028:駅までの遠い道②
ルーンゴースト大陸には、古来より『歪み』が存在した。
人間はそれを、シェインを目に見える形に顕した紋様『理紋』で制御することにより、安全に暮らしてきたのだ。
集落の入口には守護理紋を刻んだ柱が立てられ、家屋の基礎には守護理紋を刻んだ礎石が埋められた。
その慣わしは、遺跡地帯の居住区はもちろん、最新の工法で建築された大都会のビル街ですら、連綿と続けられている。
見ていた人々は、ユニスが晶斗を掴んで飛翔した、と思っただろう。
まっすぐ上昇、目標は、街路樹のすぐ横、家の上!
「おわッ!?」
晶斗の靴先が屋上を囲む壁に引っかかる。
あと少しで晶斗を上手に下ろせたのに、
「きゃあッ!」
「おわッ!」
ユニスはお尻から垂直落下し、晶斗はバンザイした格好で屋上の床へ張り付いた。
「あいたたた……」
「いまのは、どうやって飛んだんだ?」
すぐ起き上がった晶斗が、ユニスを助け起こしてくれた。
「理紋の隙間を、シェインでよじ登ったのよ」
ユニスは膝に付いた砂を払った。派手に倒れたがユニスも無傷。町中では遺跡の中みたいに空間の重力制御はできないが、自分の体重だけなら制御できる。
「すげえな。よく無事だったもんだ」
晶斗もケガは無さそうだ。晶斗の足の長さを失念し、上昇する目測を誤った原因は、永遠に黙っておこう。
「ふっ、誰に向かって言ってるのよ」
ユニスだってシェイナーだ、自分と晶斗の安全を、最優先で行動している。
町中のあちこちにある守護理紋は、特に歪みを調える作用が強い。
シェイナーは空間の歪みを人為的に引き起こして利用する、いわば守護理紋とは相反する能力を使う。
町中でシェインを使えば守護理紋の作用を乱す。
強すぎるシェインなら、守護理紋は破壊されることさえある。
その逆に、シェイナーよりも守護理紋の方が強力だった場合は、シェインを行使したシェイナーがその能力ごと潰される危険もあるのだ。
下の方で「おい、いたぞ」「この上だ!」とまたもや大勢の声がする。
「晶斗、すぐに次のポイントへいく……」
と、ユニスは、目を瞬いた。
灰色の砂嵐が視界を埋め尽くしている。
現実の風景ではない。
――透視ができない!? 邪魔されてるんだわ。
目的地が視えなければ、空間移送の着地点を定められない。
ユニスは虚空を見つめて固まった。
気づけば、晶斗に顔を覗き込まれていた。
「おい、だいじょうぶか。言ってくれないとわからないぜ?」
シェインのことだ。
晶斗は、ユニスが何かしらシェインの攻撃を受けたと思っている。
良い勘だ。
「ごめんなさい、シェイン系の妨害が入ったわ。空間移送が使えないの。駅はあっちだから、走るわ!」
街道の一本道をまっすぐいけば10分とかからない距離が、かつてないほど遠く感じる。
「よしっ、あっちだな!」
晶斗と手を繋いだままで、平たい屋根の上を走りだす。
屋上の囲いを乗り越え、屋根から屋根へと飛びうつり。
ここいらの家屋の上階には、屋上へ出るための階段と出入り口がある。しかし、屋外からは直接上り下りできる構造になっていないから、あの大人数が道から上ってこないのは幸いだった。
それでも先回りしてきた邪魔者は、晶斗が容赦なく倒して行く手を開けた。
街道は追跡者でいっぱいだ。
「いたぞ、こっちだ! ラディウスをよこせッ」
「おい、逃げるな!」
「そっちの帰還者の兄さんも、悪いようにはしないからよ、俺らと手を組もうぜ」
「よー、お嬢ちゃん、俺も雇ってくれよ。お代はラディウスでいいからさ」
「あっかんベーッだ、お断りよ!」
ユニスが怒鳴り返し、追いすがってくるやつは晶斗が足蹴にして、スタコラサッサと走り去る。武器を出してくるやつがいないのは、町中だからだろう。
懲りない面々の「ラディウスをよこせ」という声は四方八方から聞こえてくる。
いいかげん、聞き飽きた。
