表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/59

016:神の骨(ディバイン・ボーンズ)

「支度金の一部として、こちらを用意しました」

 プリンスは長方形の箱の蓋を開けた。


 紫の絹布の上に、白っぽい短剣。ナックルガード付きの(つか)はよく見かける軍用モデルだ。(つば)も片刃作りの刃も、すべてが白っぽい。


「手にとってよくご覧ください」


「では遠慮無く」

 晶斗は躊躇(ちゆうちよ)することなく、箱から短剣を取りあげた。


 ユニスの方が緊張した。短剣といえども武器だ。フレンドリーな雰囲気でも、プリンスは皇族の皇子さま。政治家としては帝国最高位の宰相閣下である。

 その御前で、晶斗のような身元が怪しい自称:護衛戦闘士に、鞘の無い剥き出しの短剣を持たせて良いものか。


 近くに執事とメイドが控えてはいるとはいえ、護衛官はドアの外だ。


「ガードナイフだよな。しかし、それにしては……?」

 晶斗は右手で白い短剣の柄を握っている。


 ガードナイフは護衛戦闘士が装備するスタンダードな武器だ。ユニスも、装備品を売る店ならどこでも買える。

 目をすがめて短剣を検分していた晶斗が、ふいに、眼前に白い刃を近づけた。食い入るように凝視している。


「どうしたの?」


 晶斗は短剣から顔を上げた。

「いや、重さと手触りが……まさか、『神の(ディバイン)(ボーンズ)』か!?」


「そうです」

 プリンスはうなずいた。


「ディバインボーンズ!? これが!?」

 ユニスは目を見張った。


 ディバイン・ボーンズと言えば、遺跡地帯でしか産出しない超レアな特殊金属。そのほとんどがナイフや剣など武器に加工される。神の骨専門の鍛冶師(かじし)(きた)えれば、この世でもっとも硬い刃になるという。


 ゆえにディバイン・ボーンズと言えば『神の骨製の武器』という意味も持つ。


「そりゃすごいんだぜ。最高硬度のダイヤモンドでも、スパスパ切れるからな」

 晶斗によると、ディバインボーンズは軍隊でも上級将校の特別任務にしか貸与されず、金さえ払えば何でも買えるという闇市場(ダークマーケツト)でもめったに出回らないという。


「東邦郡の軍事博物館には置いてあるが……。すげえな、こいつは本物だ」

 晶斗は刃や柄の角度を変えては、眺め回している。


「鉱石の原石なら、専門店で見かけたことがあるけど」

 ユニスも触ってみたい。しかし、晶斗が夢中で見ているから言い出せない。


「気に入っていただけたようですね。では、そのままお持ちください」

 プリンスはお茶菓子でも進めるかのように気軽に告げた。


「は? これは国宝級のモノだろ?」

 晶斗が薄気味悪そうに顎を引いた。冗談だと思ったのだろう。


 ユニスもそう思った。国宝級のお宝を初対面の相手に渡そうとするなんて、相手がプリンスでなければ、詐欺として保安局へ通報するところだ。


「確かに希少価値は高い物ですが、私のコレクションですので、譲渡するのも私の自由です。問題はありません」


「国宝級がコレクション……!」

 ユニスが絶句していると、

「そして、シェイナーのお嬢さんへの報酬は『世界の迷図(ワールドメイズ)』を踏破する権利――では、いかがでしょうか?」


 プリンスの言葉がユニスの脳に浸透するまで、約1秒。その間にユニスの意識は月まで飛んで「きっと夢だわッ!」と叫んでから、地上へ戻ってきた。


 ユニスは、ガバッ! とテーブルに乗り出した。

 隣の晶斗が「うわッ!?」と露骨に引いたが、かまうものか。


「あの『フェルギミウス』が創造したという、世界の迷図ですよね!?」


 それは、大陸創造の神話。

 太古、この惑星に降り立った三柱の神々『イーシャ』『コルセニー』『フェルゴウン』が、ルーンゴースト大陸を造ったという。


 その神々の主神フェルゴウンの子孫がシャールーン帝国皇家の始祖となった。

 皇家の祖神フェルギミウスである。伝説を信じるならば、フェルギミウスは皇家の先祖、プリンスはその直径子孫だ。


 またフェルギミウスこそすべてのシェイナーの初めであり、世界の(ことわり)をコントロールする能力を人間に与えた神だという説もある。


「あれは確か皇族専用の秘儀中の秘儀、国家登録されたルーンゴースト学術院のエリートシェイナーですら、踏破はおろか、目にすることさえほとんどかなわない、機密中の国家機密では……!?」

 プリンスと視線が遭った。


 藍色の瞳が、ひたとユニスを見つめている。


 ユニスの心臓が、跳ねた。


 きっと、これまでの人生で特大の鼓動。

 呼吸(いき)が詰まった。


 魅入られる――プリンスの眼に。


――あれ? なんか、動けない?


