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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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32/59

029:超特急アルタイル①

 ルーンゴースト大陸で、最初に理律列車を開発したのはシャールーン帝国だ。


 およそ500年前には各属国に理紋石の走行路を敷設したという。

 現在ではルーンゴースト大陸の発達した走行網は大陸中を網羅している。

 どこの国へも列車で自由に行き来できるのだ。


 超特急『アルタイル』は守護聖都フェルゴモールで開発された。


 風の抵抗を極力少なくした流線型のスリムな機関車。メタルブルーの車体は地面に敷かれた理紋石の上1~5メートルの高度を維持する。最高時速は時速四百三十キロだ。

 守護聖都フェルゴモールまで普通列車で1週間かかる移動も、アルタイルなら24時間。ルーンゴースト大陸最高の大陸横断列車である。




 蹴砂の町駅を出発して、5分。

 列車は速度を上げていく。揺れはほとんどない。


 大きな窓の外はまだ暗く、空には明けの明星が輝いている。


 ユニス達が乗り込んだ入り口は最後尾だった。


 連結扉を開けて、前方の車両へと進む。

 両開きの扉は、銀色のノブに軽く指先で触れれば開き、通り抜ければ自動で閉まった。


 扉を入ったエントランスに、車両案内図があった。

 先頭車両は機関車だ。つぎの1両目部分は空白表示。2両目から7両目までが客車。座席は左右に一列ずつ、すべて指定席である。

 通り抜けてきた車両にほかの乗客の姿はなかった。


「ええと、わたしたちの席は……」


 ユニスと晶斗の切符は『1号車・指定席特別車両券』。乗り込んだ最後尾の車両から数えて6両目までやってきた。

 また案内図がある。


「最後尾の車両にあった案内図と同じね」


 左右の窓際に一列ずつ並ぶ座席は、通り抜けてきた車両と変わった所はない。


「どこだ、特別席ってのは?」

「変ね、切符には番号が書いていないわ。ほら見て!」


 ユニスは晶斗へ自分の切符を渡した。晶斗は2枚の切符と案内図と見比べた。


「俺のもだ。どうせ空いてるし、適当に座っとくか?」

 他に乗客がいないから、誰かに訊ねることもできない。


「次の車両までいってみる?」

 ユニスは晶斗が返してきた切符をポイと右肩の上へ投げた。切符は手から離れた瞬間、目には見えないシェインの空間ポケットに入って消える。


「案内図だと次は空白なんだがな。車掌室かもしれんが……」


 晶斗は次の車両へ続く最後の連結扉へ手をかけた。


「開かない? 行き止まりかな?」


「じゃあ、やっぱりここが最後の客車なのかしら」


 他の客がいないから、貸し切りのような気分だ。


「わたしたちをこの列車に乗せることになんの意味があるのかしら?」

「あるとしたら、メリットは俺たちの安全かな。ラディウスを狙うヤツは乗っていないし、ノンストップだから守護聖都に到着するまで乗り込んでくることもない」

「それだけ?」

「あのプリンスは大金持ちなんだろ。道楽でなけりゃ、ラディウスにそれだけの価値があるんだろうさ。いいからもう、その辺に座っていようぜ」


 ユニスは一歩さがり、案内図を眺めた。


「この列車にはラウンジや食堂車が無いのかしら? ほら、お茶や軽食を販売する処よ。超特急と言うからには期待していたのに」


 寝台車ではなくとも、目的地まで1日以上かかる長距離列車には飲食物の販売サービスが付きものだ。トイレやシャワールーム完備も常識である。


「トイレは各車両にあったな。給水器も。食い物は持ち込みじゃないか」

「やだ、明日守護聖都に付くまで断食なんて耐えられないわ」

軍用糧食(レーシヨン)ならあるぞ」


 食うか? と晶斗はユニスの頭の少し上を指さす。ユニスの理律ポケットに片付けてある晶斗の荷物の中らしい。


「味が嫌いだから食べたくないわ」

「じゃあ、我慢しろよ。なんなら守護聖都まで空間移送で行っちまうか?」

「できるなら初めからそうするわよ。切符も買わなくてすむし。シェイナーはどこでもシェインを使えるわけじゃないんだってば。都市間の移動にはシェインの制限があるし、この列車から降りるのだって難しいのよ。車体には守護理紋が使われているし、外の走行路には理紋石がたくさん敷いてあるもの」


