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011:テストその⑤

 どこまでも淡い虹色の空間。

 輝きの源はそこにあった。


 水晶玉のように透明な珠。中心に黄金色の炎がちらつき、全体からまばゆい(オーラ)を放つ小さな太陽。


「おい、これって、光珠(ラディウス)じゃないか!?」


 晶斗がすごく驚いている。


「あ、知ってたの? やっぱりすごいお宝なのね!」


 ラディウスは、遺跡に関する伝説の一種だ。

 喜ぶユニスとは裏腹に、晶斗の顔は曇ってる。


「ただ珍しいだけの宝石(いし)とはわけが違う。民間ではさばけない品物だぜ?」


「あら、レアなお宝なのは承知の上よ。だいじょうぶ、売る当てはあるから!」


 ユニスの右手は晶斗の左手を握っているから、ユニスは左手の指先でそっとラディウスに触れた。

 スー――……と光が弱まった。


 ほとんど無色透明な、中心から淡い金色の光を放つ水晶のような珠が、ユニスの左手へコロンと転がり乗ってきた。


 その瞬間、銀鈴にも似た澄んだ涼やかな音色が響きわたった。

 そして、


 ピシリッ!


 ラディウスがあったその空間に亀裂が走るや、そこから鋭い光がほとばしった。


 どんどん広がる亀裂から漏れ出る光は、亀裂を追っていく。

 さらなるヒビが生まれ、放射状に広がった。上下左右、見渡す限りの空間がヒビ割れていく。


 ビシッ!


 天空が、割れた。その亀裂のふちからはさらに細い糸のようなヒビ割れが無数に走り、左右に向かって降りていく。天空は、半球なのだ。下方の空間でも、広がった黒いヒビは果ての方から上向きに駆け上がってくる。迷図は球形に閉じた世界だった。2人はその中に浮かんでいる。


 空間が割れる音がリンリンとこだました。


 どこかで誰かが怒鳴っている。聞き覚えがあるダミ声だが、空間がヒビ割れる音にまぎれて意味はわからない。どうせユニスの悪口だろう。


 崩壊する迷宮は危険だが、あいつらには存在を隠しながら空間を歪められるほどのシェイナーが付いている。ユニスが心配しなくても遺跡の外へ出るだろう。


 ユニスは思いっきり、明るい声で笑ってやった。今ならあいつらにも、こちらのように聞こえるはずだ。


「脱出よっ!」


 無数の亀裂に埋め尽くされた球体世界は、世にも美しい音色を奏でつつ崩壊した。


 果てを失った迷図の空間が、(あかつき)色の光で満ちる。夜明けを迎える空のように。

 ユニスは晶斗と手を繋いだまま、足から降下した。風圧は感じない。勢いもゆるやかだ。

 周囲を漂う空間のカケラは、砕けたガラスの破片さながらキラキラ光り、流れていく。


 ユニス達と同じ方向へ。


 一際大きな破片が近くへ漂ってきた。


 灰緑色に曇ったカケラは奇妙に震えている。そこには小さな風景が映し出されていた。遺跡の通路のどこかだ。豆粒大の影が3つ。それがズームアップされた。かろうじて顔の見分けがつく。砂漠の砂で汚れた風体の男たち。四角い箱にしがみついてわめいている。


 ひとりが、ハッと顔を上げた。


「おまえら、よくもやりやがったなっ!」


 特徴的なダミ声だった。

 砕けた『風景』でも歪んだ空間は繋がるらしい。


「あの人たちよね。あの紅い変なやつは」


 ユニスは首をかしげた。晶斗と格闘した紅男達の姿は空間以上に歪められていた。こうして肉眼で見た人間と同一人物かといわれたら、確信が持てない。


「3人だし、たぶんそうだろ。シェイナーらしいのがいないな。シェインの装置を使ったなら、あの箱かもな」


 しゃべっている間に破片からその風景は薄れて消え、やがて他の破片にまぎれてわからなくなった。


「もうすぐよ」


 ユニスは両手で晶斗の左腕を掴みなおした。


 晶斗よりも一瞬早く、視えない地へ足を着いた。

 すぐに晶斗も着地した。


 世界を染めていた水色の光が消えた。


 いきなり体が重くなった。重力の復活だ。

 上には天井、足下は床。苔緑色の壁はぼんやり淡い光を放つ。

 ここは遺跡内部の通路。


 初めに迷図の入り口を開けた、元のT字路の突き当たり!


