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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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28/59

025:過去は封印

 遺跡の門から外へ出ると、警備員とトリエスター教授達が待っていた。


 保安局へは、外にいた警備員によってすでに通報されていた。

 警備員は晶斗とユニス以外を通していない。ブローザの海賊は別の入り口を作って入ってきたのだ。


「こんな西の僻地にまで現れるとはな。ブローザの海賊は、独自のルートで発掘品を売りさばいている犯罪組織だ。帝国の北の方で、遺跡から出土した貴重品が移送途中で盗まれて、外国へ流出する事件が多発しているのだよ」


 トリエスター教授は顔をしかめた。


「俺は知らんな。シャールーン帝国の新興組織か?」


 ルーンゴースト大陸にある老舗の犯罪組織なら、だいたい知っているんだが……と晶斗が呟く。


「遺跡の中で遭遇したのは私も初めてだがね。ヤツらが活動を始めたのは十年ほど前からだ。最近、手口がとみに荒っぽくなってそうだ。保安局も警戒しているが、なかなか手掛かりが掴めなくて困っていたところだったんだ。今回の映像は良い証拠になる」


 トリエスター教授は探査球から取り出した小さな記録装置(メモリー)を手にしていた。


 通路の探索に飛ばしたジャイロは、空間の歪みに巻き込まれたかして破壊されたのか、戻ってこなかった。だが、優秀なセンサーは破壊される直前に、ブローザの海賊が通路を移動する映像をも探査球へ送信していたのだ。


「あの、わたしたちも事情聴取されるんですか?」


 ユニスはトリエスター教授に訊ねた。


 遺跡での出来事は、魔物狩人バシルに助けられたことも含めて報告してある。

 それでも保安局はこの場にいる全員を事情聴取するだろう。ユニスと晶斗はまた何時間かホテルに戻れなくなる――。


「ああ、君らは先に帰ってかまわんぞ」

 トリエスター教授はあっさり許可してくれた。


「保安局へ提出するのはこの記録装置だ。部外者の君らがいても事情を聞く手間が増えるだけだしな。君らは早くホテルへ戻って帰り支度をしたまえ」


 守護聖都フェルゴモールへの移動は、列車か飛空挺。

 早いのは飛空挺だが、まず黄砂都市の空港へいかなければならない。

 その黄砂都市への移動は列車かバスだ。一日の本数は2本以下。守護聖都へ列車1本でいくならば、さきに長距離列車の切符を予約しなければ席が取れない。


 トリエスター教授は町の方角をチラと見て眉をしかめた。早く行けという風に手を振る。

 町の方でキラリと何かが光った。


「晶斗、いくわよ!」

「え、おい、うわっ!」


 ユニスは晶斗の左腕を掴むと同時に空間移送した。


 短い異空間をくぐり抜け、町の門のすぐ後ろへ着地する。遺跡地帯とはいえ理紋に護られた町に近い場所だから、理紋と理紋の隙間を縫うようにして短距離しか飛べない。


「なんだよ、いきなり!?」


 晶斗の表情は言葉ほど驚いてはいなかった。いきなりの空間移送に少しは慣れたのだろう。


「あ、来たわ、隠れて!」


 町の方から保安局の大型パトロール艇が飛んできた。遺跡の方へいく。艶を消した車体(メタルボディ)の窓には10人以上のシルエットが映っていた。


「へーえ、田舎の保安局が、えらく人数揃えて来たもんだ。ブローザの海賊とやら、そうとうヤバい連中らしいな」


「そうみたいね。トリエスター教授のおかげで助かったわ。わたしたちが見つかったら、きっと念入りに事情聴取されていたでしょうから」


 トリエスター教授もそれを見越してユニスと晶斗を先に帰してくれたのだ。トリエスター教授とはラディウスを売り渡す約束がある。保安局へはユニスがラディウスを持っていることは申告していないから、なぜ学術院の遺跡にいたのかを訊ねられたら、面倒なことになっただろう。


