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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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033:超特急アルタイル⑤

 車内はしずかだった。


 明かりは小さな常夜灯だけ。

 晶斗は身じろぎもせず、暗い窓の方へ顔を向けていた。


 ユニスは慌てて上半身を起こした。

 熟睡したらしい。寝る前はぜんぜん眠くなかったのに。たぶん、何度も空間移送して興奮気味だったせい。体は自分で考える以上に疲れていたのだろう。


「もしかして、わたし、寝過ごした? ごめんなさい、いま何時かしら?」


 自分の時計を出すより晶斗に聞く方が早い。

 晶斗は左手首の腕時計へ視線を落とした。


「午前4時になるところだ。もうすぐ夜が明ける。少し前に列車が速度を落とした。予定通りなら中央駅まで1時間ほどだな」


 窓の外はまだ夜だ。暗闇に光点が散っている。

 星にあらず、地上に点在する人家。

 シェインで辺りを透視してみれば、幅広い道路、河があって、橋がある。街中に林立するのは大きなビルディングのシルエット。


 窓の外が明るくなった。

 駅を通過中だ。灯りが照らすホームを通り過ぎる際、チラリと駅名が読み取れた。守護聖都フェルゴモールの郊外にある街だ。


「ここからなら、中央駅まであと30分くらいだわ」


「予想より早かったな。まあいいや、それなら降りようぜ」


「え、もう?」


「1つ前の駅でも待ち伏せがいたら困るだろ。宰相閣下じゃなくて、()(ぞう)()(ぞう)のラディウス狙いの方さ」


 晶斗が言うには、遺跡探索を専門とする会社や組織は大陸中に分布しており、あちらこちらに支部があるから、通信連絡一本で何でも手配できるという。


「どこで降りても遭難しないんだから、どこでもいいだろ」


 前方の乗降車口へ移動した。


 守護理紋入りの車両の壁は堅固だ、ちょっとやそっとでは穴一つ開けられない……が、扉は開くもの。開閉するその隙間なら壁面よりもずっとたやすく異空間の通路を通しやすいのだ。


 ユニスは扉の中央へ手を当てた。

 軽く押し戻される。目には見えない反発する力。


 車両の壁中の守護理紋は、なかなかに強固だ。車体の構造強化に加え、走行中の風圧や衝撃に耐える『防衛』にも特化している。たとえ水中に落ちようと車両が物理的に破壊されない限りは、水は一滴たりとも入るまい。


 こういった守護理紋の効果を突破する方法は2つだ。


 守護理紋そのものを、物理的に破壊する。

 または、効果範囲の隙間を突く。

 どちらにしても、シェイナーが対象の守護理紋を上回る強いシェインを行使できなければならない。


 今回はユニスのシェインが勝っている。守護理紋をキズつけることなく隙間を抜られそう。

 肉眼ではすぐ前の扉を見つつ、透視する。異空間を通るトンネル、シェインホールを利用するには、入り口も大事だが、出口はより重要だ。


 目指すは次の通過駅。できるだけ人目につかない場所へ出るには……。と、見つけた! ホームの端、建物の陰になった場所!


「いけそうよ。手を貸して!」

「ほい!」


 晶斗も慣れたもので、すぐにユニスの左手をしっかり掴み返してきた。立ち位置も良い。これなら移動途中で晶斗を落とす心配もない。


「シェインホールが開いたら、わたしと一緒に飛び込んでね。入り口と着地点は静止しているけど、走る列車から出るなんて初めてだから、気をつけて」


 列車が目的地の駅へ近づく。

 ユニスは透視している出口に焦点を合わせる。異空間のトンネル(シェインホール)の入り口を、開けようとしたが――開かない!


「えッ!?」


 シェインホールが開かない。


 だが、扉は、シェインの効力を受けた(しるし)に輝いている。


――なにこれ、わたしのシェインじゃない!? 


 ユニスは手を引っ込めた。


 光は強くなり、あっという間に車両中が輝いた。

 壁の中に黄金色の紋様が浮かび上がっている、天井や床にもびっしりと。複雑にして精緻な紋様は、守護理紋だ!


「うおッ、すげえな、守護理紋か!?」


「晶斗にも見えているの!?」


「ああ、壁一面に理紋が浮き出てら! シェインホールなのか!」


 ということは、ユニスが透視している壁の奥の『映像』ではなく、実体。

 晶斗にも見えるほどに、守護理紋が活性化している!


「ちがうわ。シェインホールが開けられないの、ちょっと待って!」


――車両の守護理紋って、こんなに強力なの?


 シェインの『手』で光の壁を触る。

 柔らかい布を押すようでいて、けっして破れない。守護理紋の境目にわずかな隙間を見つけても、すぐにそこをフォローする次の障壁に突き当たる。


――まるで、車両の外に、もう一枚、目に見えない壁があるみたい……。


 車両の『外側』にあるのは、何だ?

