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002:東邦郡の護衛戦闘士

 ユニスはちびちびお茶を飲んだ。


 まったく腹立たしい――自分のツキのなさが。


 大きな溜め息はお茶と同じ、甘酸っぱい花の香りに染まっている。砂漠に咲く赤い花から作られた香料茶だ。シャールーン帝国では古くから貴婦人の愛用品。常飲すれば吐息も花の香りに染まる。だが……、


――薬効成分に鎮静作用があるというけれど、効いているのかしら?


 2杯目のお茶だけど、気分はモヤモヤ続行中。


 ホテルに戻れば、楽しみだったレストランのランチタイムは30分前に終了していたし、席に案内されたら西の窓からは夕陽が差し込んでいた。

 お茶どころか夕食タイムだ。早や1日が終わる。それもこれも、保安局で手続きに時間を取られたせい。


 結果として、人命救助にはなった。引き換えに、砂漠にいた事情を根掘り葉掘り訊かれたしまったが。


 なぜユニスが、観光コースから外れて奇岩のある地区を偶然通りかかったのか。


 誰にも知られていない未踏破遺跡を発掘するため、そのために当局の許可を得ずしてこっそり探索していたなんて、言えるわけがない。


 観光客が砂漠へ固定遺跡を見に行く自体は珍しくはない。ユニスはあくまで観光での散歩だったと言い張ったが、あのにこやかな保安官には絶対、疑われていた。

 あれはまったくユニスを信用していなかった目だ。


 うら若い普通の女性が1人で遺跡地帯をほっつき歩くなんて、この国の常識では考えられない。遺跡探索家か、1人でも遺跡地帯にいても大丈夫な『特技』でも持ち合わせていない限りは……。


――このホテルに滞在するのも、そろそろ潮時かしら。


 ユニスは、お茶の残りを飲み干そうと、ティーカップを傾けたら。

 テーブルの左側に影が落ちた。


 誰かが立っている。


 こんなに近づかれるまで気付かなかったのは、ユニスの不覚。

 しずかに左を向いた。


 若い男。顔は……ユニスは、目線を上向けた。だめだ、まだ見えない。もっと上。背が高いな。たぶん180センチ以上。肩幅は広く、胸板も厚みがある。鍛えていそう。でも、痩せすぎだ。

 短く刈られた黒髪の頭が、ヒョイと会釈した。


「さっきはどーも。俺のこと、わかるかな?」


 男の声は陽気な自信に満ちていた。


「おヒゲは無いけど、砂漠で行き倒れていた人でしょ」


 気配に気付くのこそ遅れたが、男の放散する『波長』――人間が放散する固有の特徴――を読み取れば、砂漠で見つけた遭難者と同じだとわかる。


 それに男の服装も、砂漠で見つけた時と大差ない。くたびれたガードベストは防護の役には立たないだろう。真新しい白の長袖シャツと黒いズボンは、ごく普通の量産品だ。保安局からの支給品だろう。だってぜんぜんお洒落じゃないもの。


 男は破顔した。

 ユニスが数時間前の出来事を覚えていたのがそんなに嬉しいのだろうか。


「俺は晶斗・ヘルクレスト。よろしくな、命の恩人のお嬢さん」


晶斗は左隣の椅子を引き、さっさと腰掛けた。ユニスの方へ体を向けて右足を左足の上に組む。


 勝手に隣に座られたことには腹が立つが、目線を下げることができたのは助かった。上向きすぎてユニスの首の後ろが痛くなってきていたから。


「なにか御用? 招待した覚えはないわよ」


 ユニスは冷ややかに訊ねながら、晶斗・ヘルクレストの顔を観察した。


 黒い眉はなかなかに凜凜(りり)しい。瞳の色も黒だ。目の形は、シャールーン帝国では珍しい切れ長だ。鼻筋はすっきり通っているし、薄目の唇とのバランスがいい。なかなかの男前と言っても良いくらいだが――額や鼻筋は赤く日焼けしているのに、頬がげっそりこけている。髭の剃り跡がやたらと白い。

 

 まるで何年も太陽を浴びていなかったように。


――いったい、どれだけ遭難していたのかしら。


 晶斗が遺跡の中を彷徨(さまよ)っていたのは数日か、数十日か?……よく生きていたものだわ。


「助けてもらった礼を言いに来たんだ。命の恩人が美人で、ホントに幸運(ラツキー)だよ。ところで君の服装は変わっているけど、シャールーン人だよな?」


 図々しいうえに無知ときた。ユニスがシャールーン人だと一目でわからない程の田舎者とは、恐れいる!


