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012:契約成立

 ――昔は、こんなふうに自分が誰かと一緒に遺跡探索に入るなんて、考えてもみなかったわね。

 

 外の空気に触れて、ユニスは初めての遺跡探索から戻ったときの気分を思い出した。

 いまとなっては良い経験だと笑える。……おもいっきり失敗だったけど。


 東の空が白み始めた。

 朝陽をあびて、夜の間に冷めていた砂漠の気温が上昇していく。


 ユニスは晶斗の手を離した。

 歩き出して、数歩で止まった。

 足音がついて来ない。


「晶斗?」


 晶斗は元の場所から一歩も動かず、砂に膝をついていた。


 うつむいて両手で口を押さえている。

 ユニスはギョッとして晶斗へ駆け寄った。


「だいじょうぶ!? 吐きそうなの?」


「く、そっ……地面に足を着いたとたん、こうだ。遺跡踏破の比じゃねーな」


 晶斗の顔は、真っ青だ。


 ユニスも青くなった。3人組を相手にして1人で倒せるほど元気に見えたが、晶斗は遺跡での長い遭難から生還したばかり。異空間の迷図を走り回らせたのは、さすがに身体への負担が大きすぎたか!?


「ごめんなさい、迷宮に慣れてないと悪酔いするのよね。忘れていたわ。ちょっと背中に触らせてね」


 ユニスはきちんと断ってから、右手を晶斗の背中へ当てた。


 これもシェインだ。光に似た、人体を癒す意思を込めたシェイン。

 そして1分――。


 晶斗が目を開けた。顔色が良くなっている。


「どう?」


 ユニスは理医ではないから治療はできないが、応急処置で体内のバランスを整えるくらいはできる。


「ああ、もうだいじょうぶだ。……ありがとう、助かった」


 晶斗は頭を軽く振り、軽い動作で立ち上がった。


「いろいろできるんだな。あんなふうに迷宮を移動するシェイナーがいるとは、知らなかったよ」


「あ、あら、そう?」


 ユニスはぴょんと跳んで晶斗から離れた。顔が熱い。きっと真っ赤だ。見られたくないから、くるりっと背中を向けた。


 だから、この時晶斗がどんな表情でユニスを見ていたのか、ユニスは知らない。


「おめでとう、テストは合格よ。町に戻ったら、お祝いに一杯おごるわ」




 町へ着くまでに、東の空に輝いていた明けの明星は姿を隠した。

 朝の白い光の中、町の入り口である門柱を通り過ぎたら、


「ちょーっと、待った!」


 ひどいダミ声に呼びかけられた。


 門柱の前に、男が3人。左右の2人はヒョロリと細い。真ん中の大男は筋骨逞しく、分厚い胸と太い腕は、隆々と盛り上がった筋肉でシャツがはち切れそう。


 3人とも色あせたガードベストはもちろん、ベルトやズボンにまでナイフ・(びょう)・センサー器具をぎっしり付けている。発掘より『荒らす』方で生計を立てている、と言われた方がしっくりくるタイプだ。


「おい、お嬢ちゃん。町へ入る前に、俺達のものを返してもらおうか?」


 こういう頭の良くなさそうな男に『お嬢ちゃん』と呼ばれると、あからさまに(あなど)られているようで、ユニスはいつも腹が立つ。

 もちろん、こんな男どもに町で会った覚えはない。


「なに、この人たち。まさか、晶斗の知り合いじゃないわよね?」


 ユニスの半分冗談混じりの視線を受けて、晶斗も、はて? と首を傾げた。


「保安局の拘置所にはいなかったと思うぞ」


 晶斗に言われるまでもなく、男達は見るからに、悪い事情で保安局に世話をかけていそうな人相だ。こんな3人組は遺跡地帯にゴロゴロいるから、正直なところ見分けはつかない。 茶色いもじゃ髭の大男が前に出て、ニィ、と歯を剥き出した。


「おいこら、記憶力が無いのかお前らは。遺跡で別れてから、まだ一時間も経ってねーぜ。迷図の中でやりあったのを忘れたのか?」


「あら、わたしたちは観光客よ。散歩に行ってきたの」


 ユニスは晶斗と視線を交わした。


 迷宮が崩壊する間際に見た人物といえば、白い魔物狩人だ。他は、迷図で襲ってきた全身紅色の、顔もわからぬ魔物の出来損ないみたいな3人組だ。その顔は見ていない。とはいえ、この3人の体型は、ユニスの記憶の紅男たちと一致する。


「ははあ、お前らがあの変な紅いやつの中身か。崩壊する迷図から、よく脱出できたな」


 晶斗はさりげなく移動し、ユニスを自分の体の陰へ入れた。これも護衛戦闘士(ガードファイター)の仕事だろうが、


――なんか、晶斗がだんだん優しくなっているような……?