 瞬きすらできない。まるで身体が石になったようだ。

 プリンスが右手を軽く振った。座れとの合図。


 ユニスはテーブルに乗り出していた姿勢から、元に戻った。


――おかしいわ、どうして体が勝手に動くの?

 背筋を伸ばし、そろえた膝の上に両手を置く。


「その世界の迷図を踏破する権利を進呈しましょう。表向きは神殿に(まつ)られたご神体ですが、その実体は、本物の遺跡に等しい小さな迷宮なのです。はるかな昔、フェルゴモア皇家の祖が造ったと伝えられる、皇族や神官が学ぶための『場』なのです。見た目は薄紫色のガラス細工のようですが……」


 プリンスがとうとうと蘊蓄(うんちく)を傾ける。世界に名だたるシャールーン帝国の至宝が、ごくありふれた美術品の紹介に聞こえる。


 動けないユニスの視界の片隅で、隣の晶斗はまだナイフを睨んでいる。


――プリンスがわたしに何かしたとしか思えないけれど、……でも、どうして?


「ユニス、ラディウスをこちらに」

 美しい声が、ユニスの頭の中で反響した。 

 なぜ、今朝取ってきたラディウスのことを、プリンスが知っているのだろう。


「あなた方がラディウスを手に入れたという噂は、すでに町で広まっているのですよ。皆がラディウスを手に入れようと、あなた方へ群がってくるでしょう。……わかりますね?」


 ユニスの心を見透かしたように、美しい目が念を押す。

「ラディウスは、私に渡さなくてはいけません」

 優しい声。よく見ると、唇の動きが微妙に音声とずれている。


 晶斗はナイフを手にしてなにやら思案している。ユニスの方にはまったく注意を向けていない。


「プリンスへ、ラディウスを、渡す……?」

 ユニスは繰り返した。

 ふと、膝がこそばゆくなった。

 あ、右手が勝手に動いている。膝の上からゆっくり持ち上がって……手の平を右肩の上へ向けた。

 指先が曲げられた。


 見えない空中から、丸い球を掴み出すがごとくに。ラディウスを隠した秘密の場所。そこから、ラディウスを取り出すつもりだ――。


 トンッ。

 テーブルで、音。

 ハッとした。

 ユニスの両手は膝の上に揃えてあった。


――あれ? まさか、幻覚だったの?


 きちんと座っているユニスの隣で、晶斗が両手を上げていた。白いナイフは箱の中だ。さっきの音は、白いナイフを箱へ戻した音だった。


「やっぱり、いいや。まだ仕事を引き受けると決めたわけじゃないからな。なあ、ユニス?」

 口調がやけに軽い。ユニスに異常な事が起こっていたなんて、まったく気付いていないようだ。


「え……え、そう……ね」

 ユニスはぎこちなく首を回した。体が固まっている。喋るには、全身全霊で集中しなければならなかった。目の端に映るプリンスは、見動きひとつしていない。


――わたしの目がおかしいのかしら?

 すぐにユニスのシェインの勘が『違う!』と告げてきた。


 さっきのあれは現実だ。


――わたし、シェインが使えないんだわ。まさか、封じられている?!

 すっかり忘れていたが、プリンスもシェイナーだ。それもシャールーン帝国屈指の能力者である。ユニスにシェインで抵抗されないよう、先手を打ったのだろう。


「なあ、その世界の迷図って、何だよ?」

 晶斗が無邪気に訊いてきた。

 ここで晶斗へ助けを求めるべきか……。


――いえ、だめだわ。信じてもらえない。

 ユニスがプリンスに『何かされた』証拠は無い。


 それでもユニスが、ここで体の調子がおかしいと訴えたら。

 晶斗がユニスを連れ出すより先に、プリンスが救助の手助けを申し出るだろう。理医を呼ばれるかもしれない。いずれにせよ、この部屋に留められ、プリンスの手中へ落ちる。

 そうならないためには、なんとかこの場をやり過ごして辞去するのが最善策だ。


「それ、は……すべての、シェイナーが、一生に一度は夢見る希望と、憧れの究極の迷図で、シャールーン帝国には……」

 必死で喋っているうちに、固まっていた口はだんだんと解けてきた。晶斗にはユニスが考えながら喋っているように映っただろう。


「守護聖都フェルゴモールを始めとして、七大不思議と呼ばれるものがあるの。神殿や皇宮殿は観光名所だけど、『世界の迷図』は、シャールーン帝国皇帝の秘宝とも言われているわ」

