035:守護聖都
「ハーイ、ユニス、久しぶりね!」
走ってきたマユリカはすずしい翡翠色のワンピースを着ていた。
左襟を大きく折り返し、そこから繊細なレース飾りと紅色の裏地を見せている。
これは守護聖都で流行している最新の着方なのだ。
マユリカの長い髪はシャールーン人に多い銀混じりの薄い金茶色。その後ろ半分を高く結い上げている。ぱっちりしたアーモンド型の目に長い睫が愁いを帯びた陰を落とす。通った鼻筋に整った小鼻。輪郭のはっきりした紅色の口唇。
ユニスと同い年なのに、ユニスには背伸びしても真似できない大人の女性らしい美しさ。
晶斗は、ピュウッ! と口笛を鳴らした。
「すげえな、典型的なシャールーン美女だ!」
「ふうん、シャールーン帝国のことはあまり知らないのに、晶斗もシャールーン美女のことはよく知っているのね」
ユニスはジロリと晶斗へ横目をくれた。
どうして外国人の男は、シャールーン人女性が『美女』という生き物だと思うのだろう。
シャールーン帝国はシェイナーが生まれる国。
さらに特筆すべきは、美女が生まれる民族としても名高い。
どれほどかと言えば、近世において国際的な司法制度が整うまで、シャールーン帝国の女性は他国へ誘拐される危険が世界一、高かったという。
守護聖都フェルゴモールでは、マユリカのように最新流行のファッションを着こなした華やかな女性がごく普通に街中を闊歩している。
観光客はそれを見て、やはり美女が多い国だと感動して帰っていくのだ。
「はは、そりゃ昔から有名だろ、シャールーン美女の伝説は。知らないやつは男じゃないさ」
晶斗の視線はさっきからマユリカに釘づけだ。顔も見ているがそれ以上にマユリカの豊かな胸の辺りが気になるようだ。
マユリカはプロポーションが良い。すらりと背が高く、同い年なのにユニスと並べば姉と妹みたいに見られる。
「連絡していないわよ。どうして到着時間がわかったの?」
ユニスだってもう少し成長すれば――自分では、今も第二次成長期の最中だと信じているが――平均的なシャールーン人女性の身長になれるはず……。
ユニスはマユリカの真横には立たないように気をつけた。さすがに晶斗に目の前で、典型的なシャールーン美女マユリカとユニスの違いをじっくり検分されたくはない。
「昨日の夜、上司から連絡があったの。ユニスが彼氏を連れて帰ってくるから、この時間に中央駅のいつもの出口へ車で迎えにいってほしいって! もう、私、嬉しくって! 遺跡地帯へ行って良かったわね!」
上機嫌なマユリカに、晶斗のことをなんて説明したものか?
どうして皆はユニスと晶斗の関係を誤解するのだろう。
「なあ、友達なんだろ、紹介してくれよ」
晶斗が強引に割り込んできた。
「同郷のマユリカよ。幼馴染みで親友なの。マユリカ、彼は晶斗・ヘルクレスト。職業は護衛戦闘士」
ユニスはいろいろ省略したが、マユリカも晶斗も気にならないようだった。
「初めまして。マユ・リカ・サレットよ」
マユリカはにっこりした。花のような微笑みは、会う人すべてを惑わせるというシャールーン美女の伝説を裏切らない。
「向こうに車を駐めてあるのよ、一緒に来て!」
マユリカについて行くと、広場の端にある駐車スペースに、ド派手な黄色の丸っこいカブトムシ型のシェイン系飛空車が駐まっていた。
シャールーン帝国では定番の、車体が常に地上から30センチ以上浮揚しているタイヤレスタイプだ。内燃機関の容量が少ない分だけ車内が広く、小型でも4~5人がゆったり座れる。
ユニスは晶斗と一緒に後部座席へ押し込まれた。
マユリカは右前の運転席に座り、クリスタル・キーをハンドルの真ん中に嵌め込んだ。シェインカーが滑るように発進した。
「東邦郡の人だそうね。とても遠いところから来られたとか」
マユリカの言い方には、微妙な含みが感じられた。晶斗が遺跡で遭難した帰還者だと知っているのだ。
「へえ、早耳だな。俺のことをいろいろ知っていそうなサレットさんの情報源を訊ねてもいいかな?」
「あら、マユリカでいいわよ。私も晶斗と呼ばせてもらうから。隠すほどのことじゃないわ、理律省に勤めているのよ」
「理律省とは恐れ入ったな。帝国有数の優秀なシェイナーってわけだ!」
「ユニスから何も聞いていないの?」
「知り合ってまだ4日目なんでね」
シャールーン帝国の理律省、通称『シェイナー管理省』。
シェイナーとシェインに関連したあらゆる物事を統括管理する行政機関だ。
その職員は、シェイナーとして強い能力を発現させた者が9割を占める。
