030:超特急アルタイル②
――今の音 まさか『罠』!?
「おい、今、その辺で音が……」
入り口近くにいた晶斗にも聞こえたらしい。
「お、お尻の下に、何かあるの……!」
ユニスは両手をソファに突いた。
でも、立つのが怖い。
「動くなッ!」
晶斗に制され、ユニスはビクッと固まった。
「絶対に動くなよ。そのままで、尻の下にある何かを瞬間凍結させろ」
「無理よ、わたしのお尻も凍っちゃうわ!」
怖くて身動きできないのに、声は普通に出た。心のどこかで護衛戦闘士の晶斗がなんとかしてくれると期待している。自分のシェインで切り抜けようと考えられていないところが、すでにパニック状態だが。
「凍結させる瞬間に空間移送すればいい。できるか?」
「できるけど」
「なんだ?」
「この車両の理紋がわたしのシェインと反発したら、外のどこかへ放り出されるかもしれないわ」
自分でシミュレーションを説明して、ゾッとした。
慌てて空間移送で逃げなくて良かった。
窓の外は大平原。通過駅どころか建物の影すらない。こんな目標皆無の知らない場所へ放り出されたら、守護聖都フェルゴモールへ帰るどころか、半日歩かないうちに干からびてしまう。
「よし、それじゃこうしよう。立つ瞬間に、尻の下の何かをソファごと凍らせるんだ。まだ動くなよ。こっちにゆっくり手を伸ばせ……そう、ゆっくりだ」
晶斗は黒いガードグローブをはめた両手を差し出し、ユニスの手をしっかり掴んだ。
「よし、凍らせろ!」
晶斗に引っ張られ飛び退く瞬間、ユニスはソファを凍結させた。
ソファに目を凝らせば、表面に薄く白いモヤが漂っている。
室内の空気が急速に冷えていく。
摂氏-(マイナス)40度に冷やされたソファだ。ドライアイスの大きな塊さながら、室内温度も一気に氷点下へ落とされた。
ユニスは、ハアッ! と白い息を吐き出した。
空気が冷たすぎ! 吸い込むたび鼻の中が痛くなる。早く外へ出たいのに――晶斗がソファにセンサーを向けている。
「けっきょくあれは、何だったの?」
「わからん。凍っちまったから測定できねえ。シェイン系か電子器機かもわからなくなった。外へ出て車掌へ連絡を……」
ポトン。
たぶん上から落ちてきた、緑色した丸い物。が、絨毯で弾んで止まった。
「緑の卵?」
ユニスは天井を見上げた。
もしもソファに座ったままだったら、ちょうど足下の辺りに転がっている。
緑の卵はピカッと光り、その表面に複雑な紋様を浮かび上がらせた。
「理紋!?」
「出ろッ!」
晶斗はユニスの腕を掴み、扉を手で引き開け、移動通路へ飛び出した。
扉は自動ですぐに閉まった。
ユニスは耳を澄ませた。晶斗も息を詰めている。――――何も聞こえない。
爆弾や破壊兵器の類いではなかったのか……。
ひとまずホッとした。
「あれ、床で光ったのは、理紋よね。晶斗には見えなかった?」
「そりゃ、シェインの影響だろ。音はしないし、何かが動いた様子も無いが……爆発物じゃないようだが、念のために解体しておくか。……アッツ!」
扉を開けようとドアノブに触れた晶斗は、慌てて手を引っ込めた。
銀色だったノブが曇っている。扉自体もうっすら白い。
「なんだ、こりゃ。凍結している……?」
空気中の水分が表面に付いて凍っているらしい。
「おい、こっちまで凍らせなくていいんだぜ、あー、あぶなかった」
晶斗は左手をパタパタと振った。もしもガードグローブ無しでノブを掴んでいたら、掌の皮膚がドアノブに凍りついて剥がれただろう、と困惑顔だ。
「はあッ? わたしじゃないわよッ。あッ!?」
ユニスの後ろで、壁がボワッと光った。
そこからニョキっと氷柱が生えた!
