021:固定化された遺跡
ユニスは町の西側へ出た。
まだ町の入り口は見える。
足下は砂地になった。
「あれだわ」
左前方の地面に、大きなドア1枚分くらいの黒い穴。
近づいたユニスの影が穴の縁にかかった。
「そこの二人、待て! そこで止まれ」
穴の中で、闇が、ゆらり、と動いた。
晶斗がすばやくユニスの腕を引き、自分の後ろへさがらせる。
闇が人形に切り抜かれて垂直に伸び上がり、すっくと立ったのは、髪を短く刈り上げたごつい男。黒い制服の胸には銀の月と星のバッジ。ルーンゴースト学術院の紋章だ。腰に巻いたベルトは、左に小型機器が、右にはガードナイフが付いている。
「ここは学術院が調査中の研究用遺跡だ。一般人は入れない。観光地図をもう一度チェックするんだな」
警備員は露骨にあっちへ行けと言わんばかりに、シッシッ、と右手を振った。
ユニスは晶斗の背後から「ハーイ」と、名刺を持った右手を上げた。とびっきりの笑顔もおまけする。
「これを見て。サイトショップのマスターの紹介よ。トリエスター教授に会いに来たの」
ユニスの右手の名刺を見た警備員は、いかつい顔に窮屈そうな笑みを浮かべた。
「お嬢ちゃんが? あのサイトショップのオヤジ、子供相手にどういう商売をしてるんだか」
どうやら警備員のおじさんには、ユニスが十代前半のティーンズに見えるらしい。ユニスがこれでも大人なんだと言い返す前に、
「で、君は何だ?」
警備員は晶斗へ詰問した。
晶斗は都会から来た観光客には見えない。くたびれたガードベストを着込んだ風体は、遺跡地帯にゴロゴロしている怪しい遺跡探索者だ。
「俺は護衛戦闘士の晶斗・ヘルクレスト、彼女はユニス、シェイナーだ」
警備員は「へ?」と目を丸くした直後、ブハッと吹き出した。
「とてもそうは見えないよ。君ら、学術院の学生じゃないのか? 課題で論文を書くのに遺跡を見に来たと言われた方が信じられるぜ」
「笑うのもいいけど、トリエスター教授に買ってもらいたい物があるのよ。早く取り次いでちょうだい」
ユニスから名刺を受け取った警備員は、名刺をセンサーでチェックした。警備員は納得したふうに軽くうなずき、ユニスへ名刺を返した。
「よくある売り込みか。何を持ってきたことやら」
警備員は、収めきれないくつくつ笑いをたてている。
「通してもいいが、一応、身体検査をさせてもらうぞ。俺の後に一人ずつ、お嬢ちゃんから入って来てくれ」
「いや、俺が先に入る」
晶斗が前に進み出た。
「いいよ」
警備員が後ろへさがった。その靴底が黒い四角形を踏む。と、その全身が一瞬で黒く塗りつぶされて人体の厚みが消え、平板な人形の影と化した。影はそのまま背後に倒れ込み、穴の闇に同化した。
「いくぞ」
晶斗が黒い四角形の上へ踏み出し、同じように影に同化した。
続いて、ユニスも四角い穴の縁を踏んだ。
ぐるりと視界が回転して……。
門をくぐり抜けた中は、柔らかな苔緑色の光で満ちていた。
高い天井。苔緑色の光はなめらかな壁面から放射されている。延々伸びる通路の先に突き当たりは見えない。ごくスタンダードな迷宮の光景だ。
ピピッ! と電子音がした。
真後ろで警備員が、掌大の測定装置をチェックしている。
「ほい、異状なし。お嬢ちゃんもオールクリアだ」
ユニスは晶斗の隣に並んだ。
警備員が不思議そうな顔つきになった。
「おい、護衛戦闘士のにいさん、本当にガードナイフの一本も隠し持っていないんだな」
「まあね」
