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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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036:皇宮殿のあるところ

 ルーンゴースト大陸最古にして最大の都『守護聖都フェルゴモール』


 およそ五百年の昔に建設された街並は往時の雰囲気をそのままにとどめ、守護聖都という肩書きにふさわしい気品と威厳を(かも)し出している。


 シャールーン帝国は古えより皇帝が治める帝国主義だ。

 (こう)(ぐう)殿(でん)は、皇帝とその一族が住まう大宮殿の総称である。敷地は広く、小さな街の様相を成している。


 表の区画は、昔は皇帝の側近や名門貴族が集う邸宅街だった。

 現在はその一部が美術館や博物館として一般公開されている。




 マユリカに押しつけられた特別招待券は理律省発行の非売品だ。皇宮殿内の美術館や博物館の閲覧はフリーパス。同等の券を正規で購入したら、ちょっと豪華なランチ3食分に匹敵するだろう。


「さて、あなた方はプライベートでプリンスのお茶会に招かれたってことになっているから。ゲートを入って観光区域をまっすぐ歩けば自然と道はわかるわ」


 皇宮殿の入場口には大勢の観光客が並んでいる。

 入場には何時間もかかりそう。

 ゲンナリしたら、マユリカは職員用の出入り口へ回った。

 マユリカとはそこで別れた。


 いざ、入ろうと特別招待券を提示したら、止められた!

 晶斗が武器などの装備を付けているのはまずいという。

 皇宮殿で武器の携帯を許されるのは衛士のみだ。


 護衛戦闘士といえども皇宮殿の敷地では武器を携帯してはならない。

 だが、職員が特別招待券が本物か確認しようと改札センサーの下へかざしたら『特例入場許可』が降りた。


 ただし、晶斗が身に付けていた装備は武器もセンサー類も、ぜんぶユニスの理律ポケットへ片付けるようにと指示された。


 両手のガードグローブだけは簡易センサーの機能OFF(オフ)を条件に、衣服の一部として装着をみとめられたが。


 ここでは理律ポケットの開け閉めなどの()(さい)なシェインすら禁止だ。ときとして武器にもなり得るシェイナーの能力は簡単には行使できないよう、皇宮殿全域に強力な守護理紋が施されている。


 もしもシェインを使ったのがバレたら。

――軽くて罰金、重ければ最高刑だったかしらね……。


 理律ポケットを封印する前に、ピンクの巾着袋を出した。チケットの半券や財布、ハンカチはこれに入れて持ち歩くことにする。


「うわ、デカくて古めかしい建物ばっかりだな。で、どこへ行くって?」


 小さな街とも言える皇宮殿の敷地内はシャールーン帝国の伝統的な貴族様式の建築物が軒を連ねている。東邦郡出身の晶斗には珍しいのだろう。


「マユリカの説明では、観光区域をまっすぐ奥へ歩いていけば、わたしたちの行くべき場所がわかるらしいから……。とにかく進むしかないわね」


 そのうちに、風景から建物が無くなった。

 他の観光客も見なくなった。

 涼やかな風が吹きぬけた。

 (すい)(れん)の花咲く池。中央から透明な水が噴き上がり陽光に(きら)めく。

 (かん)(ぼく)は形良く刈り込まれ、幾何学的に配置された花壇は鮮やかな夏の花が咲き乱れていた。帝国の伝統様式で造られた庭。


「で、この庭に神聖宮があるのか?」

 晶斗が不思議そうに訊ねてきた。


――そうか、晶斗は神聖宮がどこにあるのか、知らないんだわ。


「ここには無いわ。わたしたちが呼ばれているのは、たぶんプリンスが住んでいるところ……あ、痛ッ!」


 噴水の前で、ふいに、ユニスの左手指に痛みが走った。

 指輪をしている指だ。


「どうかしたか?」

 数歩先で晶斗が待っている。


「あ、いえ、べつに……」

 もう痛みは感じない。


――気のせいかしら……?

 ユニスは、少し待って、歩きかけた。


 チクチクッ、チクチクッ。ユニスの歩調に合わせ、指輪の内側を針で突かれているみたいな痛みがはしる。


――気のせいじゃない!

