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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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024:脱出行

 ユニスが消えた!

 空間の歪みはすぐに収まり、しずかな通路は苔緑色の光で満ちている。

「ユニスッ、おわッ!!!」

 駆け出そうとした晶斗は後頭部に強い衝撃を受け、その場にうずくまった。


「イテーじゃないかッ、なにしやがるんだッ!?」


「バカモノッ、勝手に行くな。位相の断絶に巻き込まれなかっただけ、幸運と思わんか!」

 トリエスター教授は怒りを抑えきれぬ様子。


 晶斗は後頭部を押さえながら、涙が滲む目で足下を見た。トリエスター教授の使っていた端末機が壊れている。こんな金属の塊がひしゃげるほどの衝撃だ、痛いに決まってる。


「あー、端末機が……」

 カタヤの悲痛な訴えもトリエスター教授の耳には届かない。


「あの娘はシェイナーだぞ。君が1人ではぐれるより、よほど安全だ。護衛戦闘士ならシェイナーと緊急時の打ち合わせくらいしておくもんだろう。一緒に遺跡を破壊までしたくせに、君らは肝心な処が抜けまくっているぞ。しかも私の投げた端末を避けることもできず、それでよく東邦郡一の護衛戦闘士などと名乗れたものだな」


 被害を受けたのは晶斗なのに、ひどい。

 晶斗は後ろ頭を押さえながら立った。小さいコブが手に触る。最初の衝撃こそ忘れたが、地味に痛いやつだ。


「うるせえやい、それとこれとは話が別だ。さっきの変なヤツに、ユニスが捕まったらどうすんだよッ?」

「ユニスくんなら心配ないさ、得意の空間移送で逃げるだろう」

 トリエター教授は鼻でせせら笑った。


「あんた、ユニスの得意なシェインをよく知ってるみたいだな。なんで……?」


「そんなことより、いまは我々の方が大変だ。カタヤくん、現在地を再チェックだ!」

 晶斗を遮り、トリエスター教授は指示を次々にとばした。


 カタヤが屈んで端末機を拾い上げている。

「最後の1台だったのに……」

 壊れた端末の上にポタリ、涙を落とした。


 トリエスター教授はバッグから出した別の端末機をポイポイ投げ捨てた。

「なんだ、もう予備が無いだと? くそ、どれもこれもなんて壊れやすいんだ! 次はもっと頑丈なメーカーから購入しろッ」


「端末機がないので、ここで出口の位置をしっかり特定してから移動しましょう」

 カタヤは冷静に、抱えていたディスプレイを下に置いた。


 ブンッ!、と再起動したディスプレイから新たな光が溢れた。

 皆が回りに集まった。他の研究員もトリエスター教授の様子には動じていない。慣れているのだろう。

 光の線で立体構成された迷宮図が浮かんでいる。先に飛ばしたジャイロは正しいルートを進めたようだ。表示されている出口の門までの距離は92.3メートルである。


「よしよし、やっとここまで来たな。このルートで脱出だ。出口まで走るぞ」


「おい待てやおっさん、ユニスを捜さないつもりか?」


「捜索の装備が無いから仕方なかろう。我々まで二次遭難したらどうする? ここから出たら、すぐに保安局から捜索隊を向かわせる」


「その間に遺跡が逃げたらどうする気だ?」


「もともと固定化遺跡だ、いまは安定しているから、未固定遺跡みたいに遺跡ごと異次元へ滑り込む危険は無いはずだ」


「だからといって、置いていけるか。出口はわかったんだ、俺が探しに行く。おい、端末機をよこせ」


「ありません」

 カタヤの短い返事に、晶斗はチッと舌打ちした。


 トリエスター教授があからさまに眉をひそめる。

「冷静になりたまえ、衝撃で内部空間が揺らいだが、ここまで安定したら再び完全な固定化が成ったと考えていいだろう。だが、迷宮の通路は変化した可能性が高い。既存の地図が役に立つかどうかわからんし、この状況では君が戻っても迷子になるだけだ。あの子だけなら自力で脱出してくる可能性の方が高いぞ」


「だが、もしもケガをして動けずにいたら……」

 晶斗がなおも抗議しようとしたとき、


――ギシリ。


 空間が軋んだ。


 先の二度より強烈な三度目。巨大な力が大質量のものをむりやり動かしたような、とてつもない圧力と重量。


「なんだ、いまのは……」

 遺跡での現象を誰よりも知るトリエスター教授が、青ざめるほど。






 よし、晶斗は無事。

 トリエスター教授達も。


――こういうとき、透視って便利だとつくづく思うわ。


 ユニスがホッとした直後、いきなり空気が変わった!