「俺の情報は理律省からか……。東邦郡関係の極秘情報に触れるとは、マユリカちゃんはよほど優秀な職員らしいな」
「それほどでも。ユニスの送迎を任されるていどよ」
「でも、君は仕事で来たんだろ? 大切なシェイナーのユニスのために」
「よくおわかりね。シャールーン帝国の事情には詳しいのかしら?」
「いいや。正直言って、シャールーン人はわからんことだらけだよ。君たちは可愛いけどね」
「あら、お上手ね。褒められたらうれしいわ」
マユリカと晶斗が2人だけでわかったような会話をして笑っている。
ユニスはなんだか取り残されたような気分になった。
「べつにおかしくないでしょ。マユリカは優秀なシェイナーよ。正規採用で理律省に入ったんだから」
すると、なぜか目を丸くした2人に注目された。
「ユニスに褒められるのは照れくさいわね。ユニスの方がシェインは強いでしょ。スカウトだって今も引く手あまただし……。理律省に就職すればいっしょに安定の公務員なのにずっと断ってるんだから」
「へえ、いいじゃないか、シェイナーのエリート職。なんで就職しないんだい?」
「ほら、彼氏もそう言っていることだし、このまま理律省へいって契約書にサインしちゃわない?」
マユリカは上機嫌だ。カーブでハンドルを切る手つきもシャープである。
ユニスはヘアピンカーブの遠心力で窓ガラスに押しつけられた顔を剥がした。
晶斗は泰然と座っている。さりげなく前の座席の後ろを足で突っ張り、体を固定しているようだ。ユニスの足の長さでは出来ない芸当だ。……ちょっと悔しい。
「理律省にはいかないわ。わたしはもっとお金が欲しいのよ。マユリカこそ、この車、今年発売された最新型よね。あなたのお給料でよく買えたわね?」
「もちろん分割払いにしたわ。でもシェイナーだし、シェインカーなら自分でメンテナンスできるし、長期的に見ればお得だから。ユニスが理律省へ来てくれたら報奨金で即完済できるんだけど。ね、協力してくれない?」
「いやよ、親友のためでもボーナスの元にはならないわ」
ユニスはきっぱり宣言した。マユリカのことは信用しているが、うかつな返事をしたら最後、理律省へ直行されかねない。
「なになに、金の話なら俺にも一枚噛ませてくれよ」
晶斗が身を乗り出した。
「あら、彼氏は貧乏?」
「だから晶斗は彼氏じゃな……」
「その報奨金とやらは、俺でも貰えるのか?」
晶斗はユニスが喋るのをさえぎった。
マユリカは軽くハンドルへ手を当てながら肩をすくめた。
「ええ、彼氏の説得でも有効よ。理律省はとにかくユニスが欲しいのよ。シェイナーの国家登録こそしていないけど子供の頃から注目されていたでしょう。理律省へ就職するよう説得できたら、その功労者は礼金がもらえるの。ユニスがずっと断り続けているから、どんどん報奨金の額が上がっているわ」
「へえ……。ということは、理律省はユニスのことを子供の頃から知っていたわけだ。なるほどねー」
話されているのは自分のことだが、ユニスは晶斗がなぜ納得しているのかわからなかった。
理律省は別名シェイナーの管理省。これはシャールーン帝国の常識だ。
「ええ、そこから説明がいるの!? それでユニスと付き合っているなんて……」
マユリカの驚愕っぷりは、まさかこの世にユニスのことを知らない人がいるなんて、という純粋さに満ちあふれていた。
「マユリカ、それはちょっとひどいんじゃないの……」
ユニスは泣きたくなった。マユリカは幼少時からの親友。そこまで口に出して言わなくてもいいのではないか……。
「もう、晶斗は彼氏じゃないって何度言えばわかるのよ。知り合ったばかりでそんな話はしないわ」
「あなたたちどういう関係よ?」
「だーかーらあ、遺跡の探索を一緒にする仕事の相棒! 初めにそう言ったでしょうが! 晶斗はわたしの護衛戦闘士なの!」
ユニスは晶斗を拾ってからの出来事をかいつまんで説明した。
「そんな!? ユニスが男連れで帰ってくるって聞かされて、ようやくユニスにも恋人が出来たのかと盛大なお祝いパーティまで考えてたのに!」
安全自動走行モードとはいえ、マユリカが何度も大きく振り向くのでユニスはハラハラした。
シェインカーはその名の通りシェインに反応する。運転席にいる者がシェイナーならばその意思に影響されるのだ。どうやらマユリカはユニスが乗る前から目的地を皇宮殿に設定していたみたいだが、運転者があまりおかしな動きをして欲しくはない。
「ざんねんだわ、お祝いパーティは無しね。みんなもがっかりすると思うわ」
さいわいにもマユリカの変則的な動作や思考は、路線やスピードの変更には反映されなかった。優秀な最新型で助かった!