 ユニスが足を止めたら、痛みも止まる。


 とたん、右方向がものすごく気になった。

 あっちにぜったい何かある。


「はっきり言ってくれないと、わからないぜ?」


 晶斗は待ってくれている。ユニスが追いつくのと説明を、根気よく。一緒にいたこの数日で気付いたが、晶斗はこういうさりげない気遣いが非常に上手い。

 護衛戦闘士の義務ばかりではなく、晶斗という男の性格なのだろう。


「進む方角は、こっちだわ」


 まっすぐ右手……ではなく、ほんのわずかに左より。


 この森は皇族のプライベートゾーンと観光区域を分ける境界線だ。

 プライベートゾーンは皇族の住まう小宮殿が林立する。

 プリンスの住まいもそこにある。


 ユニスの指さす方を眺めた晶斗は、首を傾げた。

「こっちは道が無いぞ?」


 庭園の緑の芝生は森の近くまであるが、森へ入る道は見当たらない。


「シェインの結界で隠されているのよ。観光客が入ったら困るから」

「住んでいる皇族は、普段はどこを通って生活してるんだ?」

「皇宮殿の表側には、一般人は入れない皇族専用の通路があるわ。わたし達は最初からイレギュラーすぎるルートで、プリンスに招かれているのよ」


 皇帝に会いに来たわけではない。

 プリンスに会うのも非公式だ。


「あいつが待ち構えているってのもゾッとしないが、けっこうでかい森だな。本当に君の親友を信用しても大丈夫だろうな?」

 あながち冗談でもなさそうな感じで、晶斗に訊かれた。


「どういう意味よ。マユリカがわたしを(だま)すとでも思ってるの?」

「超特急アルタイルだよ、あの特別列車みたいに森へ踏み込んだとたん、シェインのガードトラップにやられるなんざ、ごめんだぜ?」

「ああ、そういうこと……」


 そういう心配ならユニスもわかる。

 晶斗は丸腰。

 ユニスはシェインを使えない……が、じっさいは、ユニスの能力が周囲の守護理紋よりも強ければ問題なく行使はできる。

 刑罰を受けるのがイヤだからしないけど。


「マユリカなら信頼して大丈夫よ。理律省の職員だろうと関係ないわ。マユリカが信じられない世の中になったら、月がルーンゴーストへ落ちる時よ」


 マユリカはユニスの唯一無二の親友だ。子供時代、ユニスが冷凍少女というありがたくも無い二つ名をもらった時からの長ーい付き合いである。


 けっして他に友達がいないわけではないが。


「ハハ、信頼できる友達がいて良かったな。了解した。じゃあ、行こうぜ!」

 晶斗の言葉が合図みたいに、突如として暗かった森の景色に淡い光が加わった。


「え?」


 濃い緑の暗がりに飛び回る無数の光。数百万の蛍が(たわむ)れているような、満点の夜空の星が地上に振りまかれたような、幻想的な光のある風景。

 光の粒はふわりふわりと、木々の枝先に止まって揺れた。実体のない光なのに生き物みたいだ。


「なんだい、何か見えているのなら教えてくれよ?」


 晶斗には目には見えないのなら、これはきっとシェイナーにしか見えないもの。


「森の中に、たくさんの光がふわふわ飛んでいるの。きっとシェインの光だわ」


 光は、少しずつ遠のいていく。

 まるで森の奥へと誘うように。


「光っている方へ来いってことかしら……ね?」

「俺のセンサーには反応が無いが、本当にシェインか?」


 晶斗は左手を軽く振った。観光区域を出た時点で晶斗はセンサー機能のスイッチを入れた。

 シェインと言ってもいろいろある。ガードグローブのセンサーだってシェイン系の装置だが、たんに拾えない波長なのだろう。


「プリンスのシェインという感じがしないから、境界線に使用されている守護理紋の影響かもしれないわ。わたしについてきて!」


 生えている木々は太い。

 古い森だが、地面は草が刈られていて歩きやすかった。ここも手入れされている庭園の一部なのだ。

 光の粒はつぎつぎと進行方向に出現する。

 ユニスはシェインで透視もしながら光の後をついていった。


「何も見えないな。あ、いや、疑っているわけじゃないぜ。でもなあ……何かイヤな感じがしないか?」

 晶斗が顔をしかめている。


「わたしは何も感じないけど……。何か変わったことがあったら、教えてね」


 ユニスは透視しながら歩くのに、集中力の大半を割いている。あぶなげなく歩ける程度には周囲を知覚しているが、晶斗とは逆に肉眼では景色を見ていない。


「見えるわけじゃないが、なんとなく……護衛戦闘士の勘ってやつだけどな」


 護衛戦闘士が遺跡で使うゴーグルなら、空間の歪みが視える。センサー機能で生命体の存在も察知できる優れものだ。今はユニスの理律ポケットから取り出せないから、役に立たないけれど。


「ここの空気が気にくわない。虫一匹いやしねえ。おかしな森だ。まるで……その、なんというか……」

 珍しく言葉に詰まった晶斗の言いたいことを、ユニスは引き取った。


「遺跡みたいな?」


 大木に囲まれ、昼間でも薄暗い森のなか。暗緑色にしずんだ景色はどことなく遺跡内部の雰囲気を連想させる。

 木立の奥は濃緑の闇。

 いまにも何かが現れそうな……。


「そうだよ、それ。どこからか魔物が出てきそうなあの雰囲気だ。なあ、知っているか? シェイナー抜きで未固定遺跡の踏破に参加したら、迷宮に入った途端に、小物の魔物の集団が出てくることがあるんだぜ。ま、俺様にかかりゃ、そのくらいじゃ軽い運動にもならないがな、ははは……!」