「あのおっさん、イヤミなのか親切なのか、よくわからんな」


 ホテルへ戻る前に、ユニスはサイトショップへ立ち寄った。


「や、おかえり。しかし、こんなかわいいカノジョに最高のフル装備をそろえてもらうなんて、にいさんは果報者だねえ」


 店主からのうらやみともイヤミともつかないヤジを聞き流しつつ、ユニスは大きな買い物袋を6個受け取った。


「はい、持って!」


 ユニスはカウンター前から退き、晶斗をうながした。ぜんぶ護衛戦闘士の装備品だ。新しいガードベストや着替えも一式入っている。


「あ? ああ、俺のだな。ありがとう……」


 重い紙袋を両手に下げて歩く晶斗より、ユニスは二十歩ほど先にホテルへ到着した。

 フロントでキイを受け取ろうとしたら、栗色ショートヘア美人のフロント係が、サッと大きな封筒を差し出した。


「ユニス・リンネ様とお連れ様のシリウス様に、()る御方よりメッセージをお預かりしております」


 大判の本ほど分厚く、ずしりと重い。その表には『極秘』の赤スタンプ。


 怪しい。


 差出人の名前が無いものなんて、普通なら受け取り拒否する。

 しかし、フロント係の妙に喜びに輝いている表情と、『然る御方』なんてたいそうな呼び方から推測される差出人は、ここでは1人しか思いつかない。


――どう考えても、プリンスのことよね。『シリウス』は、晶斗が東邦郡で仕事していたときの二つ名だと言っていたし……。

 それが奇妙に引っかかる。プリンスは晶斗のことを知っていた?


――晶斗によればシリウスは有名だったそうだから、シャールーン帝国でも知っている人がいるのはおかしくないけど……。


 封は開いていた。

 ユニスは指先を紙の間に入れ、中身を掴んで引っ張り出した。

 一番上は、十二、三歳の少年の写真だった。髪はボサボサ、薄汚れた顔。なぜか頭上を向いて『あっかんべー』をした瞬間を捉えている。


「なにこれ? 雑誌の切り抜きみたいだけど……?」


 どうやらゴシップ雑誌の記事を集めてまとめたものらしい。


『野生児ついに捕獲サル? 東邦郡を駆け抜けた壮絶な親子ゲンカ、ついに終止符か』

『元特殊部隊隊長にして現役レンジャーの父が語る。森に隠れ住む家出息子捕獲作戦・一年五ヶ月にわたる闘いのすべて』

『野生児が護衛戦闘士に! 話題の『シリウス』は都会のジャングルの王者となるのか?』


「野生児とかおサルとか……。変なのばかりね」


 ユニスは書類をぜんぶ引っ張り出そうとした。


 そこへやっと追いついた晶斗がユニスの横で荷物を置いた。

 フロント係が晶斗にも同じようにそっくりな封筒を渡している。


 晶斗が封筒をガサガサと開け、書類を引っ張り出した。


「なんだ、これ。……『冷凍少女(フリーザーガール)』ってなんのことだ?」


 晶斗の不思議そうな呟き。

 ユニスの心臓は喉元まで弾んだ。

 晶斗は、こちらを見ていた。その視線は、ユニスが手に持つ封筒からはみ出した書類へ、穴が開きそうなほどに注がれている。


 ユニスはごくりと唾を呑み込んだ。


「これ、野生児のおサルって……晶斗のことなの?」


「この冷凍少女というのは……ユニスのことなのか?」


 お互いの沈黙が答だった。


 フロント係は涼しい顔。


 ユニスは訊かずにいられなかった。


「あのー、これ、渡す相手を間違えてませんか?」


「いえ、あの御方がご出立の際、必ずそうお渡しするようにと、申しつかりました」


 フロント係はさすがにプロ。お忍びで来たプリンスの、身分がわかるような肩書きすら口には出さない。


「え? もう帰った……いえ、帰られたの?」


「ええ、ついさきほど、この伝言を残してお発ちになりまして」


 フロント係はさりげなく目を伏せる。その頬がピクリと痙攣したのを、ユニスは見逃さなかった。


 この女性(ひと)、笑いたいのを必死でこらえている!

 ユニスの過去を知っているのだ。

 シャールーン帝国全土にその悪名をとどろかせた『冷凍少女』ことユニスの、子供時代の、あの伝説を!