 庇いすぎじゃないかしら。わたしはシェイナーなのに……。


 ユニスが戸惑い気味に晶斗の背中を眺めていたら、もじゃ髭が、ケッ、と唾を吐き捨てた。


「ガキのくせに、迷図でもイチャつきやがって、胸クソ悪い! この頑丈な俺様がやられてたまるかよ。納得したところで、俺様のお宝を渡してもらおうか?」


 黒いガードグローブに包まれたごつい手が、ぬっと突き出された。


「何のことだ?」


 晶斗が少し身体を斜にし、身構える。訊き返す。

 もじゃ髭はギロリ、晶斗の後ろにいるユニスを睨んだ。


光珠(ラディウス)だ! お嬢ちゃん、あれを返しな。俺たちが先に迷図を見つけたんだ、小っこいガキの分際で、いっちょまえにの盗掘坑(とうくつこう)なんか作りやがって! プロの盗掘屋でも難しい方法だぞ。よくも俺達を出し抜いてくれたな」


 ラディウスは超稀少品(レア・アイテム)。遺跡の迷宮のどこかにある幻のお宝だ。一説には、発見できる確率は千分の一とか万分の一とか、砂漠の砂の一粒を見つけるようなものだとまで言われている。


 一呼吸おいてから、ユニスは晶斗の後ろから顔を出した。


「あら、わたしが持っているという証拠でもあるの? それに、遺跡で拾えるお宝は何であれ、先に手にした者に権利が発生するはずよね。観光客が遺跡で何か拾ったら、それは拾った人の物だし」


 と、拾い物の経験があるユニスが言えば、


「そうそう、おたくらが遺跡で何をしようと、俺達は知らないし、関係無いね」


 身に覚えのある晶斗が、大真面目に同意してくれた。


 もじゃ髭のこめかみに、ビキッ!と、太い青筋が浮き出た。


「ふざけるんじゃねえぞッ! おい!」


 怒声を合図に、左右に控える2人の顔に殺気が走り、その手はベルトのナイフに掛かった。


「こっちにもシェイナーがいるんだぞ。お嬢ちゃんのシェインの痕跡をたどったのさ。あのラディウスは俺たちのものだ。素直に渡せばよし、でないと、ちょーっと怖い目に遭ってもらうことになるぞ!」


 空気に緊張がみなぎった。

 町の騒ぎは保安局へ通報されるが、早朝の町はまだ静かだ。


 ユニスは、ちら、と晶斗に目線を送った。


「さて、どうしましょう?」


 空間移送で逃げられるけど?、と小さく付け加えたが。


「まかせろ。これも護衛戦闘士の仕事だ」


 晶斗が一歩進み出る。


 もじゃ髭はニヤニヤしながら、あご(ひげ)をなぜた。


「へえ、にいちゃんは護衛戦闘士かい? それにしちゃ細いし、ガードナイフ1本も持ってないようだが?」


「お前らなぞ素手で十分だ。かかってこい」


 晶斗は両拳を握り、ファイティングポーズを取った。なかなかサマになっている。


 ユニスは晶斗の指示通りに、後ろへ大きく3歩さがった。

 もじゃ髭からニヤつきが消えた。


「でかい口をたたくじゃねえか……迷図では動きにくかったが、今度は違うぞ」


 もじゃ髭がパンチを繰り出した。


 速い! ユニスの目では捉えきれない。だが、晶斗はすべて(かわ)している。どれだけ動体視力が良いのだろう。


 もじゃ髭の渾身(こんしん)のストレートが空気を切った。


 晶斗はもじゃ髭の腕の下をくぐり、(てのひら)でもじゃ髭の(あご)を突き上げた。


 ガキッ、と硬いものがぶつかる音。


もじゃ髭は、大きく仰け反った。

 晶斗がサッと跳びさがった。


 空白にも似た一瞬が過ぎ――もじゃ髭は、ぐらりと傾き、右肩から地面に倒れた。地面にバウンドした衝撃で覚醒したらしく、両手で顎を押さえ、背中でのたうちまわっている。


「ああっ、アニキが!」


 手下の1人がもじゃ髭に駆け寄った。


「野郎、よくもっ!」


 もう1人はその場でベルトから短剣を引き抜いた。両手遣いの短剣投げだ。振り向きざまに、晶斗めがけて投擲(とうてき)する。


 晶斗は動かなかった。

 真後ろに、ユニスがいたから――短剣が飛来する、その瞬間が、ユニスの眼に焼き付いた。


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