「どうしてそういう発想になるのよ。理律省の人たちって、いつもながら頭がおかしいんじゃないの?」
あの蹴砂の町での出来事のどこをどう歪めれば、ユニスに彼氏ができたという話に変換されるのだろう。
ユニスがふてくされる横で晶斗が爆笑した。
「なあ、その情報源はプリンスだろ。あいつに何か言われてきたんだろ?」
「ええ、理律省長官はプリンスですもの。私は直接会っていないけど、あなたたちは蹴砂の町でお会いしたのよね。このあとまた謁見があると聞いているわ」
マユリカはあっさり認めた。帝国宰相であるプリンスが理律省長官を兼任しているのは国家機密でもなんでもない、公然の事実だ。
「謁見……ね。まあ、あいつに会うとなりゃそうなるのか。皇宮殿へ俺とユニスを連れていってどうなるんだ? その後の指示は何かされたのかい?」
「私が聞いたのは、ユニスと晶斗が皇宮殿にいくという予定だけよ。それでてっきりデートだと思い込んでしまったわけ。晶斗のプロフィールもそのとき簡単に説明されたわ」
「へえ、俺のこと、どこまで聞いた?」
晶斗もマユリカも楽しそう。
でも、ユニスは話の流れが読めない。だから聞いていることにした。
「十年前からの帰還者。東邦郡では一流の護衛戦闘士だった、通り名はシリウス」
マユリカから『シリウス』の単語が出たところで、さすがにユニスもドキリとした。
遺跡からの『帰還者』の伝説をマユリカも知っているのだ。時空間を歪める遺跡を喚ぶという存在は、理律省としては監視対象になるだろう。
「前情報としちゃ完璧だな。デートでもしようか?」
晶斗もマユリカも、なんの腹の探り合いだ?
「あらやだ、彼氏が浮気してもいいの、ユニス?」
マユリカがやっとユニスへ顔を向けた。
あれだけ否定したのに、マユリカはまだユニスが晶斗を好きだと思っているのかしら。
「どうしていちいちそんなふうになるのか、理解不可能だわよ」
ユニスはなんとなくもやもやする気持ちを抑え込んだ。
晶斗のことは嫌いではない。もしイヤなやつだと思ったら、雇う以前に完全無視して逃げている。ここまでの道中は助かったし、一緒にいると安心だが……たぶん、恋愛感情とはちがう。
「とにかく皇宮殿はキャンセルよ。わたしの家まで送ってちょうだい。早く休みたいの」
ユニスはとげとげしくならないようにアクセントに気をつけた。マユリカの職場が理律省というのはいろいろ考えるところはあるが、マユリカと絶交するつもりはないのだ。
「いえ、それは……。あとにしない?」
マユリカは急に歯切れが悪くなった。
「どうして? 皇宮殿とは逆方向だけど、ほかに用事でもあるの?」
ユニスの家はマユリカの寮とも近い。中央駅からなら道は通り慣れている。
「家へは帰らない方がいいわ。じつはちょっと問題が起こってて……」
「な……!? 車を止めて!」
すぐにシェインカーは、音も無く道路の端に寄り、ふわりと空中停止した。
「あなたの家の周辺に見慣れない人たちが大勢いるそうよ。見張られているのよ。これはユニスの監視チームからの報告だから間違いないわ。それで皇宮殿へ連れて行こうとしているわけ」
マユリカはあっさり白状した。
「へえ、ユニスには理律省から特別な監視も付いているのか。ただのシェイナーじゃつかないよな。特別な監視対象か?」
晶斗がさりげなく質問を挟んでくる。
「ええ、そのとおり……? ユニス、彼氏にそのことも話していないの?!」
マユリカに驚かれるのはいいかげん慣れた。しかし、ユニスはそろそろ面倒くさくなってきた。
「だから、彼氏じゃないっていうのに……。仕事仲間にいちいち子供時代の話まで言わないでしょうが……」
もっとも、大の親友であるマユリカさえ誤解するなら、何も知らない他人が晶斗を彼氏だと思うのは仕方が無いことなのかもしれない……。
晶斗がコホンと咳払いした。
「あのさ、俺はいちおう君の護衛戦闘士なんだから、危機管理に必要な情報は前もって渡してくれるとありがたいんだがな」
晶斗は控えめに笑った。
ユニスはハッとした。彼氏じゃないと否定して悶えている場合じゃない。
蹴砂の町で切り抜けられたのは、運が良かっただけ。
晶斗はシャールーン帝国の現代事情を知らない。
そこはユニスが気づかなければならないところだった!