 晶斗がことさら軽口を叩く。なんだか晶斗らしくない。遺跡を思い出すような場所だと、まだ完全な平常心ではいられないのだろう。


「聞いた話だと、ここには迷い込んだ人を自動的に空間移送させる守護理紋の仕掛けがあるそうよ。晶斗はその気配を感じているのかもね。シェイナーじゃなくても勘の良い人はわかるんですって」


 歪みとは人を惑わせ、予想もしない場所へ勝手に移動させる異常な空間。ここではそれを人為的に発生させ完全に制御すらして、セキュリティ・システムに利用している。


 これほど完璧なガーディアンは他にいまい。


 立ち入り禁止の森へ迷い込んだ観光客は、自動的に安全な場所へ移送される。ユニスと晶斗が何事も無く過ごしているのは、マユリカに渡された特別無料券の効能があればこそ。

 ユニスはこれまで遺跡で魔物と遭遇した経験がない。


 晶斗のいう危険な魔物が具体的にどんなものなのか知らない。ちょっと……いや、かなり不安だ。


「や、やーね、変なこといわないでよ、皇宮殿の庭に魔物が出るなんて聞いたことない……」


 ガサッ。木立の向こうで音がした!


「ひッ!?」

 ユニスは、心臓が喉元まで飛び跳ねたと思った。


 その場で動けなくなった。となりで晶斗も硬直している。


 その間に、道案内の光の粒はどんどん先へいってしまった。


 木の葉のざわめきも聞こえない。

 まるで世界から音という音が失われたようだ。


「……さっきの音は、風、よね。晶斗が魔物の話なんかするからよ」

「俺のせいだってのかよ。森だから小動物や虫ぐらい、いるだろ」

「知らないわよ、そんなの」


 2人で恐る恐る音のした方を見やった。

 キラリ、何かが光った。

 いくつも、いくつも。


 ユニスにはっきりと見えたのは、一対の眼。道案内の光の粒とは、絶対に違う!


「いやあッ、何かいるッ!?」


 ガサゴソ、ワサワサ。

 あちたこちらで音が湧き上がった。


 茂みの奥にいる何かがこちらへ来る!


「なに、何がいるのッ!? あれが魔物なのッ!?」

「知らんわからんッ、俺に訊くなッ! 魔物はいないと言ったのは君だろッ!?」

「晶斗は護衛戦闘士でしょッ! どうして魔物の話なんかしたのよッ!?」


 すでに話は「あれは魔物かも知れなかった」という前提になっていたが、2人とも自覚がなく、たぶん恐慌状態(パニツク)だった。


「逃げるぞ、とにかく走れッ!」


 晶斗に腕を引っ張られて、ユニスはバタバタ走り出した。

 安全か危険とか、確認している暇はない!

走る直前チラリと見えた、小さな体躯は白っぽかった?

 木の陰でピクリと動いたのは、青い角?……それに、草むらでゆれていたのは、白くて長い耳?……まさかね?

 それらの情報を総合すれば、記憶にある何かの動物に似ていた気もする。


 じつは、皇宮殿の森では、雑草を食べてくれる毛長白ウサギや青角山羊(ブルーホーン)だのが放し飼いにされている。

 ユニス達が見逃してきた庭園入り口の立て看板にも書かれていたが、その事実をユニス達が理性的に判断できるのはもう少しあとだ。


 ただ夢中で走りつづけた。


「俺が話をしたせいだってのかよッ、君こそシェイナーだろッ、透視でわからないのかッ!?」

「わかんない、怖いから視たくないッ! あ、待って、方角がわからないわ、あの光のつぶつぶはどこーッ!? ああッ、あんな遠くにいっちゃってるぅッ!」


 ユニスは小さな輝きが見える方へ走った。晶斗はユニスより早く走れるのに(りち)()にユニスの後ろを付いてくる。

 道なき草むらを踏み分けて、やっと光に追いついたら。

 今度は酸欠で動けなくなった。


「も、だめ、走れない」

「だめだ、急に座るな、歩きながら呼吸を整えろ。どうせ時間の指定はされていないんだ、ゆっくり行こう」


 景色は変わらず、大木に囲まれた森の中。

 ユニスが歩き疲れてヘロヘロになってきた頃、ようやく木々が開けた。

 前方をフワフワ飛んでいた光の粒々が、一点に集合する。人頭大の光の球となったそれは、一直線に飛んだ。


 黒い鉄柵。渦巻き模様の細工の門だ。その前で、光の球は、パッ! と消えた。


 門前に白い制服の人がいる。右肩に金色の飾り紐、左腰には軍刀。皇宮殿に仕える近衛騎士だ。シャールーン帝国貴族らしい白っぽい金髪と上品な顔立ちの青年はどこかプリンスにも似ていた。


――あら? まえに会ったことがあったかしら?


 近衛騎士はユニス達が近づくのを待ち、お辞儀をした。

 彼の後ろで鉄柵門が静かに開く。

 近衛騎士は脇に退いた。右手を広げ、ユニス達に中へ入るよう(うなが)した。


 渦巻き模様の鉄柵門は、ユニスの背後で音も無く閉まった。


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