027:駅までの遠い道①
晶斗はサイトショップの建物の陰から道を確認すると、すぐに頭を引っ込めた。
「だめだ、こっちはもっと裏稼業みたいなやつらが集まってら。さすがにこの人数を俺一人で倒すのは無理だわ」
「なんでこうなるの……」
ユニスは積み上げられた木箱の陰にしゃがみこんだ。
夜明けにはまだ遠い、午前3時。
蹴砂の町の暗い街道は静か……じゃなかった!
遺跡探索者と一目でわかる格好をした面々は、その大半が武器を帯びた護衛戦闘士らしき男たち。
小さな田舎町のどこに、これだけの人々が滞在していたのだろう。さして広くもない街道を埋め尽くすようにうろついている。
守護聖都行き超特急は始発便。発車時間は夜明け前だ。
「移動は用心に越したことはない」
晶斗のアドバイスにしたがい、ユニスは昨日のうちにホテルへ連絡を入れた。
チェックアウトは明日の昼、と。
「で、さらにフェイントをかけて予定より30分早くホテルを抜け出したのに、なんでこんなに大勢で見張られてるわけ?」
「俺たちの行動は逐一チェックされていたってことさ。それも複数の相手にな」
「いったい、誰……いえ、いいわ。プリンスでなくてもラディウスが欲しい人がいるのはわかっていたもの」
「そういうことだ。よし、今度はあっちへいくぞ」
晶斗の先導でこそこそと移動したが、すぐに行き詰まった。
夜の街道は暗いものだ。田舎町は特に。
だが、今夜の蹴砂の町は真昼のように明るく、酒場の外や軒先は酒のグラスを片手にした人々でおそろしく賑やかだ。
観光客向けの土産物屋みたいな店までがシャッターを開け、どこもかしこも深夜営業。
ユニス達が見つかるのは時間の問題としか思えない。
「あー、もう! こんなことしてたら、駅には永遠に着けないわ」
「反対側からいちど町を出て大回りするか、超特急はあきらめて、徒歩で黄砂都市へ向かい、空港から飛空挺に乗るかだな。どっちがいい?」
この町には観光用の乗り物はあっても、個人で自由に使える乗り物を調達するのは難しい。
飛空挺なら、黄砂都市から守護聖都まで数時間。ただし、民間空港がある黄砂都市への定期バスは午前と午後に1便。徒歩だと1日かかる。
「どっちもいや。トリエスター教授との約束に間に合わないわ。こうなったら……シェインで駅まで飛んでやる!」
もはや最終手段の発動しかない!
しかし、晶斗の視線が冷たい。
「なーに、わたしの決定になにか文句でも?」
「町中では空間移送ができないっていうから、こっそりホテルから出てきたんだぞ?」
シェイナーの使う空間移送は、人為的に歪みを作り出すシェインの応用だ。
この町のように遺跡地帯にある土地では、歪み避けなど空間を調えるための様々な理紋は生活必需品。特に理紋の護符は町の至る所に施されている。
歪み避けの効力が介在する場所では、シェイナーは空間を分解消去したりすることができない。―というのが、通説だ。
基本はそうなのだ。
シェイナーがあちこちで異空間を乱していたら、シェイナーではない人々が安心して住めなくなる。
とはいえ、それら歪み避けの護符や理紋の効力は絶対ではない。
問題となるのは、シェイナーのシェインの強さだ。
その場に作用している理紋の効力よりもシェイナーの能力が強ければ、シェインの行使は可能である。
ユニスのシェインは、この町に施されたあらゆる守護理紋より強い。
砂漠で晶斗を拾った時、砂漠から保安局まで一気に空間移送した実績もある。
「もちろん、裏技を使うわよ」
「トリエスター教授との取引期日なら気にすんなよ。遺跡地帯で予測不能の事態はよくあることさ。それがわからない相手じゃないと思うぜ?」
「そうね、でも、わたしが気になるのはプリンスとの約束の方よ。間に合わなくて殺されるより、保安局に罰金を払うほうがマシだもの」
町中で空間移送のような空間を歪めるシェインをむやみに使用するのは、遺跡法にも記されている禁止事項。けっこう重くて、違反すれば3年以下の懲役、もしくはその者の年収に応じた罰金刑が課せられる。
「あいつ、聖都に来ないと殺すって脅してきたのか?」
晶斗の声が低くなった。
「いいえ。でも、わたしたちがプリンスの予定通りに神聖宮へ行かなかったら、それに近い目に遭わされる気がしない?」
ユニスは普通にストレートな推測を述べたつもりだった。
晶斗の表情がいっそう苦くなる。
プリンスに晶斗が会ったのは初対面の一度きりなのに、嫌悪感むき出しだ。プリンスに何かされたのはユニスである。でも、それに対して怒っているわけではない気もする。
晶斗はプリンスの何が気に入らないのだろう?