 生ぬるいお湯に浸かっていたら、それがいきなり冷えた水風呂に変じたような。


――なに、いまのは?


 急いでシェインで解析したら、

「空間が安定してる! ってことは、迷宮全体が修復されたの!?」

 この階層は、門のある通路に戻っていた。迷宮に入ってきたときの1階層目だ。


 通路からはは不安定な歪みと空間が一掃された。


「シェイナーが遺跡の固定化をした……?」


 ユニスは空間を『視た』。

 あちこちに(ひず)んだ痕跡。

 あの爆発の影響は遺跡外殻にまで浸食し、さらに『外』へ広がろうとしていた。

 しかし、それは防がれた。

 未知のシェイナーによって。


 崩壊しかかった内部から溢れ出ようとした膨大なエネルギーは、元の鋳型へ力尽くで押し戻されたのだ。すさまじいパワーの痕跡。ユニスにはとうてい真似できない、ものすごい力技だ。


――誰かしら。これだけ強力なシェインを行使できるのは、シャールーン帝国でも大神官クラスか、それに等しい訓練を受けたシェイナーじゃないかしら。


 誰だか知らないが、ともかく助かった。

 これですぐに出られる……。


 左肩に、何かが触った。


 後ろから、誰かの手が、左肩を掴んでいる。


 恐る恐る首を後ろへねじり向けた。


 砂色のガードグローブの指先。砂漠迷彩色の全身だ。通路の薄闇でも明るい金髪。ユニスよりも頭一つ分背が高い。つや消しの黒いフルフェイスレンズは目鼻立ちの(りん)(かく)だけが透けている。

 その薄い口唇の両端が、ぎゅっと持ち上がった。


「おとなしくしろ。一緒に来い」


 高めの声はまだ少年めいているが、肩を掴む手は強い。振り払えない!


 ユニスの心臓が縮み上がった。

 と、その手が、ユニスを突き飛ばした!

「きゃあッ!」

 お尻から床に転んだユニスの目の前を、銀線が走る!


 一瞬前、金髪男が立っていた空間だ。


 カツン。


 ブーツの踵の音。

 白いコートの裾がひるがえった。広い背中。黒髪の魔物狩人。抜き身の太刀を構え、金髪男へ定めたその剣先は、微動だにしない。


「なにをしている、早く逃げろ!」


 鋭い声に叱咤され、ユニスは跳び上がった。


 一目散!

 三つ目の角を曲がったら――。

 左の頬に優しい風。

 誰かがユニスに併走している。


――あ、さっきの人だ。

 魔物狩人。近くで見れば、真っ黒な黒いバイザー越しにもわかる端整な目鼻立ち。髪の色は黒いけれど、一度見たら、見忘れるなどありえない絶世の美貌の持ち主。


「プリンスなのね!?」

 ユニスは止まった。


 魔物狩人も止まる。

 ユニスは呼吸を整えながら、バイザーの奥を見つめた。


 逃げる必要はない。

 プリンスには2度も助けられた。

 1度目は町で、3人組から。

 そしてこれが2度目。

 いくらなんでもタイミングが良すぎる。

 おそらく、ずっと見守られていたのだ。真の意図は不明だが、少なくとも現時点ではプリンスはユニスの味方なのだ。


 目が合った。

 美しい口元がニヤリと歪められた。あの上品なプリンスからは想像しにくくも妙に似合った、野性的な笑み。

「いつわかりました?」


 さっき聞こえた声とは違う。ホテルで話した時の上品な声とも異なる。


 でも、彼はプリンスだ。シャールーン帝国の皇子で帝国宰相閣下。


「いつって……今だけど」

 ユニスの感覚(センサー)では、自分とプリンスの他にはシェイナーの気配を感じない。

 さきほど遺跡全体が身じろぎしたようなすごい空間制御を行ったのがプリンスなら納得だ。プリンスがシャールーン帝国屈指の能力者という話は有名である。


 プリンスが、レンズ越しにもわかるほど目を見張った。


「驚きました、簡単に正体がバレたのかと。この変装はかなり成功した自信があるので」


「え、驚いたのって、そっち? 近くで顔を見たらすぐわかったわ。それに、この遺跡を元に戻したのもプリンスよね。だって、いまこの近くには、そんなことができそうなシェイナーは他にいないもの」

