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ルーンゴースト 【改稿版】  作者: ゆめあき千路


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018:サイトショップとコレクター

 午後を過ぎても強い日差しが裏通りの向こう側を照らしている。この町の小さな商店街だ。

 三軒先の店先で、ぼやけた茶色のベストを着た小柄な老人が立て看板を抱えて、店へ運び入れようとしていた。


 木製の立て看板に描かれているのは、星と月と8の字の無限大の(マーク)。ルーンゴースト大陸全土に共通する遺跡管理協定機構公認店、通称『サイトショップ』。

 遺跡探検に関連する物品ならば、装備一式から発掘品の買い取り・下取り・質入れまで何でもござれ、大陸中にネットワークを持つ超大手の民間経営会社の支店である。


「マスター、ちょっと待って!」

 ユニスは走り、看板に手をかけた。


 看板を下ろした店主は鼻からずり落ちたメガネを直してから、かるく咳払いした。


「やあ、ユニスちゃん。今日はずいぶん遅いけど、何か持ってきたのかな?」


「ええ、それと買いたい物があるの。あと半時間だけ、開けててくれないかしら」

 ユニスは腰の後ろに隠していた左手に下げた、ピンクの巾着袋を出してみせた。


「客も来ないし、今日はもう閉めようと思ってたんだが……ま、ユニスちゃんなら、いいか。さあ、どうぞ」

 店主はユニスと晶斗を招き入れてから看板を持って店に入ってきた。クローズの札を出してきて、ドアの外側に掛けて閉める。


「さて、これで貸し切りだ。ゆっくり見ていいよ」


「俺は自分で適当に選んでくる」

 晶斗は一人で店内をウロつき始めた。


 ユニスは買い取り用カウンターで、巾着袋から遺跡で拾った物を出して並べた。

 小さい金属片のようなもの、黒っぽい小石、キラキラ光る石、土色の小さな塊がいくつか。


 店主は土色の小塊を手に取り、ルーペを使って丹念に検査した。

「フーム。これは史期か、古くても先史後期あたりの貴金属だな。こっちは古先史()期かな。フムフム、これは蹄虫(ていちゅう)の化石だ。こっちの金属片はグラム単価だから、全部合わせて砂漠用ブーツが一足買えるかどうかの買取価格になるね」


「ええ、そんなものなの? この前の石はその10倍の価格だったのに……」


「あれは希少価値のある石だったからね。遺跡で見つかる物にはいろいろあるんだよ。まあ、また頑張って変わった物を拾ってくれば、買い取って上げるから」


 店主がレジから金を出そうとするのを、

「そう思って、今日は特別な物を持ってきたのよ」

 ユニスはカウンターに乗り出し、こそっとささやいた。

「ふむふむ、小さい光る珠ね……な、なにッ、そりゃ、ラディウスのことか?」


 仰天する店主へ、ユニスは「しーッ! 声が大きいッ!」と唇の前に右手の人差し指を立てた。


「あー、そりゃ、うちじゃ買いとれんわ」

 恐ろしく難しい顔で店主が言うには、本物のラディウスなら、普通の店では扱えない特別な規約があるという。


「えー、まさか、値段の付かない学術的な価値とか、国宝級ってヤツ? お金には変えられないの?」

 ユニスがあからさまに落胆すると、店主はちらりとユニスを見てから、コホンと咳払いをした。


「いやいや、そこで諦めるのは早いぞ。遺跡の出土品の取り扱いは、オモテはサイトショップと政府の研究機関だが、ルーンゴーストにはちゃんとウラもある!」


 怪しすぎる。

 ユニスは買取カウンターから後ろへ一歩さがった。

「あの~、わたし、健全な帝国民だから、あんまりヤバイのは困るんだけど……」


 すると、店主はいきなり顔を崩して笑った。

「なに、遺跡出土品のコレクターのリストがあるんだ。買い取ってくれそうな個人の資産家を紹介してあげよう。もちろん手数料はいただくがね」


「あ、そういうことね」

 ユニスはもう一度買取カウンターへ近付いた。




 遺跡には一攫千金の(ドリーム)が眠っている。

 人が遺跡に熱中する理由――それは、物によっては、オークションに出せば一財産築ける可能性があるからだ。

 遺跡の中はお宝の山。

 遺跡でしか入手できない稀少鉱物や化石などは、昔は単なる珍しさが勝っていたが、現在ではシェイン系機器の特殊材料として、いまや生活には欠かせない原料となった。

だからユニスのような個人の探索者が細々した拾い物を持ち込んでも、小遣い稼ぎ以上の儲けになる。


 また、世に遺跡関連グッズのコレクターは多い。

 おおざっぱに分けて、3種類いる。

 よく知られた所では国立研究所や博物館だが、確実に買い取ってくれる代わり、相場以上には払ってくれない。


 一攫千金を狙うならオークションだ。


 それもルーンゴースト大陸の各地にあるという『闇市場(ダークマーケツト)』で開催される裏オークションへ持ち込めばいい。が、両方ともまともなサイトショップとは次元の異なる場所ゆえ、ユニスのような女の子は関わらないほうが安全だ。