 ユニスは奥歯を噛みしめた。


 この町は遺跡地帯。有名事件を、若い従業員が知っていてもおかしくはない。かつては大陸中に広まったニュースもあった。なぜか晶斗は知らなかったようだが。


 ユニスは迷った。

 妙な見出しの『野生児』とやらは東邦郡のゴシップ記事らしい。怪しさ満点で、面白そうだ。読んでみたい好奇心がうずうずする。


 だがしかし。


 晶斗が手にしているあの封筒の中身は、おそらくこれと同じ。ユニスの詳しい身上調査書。

 もしも、晶斗に読まれたら――。恥ずかしい……というより、どんな反応をされるのか予想が付かなくて不安だ。もしも、軽蔑の目で見られたら……。


「いいえ、これは間違いよ。晶斗、交換して!」


 ユニスは晶斗の手から封筒をひったくり、代わりに自分の持っていた方を押しつけた。

 互いにくるりと背中を向け、封筒の中身を急いで確認する。


『学校が一夜で氷山に!』


 瞬間、ユニスは軽くめまいがした。

 予想通り。ユニスの半生における暗黒面をまとめた資料だ。

 入っていたのは新聞記事の複製(コピー)らしき文章と写真。被写体は、間違いなく子どもだった頃のユニスだ。


『伝説の氷の魔女セビリスの再来か!』

 氷山の写真と並んだユニスの笑顔。


 覚えている。

 当時、親に禁止されていたアイスクリームの買い食いをしていた処を隠し撮りされた。これが全国紙で報道され、翌月のお小遣いをカットされたことは一生忘れられない。


『冷凍少女、今度は秋の湖を氷原に。地元漁師たちの嘆きの声が――――』


 ユニスの両腕にブワッと鳥肌が立った。


「こんなもの、どうして……。人権侵害にもほどがあるわ」

 まとめたのはきっとプリンス。厳重に抗議をしなければ――。


「え、ちょっと、お客さま、やめてくださいッ!」


 フロント係の悲鳴!

 ユニスは現実に返った。


 明るいオレンジ色の輝き。

 全開にしたライターの炎だ。


 晶斗が封筒に火を点けようとしている!


「きゃあ、なにしてるのよッ!?」


 騒ぎを聞きつけて警備員が2人とベルボーイが走ってきた。警備員2人が左右から晶斗の腕を掴む。


「変だな、この紙、燃えないぞ」


 左右から警備員にやめなさい、と、腕を引っ張られても、晶斗はびくともしない。ベルボーイがライターを取り上げようとしたが、晶斗の方が背が高い。


――いやあッ、晶斗の書類にはいったい何が書いてあるの!?


 ユニスは自分の封筒を抱きしめながら戦慄した。

 騒ぎを聞きつけた泊まり客の野次馬が集まってきた。


「アレは何をやっているんだ」と客に訊かれたフロント係は「すぐに対処いたしますのでお部屋にお戻りください」と強張った笑顔で対応している。

 その間も、晶斗は頭上でライターの火を掲げていた。


「とにかくその火を消して! わたしは先に部屋へ戻ってるからッ!」


 ユニスはエレベーターホールへ走った。野次馬の目も怖いが晶斗もコワい。エレベーター横壁に埋め込まれたクリスタルへ手をかざしてから、到着までイライラと待つ。


「おお? そうだな、部屋でやれば良いか」


 晶斗はすんなりライターを消した。

 警備員とベルボーイがやれやれと晶斗から離れる。


 フロントでは、いつの間にか現れた支配人らしき壮年の男性がフロント係とヒソヒソ話をしていた。

 保安官は来ていない。今回も保安局へは通報されていないようだ。


 ――きっとこのホテルもプリンスの手の内にあるんだわ。


 ユニスはやっと到着したエレベーターへ、そそくさと乗り込んだ。

 保安局は来なくても、ロビーにはホテル内の警備員が集まってきた。客も野次馬も入り交じり、やっぱり大騒ぎになった。


「おい、待ってくれよッ!」


 両手に買い物袋を持った晶斗が、閉まりかけたエレベーターの扉から滑り込んできだ。


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