「いくら町の近くでも丸腰じゃ危ないぞ。ここらは魔物は少ないが人間が多い分、遺跡の利権争いをめぐるトラブルもけっこうある。お嬢ちゃんの護衛なら、最低限の装備は持っとけ。トリエスター教授はあっちだ。連絡はしてあるから一つ目の角を曲がればすぐわかる」
言われた通りに枝道の無い通路を進んで右へ折れた。
青白いライトが二本並んで壁を照らしていた。
高い脚立。その上で壁を観察している男性。青い上着の背中は月と星をデザインしたマーク。ルーンゴースト学術院の紋章だ。
脚立の足下で、2人の男が壁を見ながら大きなスケッチブックになにやら描いている。
そこから少し離れた場所に機械装置が並べられ、1人が操作中だ。その後ろではたくさんの発掘品らしき小物類を箱に仕分けしている者がいるという具合。
脚立の上の男が振り向いた。
右目に装着したルーペレンズが緑から透明に変わる。
短い黒髪に囲まれた顔は頬骨が高い。シャープな鼻梁と薄い唇はシャールーン帝国の貴族階級に多い特徴だ。年齢は40歳前後。サイトショップで見た遺跡情報誌『サイト』の表紙と同じ顔。トリエスター教授。
機械を操作していた若者が立った。
「あのー、あなたたちは?」
のんびりした口調は、彼の面長で穏やかな印象そのままだ。青年は晶斗よりも背が高く横幅もある。下にいる四人もユニス達の存在に気付いた。ユニスと同年代の若者みたいだから、学術院の学生だろう。
「トリエスター教授に買ってもらいたい物があるのよ。ほら、町のサイトショップの紹介で来たの」
ユニスが名刺を掲げると、脚立の上から見下ろしていたトリエスター教授が目を細めた。
「わたしがトリエスターだ。用件は?」
「わたしはシェイナーのユニス。遺跡で見つけた物を売りたいのだけど、見てもらえるかしら?」
「いいだろう。そっちの彼は?」
トリエスター教授が晶斗を見て目を細めた。
「わたしが雇った護衛戦闘士の『シリウス』よ。東邦郡の出身だけど、トリエスター教授ならご存じかしら?」
ユニスはわざと自信がある口調で紹介した。トリエスター教授なら東邦郡の遺跡地帯について知識があるだろう。晶斗の事も知っているかもしれない。
「東邦郡のシリウスだな。しかしだ、遺跡地帯でシリウスを自称する輩は多い。正体を詮索するのは後にするが、先になにを持って来たのかを聞こうか?」
トリエスター教授は晶斗の通り名を知っていた。朝に絡んできた三人組もシリウスの名前だけは知っていたし、晶斗が有名人だというのは本当らしい。
ユニスは名刺を持った手をピンクの巾着袋へ入れた。引き戻した手には、拳よりも少し小ぶりな球体をつかんでいた。
「迷図の中から取ってきた『ラディウス』よ」
青白いライトの光を受け、透明な珠が淡い黄金色の光にきらめく。それはユニスも含めた見ていた全員が一斉に目を細めたほど、強くきれいな光だった。
「これはまた、珍しいものを持ってきたな」
感心したふうな言い方をするわりに、トリエスター教授の表情筋はまったく動かない。ユニスのことを信用できないのだろうかと少し不安になりかけたら、
「よろしい、私が買い取ろう。今ここでは現金が用意できないので、守護聖都の私の家まで来てくれるか?」
トリエスター教授の言葉にユニスはほっとした。……が、簡単すぎる気もする。
「あの、もっと詳しく調べなくてもいいのかしら?」
言い終える前に、ユニスは激しく後悔した。トリエスター教授がニンマリと笑ったのだ。
「わたしもシェイナーでね。ここからでも、それが本物かどうかくらいはわかる。そいつは普通のサイトショップでは扱えない品物だ。もっとも、ここで用意できるだけの現金でいいなら、すぐに取引するかね?」