 そして3番目の方法が、店主の示した『マニア』へ売ること。『究極のコレクター』とも言われる個人収集家の彼らは、超が付く大富豪にふさわしく、金に糸目を付けず、遺跡から出土するありとあらゆる稀少品を買い集める。


 こういったマニアこそが、闇市場の主要な買い手であるが、マニア自身は裏社会の人間ではない。

 広大なルーンゴースト大陸各地の大貴族や大富豪、そういった人々からの依頼を受けた美術館・博物館の学芸員なども含まれている。


「そういうのは、わたしも約一名ほど心当たりがあるけど。……まさか守護聖都に住んでいる、シャールーン帝国で一番綺麗な男の人じゃないでしょうね」

 ユニスはプリンスの美貌を思い浮かべた。

 世に皇族はプリンスだけではない。広いシャールーン帝国には、道楽でコレクションをしている大富豪はたくさんいる。


「いや、とある組織のボスだ」

 店主の一言で、回想していた麗しいプリンスの美貌は、いきなり強面で白髪頭のおじさんのイメージに浸食された。じつに美しくない。


「だいじょうぶなの?」

「本当の名前は言えないがね、身元も支払い能力もたしかだ」

「よかった、皇族の皇子様とか言われたらどうしようかと思ったわ」 


「おいおい、そっちの方が危ないだろうが」

 晶斗が手に黒いブーツを持って戻ってきた。カウンターに置かれたそれは、膝下までカバーできる砂漠用ブーツだ。


 いつの間に運んできたのか、ブーツの横には装備品が積まれていた。暗色系の布製品からメタルカラーの小物類まで、うず高い小山ができている。

 晶斗は右手に握っていた丸いボタン型の金属を指で弾き飛ばし、小山の頂上へ着地させた。


「護身用と、遺跡探索に必要な、最低限度の装備一式だ。程度は中の上、中古品で値段も半額。精算してくれ」


 あぜんとして小山を見上げていたユニスは、我に返った。

「ええ、ちょっと待って。この中古品を買う気なの? こっちはまだ交渉中よ」


「やめとけや。『組織』と『ボス』が付いた時点で、交渉以前の問題だぜ。取り引き相手は怪しい政治家で我慢しとけ。あの宰相閣下なら身元は確かで支払いも確実だ」


「そっちが怪しすぎるから、ほかを捜しているんじゃないの!」


 ユニスは勢いよく頭を振り向けた。長い髪が風を切り、蹄虫の化石をカウンターから払い落とす。ユニスは慌てて拾い上げた。


「プリンスの依頼は断ろうとしてるのよ。ここへは逃げる準備をしに来たんだから」


 声を抑えて晶斗へ話しかけながら、ユニスは拾った蹄虫の化石をカウンターへ置き直した。これだって換金価値がある。安くても粗末にしてはいけない。


「このあとホテルに帰るだろう。荷物を取りに部屋へ戻れば、宰相閣下の近衛兵に確保されるんじゃないか。遺跡探索の依頼は俺が断わってやるさ。仕事の交渉で慣れているからな」


 晶斗は護衛戦闘士だ。仕事を依頼してくる相手が何者であれ、護衛戦闘士との契約は対等に行われる。時として命がけになる危険な仕事だ、不利な条件をいちいち黙って呑んでいては、命がいくつあっても足りない。


「そうすんなりいくかしら?」

 ド素人のユニスが交渉するよりはマシだろうが。


「宰相閣下は君のことをシェイナーだと知ったうえで近付いてきたんだぞ。俺達がコンビを組んで何時間経った? 遺跡探索の報酬にディバインボーンズなんざ聞いたことねーぜ。『世界の迷図』にしたって、シェイナーしか喜ばない報酬だ。そんなものをわざわざ用意するからには、それなりの目的があると見て間違いないさ」


「それは、わたしもそう思うけど……」

「ところで、今日はサイトショップに来る予定はあったのか?」

「遺跡に入ったあとは、よく来るけど?……毎日かしら」


 ユニスの答えに、晶斗は小さく舌打ちした。


「行動パターンも把握済みか。そうとう念入りに調査しているな」


「あの~、きみたち、それで買い物はどうするのかね?」

 店主がユニスの顔色を窺っている。


 ユニスは晶斗が作った装備品の小山を改めて見上げた。

 なんだか古びた品物ばかり。でも、護衛戦闘士の装備はユニスにわからないから、晶斗の選んだ物を購入するしかない。


「えーと……一応これを、精算してくれる?」

 店主は晶斗の積み上げた品を数え始めた。


「ひい、ふう、みい……と。また結構な中古品ばっかりだねえ。そりゃあ割引価格だけど、これからユニスちゃんを連れて遺跡に入るんだろう? ガードするなら、もっと新しいのを揃えた方が安全生が高いと思うけどねえ?」