お嬢ちゃんデートしない? という、ふざけたヤツは完全無視して突き進んだ。
ようやく駅の正面口が見分けられる距離に近づいた。
その屋上で、壁をよじ登ってきた3人の男を晶斗が殴り倒している間に、ユニスは次の屋根へ飛ぼうとしたが、
「きゃあッ、遠いッ!?」
危ういところで踏みとどまった。
次の隣家との間隔が2メートル以上開いている。
下の道で男達が、ユニスの悲鳴を聞いてゲラゲラ笑った。
「おーい、早く落ちてこい」
「受け止めてやるからよー」
「救助料はラディウスな!」
「うるさいわね、あっちへいってッ」
ユニスの方へ手を伸ばそうとした男を晶斗は蹴り飛ばしてから、振り向いた。
「おい、早く跳べよ、何してるんだよ?」
「いや、だって、こんなに遠いと無理……ひえッ!?」
いきなりユニスのウエストを、晶斗は両手で掴んだ。
ひょいと抱き上げられた。
ユニスが我に返ったら、晶斗の左肩にお腹を押し付けて担がれていた。
「ぎゃあ、なにするのよ、荷物じゃないのよ、下ろしてッ!?」
ユニスは拳で晶斗の背中を叩いたが、晶斗はびくともしない。ガードベストが固いから、叩けば叩くほどユニスの手の方がダメージを受ける。
「黙ってろ、舌噛むぞ」
晶斗は短い助走をつけ、屋上の端を蹴って、跳んだ!
力強い跳躍だった。
空中に浮いた瞬間、ユニスはまっすぐ地上を見下ろしてしまった。
めまいがした。
まともな神経を持つ人間なら、走って跳び越える高さじゃない。
――しかも、どうして、わたしを抱えたままで跳べるのよ!?
晶斗は隣の屋上へ、難なく着地した。
だが、
「ちっ、ここまでか……」
晶斗はユニスを下ろしてくれた。
膝がガクガク震えた。でも、こんな所で弱みを見せたくなかったから、ユニスはムリヤリまっすぐ立った。
駅は、大通りと駅前広場を挟んだすぐ前なのに。
屋上のある建物の並びは、大通りで断ち切られていた。
薄暗い街灯で照らされた真夜中過ぎの広場に、人が続々と集まってくる。
保安官の制服もちらほら。この騒ぎだ、緊急出動せざるを得ないだろう。
保安官が来たおかげか、ユニスたちの所まで登ってくる者はいなくなった。
みなが牽制しあい、ユニスと晶斗がどう動くのかを見守っている。
保安官に頼んでも駅には入れない。どのみち保安局でこの騒ぎの事情を聞かれるから、超特急には乗れなくなる。
ユニスは拳をギュッと握りしめた。
急いで町を出なければ。
このまま朝になれば、もっと多くの一攫千金狙いの者達によって、本格的にラディウス争奪戦が始まるだろう。手段を選ばないならず者の戦闘地帯になれば、町は破壊される。
強引にシェインを駆使し、駅までの距離を空間を縮めて駆け抜けよう。
町中の守護理紋が破壊されるかもしれないが、守護理紋が壊れても、すぐに歪みに襲われる危険があるわけではない。予備の守護理紋はどこの家庭でも常備してあるものだし、町の役場や保安局だって対応するはずだ。
「晶斗、跳ぶわ。わたしにつかまって!」
そのときだ。
遠くの屋根を、人影が、飛んだ。
明るい月光に照らされた、白いコートのその姿。髪型も体格も同じ。強いシェイナーだとも感じられるが――違和感があった。
「あの人、プリンスじゃない……」
呟いたユニスへ、晶斗が怪訝な目を向けた。
「あいつは帰ったんだろ?」
白い影は屋根から屋根へと飛び移った。
止まったのは、ユニスの居る屋上から数十軒以上離れた屋根の上だ。
スラリと抜かれた太刀が、月光を受けて銀色に光をはじいた。
轟音が大気を揺るがし、足下までもがグラリと揺れた。
「ひゃあッ!?」
ユニスは尻もちをついた。ヒールが高いと横揺れに弱い。晶斗はなんとか耐えていた。
「なんなんだよ、いったい?」
駅前広場は、もうもうたる土埃でいっぱいだ。
建物も何も見えない。聞こえるのは悲鳴と怒号。
土煙は、ユニスのいる屋上まで降りそそいできた!
