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013:通りすがりの白い狩人

 地上で、白銀の稲妻が閃いた。


 キンッ!


 (はがね)の打ち合う澄んだ響き。それは2本の短剣が空中高くにきらめいてから、耳に届いた。

 スト、トン! 落ちてきた短剣は、晶斗のすぐ前の地面へ突き立った。


 ユニスは、どっと冷や汗が吹き出た。


 遺跡に入る前から、晶斗にはこっそりシェインで『(シールド)』を掛けてある。が、それはあくまでエネルギー的なもの。物理攻撃を防げるものではない。


 ユニスが、あの短剣を止めるシェインを行使しなければ、と考えた時点で判断は遅すぎた。

 だが、短剣は、晶斗に刺さる直前で何かに(はじ)かれた。

 ユニスの目に白銀の稲妻と映ったのは、短剣の残像だった。


 いったい、誰が、あんな切迫した状況から、どうやって?


 ユニスは前へ踏み出した。晶斗は右手で止めはしたが、ユニスが隣に並ぶのは許した。

 晶斗は左腕を下ろした。それまで胸の前で曲げられていたのだ。

 ユニスは声も無く、晶斗の胸部を見つめた。


 くたびれたガードベストは防刃の役には立たないだろう。晶斗はそれをわかっていたから、左腕を犠牲にして心臓を守るつもりだったのだ。


「なあ、なにかしたか?」


 晶斗は、ユニスがシェインを使ったと思ったようだ。


「わたしじゃないわ」


 ユニスは晶斗を護れなかった。改めてその事実を噛みしめ、心の底から怖くなる。


 誰かが助けてくれなければ、晶斗は死んでいたかもしれない。


 迷図に入る前に晶斗が言った遺跡地帯にある『危険』とは、こういうことなのだ。


「おい、お前、今、何をしやがった?」


 短剣を投げた当の男は、ユニスと地面に刺さっている短剣を、交互に見やった。


 ユニスはプルプルと首を横に振った。奇妙な事が起きた時、それを近くのシェイナーのせいにされるのは迷惑だ。


 男はおそらく怒りで青ざめ、


「そうか、ガキでもシェイナーか。やれるならやってみろよ。この距離なら絶対にはずさないぜ……」


 もう一度短剣を構えた、が、


「そこまでだ」


 その声は、(いぶ)し銀の色を連想させた。人を従わせるのに慣れた重剛な響き。


 もう1人の手下に左肩を支えられてようやく立ったもじゃ髭が、はじかれたように声の方を向いた。


 まだ開かぬ店舗の壁に、白ずくめの男がもたれている。幅広の日除け帽子(ストローハット)に、砂漠用コートとブーツ。左手にした長剣は艶を消した銀飾り。『魔物狩り』が好んで使う武器だ。彼の目鼻は鏡面加工の大きな黒いレンズバイザーに隠され、唯一覗いているこの上なく端正な唇が、(はがね)の言葉を紡ぎ出した。


「やめておけ。お前らでは相手にならんぞ。その男は一流の護衛戦闘士(ガードファイター)だ」


「誰だ?」


 晶斗が、かすかに頭を右へ動かした。ユニスへの合図だ。


 もっと退がっていろ。


 ユニスは素直に従った。さっきの短剣から晶斗を救ってくれたのは、間違いなくあの白い狩人だ。だが、助けてくれたからユニス達の味方とは限らない。


「はッ、こいつが!? 何を根拠に言ってやがる。あんた、何様のつもりだ?」


 もじゃ髭は手下の支えを振り払った。口の端から流れる血をガードグローブの甲で拭っている。晶斗はノーダメージだが、もじゃ髭はけっこうなダメージをくらっているようだ。


 白い狩人は唇の片端をつり上げた。


「まさか、知らないのか? そいつの顔をよく見ろ。東邦郡(オリエント)天狼(シリウス)とは彼のことだ。お前たちも名前くらいは聞いたことがあるだろう」


「はあ? オリエントのシリウス~?」


 もじゃ髭たちは、気の抜けた声をそろえた。


 手下の2人が顔を見合わせる。


「そういや、昔、東邦郡のほうにそんなのがいたな。ほら、護衛戦闘士の間でも、悪運強いので有名だったやつだよ」


 すると、もう1人も、腑に落ちない表情で頷く。


「ああ、それなら俺も知っている。東邦郡で一番の称号だ、という噂を聞いたことがある……。でもよ、そうとう前の話だぜ?」


「お前ら、馬鹿な事を言うんじゃねーよ。シリウスなら、俺も噂を聞いたことがあるが、あんな若造が本物なわけがあるか、騙されるな。おい、あんた、俺達の味方じゃないのか?」


 もじゃ髭が白い狩人を威嚇(いかく)すると、


「迷宮では時間が歪む。そのくらいは知っているな」


「いきなり、なんだよ?」


 もじゃ髭は不審げに白い狩人を睨み、ふいに眉をしかめた。


「……ああ、そういうことか。だがよ、ラディウスはあいつらが持っているんだ。手に入れるには、あいつらを……」


「これ以上、雇い主の顔を潰したくなければ、宿へ帰れ」


 白い狩人の言葉は冷たく、3人組みは気圧(けお)されている。眺めていただけのユニスまで突き放されたような気分になった。


 もじゃ髭は青くなったり赤くなったりしている。


「それじゃあ、ラディウスは……俺らのメンツはどうなる?」


「相手は丸腰だぞ。保安局で長い言い訳をしたいなら、好きにしろ」


 白い狩人は身をひるがえした。


 ガラガラと金属のこすれる音が通りに響いた。


 近くの店のシャッターがつぎつぎと開いていく。通行人がやって来る。観光客、発掘家、町の商人、朝の散歩に出た住人たち。


「くそっ、おぼえてろっ!」


 お決まりの科白(せりふ)を残し、3人はそそくさと立ち去った。


 ユニスは晶斗に小声で告げた。


「あの白い人は、そっちの店の陰に廻った処で気配が消えたわ。間違いなくシェイナーよ」


「どこへ行ったかわかるか」


「正確な方角はわからないわ。でも、町から出ていないと思う……」


 白い狩人が行った道とは反対方向から、保安官数人が駆けてきた。


 年長の保安官には、ユニスも面識があった。


「なんだ、君らか。朝っぱらなから、こんな所で何をやってるんだ?」


 近隣住民からの通報があったんだよ、と、保安官は穏やかにユニスへ問いかけた。


「ちょっと絡まれたんだ。相手の特徴は……」


 晶斗は、ユニスに雇われたこと、町の近くの観光遺跡を見に行った帰りに風体の悪い3人組に絡まれた、というぐあいに説明した。未固定の遺跡の迷図でユニスがラディウスを手に入れた事実は、うまく省略してあった。


 けっきょく保安局まで連れて行かれた。


 簡単な事情聴取だったが、解放されてホテルへ戻ったら、時刻は昼を過ぎていた。


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