019:遺跡情報誌
「ほんとうは、ユニスのような世間知らずの女の子を組織とやらに売りとばしてんじゃないのか?」
晶斗が凄むと、壁に背中を貼り付けた店主の喉がゴクッと鳴った。額を汗がツツッーと流れる。
「なんでわたしを?」
「人身売買の組織がシェイナーを誘拐して、国外へ連れ出す事件も起こっているんだぜ」
首を傾げるユニスへ、晶斗が教えた。
その事件ならユニスも聞いたことがある。遠い外国の話だったが……。
「シャールーン帝国ではありえないわ」
シャールーン帝国の治安は良い。女性が遺跡地帯を観光旅行できるほど。ユニスは空間移送できるし、自分の身は自分で護れる。だからひとりでホテルに泊まり、毎日のように遺跡地帯をほっつき歩いているのだ。
「シャールーン帝国だろうと関係ないんだ。世の中には人間が商品にしか見えない最低のヤツらもいるってことさ」
晶斗の苦々しげに言った。ユニスにはあまり聞かせたくない話のようだ。
慌てたのは店主だ。
「とんでもない事を言わないでくれ! 目的は、ラディウスだよ。護衛戦闘士のあんたが朝にあの三人組とやり合ったせいで、噂が広まったんだ。早朝だったが町中だし、こっそり見ていた目撃者がいたんだよ」
店主は必死に弁解した。
「もしや、あの3人組みもここの常連か?」
「あいつらはたまに来るが、ただの客だ。ラディウスの買取客とは関係がない」
晶斗の威嚇がゆるむと、店主はようやく壁から背中を剥がした。肩が凝ったのか、太い首を回している。ゴキゴキ音がしそうだ。
「目撃したのは、あちこちから来ている採掘隊のメンバーだよ。ユニスちゃんがラディウスを手に入れた事はすぐに広まってな、一攫千金狙いのあぶない奴らが続々と集まってきている。護衛戦闘士のあんたが付いているから、誰も手を出せないでいるがね」
「じゃあ、やっぱりマスターも、ラディウスがほしかったわけ?」
ユニスがジトッと横目で見ると、店主はベストの襟元をササッと直して胸を張った。ユニスの前では良い格好をしたいらしい。
「いやまあ、お宝がラディウスとわかったんで、高額商品と引き替えにできないかと……。組織のボスの話も嘘じゃないぞ。もちろん、仲介料はきちんといただくからね」
「最初からそう言えばいいのに」
ユニスは、ラディウスが売れたら一括払いするとの契約で手を打つことにした。サイトショップで正式な契約を取り交わせば、換金は保証される。価格の方は、オークションに出した場合の儲けには及ばずとも、市場では最高の買い取り価格を付けてもらえる。
晶斗も、渋面を作りながらだが同意してくれた。
ラディウスがいくら高価なお宝でもユニスが持っているのでは役に立たない。綺麗なだけのインテリア雑貨だ。
「それじゃ、装備品はその最新型のをちょうだい。もちろんいちばん良いやつを出してよね」
ユニスの指示で店主は古い品物を脇へ片付け、代わりに棚から出した商品を並べていった。
店主の説明を聞きながら価格を気にせず選んでいったら、目を剥くような合計金額になった。それでもラディウス1個の相場価格からすれば、百分の一にもならないと店主はいう。
店主は晶斗へ、ガードベストとブーツのサイズを確認するようにタグを示してから、恐る恐るというふうにユニスへ顔を向けた。
「そのー、……ラディウスの件だが」
すると、晶斗が機器の説明書から、すわった眼を上げた。
「おい、俺の雇い主へ勝手に話しかけるな。条件は変えないぞ。ラディウスは俺達が取り引き相手へ直接渡すからな」
晶斗はサイズが合ったブーツから値札をむしり取り、履き替えた。膝下でベルトを留める砂漠用のロングタイプだ。デザインは古いブーツと似たり寄ったりだが、重さは半分くらいでとても軽いという。
晶斗は古いブーツをカウンターの横へ置いた。
「こいつは捨てといてくれ」
強化繊維製のブーツはあちこち裂けて靴底の側面はえぐれている。凄まじい酷使と経年劣化。最悪の遭難をしたとは知っているが、よくこんなボロをここまで履いてきたとユニスは感心した。
険しい表情を崩さない晶斗へ、店主はいささか腰を引きつつ話しかけた。
「その客だがね、もうひとり紹介できる人がいるんだが……」
「どこの大富豪だ? シャールーン人なら、やっぱり大貴族かコレクターか?」
