032:超特急アルタイル④
昼頃になると果てしないと思えた大平原は終わり、窓の外の風景は、右も左も穀物畑になった。
ほどなく街も見えるだろう。
そういえば、守護聖都フェルゴモールに至るまでにも、ターミナルに準じた大きな駅はいくつか通過する。
「晶斗、東邦郡へ帰りたい?」
「なんだよ、俺が邪魔なのか?」
晶斗は不機嫌に返事した。てっきり早く帰郷したがっているとばかり思っていたのに、予想外の反応だ。
「いえその……守護聖都の中央駅でなくても、大きなターミナル駅なら、東邦郡行きの列車が出るわ。乗り換えるか、空港もあるから飛空挺に乗れば、東邦郡まで早く帰れるわよ」
ユニスが、晶斗に帰郷を進めた理由はもう一つある。
昨日から立て続けにおかしな事態に巻き込まれた。ラディウスを狙うやつらやプリンスとの会見も含め、異常事態のオンパレードだ。
問題は、その騒ぎの中心がユニスだということ。
ユニスと一緒にいた晶斗は被害者だ。これ以上、被害にあわないうちに故郷へ帰らせてあげるほうが晶斗のためだろう。
「へえ、じゃあ、俺の給料は? トリエスター教授との取引はどうすんの?」
晶斗の調子は嫌みなほど軽かった。
「あ……そそ、そうだったわね!」
晶斗にお給料を支払わないと!
成り行きとはいえ、晶斗を護衛戦闘士として雇ったのだ。
お財布の現金はホテルでの精算でほとんど使ってしまった。
今日までの晶斗の日給は、大雑把に計算しても手持ちではとても足りない。銀行へを下ろしにいこうにも、田舎の支店ではまとまった大金は下ろせない。
やはり守護聖都フェルゴモールにいかないとダメだ。
すると晶斗はまだ帰れないわけで……。
「うわあ、どうしょう、晶斗のお給料はまだ払えないわ!?」
「いまさら何言ってんだ。話のついでに訊くが、守護聖都に到着したら、どこへ行くつもりだ?」
「は?」
お給料の話題から、話がどこへ飛ぶわけ? わからなくてポケッとしていたら、晶斗がイラついた声を出した。
「だから、守護聖都フェルゴモールの中央駅に着いたら、そこからどうする気だって訊いてんだよ。トリエスター教授との約束は明後日だろ。泊まる場所は? 隠れ家はあるのか?」
「なんで隠れるの? わたしは自分の家に帰るつもりだけど?」
ユニスの家は守護聖都フェルゴモールにある。実家ではない、1人で住んでいる貸家だ。
「はっ、甘すぎるぜ。普通に帰宅できると思っているのか?」
晶斗の微笑みが暗い。
ユニスは不安にかられた。
「どういう意味よ。中央駅に着いたら何があるのよ?」
「この列車は普通の状態じゃないんだぜ?」
晶斗に言われて、ユニスは超特急の現状を思い出した。
豪華な個室は半壊。他の車両はここ以外、あちこちで氷が溶けて水浸し。
乗客は、ユニスと晶斗だけ。
ユニスの得意なシェインは凍結と、氷を作り出すこと。
「……非常にまずいわ、わたし達がやったと思われるわ」
氷柱や霜を発生させた原因は、緑の卵の形をしたトラップだ。
仕掛けた真犯人の2人組は、走行中の超特急から消えた。
それが真実だが、氷柱と霜がばっちり証拠として残っている列車に『冷凍少女』の異名を取るシェイナー・ユニスが居合わせただけだと、晶斗以外に信じてくれる人がいるだろうか。
――うん、これは、わたしでも信じられないわね。
「やっと理解したな。俺達が犯人じゃない証拠はどこにもないんだぞ。列車が緊急事態で高度を上げた時点で、鉄道管理システムには自動的に通報されているはずだ。俺達には姿を見せない車掌や運転手も、中央駅へは連絡しているさ」
晶斗の推測が当たっていたら、守護聖都フェルゴモール中央駅に到着したら、また保安局が待っているだろう。
いや、列車での事件だから、鉄道警察か。またはテロ事件と思われたら公安警察か機動隊かもしれない。はたまたシェイナー絡みの案件と判断されていたら、シェイナーで構成されているという帝国最強のフェルゴモール守護騎士団に逮捕される可能性もある。
何にせよ、同行を求められたら、しばらくは――数時間か、あるいは数日は――拘束され、事情聴取されるのは免れない。
ラディウスも証拠物件として没収されるだろう。
そうすると、トリエスター教授との取引ができなくなるわけで……。
ユニスは決断した。
「晶斗の言いたいことはよくわかったわ。守護聖都の中央駅に着く前に、こっそり逃げちゃわない?」
中央駅がだめなら、別の駅で降りるだけだ。
「ああ、俺もその方が良いと思う。この列車の始末は、どうせ宰相閣下がするんだろうが、あいつの部下が来るにしても、顔を合わせるのは面倒だからな」
「超特急では特別席に招待されたから、次は高級車で強制連行されたりして?」
もし、軍用の装甲車が迎えに来たら怖いかも。
――いや、それは冗談でも不吉すぎるわ!