 理紋とは『シェインの効力』を万人の目に見える図や紋様として表したものだ。


 そもそも理律列車は理紋の塊といっていい。車体の強化や防御を目的とした理紋が車体に込められているし、走行路は整地された地面に理紋石が埋め込まれている。

 このルーンゴースト大陸で人が住める土地とは、理紋によって安全が約束された場所なのだ。


 そして、シェイナーが空間を操る作業は、人工的に歪みを作り出すのに等しい。

 歪みを整える理紋の働きとは相反するのだ。


 理紋の効果範囲においてシェイナーのシェインは相殺され、無効となる。

 空間移送はユニスの特技。しかし、空間移送では着地できない場所もある。

 透視ができなければ着地点を確認できない。


 また、人間がいられる場所として認識できない空間(スペース)には入れない。

 たとえるならば、分厚いコンクリート壁の内側を、透視はできる。だが、密度の詰まったコンクリ塊の中へ人間は入れない。常識的な判断基準だ。


「なんだい、遺跡の中じゃ、自由に飛び回っていたくせに」

「ここは遺跡の中の異空間じゃないし、守護聖都フェルゴモールまでは遠すぎるの。シェインは目に見えないパワーだけど、疲労するのは体力を使うのと変わらないんだから」


 空間移送は、その移動距離とシェイナーのシェインの強さが比例する。行使するシェインを維持する能力と、体力的な持久力も必要だ。


 ユニスが自分以外の人間を一緒に空間移送をしたのは、蹴砂の町で、晶斗が初めてだった。

 その疲れはデザートにケーキを16個食べることで回復できたが、守護聖都フェルゴモールまでは遠い。恐ろしく消耗した後で、必ず三つ星ホテルの豪華ディナーで補えるとは限らないのだ。


 もしも途中で力尽きたら――異空間から途中でどこかに墜落するのか、はたまた理解の及ばぬ異次元空間に取り残されるのか――予測は不可能だ。


「よくわからんが、無理なのは理解した。車掌に訊くか」


 各車両の前後、扉の左横には車掌へ連絡する通話パネルが付いている。


 晶斗がその白い四角形の通話パネルに触れようとしたとき、連結扉が開いた。

 男が2人、入ってきた。黒髪を短く刈り込み、濃い色のバイザーで目を隠している。護衛戦闘士と遺跡探検家の中間みたいな風貌は記憶に留めるのが難しいほど、遺跡地帯ではありふれている。

 年齢は二十代後半から三十代。スタンダードな黒いガードベストにナイフなどの装備。どこから見ても車掌の制服ではない。


 晶斗はユニスを近くの座席の間へ押し込んだ。


「やあ! 君らも守護聖都へいくのか」


 やや年長者と思える男の方が、陽気に挨拶してきた。


「ああ。あんたらもか。この列車は客が少ないな」


 晶斗が応対する。


 ユニスはさりげなく観察に回った。ユニスの勘が正しければ、蹴砂の町でラディウス目当てに追いかけてきた中に混じっていたとは思えない。


――町にいた人達とは雰囲気が違うみたいだわ。


 仮に言葉を当てはめるならば彼らは『異質』。


――あ、この人達、もしかして色合い(カラー)が違うのかしら……?


 蹴砂の町の、駅で感じたあの違和感に似ているのだ。

 まったく同じとは言い切れないが。


「俺達は遺跡研究財団の者だ。俺たちと交渉しないか? 蹴砂の町であんたの噂を聞いたぜ、『帰還者』だってな。訳ありがゼロからフリーでやるのは大変だぞ。こっちの条件は最新の装備と機材付き、給料は相場の倍だ」


 男はいくつかの手当や金額を口にした。ユニスがホテルにいる間に調べた護衛戦闘士の相場と比較すれば、破格とまではいかないが良い条件である。

 2人の目的ははっきりしている。晶斗だ。……が、晶斗を追いかけてきたなら、ユニスとラディウスについて知らないのは、逆に不自然ともいえる。


 それともわざと知らないふりをして、こちらの油断を誘うつもりなのか。


 男はユニスへも愛想良く笑いかけた。その片割れは無愛想で、ユニスを見ようともしない。


「ありがたい話だが今は彼女と契約している。またいつか縁があるとき頼むぜ」


 晶斗の返事は驚くほど素っ気なく、早かった。


「そうか。それじゃ仕方ないな。話を聞いてくれてありがとうよ」


 男は気を悪くしたふうもなく、あっさり引き下がった。


――お互いにえらくドライだけど、こういうのが護衛戦闘士の流儀なのかしら?