 ユニスはまじまじとプリンスの頭から足下までを眺めなおした。


「ふむ、まだまだ改良の余地がありますね。次はもっと工夫しましょう」


 プリンスは前髪をかきあげた。銀の髪は根元まで真っ黒に染められている。

 砂漠の風に乱されていても、髪型は大公殿下の時と同じだ。

 顔も、目鼻を黒いバイザーレンズで隠しただけ。

 服はサイトショップで購入できる量産品。

 それも白だから、プリンスが制服にしている白い略礼服のイメージと大差ない。


 そもそもプリンスの美貌は有名すぎる。シャールーン帝国ばかりか、ルーンゴースト大陸全土で周知されている顔だ。一ファンのユニスでさえ一目で見分けられたのだ。これが成功した変装なら、そうでない変装とやらは変装ではないだろう。


――なんなの、この人。突っ込みどころがありすぎるわ。

 言い返したいことはたくさんあった。


 だが、いま重要なのは、プリンスがいるこの現実だ。


「それより、さっきの男はどうしたの? 何者だったの?」


「逃げました。彼らは遺跡荒らしです。目的は二つ、遺跡の盗掘と、シャールーン帝国のシェイナーの誘拐。ついでに、たまたま見つけたシェイナーを持ち帰ろうとしたようですね」


 プリンスの回答に、ユニスはひとまず安心した。

 誘拐されるのは嫌だし、肩を掴まれたのはすごく怖かった。けれど、正体不明の敵であれ、こんな身近での殺傷沙汰はごめんだ。


 遺跡荒らし達は、まだ遺跡地帯のどこかにいるだろうが、そこは抜かりの無い帝国宰相閣下のこと、網を張って保安局に逮捕させるだろう。


「どうしてプリンス、いえ、大公殿下がここにいらっしゃるのかしら。わたしを助けに来たわけじゃないでしょう?」


「私のことはプリンスでかまいませんよ。もちろん、ユニスを助けに来たんです」


 言いながら、プリンスは左手小指から金色の指輪を抜き取った。その左手で、貴婦人の手を取るようにユニスの左手を取った。

 表面にダイヤの粒がぎっしり埋め込まれた美しい指輪。

 それが、ユニスの左手中指に嵌められた。


「え、あの、なにを……!?」

 第三関節にぴったり! サイズを合わせて作ったみたいだ。


 プリンスが離した左手を、ユニスは右手で握りしめた。


「これは通行証です。神聖宮へ来てください。そこでお待ちしています」


 プリンスがバイザーをはずした。

 深海を思わせる藍色の瞳は影のなかで漆黒。なんて神秘的。

 あ、しっかりプリンスの目を見ちゃった。危険?……いや、もう遅い! それにプリンスがシェインを使う気なら、とっくに何かされている。


「は、はいっ!」

 あ、声が裏返った。


 ええと、シンセイグウってなんだっけ?


 だめだわ、理解が脳細胞の表面を滑り落ちている。


 だいたいなぜプリンスが、魔物狩人の変装で遺跡にいるのか?


 さっきは怪しい仕事を依頼してきたし、なんだかヤバそうな相手だと思ったのに。


 だから、晶斗と相談して逃げようとして……。


 それがぜーんぶ、ユニスの思考から吹っ飛んだ!


「明日の早朝、フェルゴモール行きの超特急が出ます。それに乗りなさい。……約束ですよ」

 じっと見つめられた。

 なぜだか心配そう?


「あ、はいィっ!」

 うわ、さらに二段階ほどトーンがうわずった。


 でもこれはユニスの意思で返した言葉。プリンスには操られていない。気分はちょっとフワフワして顔はニヤついていると思うけど。


「では、次は神聖宮でお会いしましょう」

 プリンスは音も無く、通路の奥の暗闇へ溶けた。


 ユニスはプリンスが消えた通路を見つめた。

 こんどは絶対に何もされていない……と思う。

 でも、きれいな指輪をもらった。

 理由はわからないけど、あの美しい人に、素敵な物を、もらっちゃった!

 どうしよう!

 でもうれしい。


 天上の幸福に浸っていたら、


「ユニスッ!」


 晶斗が走ってくる。

 トリエスター教授も。

 2人のずっと後方、その右側に明るい長方形。

(ゲート)』が開いていた。


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