「それは……ごめんなさい。たしかに、わたしには子どもの頃から理律省の監視が付いているのわ。向こうから接触してくることはほぼ無いけれど、わたしがどこにいて何をしているかは、だいたい把握されているはずよ」
もしかしたら、だいたいどころか分単位でチェックされている可能性も考えられる。マユリカが、理律省の指示で時刻表には無い列車の到着時間に合わせて来たのがその証拠。
理律省の監視対象にされるとは、こういうことなのだ。
「ハハ、ユニスみたいな女の子でも危険なシェイナーとみなせば監視対象か。俺が警戒を強めた後だったから、てっきりあいつが個人的に付けた監視だと思っていたが……もっと前からの、理律省の『目』が付いてたわけだ」
晶斗は護衛戦闘士。
蹴砂の町に居たときから、ラディウス狙いの大群とは別に、常にユニスを監視する視線があることには気付いていたという。
「誰が危険なシェイナーよ、失礼な。……やっぱり気になるの?」
「敵じゃないなら問題ないさ。基本的に干渉してこないんだろ。だったら気にしないでいこうぜ」
「ええ、家が無理でもどこかで一休みしたいわね。明日の話はそれからしましょうか」
「話はまとまった? じゃあ、皇宮殿へいきましょうか!」
マユリカがハンドルに手を掛けた。
ユニスは気心が知れているはずの幼馴染みへ生まれて初めて不審の目を向けた。
「マユリカ、いまのわたしたちの会話を聞いていた? マユリカはどうしてそんなに皇宮殿にいきたいの?」
皇宮殿。
それはシャールーン帝国全土を支配する皇帝陛下がおわす大宮殿にして、庶民のユニスとはもっとも縁遠い場所。ユニスの目線では超高級リゾート観光地にしか見えない天上の聖地である。
「俺もわからん。なんで俺らがそんな場所へ行く必要がある?」
「この守護聖都フェルゴモールで最も安全な場所だからに決まっているわ。ユニス、あなた『お宝』を持っているでしょう? 目下、最悪の問題はそれなのよ。だから安全な場所で保護しようとしているわけ!」
マユリカは蹴砂の町での出来事を知っているのだ。ユニスがラディウスを持っていることも承知でユニスを運んでいる。
ラディウスが非常に高額で取引されるレアアイテムなのはよくわかった。しかし、市場での取引価格やどういう価値があるのかはいまだに不明。
ラディウスの実物を見たことすらない者たちは、勝手に命がけの争奪戦まで始めているのだ。
「保護してもらうなら理律省の施設か警察じゃないの?」
どちらも国家権力だが、ユニスだって国に税金を払っている国民だ。公共制度を利用する権利はある。結果としてラディウスと引き換えになるが、理律省に黙って屈するよりはマシに思える。
「理律省に保護施設は無いの。警察は、通報しても証拠がないから動けないわ。家の近くを歩いているだけの人を逮捕できないでしょ?」
「それはそうでしょうけど……」
ユニスがラディウスを所持する限り、ラディウスを狙う連中は追ってくる。
トリエスター教授との取引まであと少しなのに……。
「それともここで私に渡す? ただし、謝礼は期待できないわ。理律省経由で国家に寄贈という形になるから」
マユリカ経由で理律省へ渡すのはもっとも平凡な安全策だが……。
「ううん、引き取り手はもう決まっているから……。やっぱりマユリカでも渡せないわ」
そのために晶斗と苦労して守護聖都まで戻ってきたのだ。
「じゃあ、しばらく皇宮殿にお泊まり決定ね。セキュリティは万全、なによりプリンス直々(じき)のご招待だもの。これを僥倖と言わずしてなんというの!」
「たしかにプリンスに招かれてここまで来たけど、目的地は違う場所だわ。だいいちわたしのような一般市民が皇宮殿に入れるはずがないでしょう?」
いくら理律省でも皇帝陛下のおわす皇宮殿を利用するなど、帝国民として恐ろしく罰当たりなことを画策できるとは思えない。
マユリカは軽く笑った。
「ふつうならね。具体的にどこに滞在するかまでは私も知らないけれど、ユニスを皇宮殿で保護する話は本当よ。今回は理律省長官であるプリンスから降りてきた正式な指令ですもの」




