015:依頼と報酬
ホテル最上階にある特別室。
扉は帯剣した2人の護衛官が両側から開けてくれた。白に金の記章を付けた制服は、フェルゴモア皇家直属の近衛騎士だ。
プリンスと一緒にユニスと晶斗は豪華な応接間に通された。
――うわあ、ものすごく場違いな場所へ来てしまった気がする……。
深紅の緞子張りのソファでカチコチに固まったユニスの右隣に、晶斗がどっかり腰を下ろした。足を組み、汚れたブーツの砂がクッションについても平気な顔だ。ユニスの方が困惑した。
「私の研究所では、新しい遺跡調査のプロジェクトを準備しています」
プリンスはユニスの向かいに座ると、さっそく話を切り出した。優雅な見た目によらず、なかなかの合理主義者のようだ。
「じつは、保安局へ遺跡探索の連絡をしたら、シェイナーと護衛戦闘士のあなた方コンビを推薦されましてね」
プリンスは、壁際に控えていた執事の方へ目で合図した。
執事は、隣室から長方形の箱を捧げてもどってきた。
白い箱がテーブルに置かれた。高さは十五センチ程、幅もそのくらいで、長さは三十センチくらいだ。
ユニスは黙って箱を見つめた。お茶は出て来ないし、お茶菓子ではなさそう。
「あんたは政府のトップだろう。遺跡探査なら直轄の学術院で軍隊だろうがシェイナーだろうが、自由に使えるのに、なぜそうしない?」
晶斗も箱は目に入っているだろうに、無視している。
「あいにく、政府も学術院も実利主義でしてね。私個人の研究です。私は『コルセニー』の墓を探しているのです」
答えるプリンスも、晶斗の無礼さは意に介していない。
「コルセニーだと? どこかで聞いたな……」
「シャールーン帝国の神話に出てくる神様の名前よ。創世三神と言われる神々の一柱だわ。イーシャとコルセニーがフェルゴウンを助け、ルーンゴースト大陸を創造したという……」
ユニスが答えた。遺跡関係の伝説伝承なら、幼い頃から周りの大人に聞かされてよく知っている。
「ああ、大陸創世の神話か」
晶斗の故郷である東邦郡にも似た神話はある。
ルーンゴースト大陸全土で、各国の神々とそのエピソードは似通っている。
それは、かつてルーンゴースト大陸の民の発祥が一つであったという証拠かもしれない。
「しかし、シャールーン帝国に伝わる創世記では、お墓や遺跡の話などが書かれている章に、コルセニーは出て来なかったはずですが?」
ユニスが知る限り『コルセニー』についての記述があるのは、創世記最初の章にほんの数行。プリンスが遺跡研究者として、この非常にマイナーな伝承に着目して研究対象にしたというのなら、それは驚く事でもないが……。
「よくご存じですね」
プリンスと、目が合った。その美貌ゆえに国民の支持率が現皇帝よりも高い帝国№1アイドルが、ユニスをじっと見つめている。
ドキリッ! と、またもやユニスの心臓が跳ねた。レストランから移動してようやく鎮まっていたのに、プリンスの目を見たら、またドキドキしてきた。
――うわわ、落ち着かなくちゃ!
ユニスは膝の上で両手を握りしめた。
プリンスの顔なら雑誌や映像で見慣れているはずに、生身の迫力は想像をはるかに越える。この近距離で、このシチュエーションでときめかなければ、それはシャールーン人、いや、人類の女子ではない!
――良かった、すごいシェインが使えても、わたしは普通の女の子。微笑んでいるプリンスの目がなんとなく怖いように思えるのは、きっと気のせい、緊張のせいなんだわ……。
「たしかに、この世界に存在する文書には、コルセニーが埋葬されたという記述はありません。よく知られている大陸創世記の物語では、三柱の神は皇室の祖とされるフェルゴウンを除けば、抽象的な存在として表現されています。コルセニーの墓が大陸のどこかにあるというのは、私の立てた仮説です」
新しい遺跡探しの依頼は、シェイナーと護衛戦闘士には定番の仕事だ。
通常、遺跡地帯で新しい遺跡探索をするなら、期間は1ヶ月前後。
調査隊には必ずシェイナーと護衛戦闘士をメンバーに加える。
報酬の相場は五~六千ゴルドといったところ。
シャールーン帝国首都に住む中産階級の平均的な年収が三~四百万ゴルド。年に一度、そこそこの規模の遺跡探索チームで仕事をしたら、それで残りの11ヶ月は暮らせるわけだ。
運良く未固定遺跡の出現に遭遇し、固定化に成功したら、何かしらの遺跡産出品は手に入る。稀少な物であれば、成功報酬はとんでもなく跳ね上がる。
小さな1個のお宝が、チーム全員が一生遊んで暮らせる大金に化けるかもしれない。
それこそが元来不毛な遺跡地帯に、多くの人間が呼びよせられる理由なのだ。
遺跡が未知なる恐怖を潜ませた場所であろうとも。
プリンスは遺跡探しと言ったが、『コルセニーの墓』とはずいぶん抽象的な探索対象である。具体的に何を、どうやって探すのか……?