 ユニスが心の中で首をかしげていると、


「引き止めて悪かったね、お嬢ちゃん」


 男は相方を促し、さっさと後部車両へ移動していった。


 連結扉へ入る直前、片割れの方が初めてユニスへ視線を留めた。何か呟いたようだった。


――なによ、感じが悪いわね。


 後部車両への連結扉が完全に閉まってから、晶斗はユニスの肩を叩いた。


「おい、行こうぜ」

「いいの、あんなふうに断って? 無名のシェイナーに雇われるより雇用条件は良かったのに」


 ユニスは座席の間から通路へ出た。


「今は君と契約中だろ。護衛戦闘士は契約完了まで他の仕事は受けないんだ」

「護衛戦闘士の仁義ってやつ? わたしならべつに気にしないわよ」


 ユニスは護衛戦闘士と年間契約できるほど金持ちでは無い。晶斗が稼ぎたいなら好条件の仕事に乗り換えた方がいいはずだ。


「そういうなよ。あいつらは『交渉』と言ったくせに、スポンサー名を言わなかったのが胡散臭(うさんくさ)い。ラディウス狙いの可能性もある。ああいう手合いは、紳士的に見えてもうかつに関わらない方がいいんだ」


 晶斗は連結部の扉を開けた。

 左は壁、移動通路は狭く、大人1人が通れる程度。床はベージュ色の絨毯敷きだ。


「何の車両かしら」

「食堂車ではなさそうだな」


 正面突き当たりには連結扉はあるが、覗き窓は無い。

 その少し手前の左側にある扉は、車両の連結扉とはデザインが異なっていた。

 金色のプレートに星の意匠。

 ユニスがもらった切符と同じ。

 晶斗が自分の切符とプレートを見比べている。


「ここらしいな。あっちは先頭の機関車両だ。このカードがカードキィになってるらしい」


 非接触型カードキィだ。ドアノブに近づけるか、プレート前にかざせば良い。


「すごいわ、特別席って個室だったのね!」


 ユニスが自分のカードキィをドアに近づけようとした寸前、


「待て、入るな!」


 晶斗に手首を掴まれた。


「この先は機関車だ。車掌はいるだろうが、俺達の入ってきた連結部のほかに出入り口はない。俺達以外の客はいなかった。さっきの2人以外は」


「この車両がまるごと個室なら、この中に外から出入りできるドアがあるんじゃないかしら。予約客だけが使用できる専用乗降口が」


「カードキィがなけりゃ入れないだろ。さっきの2人、予約客じゃないのに入れないはずの個室から出てきたってことになるぜ?」

「じゃあ、あの2人は……?」


 晶斗が身を翻した。


「どこへ行くの?!」

「部屋には入るな。無人だとは思うが、ここでシェインのバリアを張ってろ、そこのパネルで車掌に連絡するんだ」


 晶斗は後部車両への扉を戻っていった。


「え、ちょっと晶斗!?……もう、なんなのよ」


 連結扉が完全に閉まってから、ユニスは扉横にある通話用パネルへ右手を押し当てた。


 ポーン。


 薄い金属板を震わせたような音色がして、四角いパネルが淡いメタルブルーに発光した。


『本日は超特急アルタイルにご搭乗ありがとうございます』


 聞き心地の良い男性の声がとつとつと流れてきた。


「あの、他のお客様は? 食堂車とかはないんですか?」


『誠に申し訳ございませんが、本日はお客様お2人のため、通常のサーヴィスのご提供はいたしておりません。また、本日車掌はそちらには伺わないようにと指示されておりますので、あしからずご了承くださいませ』


 プツッ!


