶斗が鼻を鳴らした。

「あんたも元気そうで何よりだ。蹴砂の町じゃ世話になったからな」


 あまりに露骨なイヤミ。


 ユニスはうっとり気分が吹っ飛んだ。

 忘れちゃいけない、守護聖都へ来た理由。

 プリンスの意味深な招待と、不特定多数に狙われているラディウス。さらにこのあと、トリエスター教授との取引も待っている。


 危険だ。


 生のプリンスの顔は3秒以上見つめると理性が忘却される。

 それにしたって晶斗の言い方はひどい。

 相手はプリンス、この国の皇帝陛下の直系曾孫で、政治家のトップに立つ宰相閣下だ。

 晶斗の態度を何も知らない他の人が見たら、まるっきり不敬罪に映るだろう。


 いまはプリンスしかいないように見えるけど、どうせ見えないどこかに侍従だの護衛の近衛騎士だのがどっちゃり控えているに決まってる!


 ユニスは慌てて晶斗を押しのけた。


「あああの、約束通り来ましたッ。でも、わたしたちが神聖宮へ行くのは無理なんで、ここでご用件をうかがいますぅッ!」


 声を張り上げすぎたとユニスが内心冷や汗を流していると、晶斗が後ろで「おい、緊張しすぎだ」と小声で呆れかえっていた。


「とりあえず中へお入りください。ご案内しましょう」

 プリンスがくるりと背中を向けたら、扉が開いた。


「おい、やっぱり入るんか?」

 晶斗に問われ、ユニスはうなずいた。と、思い出して左手の指輪も見せる。プリンスにはこれを外してもらわないといけないのだ。


「ここまで来て入らなければ意味ないじゃない!」

 ユニスは玄関ポーチを上がった。


 プリンスに付いて、扉をくぐる。


 そのときだった。



 グラリッ。



 世界が揺れた。


――あれ?

 まっすぐ立っているのに世界が傾斜する奇妙な感覚。


 ユニスは悲鳴を呑み込んだ。

 両足を踏ん張ったおかげで倒れずにはすんだが。


――なに、いまの?


 軽いめまい? いや、ちがった。


――まるで、未固定の遺跡に入ったときみたいな変な気分だった……。


 時間にして半瞬ほど。動いたのはほんの1歩。


 すでに平行感覚は正常に戻った。


 ユニスは軽く頭を振った。

 まわりを確認。


 ここは七星華宮。前を歩くのはプリンス。ユニスの左横には晶斗。


 高い天井、真白い柱、黒く光る床。

 シンとして冷たい空気は遺跡を思い起こさせる。


――だから、迷宮に入ったような(さつ)(かく)を起こしたの?


 晶斗はだいじょうぶかしら。

 ふだんは平気そうでも晶斗は遺跡で遭難したトラウマがある。


 こっそり見たら、晶斗の右手はガードベストの胸ポケットを押さえていた。本人も無意識の動作かもしれない。そこにはトリエスター教授にもらった安定剤のピルケースが入っているのを、ユニスは知っている。


 さっきの奇妙な感覚はユニスの気のせいではなかったのだ。


――晶斗も何かを感じたんだわ。それにしても、何だったのかしら……。


 ふと前に視線をもどせば、プリンスはけっこう先へ進んでいた。


「晶斗!」

 ユニスと並んでいた晶斗は、ハッとしてユニスを見返した。


「急いで!」

 ふたりで一緒にプリンスを追いかけた。


 遅れはすぐに取り戻せた。

 そうしてふたたびプリンスの後ろに付いて歩き出したら、やがて奇妙な感覚の記憶は薄れていった。

 プリンスは振り向きもしない。


 ユニス達は絶対に付いてくると、よほどの自信があるのか。


 晶斗は胸ポケットから手を離していた。安定剤は飲んでいないようだ。でも落ち着いている。ひとまず心配はいらないだろう。


 あの奇妙な感覚の原因を考えるのはいったん保留にしよう。いまは探っている余裕が無い。プリンスに従い、黙々と歩くのみだ。


――そういえば、皇族の宮なのにすごくシンプルな廊下だわ。


 七星華宮とて小規模でも宮殿なのに閑散としている。室内装飾的なインテリアがまったく見当たらないのだ。


――こういうのがプリンスの趣味ってこと?