「あのな、そこまで正確にあいつの腹黒な性格を読めてたのなら、なんでみすみす呪いの指輪をはめられたんだよ?」
「そ、それは……」
プリンスには2回、助けてもらった。
遺跡の中で、麗しい微笑みで、優しく話しかけてくれた。
あのシチュエーションで他のことを一切忘れてプリンスに見惚れない者はシャールーン帝国の女子ではない。
そう、すべての責任はプリンスの絶世の美貌にある。……という理由は、晶斗には言わないでおこう。
「よけいなお世話よ。空間移送するの、しないの?」
ユニスが睨むと、晶斗は、フッ、とニヒルに笑った。
他のやつがやったらキザだろうが、晶斗には妙に似合っている。
ユニスより少し年上だからといって、こうして落ち着き払った余裕を見せられると、なんだか悔しい。
「いいぜ、異空間の散歩としゃれこもう。こいつも君のポケットへ収納してくれるか?」
晶斗は左手に下げていた黒いトランクを差し出した。遺跡探索用グッズだ。
ユニスの体の周囲にあるシェインのポケットへ入れてしまうと晶斗には取り出せなくなるが、基本の武器一式はベルトに装備済み。これは片付けてもかまわない。
ユニスはトランクに右手で軽く触れた。トランクが消える。
手が空いたところで、ユニスは晶斗の左手をしっかり握った。
「町の理紋は、その効果範囲が重ならないように一定間隔で設置されているの。理紋と理紋の間には、わずかだけど、シェインの効力が届いていない隙間があるというわけ」
その隙間を狙って、短距離のジャンプを繰り返し、駅までの距離を稼ぐ。
「せーのっ!」
世界が真の暗闇に暗転する。
完全なる無音、冷たい空気に包まれたのは、一瞬。
まばゆい光にくらんだ目を閉じ、ゆっくり開けてみれば。
夜空には円い月。満月は昨日だったが、今夜もまだ真円に近い。煌々たる月の光は暗闇をくぐり抜けた視力にはまぶしいほど。
ユニスの右手がグイと引っ張られた。
晶斗が前のめりに膝を突いた。
ユニスは晶斗の手を掴んだままで傍にしゃがんだ。
「だいじょうぶ? 目が回った?」
「いや、すまん、着地のバランスが取れなくて……え? この場所は?」
ユニスは晶斗の手をぎゅっと握り、立たなくても良いと合図した。
「しーッ! 屋根の上なの。サイトショップから3軒離れた建物!」
屋上の広さは20平方メートルくらい。石造りの床は白く、周囲を膝くらいの高さの壁が囲んでいる。
右を見れば、ユニスが泊まっていたホテル。
左は町の商店街だ。駅まで続く道沿いに、平らな屋根が延々と連なっている。
「短いジャンプをあと10回くらい繰り返せば、駅前へ到達できるはずよ。連続して飛ぶから気をつけてね。遺跡の中と違って、町でやる方が難しいの」
「了解、俺はひっつき虫になればいいんだな」
晶斗は、ユニスの手を握る手に力込めた。
「ええ、今だけは。でも、ひっつきすぎたら払い落とすから気をつけて!」
ユニスは大きく息を吸い込んだ。
つまらなそうに口をとがらせた晶斗は無視。
これから行う空間移送は、目的地を固定した一度きりの飛翔とはわけが違う。晶斗の命も預かっているのだ、失敗は許されない。
「次はあっちの尖塔の上に出るわよ。いちにの、さんッ!」
フッと真の暗闇に包まれた、次の瞬間、足下に硬い感触。
町の方々にある水道施設、尖塔。
空しか見えないそこに居たのは、一呼吸の間。
晶斗が「ぐえっ」と潰れたカエルみたいな声を出したが、ユニスはその手をグイグイと引っ張り、前にあった木製の大きな酒樽の陰へ連れ込んだ。
「今度はだいじょうぶ?」
「慣れねーよ。あと何回?」
「あと8回耐えて」
建物と建物の壁に挟まれた1メートルほどの隙間。
駐まっている砂漠用ジープの後ろ。
別の酒場の裏に積まれた、大きな酒樽の陰。
街道に生える街路樹の、道に面していない裏側。
街路樹の幹に身を寄せた。
あと2回なのに。
動けない。
街路樹と反対側の沿道に、護衛戦闘士みたいな人達がぞろぞろ来ている。
ざっと数えて30人。全員が探査機片手に、なにやらチェック中だ。
あれがシェインを探知する装置だとマズい。
連中のなかにシェイナーはいないようだが、この近さでユニスが空間移送すれば、探査機に察知されるのは確実!
「おい、反応はあったか?」
「一瞬出たが、消えた。妙だな、あの2人がホテルを引き払ったのは確かなのに」
ホテルをこっそりチェックアウトしたことまで、きっちりバレている。
「きっとあの女の子の仕業だな。小っちゃくても遺跡に入るシェイナーだ、うまく隠れながら移動してるんだろうよ。おーい、そっちはどうだ?」
誰が小っちゃい女の子よ、とユニスが毒づいたら、晶斗の左手に口を塞がれた。
「だめだ、こっちも小っちゃいのは通っていない。あの護衛戦闘士が、女の子を連れて町から出たんじゃないか?」
「あいつはシェイナーじゃない。移動するなら駅を使うだろう。あっちの道にも、あの2人の痕跡は無いそうだ」
どうやら複数のグループが手を組んだようだ。
と、いくつかの人影が街路樹の向こう側をサッと行き過ぎた。
ユニスと晶斗は息を止めた。彼らは探査機に頼るばかりではなく、肉眼で見つけようとして歩き回っている。……よし、行った。
まだ数人、道の向こう側に残っているが、ユニスと晶斗の気配には気づかない。
――あいつらが行ったら、移動するぞ。
晶斗が目で合図するのにユニスはうなずいた。直後、
「あーッ、そこにいるのは!?」
頭の真上! 3階建ての小さなホテルの2階の窓から、護衛戦闘士らしき格好の男が上半身を乗り出している。
「いたぞ、ラディウスの女の子だ!」
「飛ぶわ!」
ユニスは晶斗の左腕を両手で掴み、地面を蹴った。