「げほっ! 晶斗、こっちへ来て。シェインの結界を張るわ!」
手探りで晶斗の腕を掴んだ。ユニスから薄い金色の光が伸びて、晶斗の全身をスッポリくるむ。
「あ、この金色の、俺にも見えるぞ」
「土煙がスクリーンみたいになって、薄い色が見えやすくなっているのよ」
シェインの消耗を極力抑えているので、ユニスと晶斗の全身をギリギリ包むだけだが、質は良い。勘のいい人なら可視化して見えるくらいに強力でもある。
「普通に息してだいじょうぶよ、砂や埃をシャットアウトするフィルター機能も付けたから。でも安全圏に着くまでは、わたしから1メートル以上離れないでね」
晶斗へ指示しながら、ユニスは土煙の中を透視した。
濁った灰色の土煙は、砂混じりだ。この量は広場の土だけじゃない。おそらくは、空間移送で砂漠から運んできた砂を、広場上空からぶちまけたのだろう。
「俺たちのために煙幕を張ってくれたみたいじゃないか」
「たぶんね。あの人は味方よ。プリンス本人じゃないみたいだけど」
「へ、さて、どういう味方なのやら。気色悪いやつだぜ」
晶斗はあくまで懐疑的だ。
ユニスだって、頭から白い魔物狩人を信用しているわけではない。だが、これで『魔物狩人バシル』から差し伸べられた救助の手は3回目。たんなる偶然ではありえない。
「あの格好で、別人だとなんでわかる?」
「なんとなく……。シェインの色は似ているけど、わたし達の会ったプリンス本人ではないとわかるだけ」
ふいにユニスの脳裏に、『影武者』という単語が閃いた。
直系皇族にはそっくりな影武者がいて、忙しい公務を手分けしてこなしているという。……あくまでも噂だが。
人々は広場中央へ集まっている。
広場の外周は、土がぐるりとえぐり取られ、深い溝が穿たれていた。大人の身長より深く、跳び越えるにはやや幅広い。しばらくは保安官を含め、誰も広場から移動できない。
晶斗は広場とは反対側へユニスの手を引いた。
ドォーンッ!
重い爆発音が空気を震わせた。
ギョッとして、その場に立ちすくんだ。
音の余韻が耳の中でこだまする。
パラパラと小雨が降ってきた。
「今度はなんだ?」
「あっちよ、尖塔のあるほう!」
漂っていた土煙が、小雨によってしずまっていく。
広場の片隅にあった尖塔が、ポッキリ二つに折れている。
そこから大量の水が巨大な噴水さながら、天に向かって噴き上げていた。
広場にいる人々は恐慌状態だ。右往左往はほんのつかの間、もはや溝に落ちようが泥まみれになろうがかまわず、駅とは反対方向へわらわらと逃げていく。
ラディウス争奪戦どころではなくなったのだ。
正体不明の第三の敵出現。しかも公共物の大破壊をやらかした。このまま広場にとどまっていたら関係者とみなされる。良くも悪くも保安局へ連行され、中には身元を照会されたら困る者も……!