晶斗も同じ疑問を持った様子。お互い目線で譲り合ってから、雇用主であるユニスが先に質問した。
「これから新しく出現する遺跡ではなく、すでにどこかで固定化されている遺跡を再探索するということでしょうか。でも、何の手掛かりも無くては探しようがありませんわ」
「こちらで集めた研究資料がありますから、後ほど説明します。墓の場所を特定するのはこれからですから」
プリンスの回答は丁寧だったが、けっきょく手掛かりは皆無だ。
金持ちの道楽じみた、終わりの見えない仕事に付き合うのはゴメンだ。
ユニスが失礼の無いように断る返事を頭を絞って考えていると、
「ふん、雲を掴むような話だな。金と時間が恐ろしくかかるぞ。とても個人の道楽でできるとは思えない。あんた、俺達を担ぐ気じゃないだろうな」
晶斗がぶっきらぼうに言い放ち、ユニスは顔が引きつった。
仮にも、シャールーン帝国一の政治家で国民の人気№1アイドルに向かって、「担ぐ」はないだろう!
ユニスはサッと座り直すふりをした。右足の膝から下だけをすばやく曲げる。晶斗の左脛はすぐ横、そこをヒールの踵で一撃!
手応え……いや、足応えは、あった。晶斗は眉をしかめたが、黙って耐えていた。
「もちろん、難しいのは承知しています。ですから、基本報酬は一千万ゴルド。成功報酬はその十倍の1億ゴウェルを考えています」
プリンスの提示した報酬額に、ユニスは目を丸くした。隣で晶斗が息を呑んだ気配がした。
ちなみにシャールーン帝国の通貨単位ゴルドは、一千万ゴルドを越えると『ゴウェル』に変わる。シャールーン帝国には、1枚で一億ゴウェルという超高額紙幣が存在するからだ。
それはシャールーン帝国が古代から遺跡と関わり、そこから発見される人間には生産できない特異な物質を、他国と取り引きして莫大な財を成してきた歴史から発生した、帝国特有の通貨単位である。
「十倍だって?……本気かよ?」
晶斗は当惑顔で顎を引いた。ユニスと晶斗の二人分にしては破格すぎる。数人のチームへの報酬にしても、庶民なら一生どころか、孫子の代まで遊んで暮らせそうだ。
プリンスが大金持ちなのはシャールーン帝国人女子の常識。
ユニスは、胡散臭げにプリンスを睨む晶斗の肘を、ちょんとつついた。
「なんだよ?」
「大公殿下はルーンゴーストで五指に入る大富豪よ」
プリンスは、先祖代々ルーンゴースト大陸最大の大帝国を支配してきた一族の直径子孫。その中でも、次代皇帝と囁かれる皇族最高のエリートだ。
働かずとも良い身分でありながら自ら帝国宰相や外交大使を積極的に務め、さらには研究者として考古学や遺跡探索へ乗り出し、ルーンゴースト大陸各地を飛び回っている。
理想の貴公子との評判高く、ユニスがよく買うファッション雑誌の表紙を度々飾り、プリンス特集の号は売り切れ続出、バックナンバーにはプレミアが付く始末。
ベストセラーの写真集や、数え切れない販売数のブロマイド、それらすべての版権の大元締めは、じつはプリンス本人である。――とは、知る人ぞ知るシャールーン帝国の裏事情だ。
「ああ、そりゃ、皇族だから金持ちだろうが……」
「その資産は動・不動産すべてを合わせれば、一万兆ゴウェルをくだらないという噂だわ」
シャールーン帝国の国家予算がおよそ七千兆ゴウェルだから、プリンスの個人資産は想像外のレベルにある。
晶斗が目を丸くして、
「東邦郡の国家予算より多いのかよ!?……くそッ、庶民の敵だな」
ガックリうつむいた。
プリンスは、テーブルに置いていた箱の蓋を、開けた。