「走って!」


 ユニスが叫び、2人で駆け出した直後、後ろで壁がボコリとへこんだ。


 壁や天井が崩れた。サラサラと、乾いた砂のように微細な七色の粒子に分解され、跡形も無く消滅していく。崩壊が追いかけてくる。異空間であった迷図の崩壊が、外殻の遺跡に及ぼうとしている。


 巻き込まれたら、たどるのは同じ運命だ。


 左手を晶斗の右手と繋ぎ、走りながら、ユニスは右手を一振りした。


 前方の床にポッカリ、黒い穴が開く。

 2人そろって、足から飛びこんだ。


 暗くせまいトンネルはまっすぐ下へ延びている。

 ふいに、明るくなった。


 迷宮が透けた!


 外が見える。まだ夜の砂漠。


 月光を透過させた遺跡の外殻は、空中に浮かぶ紫水晶の山のよう。二つのピラミッドを上下にくっつけたような形の『正八面体』だ。


 はるか眼下の砂丘に、紫水晶色したシルエットが映っている。遺跡内部を巡る無数の回廊は、蜘蛛の糸で編み上げた繊細なレース模様を描いていた。


――なんてきれいな……。


 遺跡の影に見とれたユニスは、すぐに頭を上げた。


 強い視線。


――誰かが視てる!?


 どこ? 上のほう。右。さらに上……。


「あそこ! 人がいるわ!」


 透けた遠い通路の一角に黒髪の男。砂漠用の白いコート、左手には長剣。遺跡地帯では護衛戦闘士ともども、たまに見かける服装だ。


「あの格好は魔物狩人だ。あいつがシェイナーならさっきの奴らの仲間だろう」


晶斗の推測を聞いている間中、ユニスは強い視線を感じた。


「たぶんそうね」


 透視で『視られて』いた。白い狩人はユニスと晶斗を観察していた。ユニスの使ったシェインと晶斗の行動、そのすべての情報を取られたと、直感した。


 白い狩人の顔は、大きな黒いバイザーで鼻の下まで隠されている。

 なのに、ユニスは執拗な視線を感じた。まだ透視もされているようだ。


――なによ、この人……!


 負けじと、ユニスは『視て』やった。

 すると、シェインの目が――互いに透視をしている『視線』が、ぶつかった。


 目には見えない空間で、冷たい火花が散ったような気がした。


 一瞬、ユニスには、バイザーの下が透けて視えた。目の色は深く、恐ろしく整った顔貌だ。どこかで出会ったような、懐かしいような気がするなんて……!?


 背筋がゾッとして、寒くはないのにユニスはブルッと震えた。


「ほんとうにあの人が、紅男たちの仲間のシェイナーなのかしら……?」


 通路が崩壊していく閃光とともに、白い狩人の姿は消え去った。

 なんて強烈な印象! 見ていたのは、数秒なのに。


「あの変な男たちとはちがって、すごいハンサムな人だったわ」


 ユニスが素直な感想を述べたら、晶斗は力の抜けた笑い声をたてた。


「でかいバイザーで顔は見えなかったぞ。どういうポイントで透視してたんだよ?」


 呆れた晶斗の言葉が終わらぬうちに、落下速度がいきなり遅くなった。


 靴裏で砂が動き、ザクリと鳴った。

 崩壊した迷宮の、最後のチリは、虹色をした光となって地に降りそそいだ。


 遺跡は消えた。地上にシミひとつ残さずに。


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