 ユニスと晶斗の靴音だけが高い天井にこだまする。

 プリンスの足音は聞こえない。シェインで足音を消しているのか、足音のしない歩き方をしているのか……。


――ずいぶん歩いたわ。まだあるの?


 そろそろ限界だ。ユニスは思い切ってプリンスに話しかけようとしたら、

「おい、あの森には、なんかいるのか?」

 晶斗に先を越された。


「何かとは?」

 即答されて、晶斗の方が驚いていた。


 とはいえ、プリンスの横顔すら見えず、歩みも止まらなかったが。


「つまりさ、動物や魔物みたいな『何か』だよ。ここは遺跡みたいな雰囲気がするぜ。妙な気配は追いかけてくるし、気色が悪かったんだ」


「森には生き物がいます。人間はめったに通りませんが、自然保護と生態系保全の一環として、毛長白(けながしろ)ウサギと青角山羊(ブルーホーン)や小動物の生息地です。ですから今日、あの森を通った生命体はあなた方だけではありません。……ほかに質問は?」


 プリンスに訊かれたので、ユニスは、はい!、と声を上げた。

「マユリカは、どうして時間ぴったりに、わたしを迎えに来たのですか?」

 朝から抱えていた疑問を訊いてみた。


「私が理律省を通じてアルタイルの到着時間を連絡しました。あなた方にここへ来ていただくため、移動手段と皇宮殿の無料券を渡す必要がありましたので」

 プリンスは淡々と返答した。


「超特急アルタイルの切符は、先に蹴砂の町で渡されましたけど……?」

「ああ、それは、皇宮殿の無料招待券は作成に時間が掛かったせいです」


 プリンスはすらすらと答えてくれた。だいたいユニスの推測通りだ。

 しかし、真の問題は、プリンスは何故そんなに手間の掛かることを、ユニスたちに対して行っているのかだ。


 これからユニス達をどこへ連れて行きたいのか?


 知りたいのは肝心なその理由だが……。


 ユニスは質問をあきらめた。

 行き先は、聞かされていたように、きっと神聖宮。そもそもきっちり筋を通す気があるなら、ここへ来る前に話をしてくれたはずだ。


――ここって、何かがおかしいのよね。


 ユニスの体感では、七星華宮へ入ってから、廊下をかれこれ三十分以上歩いている。いくらなんでも長すぎる。


 小宮殿の『七星華宮』が、こんなに広いなんて聞いたことがない。

 最大規模を誇る皇宮殿でも果ての無い廊下は存在しないだろう。


 それにこの寒々しい空間。

 優美さで名高いシャールーン帝国様式の宮殿内部とはとても思えない。


――まさか、七星華宮とは別の場所につれて来られたというの?


 いつの間に、どこへ移動させられたのだ?

 もしかしたら、七星華宮に入ってめまいがしたあの瞬間だろうか。いくらプリンスが優れたシェイナーでも、皇宮殿の敷地内でそう簡単に空間移送は使えないはず……。


――それとも、皇宮殿の敷地内でも皇族は特別なのかしら。


 その可能性はある。

 無言の緊張がはちきれそうになったころ。

 やっと回廊の突き当たりが見えた。


 階段があった。

 10段、昇った。


 とつぜん、(ひら)けた空間に出た。スポーツ競技場がまるごと入りそうだ。天井がある室内だから大広間だろうか。


 左右を見渡せば、遠くにある突き当たりらしき所まではかなり遠い。そのあたりには白い柱が等間隔に並んでいるのが小さく見えた。柱と柱の間は真っ黒だ。外の景色が見えないからにはそこも壁なのだろう。


 下を向けば、鏡のように磨かれた黒い床がユニスの顔を映し返す。

 明るいのは奥に光源があるからだ。

 黒い祭壇がだんだん近づいてくる。


 その上で小さな太陽さながらに燃えさかっているのは、薄紫の巨大な炎。


――本物の炎じゃない!?


 ユニスはゾクリと鳥肌立った。


 怖いのとは少し違う。人々が太古より尊び崇めてきたものへ抱く、原始的な本能から(きざ)した畏怖の精神(こころ)

 プリンスが黒い祭壇の前に立つ。


「我らが祖神フェルギミウスが残したというご神体です」


 それはすなわち『世界の迷図(ワールドメイズ)』。

 ここは神聖宮。


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