 さきにそれを探らねば。


 ユニスは透視に集中した。

 守護理紋に触れず、『視る』だけなら障壁の抵抗は少ない。


 視えてきた。

 守護理紋とは少し明るさが異なる光。なめらかな薄皮みたいなそれが、超特急アルタイル全体をピッチリと包んでいる。


結界(バリア)!?」


 車両の外側にもう1枚! 列車全体を包むそれが、車両の守護理紋の効力を何倍にも強めている。

 恐ろしく強固なのも道理、二重の結界だ。今なら外で爆弾が爆発したって、超特急アルタイルのボディにはキズ一つ付かないだろう。


 ユニスには破れない。これはユニスよりもはるかに優れたシェイナーのしわざ。


「そんな……!?」

 ユニスは透視をやめた。


 壁から光が消え、車内が闇に沈んだ。ユニスのシェインに反応していたのだ。


 次の瞬間、窓の外が明るくなった。


 建物のシルエットと大きな柱が、右から左へ流れ去った。


 外の灯りがなくなり、車内はふたたび暗く沈んだ。


――ああ、通り過ぎちゃった……。


 ユニスは呆然と窓を眺めた。

 左肩を軽くつつかれた。

 晶斗は困惑顔だ。


「で、何が起こった? まずいことか?」


「閉じ込められたわ。降りられないの」


 晶斗は手を離し、近くの座席にドサリと座った。


「やられたな。相手の方が上手だったわけだ。ほら、いいから座れよ。どうせすぐに中央駅だ」

「そうね……」


 ユニスは晶斗とは反対側の座席へ腰を下ろした。


「車両の外側に、車両の理紋とは違う、まったく別のシェインの結界が張ってあるの。すごく強いやつよ。つまり、超特急アルタイルは車両とその別のシェインと、二重の結界にくるまれて、密閉されているってわけ!」


「それは、さっき車内で守護理紋が光ったのと、関係あるか?」


 異常な事態を見たというのに、よほど肝が据わっているのか、晶斗は顔色一つ変えない。


「あの光は、車体の守護理紋の反応よ。わたしが車両の壁にシェインホールをこじ開けようとしたから、車内の乗客を護るために反応したのだと思うわ。ただ、外側に謎の結界があることも、無関係じゃなかったけど」


「シェイン系列車なら、外側に結界が張ってあってもおかしくないさ。俺達が今まで気づかなかっただけじゃないのか」


「普通は、車両を守護する守護理紋とその効果範囲だけよ。その外側からさらに二重に結界を張るなんて、聞いたことがないわ。これは蹴砂の町でわたし達が乗車したときには無かった結界よ。つまり、発車した後で、走行中に張られたの」


 シャールーン帝国のどこかにいるシェイナーの仕業だ。


「あの2人組が降りた後か。この列車が守護聖都フェルゴモールに到着するまで、誰も降りられない」


 晶斗は笑った。


「けっきょく、何があっても守護聖都まで強制連行されるわけだ。あいつの予定通りに」


 晶斗のいう『あいつ』がプリンスを指しているのは明白だ。


「結界を張ったのはあいつだろ。それくらい俺でもわかるぜ。俺達が守護聖都フェルゴモールへ着くまで途中下車しないようにさ」


 晶斗の推測はたぶん正しい。


「でも、そうするとこの超特急って……まるで、わたし達のためだけに、ものすごい特別仕様で用意されたみたいだわ」


 ユニスを守護聖都フェルゴモールへ帰還させたいだけなら、小型飛空挺をチャーターして乗せた方が断然早くて安上がりだ。超特急アルタイルのような高級列車では経費も効率も悪すぎる。どう考えても割が合わない。


「だから、そうなんだろ。運行予定は時刻表に無いわ、豪華すぎる個室に乗客は俺達だけ。おまけに刺客の仕掛けたトラップのサービス付きだ。まあ、刺客とトラップは宰相閣下も計画外だったかもしれないが。超特急なんて普通にチャーターできるもんじゃない。初めから何もかも特別過ぎだ」


 ひとつだけなら偶然でも、これだけあればさすがに異常だ。


「う……それは、確かに。あまりありがたくないスペシャルサービスかも」


 この特別列車を通常の運行予定に紛れて走行させるには、いくら帝国の宰相閣下でも、半日では準備できないだろう。


 冷静に逆算すれば、蹴砂のホテルでプリンスがユニスと対面した時点から計画されたのでは間に合わない。 


 ここまでやるからにはプリンスには明確な目論見があるはずだ。


 超特急アルタイルは、ユニスと晶斗を遺跡探索チームへ勧誘するだけにしては、いろいろな意味で高額すぎる『(わい)()』である。


「ああ、もう、こんな列車、早く降りたい……」


 と、ユニスが呟いたとたん、列車が減速した。

 ガクン!

 右へ曲がっている。けっこう急カーブだ。


 ユニスは左側の窓に張り付いた。


 超特急アルタイルが中央駅の何番線へ入るかは知らないが、この辺りは中央駅へ行くのに右へカーブするポイントではない。

 守護聖都フェルゴモール中央駅が小さくなっていく。


「きゃあッ、中央駅はあっちなのに、どうして!」


「落ち着けよ。シェインの結界は?」


「まだ張られているわ」


「次に停まるのがどこだろうと、乗務員が降りるときには解除されるはずだ。そのタイミングを狙おう」


「そうか、車掌さん達も絶対に降りるもんね」


 超特急アルタイルは、本線から外れた。


 地面に描かれた理紋石の走行路の数が増えていく。

 夜明けの薄青い空の下に、ドーム型の巨大な屋根。だんだん大きくなっていく。

 超特急アルタイルは、その下へ入るのだ。


「ここは駅じゃないわ。中央駅の近くにある、回送列車が集まる場所だわ」


「車両基地かよ。列車の倉庫で、保守点検とかをする所さ。さっきのカーブで、引き込み線へ入ったんだな」


 緊急事態を起こした列車の行き先としちゃ、おかしくないが……と、晶斗はつぶやいた。





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