言わないでおこう、と、せっかくユニスが気を遣ったのに、
「ふっ、発想がまだ温い! 列車が到着したらその場で拉致して、軍用機で神聖宮へ運べばいい。俺ならそうする」
晶斗も同じような発想をしていた。
「あはは、えらく具体的ね」
ユニスは苦笑で返した。確かに、蹴砂の町での大騒動を鑑みれば、どんなあり得えない事でも起こりそう。
プリンスは宰相閣下だ。その肩書きに含まれる権限は、本物の軍隊を動かせる。
ここまで無事に逃げてきた。
プリンスにお膳立てされた超特急に乗っている時点で、すでに何から逃げているのか半分わからなくなってきたが、どんどん深みにはまっている気はする。
それもより悪い方に。
「だったら、いっそのこと、一つ手前の駅でこっそり降りるのはどうかしら?」
大平原を走行中は、下手に脱出すれば大平原で遭難する危険があった。
でも、守護聖都フェルゴモールに入ってしまえば、どこで降りても街中だ。
「アイデアとしちゃ、まあまあだな。神聖宮を訪問するのは、トリエスター教授と取引した後でいいさ」
晶斗いわく、プリンスの真の思惑はわからない。ユニスの指に嵌められた呪いの指輪を外すには、神聖宮を訪問しなければならないが、神聖宮はプリンスの本拠地だ。無事に帰れる保証は無い。
その点、トリエスター教授の方は、ラディウスを売り渡すためとハッキリしている。ラディウスを欲しがる理由も、研究目的と明白な分だけプリンスよりも信頼性は高い。
「なるほど、だからプリンスよりトリエスター教授が優先なのね」
ユニスは右手を軽く振り、開けた。
淡く光る珠が一つ。
晶斗が「ラディウス」と呟く。
透明な水晶を思わせるラディウスの中心には、金色の炎が閃いている。リズミカルなその瞬きは生き物の鼓動めいている。
『迷図』にある『ラディウス』を取り去れば、遺跡は外郭もろとも崩壊する。遺跡にとっては貴重な『要』に違いない。
「これにどんな価値があるというの」
ユニスが視たところ、金色の炎めいた光からはシェインの気配はほとんどしない。遺跡で拾える希少な鉱物や化石のように、何かの役に立つのだろうか。
「さてな。俺も、実物を見たのは初めてだ。遺跡の出土品でも超レア級らしいぜ。東邦郡の軍博物館にはレプリカが展示されている。本物は最高機密扱いで、大金庫の奥に1個だけ保管されているという話だ」
ユニスは右肩口へポイと珠を投げた。
シェインのポケットに収納しておくのが一番安全だ。
「難しいことはトリエスター教授にまかせるわ」
「そのほうがいい、あいつらは専門家だ」
「ラディウスが何かは解明されていないのよね。なのに皆して狙ってくるなんて、変なの!」
さっきの怪しい2人の男達は、ユニスがいたのにラディウスの話をしなかった。
蹴砂の町ではあれほどの大騒ぎになったのだ、知らないはずがない。
彼らの本当の狙いは何だったのだろう。
「ねえ、さっきの怪しい人達はどうして晶斗を勧誘したの?」
「あいつらは刺客だ」
晶斗は断言した。その根拠は「仕掛けられていたのは、普通なら致死レベルのトラップだったから」だそうだ。
「暗殺が目的なら、標的は俺達じゃない。宰相閣下さ。個室付きの特別列車だから、お忍びで来ていた宰相閣下が乗ると思ったんだろうな」
刺客達は、個室へプリンスを暗殺するトラップを仕掛けに来たはいいが、列車が動き出してしまった。
しかも、晶斗とユニスは個室へ直接入れる扉からではなく、彼らが脱出しようとした後ろの車両から入ってきた。