 ユニスは、左肩から明るい金茶色の長い髪を払いのけた。肌は色白で、瞳は髪よりも少し濃い金茶色。どちらもシャールーン帝国人としてはスタンダードな色合いだ。顔立ちは――美人だの可愛いだのとは、よく言われる方。しかし、シャールーン帝国の一般的な美の基準である大人びた美女タイプから遠いという自覚は、ある。


「これは、チュニックスタイルよ。シャールーン帝国の流行も知らないわけ?」


 裾の短い白のチュニックに、足にはレギンス、靴下は純白レース製。靴は足首まで隠すショートブーツだ。いかにもお洒落な都会風。砂漠観光には不向き。

 でも、ユニスは砂漠観光をしない。遺跡へは空間移送するし、不便は無いから!


 とはいえ、こんなにジロジロ見られるほど変でもないはずだ。


 たまにユニスをただの観光客と勘違いして、声を掛けてくる男がいる。

 さてはこやつもナンパ目的か?


「ああ、いや、砂漠向きの格好じゃないと思ってね。シャールーン人の着道楽ってやつか。ここらの観光客は、ああいうのが普通だろ?」


 晶斗は周囲をぐるっと見回した。


 レストランにいる大半は、午後に砂漠観光ツアーを楽しんできた観光客だ。皆が皆、陽よけの長袖と膝下まである砂漠観光用ブーツスタイルで揃えている。ユニスの格好が浮いているのだ。


「わたしがどんな服を着ようと、わたしの自由だわ。用が無いならあっちへいってくださる?」


 ユニスはツンと顔を背けた。大概の外国人なら、シャールーン美女に高慢な貴婦人気取りのこの仕草をされたら、たじたじとなって退散する。が、ユニスは自他共に認める童顔。ゆえに、これまでの半生における成功率は六割り程度……。


 やはりだめか。


 晶斗はまだいる。じーっとユニスを見つめている。


――ふん、どうせわたしは美女じゃないわよ、笑いたきゃ笑えばッ?


 と、晶斗が、いきなり吹き出した。

 まさか、ユニスの心の呟き声が漏れ聞こえたとでも?


「澄まし顔も可愛いけど、そうつれなくするなよ。頼みがあるから来たんだぜ、『ユニス・リンネ』さん?」


 ガシャンッ!

 ユニスは受け皿にティーカップをぶつけた。でも、割れていなくて良かった。震える手を見られないよう、すばやく膝の上へ移動させる。


「なんなの、あなた。どうして、わたしの名前を知っているわけ?」


 こういう手合いには、動揺を見せちゃダメだ。ユニスが保安官と話していた時、晶斗は医務室で治療を受けていたはず……。


「拾得物届けにサインしただろ」


 晶斗は平然と答えた。あの時、ユニスがサインした書類は、保安官の手ですぐに机の引き出しへ仕舞われていた。


「さては、盗み見たわね。ドロボウじゃないの!」


「人聞きの悪いことを言わないでくれ。偶然見えたものは仕方がないさ。さっそくだが、本題だ。俺は護衛戦闘士だ。『東邦郡(オリエント)のシリウス』を聞いたことは?」


 愛想の良いニコニコ顔から一転、晶斗は緩んだ頬をキリッと引き締めた。


「東邦郡は遠い外国のことでしょ。シリウスなんて知らないわ」


 ここは正直に答えるしかないだろう、ユニスは本当に知らないのだから。

 あら、晶斗が目を見張っている。そんなに驚くことかしら?


 東邦郡など、ルーンゴースト大陸の東の果て。


 歩いて行くなら一カ月以上かかる遠い国。政治システムが民主政で、何年かに一度選挙で大統領を選ぶことくらいしか覚えていない。


「え? なんで……まさか、本当に、知らない? だって、シリウスは『天の狼』って意味じゃないか。東邦郡一の、護衛戦闘士の称号だぞ。俺の仕事での通り名だぜ? 遺跡地帯じゃ、知らない奴なんていないはずだ!」


 そこで晶斗は息を継ぎ、「いやいや、まさか」と頭を振った。


「なんでだよ。ここはシャールーン帝国の、西の遺跡地帯にある町なんだろう?」


 縋り付くような晶斗の眼差しに、ユニスは大いに困惑した。


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