「氷柱? まさか、理紋で護られた列車内で?」
冷気の雰囲気はユニスの使うシェインに似ている。
周りの壁が白い霜で覆われていく。
壁から強烈な冷気が漂ってくる。
「冷たッ!?」
ユニスは足踏みした。靴底が冷たいのを通り越して足の裏が痛い。裸足で氷の上に立っているみたいだ。
移動通路のあちこちでキチキチと奇妙な音が鳴っている。音のした場所から小さな氷柱が次々と生えてきた。
「床まで!?」
「おわ、こっちも! なんとかしてくれ」
「わたしじゃないってば!」
「後ろの車両へ移動するぞッ」
凍結は個室の扉から始まっている。
前の機関車への扉は開かないから、後部車両へいくしかない。
後部車両へ移動して、連結扉を閉めようとしたら、自動で閉まるはずの扉が完全には閉まらない。氷柱のせいだ。扉の隙間から白い冷気が流れてきた。
「くそッ! 機関車はどうなっているんだ。車掌は異常に気づかないのか」
晶斗は通話パネルを使おうとしたが、パネルは光らなかった。
「通じない。配線が凍ったか」
通話パネルから晶斗の手が離れるや、パネルの表面はたちまち純白の霜で覆われた。
晶斗が左手を挙げた。黒いガードグローブの甲の、小さなディスプレイを見ている。
「センサーを信じるなら、こいつはシェインの波長らしいぜ。しかもソファを凍らせたのと同じだ。君のシェインで解除できるか?」
「同じじゃないってば。わたしのシェインじゃないから、簡単には打ち消せないのッ……わわっ!?」
グンッ! と全身に重力がかかった。
「うおっとッ!?」
晶斗は近くの座席に掴まり、ユニスはすぐ横の座席へ倒れ込んだ。
エレベーターで上昇した時みたいな、足下がフワッと浮く感覚だった。
慌てて窓を見やった。
一面の青い空。
大平原が、……ない。
「晶斗、外を見て!」
2人で窓に張り付いた。
列車は、地面からうんと離れて、かなり高い空中を飛んでいる。
大地がずっと下にある。今もさらに遠ざかっていく。
「速度も上がったな。列車の飛べる範囲を超えてる。こりゃ、異常事態だぜ」
「異常が起これば、列車は止まるんじゃないの?」
「機関車が壊れたら止まるしかないが、大平原で立ち往生して敵に襲われるより、一刻も早く安全な場所へ到着する方がいい。これはたぶん、重要人物を護るための緊急プログラムだ」
「つまり、本来は宰相閣下のプリンス用?」
「そういうことだ。だとしたら、このトラップを仕掛けた相手も、本来の標的は宰相閣下だったのかもな」
「わたし達で残念ね。仕掛けたやつを見つけたら、その場で氷柱にしてやるわ」
手を触れている窓ガラスが急激に冷たくなった。
ユニスは慌てて窓から離れた。
透明だった窓ガラスが、窓枠の縁の方からたちまち白い霜に覆われていく。壁は薄い光を帯び、その内部で複雑な紋様がチラチラと瞬いた。理紋だ。
「何かが車体に使われている理紋の作用を変質させて、氷柱を生やすエネルギーに変換しているんだわ」
「車両が媒体になっているのか。君のシェインで壊せないか?」
「列車を破壊していいなら」
「その場合、俺たちの身の安全は?」
「シェインの反発が予測できないから保証できない。少なくとも地上へ墜落はするわ」
「却下だ。次の車両へ移動しよう」
天井から無数の氷柱が伸びてくる。
車両が霜と氷柱に埋め尽くされるまであと数分だろう。
このままだと1時間と経たずに、中の人間もろとも超特急アルタイルは完全凍結する。
連結扉をきっちり閉めてから、晶斗が口を開いた。
「空間移送で外へ逃げるか?」
「言うと思ったわ。列車の外へ出たところで、ここは大平原のど真ん中よ。当てずっぽうな移動はできないから、走行路に沿って次の駅まで何十キロも歩くか、大平原のどこかにある人家を透視で探しながら歩いていくしかないわ」
「人家にたどり着く前に遭難する確率の方が高そうだな」
ピシッ!