――あ、しめた。この混乱の最中なら、空間移送してもバレないかも。
ユニスは晶斗を振り返ったが、
「おい、こっちから下りるぞ。今ならやつのシェインの残響で、君の気配が目立たない」
「え? 逆に、駅の中まで空間移送で入った方がいいんじゃないの?」
「ここでシェインを使ったら確実に探知されるぜ。これで全部が逃げたわけじゃない。追跡できるヤツがどこかに残ってる。この付近の理紋は破壊されていないだろ?」
ユニスは周囲の走査をしてみた。
「うそ、あれだけのシェインを感じたのに!?」
てっきり破壊されたと思ったのに、一帯の理紋はほぼ無傷。広場と尖塔以外、店舗や住居への被害はゼロだ。外に干してあった洗濯物は土煙で全滅だが。
「プロは細かい制御ができるって話だ。あの尖塔を破壊したやつはプロ中のプロだぜ」
晶斗はユニスを背中に背負い、ほどほどに狭い隙間や壁の凸凹、窓枠をうまく伝って地上へ下りた。
駅までの回り道をひた走る。
ときどき目の端に、ちらりほらりと移動する人影を捉えたが、追ってはこないようだ。
白い魔物狩人は屋根の上にしばらくいたが、その気配も消えた。
いきなり晶斗がユニスの腕を引いて、建物の影に隠れた。
駅の正面に数人の人影。
「別の改札口へいくぞ」
晶斗は駅の構造やこの周辺の道路地図も、昨日のうちに頭に入れておいたらしい。
10分ほどかかって駅前広場とは反対側の北改札口までたどりついた。
始発の発車まであと5分。超特急が停車しているホームは正面改札の方が近かったから、全力疾走しなければ間に合わない。
チケットをチラリと見せて改札を走り抜けたユニスと晶斗を、 一人きりの駅員があっけに取られて見送っていた。
駅構内はしんとしている。
「ん?」
ユニスは辺りを見回した。
「おい、なにしてんだよ、もう時間がないぞ」
晶斗が慌てて戻って来た。
「誰かに見られている感じがしたのよ。それがどこかで視たことがあるような気がして……」
ユニスは晶斗に右腕を掴まれて走りながら、キョロキョロした。
「何が?」
「うーんと、その人だけの個性的な『色合い』かしら。人って、出身地によっても特徴のある色彩を帯びているの」
「へえ、俺が東邦郡の人間だとわかるようなものか」
「そうよ、なんとなくだけどね」
ユニスの感じる『色合い』は、その人間がまとっている光の色のことだ。よく言われる生命力の光とも少し違う。
シェインの体感の仕方は、シェイナーによって微妙に異なる。
ユニスを指導したシェインの師から、ユニスはさまざまなものを色合いとして認識しているところがあると、教えられた。
これはユニスのシェインの感覚の一部であり、発現の仕方なのだ。
色合いは、出身地によっても違う。ルーンゴースト大陸各地の色合いの特徴を知っていれば、初対面の人間がどこの出身か、大雑把に判別できる。
ごく最近、どこかで同じものを感じたことがあった。
どこで?……と考えるが、行った処なんて、遺跡の中しかない。シェイナーがいるのか。いや、そもそもこれはシェイナーの気配なのか。人間という気配がしないような……。
あるいは、機械。こんなことが可能はシェインの装置があるとすれば……?
――それこそまさかだわ。
さらに透視を試みたが、それ以上はわからなかった。視えたのは灰色の曇りガラスのような映像だ。
――何かに邪魔されているのは確かね。
ユニスに波長を読み取れられる程度に気配を隠せもしないくせに妨害はできるなんて、えらくいびつなシェインの使い方だ。
これは絶対にプリンスではない。ほかの何かのしわざ。
「おい、考えるのは後にしろって、今は走れッ!」
構内に他の客はいない。
だが、広場の騒ぎに巻き込まれなかった追っ手がいれば、駅へ来るのは時間の問題。
むしろ駅構内で待ち伏せされていないのが不思議だ。
やっと目指すプラットホームへ滑り込む。
そこには輝くメタリックブルーの列車が到着していた!
「すげえ、これが特別列車か」
先頭車両は、風の抵抗を流す美しい流線形のシルエット。シャールーン帝国で開発された最新型の大陸横断超特急。
高い笛の音色にも似た汽笛が鳴り響く。
発車時刻になった。
目の前で閉まりかけた最後部車両の扉へ、晶斗が手を掛ける。
こじ開けた乗降口から、2人して列車の中へなだれ込んだ。
超特急『アルタイル』は、守護聖都フェルゴモールを目指し、出発した。