 ユニスは、ホッと小さな息を吐きだした。良かった、普通に喋れるようになった。体はまだ動かせないけれど。

 安堵したら、晶斗への小さな疑問が湧いた。


『世界の迷図』は昔は皇室だけの秘宝だったが、近年では情報が公開され、シャールーン帝国の国宝として観光ガイドブックに掲載されてもいる。

 護衛戦闘士でシャールーン帝国のシェイナーについての知識もある晶斗が知らないなんて、意外だ。


 それに、こんな誰でも知っている話を、ユニスがプリンスに披露するのは恥ずかしい。

 こっそり視界の端でプリンスの様子を窺えば、プリンスは晶斗に劣らず真剣な表情で耳を傾けてくれている。


 今ここでは、おかしなことなど何も起こっていないかのように……。

「それに世界の迷図を踏破すれば、世界の(ことわり)の秘密が明らかになるとか、神話に出てくるシェイナーのようなとてつもない力が手にはいる、という言い伝えもあるのよ」


 話し終えたらどっと疲れた。一刻も早く、この特別室から逃げ出したい。

 さいわい喋れるようになった。

 このいきおいで「仕事はけっこうです」と断れば……。


「そうですね。そのように伝えられています。喜んでいただけてなによりです」

 ユニスが口を開く前に、プリンスの微笑みに先制された。出かけた言葉が喉で詰まる。


「おい、遺跡探索の話を受けるのか?」

 晶斗が訝しむ。

 馬鹿、受けるわけないでしょ!……と、怒鳴りたいのをグッと堪えた。

 仮にもプリンスの前でそんな言葉は使えない。

 急いで脳内で丁寧な言葉に変換して……。


「ユニス?」

 プリンスの優しい呼びかけに、つい顔を上げてしまった!


 目が合った。

 しまった!――と思った時には、遅かった!

「はい」

――ぎゃあッ、わたし、即答しちゃった?!

 この流れでは「了解した」という意味にしか聞こえないではないか。


 脇の下を冷たい汗が流れる。雇用主のユニスが引き受けた仕事なら、晶斗もユニスに従う。

 プリンスは目論見通り、シェイナーと護衛戦闘士を一度に雇ったのだ。


「では、2時間後に、もう一度ここへいらしてください。正式な契約書を用意しておきます。くれぐれも遅れないように気を付けてください」

 プリンスが、クスッと笑った。


 ユニスをこんな目に合わせて笑っているなんて。

――なんて人なの!?


 ユニスが知っているプリンスとは雑誌や映像の中のプリンスで、彼は青い星の光に(たと)えられた麗しい美貌の持ち主だ。

 目の前に居る生身のプリンスは、顔こそ同じだが、身にまとう輝きは冷たい銀の光。それは青い星とは似ても似つかぬ、危険なゆえに美しい剣の鋭い切っ先さながら。


 プリンスが立ち上がった。

 ユニスも立った。まるで自動で動く人形みたいだ。


「引き受けていただけて助かりました。もちろん、装備もこちらで御用意させていただきます。では、のちほど」

 プリンスは隣室へ去り、執事がドアを閉めた。


「あのな、決めるのは君でいいんだが……ちょっと話が早過ぎないか?」

 晶斗がプリンスの去ったドアを眺めながらぼやいた。


――ええ、同感だわ。

 ユニスはうなずきたかったが、また瞬きすらできなくなっていた。


 メイドに先導され、出口へ案内された。


 晶斗は黙ってユニスに付いてくる。ディバインボーンズは持っていない。仕事の報酬だと言われても、持ち歩くには重すぎるお宝だ。

 丁重に、特別室から追い出された。


「なんだってんだよ、ったく。なあ?……ユニス?」

 晶斗を無視し、ユニスはスタスタ歩いてエレベーターへ乗り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