そこで、とっさに遺跡探索者のフリをして、晶斗に話しかけたというわけだ。
「年季の入った遺跡探索者ぶりだったから、実際に護衛戦闘士か遺跡探索の仕事をしている可能性が高いな。俺達についての情報は蹴砂の町で仕入れてきたんだろ。俺の、帰還者の噂とやらをな」
晶斗の説明は、筋が通っているように聞こえる。しかし、暗殺用のトラップを仕掛けに来て列車が動き出して降りられなくなるなんて、刺客にしてはえらく抜けている。
それに、標的とされたプリンスは、ユニスよりはるかに優れたシェイナーだ。
ユニスでは対処できなかったが、あの程度の冷気や氷柱では、プリンスに害を与えるのは無理だ。本当にあのプリンスを暗殺しようとしたトラップだったのかも疑問に思える。
「晶斗の噂、ねえ……」
遺跡での遭難から生きて戻った『帰還者』というのを、ユニスは晶斗と知り合ってから初めて知った。
蹴砂の町にいた人々は、保安局やプリンス、トリエスター教授も、遺跡に関連する知識として知っていたようだが。
「その帰還者って、本当はどんな意味があるの。遺跡での遭難から無事に戻って来た人、というだけではないわね?」
ユニスが訊ねた瞬間、晶斗はカッと目を見開き、軽く頭をのけぞらせた。
気まずい沈黙。
晶斗は微動だにしない。
ユニスは激しく後悔した。
晶斗が遺跡で遭難していたのは十年間。普段は平気そうに振る舞っていても、心の奥底に癒えきれていない傷を抱えているのを、ユニスは知っている。
十年もの間、一人きりで遺跡を彷徨っていた孤独と恐怖はどんなものなのか……。心ない質問をしてしまった。きっと晶斗は傷ついた。
「あの、ごめんなさい、嫌なら言わなくても……」
「帰還者ってのはさ、遺跡と強い絆ができるらしいぜ。苦労して探しにいかなくても、遺跡の方から帰還者の前に現れるそうだ。それも、お宝が豊富な、特別デカいやつが……という、噂らしいな」
一息に喋った晶斗は、ユニスへ顔を向け、ニカッと表情を崩した。
ユニスはホッとした。晶斗は怒ってはいないようだ。
といって、機嫌が良いわけでもなさそうだけど。
「……というのが、俺が昔に聞いた『帰還者』というものだ。実際のところは、俺もよく知らない――俺がこの先どうなるのか、わからないのが現実さ」
言葉の端々にネガティブな陰を感じる。晶斗は何に憤っているのだろう?
「つまり、晶斗は生きた遺跡探知機になっちゃったわけ? 遺跡が見つけやすいのは、遺跡探索者にとっては都合が良い能力じゃない?」
ユニスは、少しでもポジティブな方へ考えようとしたのだが……。
晶斗は鼻で笑った。
「本当にそう思うか。遺跡で遭難して、戻ってきたやつはいないんだぜ。宰相閣下やトリエスター教授にとって、俺は絶好の研究対象なんだ」
「トリエスター教授に雇われたら? 護衛もできるし、遺跡も見つけられて喜ばれるんじゃないの」
「実際に遺跡探索に出たところで、空間制御ができるシェイナーが同行していなければ、遺跡探索のリスクが大きくなるだけさ」
晶斗は座席の背もたれを限界まで倒した。
「もうこんな話はやめようぜ。俺は明日の朝まで寝る」
晶斗は窓の方へ顔を向けてしまった。
ユニスの話し相手になってくれる気はなさそうだ。
――まだ昼を過ぎたばかりなのに、そんなに眠れないわよ……。
しかたなくユニスも座席を倒し、天井を見上げて目をつむった。




