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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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022:遺跡の風景

「なんだ、今の……妙な空気は?」

 晶斗は目だけを動かして左右を見た。


「空間が歪んだのよ」

 ユニスは肌で感じた歪みの気配を説明した。


 晶斗は頬にピリッと緊張を走らせた。

「まさか。固定化された遺跡に歪みは出現しない。そのための固定化なんだぜ」

 晶斗はユニスの右手を引っ張って立たせると、通路の左右を確認した。


 未固定遺跡が危険なのは、不安定な空間の歪みを内包しているからだ。

 ひとたび固定化させれば内部の歪みは一掃され、二度と変化を起こさない。


「でも、絶対に歪みの気配だわ。この通路に……いいえ、この迷宮内に新しい歪みが発生したとしか思えないわ」

 ユニスは晶斗に掴まれている手に力を込め、晶斗の手を握り返した。


「よくわからんが、早く出たほうが良さそうだな」

 晶斗はユニスの手を掴んだままで走り出した。


 入ってきた『(ゲート)』は、まっすぐ先にあったはず。

 進行方向で壁が震えた。迷宮のどこかで轟いた爆音は、とっくに余韻も消えた。なのに、床からも微細な振動が伝わってくる。


 通路は長く、床や壁に切れ目は無く、曲がり角は見えない。

 どこまでも直線。


 ずいぶん走った。

 出口である『(ゲート)』は見つからない。


「だめ、ちょっと待って!」

 ユニスは晶斗の手をグイと引いた。


 晶斗が止まってくれた。

 ユニスと違って息切れもしていない。呼吸を整えながら、すぐ横の壁を左手で触る。右耳も当てた。シェインの聴覚を使う。


 常ならば、遺跡は限りなく静かだ。そのなにより無機質な壁の奥が、ザワめいている。壁の向こう側で無数の虫が(うごめ)いているかのように。


「通路が変化してるんだわ。だから門の位置がズレたのよ。遺跡全体が新しい歪みに呑み込まれたみたい。でもいったい、どうして?」


「さっきの音だな。爆音だろ。遺跡のどこかで爆発を起こしたんだ。固定化されてても人為的に重大な衝撃を与えれば、階層を変化させるきっかけになる」


 晶斗がいうには、数百年以上昔のことだが、遺跡内部の通路を広げようとして爆発物を使った実験が繰り返された事があった。それは通路の壁を物理的に破壊したが、同時に予想外の歪みをも引き起こした、という記録が残されているという。


「たまに馬鹿な盗掘屋がやるらしいぜ。壁にお宝が埋まっていると考えてさ」


「ほんとに馬鹿だわ、壁の中なんか、何も無いのに!」

 それは、大昔からシェイナーが透視してきた事実だ。


 遺跡内部でお宝を発見できるかは、まさに運試し。人々は通路のどこかに落ちている貴重な何かを探し求めて歩き回る。


「この先は行き止まりだわ」

「空間移送で脱出するのは?」

「通路には予想外の歪みが発生しているから、着地点が定まらないの。もしも移送途中で引っかかったら、とんでもない変な異空間へ吐き出されちゃうかもしれないわ」


 ユニスの空間移送はシェインで異空間を作り出しその中を移動する、いわば人工的な制御できる歪みを利用する方法だ。移動距離が長くなるほど、異空間の維持には強いシェインと制御する技術が必要になる。


