031:超特急アルタイル③
シェインで繋げた空間は、緑の卵が真っ二つになった瞬間、すばやく塞いだ。
緑の卵が、ナイフが刺さる材質で助かった。
氷柱を生み出す冷気は、最後尾から二番目の車両を半分凍らせて、止まった。
天井から水滴が落ちてくる。
無数の氷柱が透明な艶を帯びていた。
氷が溶け始めている。
ズズ……、ズシャッ!
グズグズになった霜の塊が壁を滑り落ち、床で砕けた。
氷柱だらけの連結扉は、晶斗の蹴り一発で、氷柱が砕けて剥がれた。
「さて、どうなったか見に行こうぜ」
晶斗に付いて車両を戻る。
6つの連結扉は、開いた。
個室の扉だけは、いまだに無数の氷柱と大量の霜で覆い尽くされていた。
「うわ、ドアが見えない……」
ユニスは霜の塊に触れてみた。
表面は濡れていた。溶けかけている。凍結を維持していた理紋の影響は失われても、始まりから最も長時間凍っていたせいだろう。晶斗が蹴ったくらいでは割れもしない。
「ユニス、シェインで氷を溶かせるか?」
晶斗は火気系アイテムの手持ちが無いという。
「小型の熱弾とか、そんなのさ。熱系なら何でもいいぜ」
「火を出すだけでいいなら、なんとか」
火や熱さを冷気のように操るのは苦手だが、たんなる火ならいくらでも出せる。
「周りが多少焦げちゃってもかまわない?」
「いいだろ、非常事態なんだ。修理の請求書は宰相閣下に回されるさ」
「なるほど、そうね」
すべてはプリンスのせいと考えれば、多少強引な(人様のはた迷惑になりかねない)シェインを行使しても、心が痛まないというものだ。
ユニスは、両手を前に突き出した。
両手の前で赤い火花が閃き、真紅の炎に変じる。
空中で燃えさかる炎を、扉から生えた氷柱群へ押しつける。
ジュウッ!……と、氷が溶けていく。
炎に焙られ熱くなった壁から、
ズリュン、ドシャリ!
つぎつぎと氷塊が剥がれ落ちた。
壁と扉は高温に耐えられる材質らしく、焦げも溶けもしなかった。
炎で熱せられた空気がサウナのようだ。シェインの結界で体を護っていても、額から汗が流れてくる。晶斗も汗だくだ。顎の下へ流れた汗を右手の甲で拭い、手についた汗を振り払っている。
熱気で通路の氷柱も次々と溶け出した。
氷がなくなり、扉が現れた。
ユニスは軽く両手を打ち合わせ、炎を消した。
歩けばビシャリと水が跳ねる。溶けた水が通路にあふれ、足の甲まで浸かっている。
「この水はシェインで片付けられないのか?」
晶斗が期待の目を向けてきたが、
「そのうち乾くわよ、きっと」
ユニスは目を逸らせた。
シェインを行使して『乾燥させる』のは、できないことはない。
ただし、シェインを操る技術が必要だ。
ユニスの得意は『冷気』。濡れた廊下を瞬間凍結させるのなら、お安いご用だ。
ところが、『乾燥』となると、単に火を出すのとは微妙な加減が違ってくる。
シェインの使い方は心得ている。シャールーン帝国の多くのシェイナーと同じく、ユニスも幼少時からシェインの師について基礎から一通り習ったのだから。
おかげで、1人で遺跡探索にもいける。これはかなり強力なシェインを行使できるシェイナーの部類に入るだろう。比較対象はユニスがこれまでに出会った数十人のシェイナーだが。
ようするに、強力なシェインを持つシェイナーが、必ずしも行使する技術に長けたシェイナーとは限らないのである。
もしも、ユニスが火や熱風などをコントロールし損ね、この濡れた場所だけを乾燥させるのに失敗したら……。
――車両がどうなっても良いなら、試すんだけど……。
今日のところは自分のためにもやめておく。実践と向上心は大切だが、ユニス自身の安全と安眠を引き換えにするほど重要でもない。
晶斗が扉を開けた。
無数の氷柱が室内を埋め尽くしている。
ソファの前にだけ、氷柱が無い。凍っていない円形のスペース、その中央に、ガードナイフが突き立っていた。黒い柄が二つに割れた緑色の卵の破片と相まって、氷柱で真っ白な室内にはじつにそぐわない異質な物体だ。
晶斗はナイフの柄をつかみ、絨毯から引き抜いた。
緑の卵の破片が、ボロリ、崩れた。内側から小さな歯車やネジやら、複雑な模様が描かれた細かい機械部品がパラパラこぼれた。
「これも理紋なのか?……変わった構造だ、初めて見たぜ」
晶斗はナイフを、腰の後ろの鞘に戻した。
「でも、わたしのシェインに反応して氷柱ができたということは、やっぱりシェイン系の装置よね」
シェインでの透視や解析はしない。透視もシェインによる干渉だ。壊れた欠片だろうと、またおかしな反応が起きたら困る。
「そのはずだが、俺の知っているシェイン系装置とは構造がかなり異なるみたいだ。もしかしたら、サイメス系の技術が使われているんじゃないかな」
晶斗の口から出た意外な名称に、ユニスは素直に驚いた。
惑星ルーンゴーストにおける、二つの代表的な文明。