二人で、連結扉へ振り向いた。
扉と床の隙間を、たちまち白い氷柱が埋め尽くしてゆく。
「凍る速度が早くなってる。議論している暇はないな」
次の車両目指して移動通路をひた走る。
「機関車はなぜ動いているのかしら。車掌さんが無事だから?」
「考えられるのは、この冷気は俺達を追いかけて、機関車を凍らせていないってことさ」
「冷気にそんな知能はないわ。意思が働いているなら、シェイナーがいるはずよ」
「ここにいるシェイナーは君だけだぜ?」
「まだわたしを疑ってるの?」
「いや、しかし、無関係じゃないだろう。原因はあの部屋で君がシェインを使ってから始まったんだ。ここから室内の様子を透視できるか?」
「さっきの緑の卵を視るだけなら」
晶斗に訊かれるまでもない、ユニスはシェインの目ならいつでも使える。
息をひそめてこっそり『視る』だけなら、車両を凍結させている謎のパワーに干渉せずにすむ。
室内は白かった。壁も床も、窓ガラスまで真っ白だ。天井は氷柱だらけ、壁と床は分厚い霜で覆い尽くされていた。
そこに一点、緑色の卵。淡い緑光がチラチラ光るたび、床や壁の奥に精緻な紋様が閃いた。
「あった、緑の卵。中身は透視できないけど、シェインに似た波動を出しているわ。これが元凶なら特殊な理紋が封じてあるのかも」
「そいつは凍っているか?」
「いいえ。周りの床は凍っているけど」
卵自体は半透明だ。光っているのは凍っていない証拠。
「わかった、そいつをシェインで壊してくれ」
晶斗の頼みに、ユニスはヒュッと息を呑んだ。
車両を凍らせる冷気は、ユニスがソファを凍らせた直後に発動した。ユニスのシェインが始動スイッチになった可能性が濃厚だ。そこに新たなシェインで刺激を与えたら――何が起こるか、予測不可能。
「わけのわからない卵を? でも、シェインを使って干渉するのは、なんかまずい気がするわ。危険かも」
「シェイナーの勘ってやつか」
「そうよ」
「しかし、物理的に壊すのは……」
晶斗は眉をしかめた。連結扉は氷柱と霜で覆われた。前の車両へは戻れない。
通路を振り返ると、歩いてきた床が、その両側の壁が、白い霜でジワジワと凍っていく。
天井と壁の境目からは、小さな氷柱がニョキニョキ伸びてくる。
「空間移送はできそうか?」
「2人そろってあの部屋へは移送したくないわ。車両を構成する理紋は損なわれていないのに氷柱ができているのよ。もしもわたしが車内でおかしな空間の歪めかたをしたら、車両を護る理紋の反発で外へ放り出されるかもしれないわ」
話している間に、とうとう最後から二番目の車両へ到着した。
晶斗が連結扉を閉めた途端、
ピシッ!
連結扉の窓ガラスにヒビが走った。
扉の隙間から、ニョキッと氷柱が生えた。個室で見たのはユニスの指くらいの大きさだったのに、これは晶斗の腕くらいある。成長も大きさも凄まじい進化だ。
晶斗に手を引かれ、ユニスは移動通路の真ん中辺りまで後退した。
「ユニス」
呼ばれたので晶斗を見上げた。
晶斗は厳しい表情でユニスを見下ろしていた。
「俺達2人で空間移送するのがヤバいなら、こことあの個室の空間を歪めて、小さい空間をシェインで繋げてくれ。元凶があの卵なら、俺がこいつで、壊す!」
晶斗はベルトの右腰に付けた鞘から大ぶりのナイフを引き抜き、左手に柄を持ち替えた。右手で刃の方を掴む。ナイフを投げるための持ち方だ。
小さな空間をねじ曲げるなら、周囲に与える影響も小さくすむ。
が、今頃は氷柱と霜で覆い尽くされ、究極の冷凍庫と化しているだろう個室の空間を、こことダイレクトに繋げろと?
「でも、そんなことをしたら、この車両も一気に凍るかも……」
冷気や氷柱は、ユニスの知るシェインとは何かを異にしている。
もしも、ユニスがシェインで干渉して、火に油を注ぐ結果になったら?
今でも危険な氷柱が、もっと増えたりしたら……!?
「おい、時間が無いんだ、何を考えているかくらい、わかるんだぜ。でもな、時間が経てばどうせここも凍るんだ。やるだけやって止まらなかったら、イチかバチか、どこでもいいから空間移送で飛び降りりゃ良いさ。早く!」
もう後が無い。晶斗に言われるまでもない、ユニスもわかっている。
晶斗が指さす、移動通路の床上の空間へ、
「いいわ、あの個室の空間を、ここへ、繋げてやる!」
空間移送の応用だ。あの個室までを隔てている空間を、その物理的な距離を、シェインで『歪め』る。
ユニスは真正面の床へ、右手の平をかざした。
「1、2の、3、で、開けるわよ」
通り抜けてきた5つの車両を透視する。車体にある守護理紋のわずかな隙間をシェインの視線で貫き、白く閉ざされた室内を覗く。
「おう、やってくれ」
晶斗がナイフを持った右手を高く挙げた。
「いくわよ、1、2の、3!」
床に、ボッ、と白い円が出現し、中心から白い冷気が溢れ出す。冷たい空気、いや痛いほどの冷気が吹き付けてきた。
白い円の中央に、淡く光る緑色の卵。
――出たッ!
右目の端で閃光が走った。
ガッ!
晶斗の放ったナイフは重い破壊音を立てて、緑の卵の真ん中へ突き刺さった。
一拍おいて、それは真っ二つに割れた。