 店主は晶斗へ向けた細い目を、いっそうすがめた。


「使い慣れた物を選んだが……そりゃあ、少し前の中古品にはなるさ。新しいたって、数年落ちだろ?」

 晶斗は手近の小さな機器を手に取り、じっと眺めている。


「こいつも、最新型だったが……そうか、もう何年か前の型になるのか……。まあ、使えりゃいいさ」

 晶斗は呟き、機器を備品の小山に戻した。


「やっぱり古いのね」

 ユニスは道具を持たない主義だが、こういった機械にも流行があるくらいは知っている。


「だったら、逃げる算段は別にして、もっとスマートなデザインで揃えましょうよ。装備品は性能が大事なんでしょ」

 ユニスはなかなか良い提案をした、と自分を褒めたい気分になった。こういった道具は、どうせ買うなら最初から良い物を揃えておく方がお得なのだ。


 晶斗から返事はなかった。小山の一点に目を据え、考え込んでいる。


――あれ? わたし、そんなに難しいことを言ったかしら?


「そうとも、ユニスちゃんの言うとおり、こういうものは初めから良い物にする方が損がないんだぞー。ここにな、ちょうど聖都で開発されたばかりの最新モデルが一式ある。代金は後でいいから、これを持っていけばいいよ」

 店主は背後の棚を開けた。

 そこには洗練されたデザインの装備品一式があった。見るからに軽量そうで、値段の方は反比例して高価そうだ。


 ユニスはカウンターへ手を付いて身を乗り出した。

「わあ、それ、全部いいの!? ありがと、マスタ……!?」


 ユニスは後ろから両肩を掴まれ、ひょいと引き戻された。肩を掴んだ力は優しかったので、驚きはしなかったが。


「気に入らないの? かっこいいと思うわよ。支払いなら心配しないで」

 ユニスの財布の事を心配しているなら、ラディウスを担保にする方法もあるのだ。

 すぐには買手がつかなくとも、サイトショップを通じて分割払いにしてもらえばいい。


「アホ抜かせ、ツケの利くサイトショップなんて、大陸中探したってあるもんか。怪しすぎらあ。それで、店主さんよ、俺達より先にこの店へ来たのは、誰だよ。俺達が買い物に来たら、そう言えと頼まれたのか?」


 晶斗に問われた店主の目が、ギョッと丸くなった。


「は? あ、いや、わしは、その……」

 急にあたふたし始めた店主の額には、うっすら汗もにじんでいる。


「朝から盗掘団に保安局の事情聴取に、遺跡マニアの三連発だぞ。そこへ『とある組織のボス』だと? どこをどう聞いても、俺たちをカモろうとするタヌキ親父の手口じゃないか。俺達が来たらラディウスと引き換えに、その高額な装備を渡せと言われたのか。依頼主はその『とある組織のボス』だろうッ!」

 晶斗は、いきなりカウンターに拳を叩きつけた。ユニスはビクッと肩をすくめた。


 備品の小山が崩れ床へ滑り落ちる。

 店主は「わあッ!」と、後ろの壁へ背中を張り付けた。


「ななな、なにを言うか、わしは善良な商人だッ。お得意様にサービスをして何が悪い?」


 いきなりキレた晶斗にも驚いたが、店主の反応には大いに疑惑をかき立てられた。

 保安局へ通報すればいいのに。直通の通報ボタンはカウンターのすぐ下だ。

 ユニスはしばらく成り行きを見守ることにした。店主にはいろいろ買い取りをしてもらったが、助けるほどの義理はない。


「ほー、それはどちらのお得意様だ? ユニスがここに来てからまだ一ヶ月も経っていないぜ? そんな相手にこれだけのサービスをするからには、よほど昔からの顧客だな。しかもそうとうな大金持ちとみた」


「何の事だがさっぱりわからんが、言っておくが、サービスだってタダじゃないぞ。ユニスちゃんは代金をきちんと払ってくれる良いお得意様だからこそ、融通を図るんだよ。この商売は信用第一だ!」


「ケッ、どの口が信用なんて言ってんだ、サイトショップは現金払いが原則だろう。公的機関に所属している護衛戦闘士相手ならともかく、店に来て一ヶ月とたたない初対面同然の女の子にツケてくれる店なんて、てめえのヤバイ下心が透けて見えらあ。どうせ叩けば生臭い(ほこり)が山ほど出るんじゃねーのか? なんなら、そのとある組織との裏取引があると保安局に密告(チク)ってやろうか。……その方が面白そうだな」


晶斗がニヤニヤすると、店主はあっさり口を割った。


「さっき大公殿下のお付きの軍人が来て伝言を残した。ユニスちゃんと護衛戦闘士(ガードファイター)が来たら、好きなだけ購入させるように、請求書は殿下に送るようにと」


 よほど後ろ暗い商売をしているらしい。


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