この惑星最大の大陸『ルーンゴースト』。次が『サイメス』。この惑星で陸地面積が2番目に広い大陸で発生した文明だ。
ルーンゴースト大陸が『シェイン』を基にした文化なら、サイメスは、人間の『知識』から発達した。
なぜなら、サイメスには『歪み』が出現しないという。
歪みが無ければ『遺跡』が発見されることもない。
人々はシェインを必要とせず、シェイナーがいない。
シャールーン帝国で生まれ育ったユニスには、シェイン無くして暮らせる土地がこの世にあるなど、とうてい理解できない。
ユニスはサイメスの話を聞くたび、おとぎ話か別世界の話みたいだと思う。
二つの大陸間は大洋が隔てている。ちょうど惑星の裏側だ。さらに生活文化が違いすぎ、公に国交を持つ国は無きに等しい。シャールーン帝国内で、サイメス製の危険な武器を輸入するなどもってのほかだ。
「これがサイメス製の機械装置なの? そんなものが、どうしてここに?」
なぜ、よりにもよってユニスが乗車した列車に仕掛けられたのか。
晶斗は緑の卵の残骸へ視線をもどした。
「宰相閣下は、守護聖都フェルゴモールにいるんだよな?」
「ええ、プリンスの本業は政治家だもの。遺跡の研究家なのも本当だけど、いまは政治の仕事がお忙しいのね」
シャールーン帝国の首都、守護聖都フェルゴモール。皇族で帝国宰相のプリンスが本来居るべき場所。遺跡地帯をウロついていい人ではないのだ。
「サイメスとの外交問題が拗れているんじゃないか。昔からあっただろ、ルーンゴーストとサイメスの、文明の相違ってやつが」
各国が乱立した戦乱の時代を越え、数百年前頃、シャールーン帝国を筆頭に、ルーンゴースト大陸にある90%が連盟国となった。
晶斗の故郷・東邦郡も連盟参加国だ。
サイメスにも多くの国がある。シェインを基とするルーンゴーストとは異なり、多様な文化が存在するという噂だ。
「そうなのかしら。とくに変わったニュースは聞かないけれど?」
ユニスが購読しているのは遺跡情報誌のみ。それで普通に生活できるのだから、国際情勢を知らなくても問題ないということだ。
「どうせ国民には公表できないんだろ。国家機密ってやつさ。……行くぞ」
晶斗が個室から出て行こうとした。
「どこへいくの?」
「乾いているのは一番後ろの車両しかないだろ」
天井からは水滴が降ってくる。
どこもかしこも水浸し。
ユニスはグッショリ濡れたソファと、飾り棚のガラスが全壊したミニバーに別れを告げ、晶斗の後ろに付いていった。
車両のあちこちで氷柱が溶けだしていた。
天井からしたたる水を避けながら移動通路を進む。
ふいに、足下がフワリ、浮遊感に襲われた。
「あっ、また!」
ユニスは慌てて座席の背に掴まった。
超特急アルタイルが、ゆるやかに高度を下げている。
ほどなく浮遊感はおさまり、重力感覚が安定した。
窓の外を、青々とした草地が後方へ流れていく。大平原の風景。
「すっかり元の高度ね」
「非常事態が解除されたんだ。先頭の機関車には異常が無いんだろう」
最後尾の車両についた。座席は車両のもっとも後方を選び、晶斗は左側へ、ユニスは右側の座席へ座った。
――ここって、超特急列車では一番安い席よね……。
はあ、と溜息が漏れた。ついでにユニスのお腹も鳴った。
そういえば、朝食抜きだった。
ユニスはシェインのポケットからおやつを取り出した。
「お、朝メシか」
「クッキーとかだけど、食べる?」
日持ちする焼き菓子の詰め合わせだ。ユニスの大切な非常食兼とっておきのおやつだが、この状況下で晶斗へ提供しないのも大人げない。
晶斗に1箱渡したら、12個入りがあっという間に空になった。なお物足りなさそうな晶斗のために、ユニスは涙を呑んでさらに2箱を差し出した。
飲み物は車両備え付けの給水器でがまん。
その水もコップに入れて飲む前に、晶斗が簡易検査キットで毒物検査を行った。さらに念を入れ、ユニスがシェインで異常が無いことも、解析した。
「うう、こんなことならお弁当でも買ってくれば良かった……」
特別席の予約客でありながら席は最低のエコノミークラス、飲み物はタダの水。
豪華個室のミニバーにはジュースや軽食、高級なお酒もあっただろうに……。
「しょうがないだろ。守護聖都に着いたら好きな物を食えばいいじゃねえか」
ユニスが3個目を食べている間に晶斗は3箱めに取りかかっている。守護聖都で人気のけっこうな高級菓子なのに、遠慮する気は微塵もなさそう。
「守護聖都まであと何時間かかると思ってるの」
「切符に書いてある所要時間は24時間だ。ぐっすり眠って起きたら守護聖都に到着しているさ」
守護聖都フェルゴモールへの到着予定は明日の朝。まだ20時間以上ある。
窓から光が差した。
夜明けだ。遠くの山の連なりが影に沈んでいる。ルーンゴースト大陸を東北と西南に隔てている大山脈。
超特急アルタイルは一直線に南を目指した。