 通路は、不安定な歪みが集うプールのようになった。それらすべてを凌駕するほど強力なシェインを駆使できれば、安全な異空間を通して空間移送できようが、

「ごめんなさい、自信がないわ。ここはまるで未固定遺跡に戻ったみたいに不安定だもの」


 シェイナーは歪みを正す。だが、ユニスがいるのに、歪みの気配が漂ってくる。状況はかなり悪い。晶斗だけならとっくに歪んだ空間に呑み込まれているだろう。


「じゃあ、いったん、トリエスター教授の所へ戻ろう」

「ええ、あっちにはまだ普通に行けるはずよ」




 急いで通路を戻ると、同じ曲がり角があった。

 さっきと同じ場所に、トリエスター教授一行もいた。


 トリエスター教授は床に倒れた脚立の横に座り、額をさすっている。他の四人が慌ただしく機材を片付けていた。


「くそ、どこの馬鹿が……」

 トリエスター教授はぼやきながら片手で小型端末機を操作した。ユニスと晶斗に気付くと、左眉をくいと上げた。


「ふん、君らも巻き込まれたか。その辺で待っててくれ。一緒に脱出しよう」

 トリエスター教授は遺跡研究家だ。こんな異常事態でも対処方法をちゃんと知っているらしい。

 ここは専門家であるトリエスター教授の知恵と知識に期待しよう。


「助かるわ。ゲートの場所が見つからないの」

 不安だけど、ユニスは表情には出さないように気をつけた。空間移送ができるシェイナーが不安がったら、皆はもっと動揺するにちがいない。


 チラリと晶斗を見たら、意外と冷静に辺りの様子を睥睨している。良かった、パニックは起こしていないようだ。


「わかっている。既存の地図が使えんから、これから迷宮の再探索だ。……と、きみは空間移送で門へいけるはずだろう?」

 シェイナーの能力は個人差が大きい。なのに、トリエスター教授はユニスが空間移送できると知っている。


――つまり、トリエスター教授はわたしの情報を個人的に持っているのね。


 シャールーン帝国人ならば、ユニスがシェイナーだと知っているのは常識。ただし、一般人は、何ができるかまでは知らないだろう。そこまで詳しく報道されなかったから。


――取り繕ったってしようがないか、ルーンゴースト学術院の人だもんね。


「門の位置が視えなくなったから無理よ。それにこの状況ですもの、この人数を運ぶのはちょっと自信が無いわ」

 平時であればたやすいが、万が一にも予想外の歪みに巻き込まれたら、命の保証はできない。確率としては門を探して歩き回るより高いリスクだ。


「ふん、つかえんシェイナーだな。遺跡に入るならもっと訓練しておけ」

「余計なお世話よ」


 トリエスター教授がシェインの研究家でも、初対面のおじさんにポンコツ呼ばわりされるいわれはない。ユニスはもっと何か言い返してやろうと口を開けたが、


「教授、できました」

 一瞬先に、カタヤが手を上げた。他の3人は不安げに待機している。


 カタヤは縦横三十センチ大のクリスタル・パネルを前に、淡く光る透明なコンソールキイの上で両手の指を忙しく動かしていた。


「よし、始めよう。サイト、原点マーク」

 トリエスター教授の合図で、カタヤがパネルの一点に触れた。その場所で、ポーン、と光がはじける。

「起点、取りました。半径十メートル、探査球の結界範囲で固定化完了。ジャイロ、射出」

 装置上部から、青白い光の玉が二つ、ポン、と出た。光の玉は天井近くでクルリ、スイ~っと、通路の奥へ飛んでいった。


 トリエスター教授が、ムム、とうめいた。

「底辺の階層まで変化が進んだようだ。出口のあったこの階は、元の場所より三階層分落ち込んでいる」


 ユニスはトリエスター教授に近づき、端末の画面を覗き込んだ。

「迷宮の立体画像ね。初めて見たわ。機械で解析されたのも、透視するイメージと似ているのね」


「当たり前だ。これはもともとシェイナーによって開発された装置だぞ。むっ、また先の通路が変化したな。君こそ、迷宮全体の修復はできないのか。この遺跡は中規模クラスだ、空間制御は難しくないはずだぞ?」

 シェイナーは、世界を構成する『(シェイン)』を操れる。


「無理よ。遺跡全体の修復作業のやりかたなんて知らないもの」

 空間制御に長けたシェイナーは、遺跡内部の迷宮空間をも制御できるという。

 もっともそれだけのシェイナーとなれば、シャールーン帝国でも限られてくる。


 国家機関や軍に所属する者、神殿で修行を積んだ大神官などだ。そんな能力レベルの(けた)が違う連中と、市井でウロチョロしている野良シェイナーのユニスを一緒にして欲しくはない。


「勉強不足だな。では、出口への最短ルートを解析できるか。君は透視が得意だろう」

「そこまで視えたら、とっくに教えているわ」


「しかし、迷宮の解析ができるなら、変化している構造パターンも把握できるだろう?」


「歪み方が普通じゃないもの。変化している最中だと歪みのパターンが複雑でよく視えないし、ひとりで行き当たりばったりに適当な隙間を見つけて走り抜けるのとは勝手が違うわ」


「本当に使えないシェイナーだな。くそっ!」

 突然、トリエスター教授が怒鳴った。


 ユニスはビクッと肩を竦ませた。なぜ自分が怒られなくちゃならないのだ。

 理不尽だ、と思ったら、トリエスター教授は「たいへんだ!」と叫んだ。


「ジャイロの情報がループを始めた! メビウス・ルートになったぞ!」


 カタヤ達が顔を引きつらせた。

 視線が彼の前のパネルへと集中する。

 パネルの上に、溢れ出した光が、薄緑色の迷宮図を立体的に構築した。

 光点が移動している。あの光点がジャイロだ。空間を測定し、通路の情報を収集する。送られてきた最新の情報は即座に解析され、迷宮図へと反映される。


 何十層もある階層と通路は見ている間に変化していく。いつの間にか上下が入れ替わったり、グニャリと曲がったり。まるで生き物が身じろぎしているようだ。


「どういうこと?」

 ユニスはメビウスルートなんて初めて聞いた。


「新しい歪みがあちこちで出現し、断絶しては再接合する。それが、遺跡が破壊されるまで続くんだ。ランダムに繋がった路は不安定だ、一歩でも踏み込む先を間違えたら、どこにいくかわからん。同じ遺跡のどこかならまだしも、未知の異次元に飛ばされないとも限らない。本物の(まど)わしの迷宮に変化した!」

 トリエスター教授は端末機のキイを押し、さらに渋い表情になった。


「ああ、いや、待て。この階は少し落ち着いたようだ。ジャイロの情報が一定になった。出口がわかったぞ、ここから三階層上にある。よし、すぐに移動するぞ!」


 トリエスター教授が指示するよりも早く、四人は大きな荷物を背負っていた。両手にも機材の詰まった袋を持つ。特にカタヤはいちばん大きなリュックを担ぎ、両手で縦横三十センチのパネルを抱えた。


「よし、固定周波数も安定している。今のうちだ、カタヤくん!」

 カタヤの抱えたパネルから、ピッと電子音が鳴った。


「進行方向に異常なし。この階層には、現在、歪みの特異点はありません。動態センサー反応なし、現在の安定指数は0,001」


「出発するぞ、はぐれるな!」


 トリエスター教授を先頭に、ユニスと晶斗は一行の最後尾を付いていった。


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