 切れた。

 ユニスが質問する暇も無かった。

 しばらく呆然と白いパネルを眺めた。


 後部車両の連結扉が開いた。晶斗だ。


「誰もいなかった。最後尾まで走ったがな」

「あの2人、走っているこの列車から勝手に出て行ったってこと?」

「手段がないわけじゃない。仲間と軍用機でもあればどうとでもできる。空間移送できるシェイナーがいればもっと簡単だ」


 晶斗は通話用パネルに触れた。ユニスが聞いたのと同じ一方的な説明を聞かされている途中で、拳骨でパネルを殴って強制終了した。


「なーにが、サーヴィスのご提供はいたしませんだ、クソッタレッ。素直に俺達に関わるなと命令されたって言う方が可愛げがあるってもんだ。……あのクソ野郎ッ!」


 晶斗は険しい表情を個室の扉へ向けた。


「やめとくか。何が仕掛けられているかわかったもんじゃねえ。他の客はいないんだから適当な席に座ってりゃいいさ」


晶斗の用心にはユニスも同感だが、


「せっかくのご招待よ。特別な個室(コンパートメント)を見てみたいわ。きっと豪華なサロンカーだと思うわ」


 おそらくは大富豪や皇族御用達の、特別なオーダーでしか連結されない客車だ。一般庶民はたとえお金があっても乗るどころか見学することさえ難しいだろう。


「それにもしもこれがあのプリンスの仕業なら、部屋の中に次に何をしろとか、指示を書いたメモが置いてあるかもしれないわ。さっき会った人達だって、ここの入り口から入ってきたのか、わかるかもよ」

「どんな推理ゲームだよ。だいたいさっきのヤツらは変だったんだ。宰相閣下とは関係ないと思うぜ。宰相閣下の部下なら俺達の見張りだから逃げる必要ないだろ。最後まで乗客のフリをして乗ってりゃいいだけさ」


「なるほど、それもそうね。だから逃げちゃったのね」


 ユニスがあの人達を異質だと感じたように、晶斗も何かは感じていたらしい。


「あるいはこの車両に用があったどこかの工作員か。可能性としちゃそっちの方が高いな。一応調べてみるか」


 晶斗はベルトから小さな丸い何かの装置を外し、扉にくっつけた。センサーだ。その前で、左手のガードグローブの甲をセンサーへ向ける。甲の部分には艶のない黒い鱗状の薄片が付いていて、爬虫類の革製みたいにも見える。


「それは何? その手袋でも何かわかるわけ?」

「遺跡探索用だけどな、調整してこのセンサーとも連結させてる。異常があれば皮膚への刺激で知らせてくれるし、俺だけに見える角度で光って合図もしてくれる。……扉には異常なし。中にも、怪しい電子機器の類いはなさそうだな」


 晶斗は扉から外したセンサーをベルトに装着し直した。その手でまたベルトから外した別の何かを、扉の隙間から室内へ投げ入れた。


 ピシャリと扉が閉められた、次の瞬間、


 パシュッ!


 破裂音。

 扉の隙間から一瞬の光が漏れた。すぐに消えた光の波長には、シェイナーの使うシェインとは少々異なる弱いシェインが感じられた。


「何をしたの?」

撃鉄弾(トリガーボム)。特殊閃光弾の一種だ。電子機器系の罠があれば眠らせるし、シェイン系なら無効にする。念のためだ」


 一定の空間に作用するよう設計された理紋のアイテムらしい。


「やだわ、爆弾が仕掛けられているとかいわないでよ」

「俺たちを殺してでもラディウスが欲しい奴らがいたらわからないぞ」


 晶斗がものすごく真面目な顔をしたので、ユニスは笑った。


「もしそんなことを考えてるとしたら、シェイナーのなんたるかを知らない人だわ。わたしが死んでも他人にラディウスは取れないのにね」


 ユニスを暗殺して得られるメリットは皆無だ。


 ラディウスは、ユニスのシェインのポケットに収納してある。

 シェインのポケットとは、シェイナーがその能力で作り出した異空間だ。

 作り主であるシェイナーが死ねば、当然ながら維持できない。シェイナーに属する異空間はシェイナーの死と共に消失する。異空間の中身は永遠に封じられ、何人たりとも取り出せなくなる。


「刺客でなけりゃ、通りすがりの泥棒という可能性もあるぞ。なにせ特別な個室だ。金目の物があるだろ」


 晶斗が扉を開けた横を、ユニスはすり抜けた。


「あ、おい!」

「安全ならもういいでしょ、あ、ミニバーがある!」


 前方にバーカウンター、向かって左側の壁半分は窓だ。床には淡いベージュ色の絨毯が敷き詰められ、眺望の良い角度で白いソファがある。


「すてきね!」


 ぽすん、とソファに座ったら、


 カチッ!


「え?」


 お尻の下に固くて四角い何かがあった。


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