2人が話している間に、ユニスは買取カウンターの片隅に置きっぱなしにしていた蹄虫の化石類をピンクの巾着に片付けた。
ラディウスの価格を聞いたら、こまごました物の値段が頭からふっとんでしまった。
これらの査定は次に来た時にしてもらおう。
「そいつはまちがいなく堅気なんだろうな。何者だ?」
「遺跡専門の学者だよ。ルーンゴースト学術院のトリエスター教授」
店主はカウンターの下から雑誌を出した。
「遺跡の研究では大陸で右に出る者はいないという、すごい人だぞ」
遺跡情報誌『サイト』の最新号だ。表紙は気難しそうな、贅肉の無い中年の男の顔。三白眼の鋭い目に高い鼻、薄い唇。苦虫を噛みつぶしたような表情で斜めに見下ろすカメラ目線。いかにもエリート学者風。すなわちイヤミな雰囲気を漂わせている。
「今月号にはインタビューが載ってたわね。本人はシャールーンの上流貴族で奥さんは皇族出身、守護聖都フェルゴモールのセレブだわ」
シャールーン帝国人なら常識だ。
晶斗はユニスから雑誌を受け取り、パラパラとページをめくった。突然、とまどったふうに雑誌を顔から遠ざけた。
「俺は知らん。見たことがない」
晶斗は、パシンと閉じた雑誌を、ポイとカウンターへ放り投げた。
空気が奇妙な緊張を孕んだ。
ユニスはどうしたものかと、店主の方へ顔を向けた。店主と視線が合った。店主は、どうにも理解できない奇妙な物を見たふうな、困惑の表情を浮かべていた。
「はは、変わってるねえ、護衛戦闘士なのに、『サイト』を知らないのかい?」
「そうよね、この十年間、毎年ベストセラーで、遺跡に入る人間なら必ず読む、業界一の情報誌なのよ」
ユニスだって購読している。1年前からだが。
「東邦郡にはなかった」
晶斗の返事はそっけない。
「そんなはずはない、大陸共通の全国紙だ。大陸のどの国でも、ぜんぶ同じ体裁で売っているよ」
店主は鼻メガネを外し、目頭を揉んだ。
「ユニスちゃん、さっきから気にはなっていたんだが、このにいさんの顔な、どーこーかで、見たことがあると思うんだなー。どこでだったか……」
鼻眼鏡を掛け直して、また、晶斗の顔をジロジロ。
晶斗は迷惑そうに顔をそむけた。
そういえば、晶斗は自己紹介で、自分は有名人だと自慢していた。サイトショップの店主なら、晶斗の主張を裏付けする情報を知っているかもしれない。
「あら、やっぱり! じつは有名なんだって! 保安局で引っかからなかったから、指名手配じゃないのはわかっているわ。きっと『サイト』に記事が載ったことがあるんじゃないかしら?」
「なるほど、東邦郡の護衛戦闘士だといったね。取材をされたことはあるかい?」
店主は鼻メガネをはずし、ハンカチで丁寧にぬぐった。
「知らないと言ってるだろッ!」
晶斗はプイと背を向け、大股に歩きだした。
予想外のきつい反応に、ユニスは一瞬呆然とし、慌てて追いかけた。
晶斗がドアに手を掛ける寸前、前へ回りこむ。
晶斗の顔を見上げ、ユニスは言葉を呑み込んだ。頬がこけていても元は端正な顔立ちだ。陽気な態度しか知らなかった相手に、いきなりこれほど厳しい表情をされたら、何を言えばいいのかわからない。
「待ってよ。……急にどうしたの? どこへ行く気?」
「保安局事務所だ。どいてくれ」
晶斗はユニスの肩を押しのけた。
乱暴に押し開けられたドアが勢いよく戻った。
揺れるドアベルが、ガランガランと大きく鳴り響く。
ユニスはすぐに気を取り直し、ドアを開けて外を覗いた。
左へ行った晶斗は、道の角を右へ曲がるところだった。
ユニスはドアを開けたまま、カウンターに積んである品物を指差した。
「マスター! 後で絶対取りに来るから、それは置いといて! まだお店は閉めないでね」
店主は大きくうなずいた。
「ああ、わかった。大変だねえ、護衛戦闘士の彼氏を持つと」
「なんでそういう話になるわけ?」
ドアを出かけたユニスは、ギンッと顔だけを振り向けた。苛烈な視線で店主を射抜く。
「カレシじゃないわよッ!」
晶斗の様子は気になる。
が、なにゆえユニスが、初対面から3日と経っていない、砂漠で救助した身元不明の護衛戦闘士(自称)の恋人扱いをされなければならないのか。
失礼にもほどがある!
カウンターの下に慌てて引っ込んだ店主を残し、ユニスは保安局へ急いだ。