ユニスは顔面の頬の辺りがカッと熱くなった。きっと真っ赤になっている。
学生たちがクスクス笑っている。トリエスター教授がシェイナーであることも、ラディウスの価値も知らずに取引しに来たと思われたのだ!……恥ずかしい。穴を掘って入りたいとはこういう気分。
ユニスは落ち着きはらってみえるように、ラディウスをわざとゆっくり巾着袋に仕舞った。
「もちろん、守護聖都フェルゴモールのご自宅まで、伺わせていただくわ」
声が震えるのはなんとか堪えた。さて、ここからなんと話を続けよう。ユニスが口を開こうとして言葉に詰まってしまったその瞬間だった。
ユニスの右肩に、晶斗の手が軽くおかれた。
「ああ、守護聖都でもどこでも押し掛けてやるぜ。と言っても、早い者勝ちだからな。あんたが早けりゃ、あんたと取引してやるさ。ただし、全額現金で、期限は三日後だ。できるか?」
トリエスター教授の細い眉がぴくりと動いた。
「ほう、まるで他にも買い手がいるような口ぶりだな。大陸広しといえど、ラディウスを引き取れる好事家がその辺にゴロゴロいるとは思えないが」
「シャールーンとは限らない。東邦郡にも遺跡の研究所はある」
晶斗の挑発に、トリエスター教授の目が険しくなった。
「なるほど、君は東邦郡の出身だったな。いちばん新しい噂では、希少な帰還者になったという尾ヒレも付いているが、君自身は本物のシリウスなのか?」
「さてね、雇い主に聞いてくれ。俺はただの護衛戦闘士なんでね」
「うまく逃げたな」
脚立を降りてきた教授は、床上の荷物をかきまわし、鞄から名刺を出した。
「プライベート専用の名刺だ。自宅の住所が記してある。もし君らに不都合がなければ学院の研究所の方でもいいが、三日後には現金を用意しておくから、ここに訪ねて来てくれ」
ユニスが受け取り、名刺の白い裏側まで確認してから巾着に仕舞い入れた。
これで取引はひとまず成立。ホテルに戻ったら守護聖都へもどる算段だ。
引き渡しまで余裕は3日。移動は、この町から出ている守護聖都行きの列車に乗ればいい。時間が無いから一番安い予約割引の切符は購入できないが、これも必要投資。晶斗の分も奮発してランクが上のビジネスクラス席を買おう。
「ああ、それから、時間があるなら、ここを見学していくといい。この壁もそうだが、通路のいたるところに新しく線刻文字が発見された。未解読だが、めったにない貴重なものだぞ」
「ええ、そうするわ。三日後に守護聖都でお会いしましょう」
トリエスター教授は脚立に上り、壁に顔を向けた。それっきり、こちらを見もしない。すごい集中力だ。代わりに四人の学生が礼儀正しく見送ってくれた。
ユニスと晶斗は来た通路を引き返した。
来たときと同じ角を曲がった。
出入り口が見えない。
ここまで一本道だったはずだ。
ユニスはその場所で、左の壁へ両手を当てた。
晶斗はユニスより数歩進んでから立ち止まった。
「どうした?」
晶斗が振り返った。
強風が吹き抜け、空気が震えた。
つづいて、ドーンッ! と、遠くで巨大な銅鑼を打ち鳴らしたような恐ろしく重い音が通路を通り抜け、床が大きく波打った。
「きゃあッ!?」
ユニスはひっくり返った。晶斗はたたらを踏んだが、とどまれずに背中から壁へぶつかり、床へずり落ちた。
晶斗はすばやく立ち上がり、ユニスのもとへきた。
「わたしは平気よ。ぶつけたとこ、だいじょうぶ?」
「ああ。早くここから出ようぜ」
晶斗の手に縋ってユニスが立とうとした、その瞬間、
ギシリ。
とてつもなく重いものが擦れ合ったような軋みを肌で感じた。
――まさか、空間が歪んだ!?




