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010:テストその④

「ぐおおッ!?」


 腹を押さえた大紅男が膝をつく寸前、晶斗はその両肩へ手をつき、跳ね上がった。


 高く、飛んだ。

 重力の少ない迷図でこそなせる技。

 空中でとんぼ返り。大紅男から遠く離れて着地し、すぐに走り出す。


 ユニスとはまったく逆の、方向へ。


 ユニスは目を閉じて走っていた。路は平らで硬い。ショートブーツのヒールでカツカツと音がする。どうせ肉眼では見えない路だ。晶斗の様子を透視するにも、目をつむっているほうが(らく)だし。


 晶斗は戦闘を終えた。ユニスは、もし晶斗が不利になったら、遠回りになっても遠隔で空間を歪めて助けようと考えていた。が、晶斗は見事に紅男たちの攻撃をかわして彼らの真後ろへ移動し、正しい方向へ進んだ。


――やるじゃないの!


 ユニスは目を開けた。


 銀色をした雲みたいな星屑の集合体が、フワ~リフワフワ、飛んでいく。

 天も地も果てがない。肉眼では晶斗はおろか、(ぼう)(よう)とした空色の空間しか見えない。ここは紅男達の影響を受けていない、元来の迷図らしい空間なのだ。


 ユニスは右斜め後ろの方角へ顔を向けた。晶斗がいる方角だ。晶斗もユニスが透視で見守っていることは知っている。合流地点への行き方も教えてあった。


 大紅男が晶斗に蹴られ、倒れていた時。

 なぜ、今のうちに逃げないのかと晶斗は訊ねた。


 ユニスは彼らが通り道を塞いでいること、歪んでいる紅男たちの存在そのものが次元と空間の障壁になっていることを説明した。


「つまりね、あの紅男たちがいる限り、ここからは、わたしの考えるルートへは行き着けないのよ」


 ユニスの方に頭をかがめた晶斗の耳へ、ユニスは囁いた。


「あなたは、あの一番大きな男を飛び越えたら、まっすぐに進むのよ。わたしのいく方とは反対の方向へ。右とか左とかは考えなくて良いから、とにかく、あの男達の背後へ進むの。わたしはうんと遠回りをして合流するわ」


 丁寧に説明したのに、晶斗はじつに嫌そうな、疑惑をたたえた目付きになった。


「こんな異次元の迷図で1人きりになれっていうのか。うまく言って、俺をここへ捨てて行く気じゃ……?」


「置き去りにはしないわ。約束は守るわよ。シェインの透視は、距離は関係無いからだいじょうぶ。わたし、透視はいちばん得意なの」


 ユニスは真正面に立ちふさがる大紅男の方を指し示した。


 正確にはその向こう、真紅に塗り変えられた空間の一点を。




「はっはあ! シェイナーに見捨てられたな」


 大紅男は立ってはいたが、上半身を海老みたいに折り曲げていた。左脇腹を押さえながら、去っていく晶斗の背中へしゃがれた声を張り上げる。


「バーカめ、迷図でシェイナーとはぐれたら、終わりだ! お前はこの異次元から、永遠に脱出できない。ザマァ、見ろ。あんなガキを信じるからだ。うひゃっ、ひゃはっ、ははあ!」


 笑い声の途中で、3人の紅い襲撃者の姿は掻き消えた。


 彼らのシェイナーが、紅男達をここへ出現させていたシェインを行使するのをやめたのだ。

 その理由がユニスとのシェインによる戦いを避けるためなら、それは撤退。


 あいつらはもう迷図のこの場所へは来ない。


 ユニスは目を閉じて走りながら、声を立てずに笑った。

 これで迷図のお宝を手にする勝者はユニスだ。




 晶斗は無色透明な路に戸惑いながらも、ユニスに指示されたとおり、まっすぐ走っていた。


 だが、ここは迷図。孤独になればあらゆる音が途絶える。聞こえるのは自分の『音』だけ。耳の中でザアザアとやかましいのは自分の体内を流れる血流だ。何よりうるさいのは、激しい運動と緊張のために爆発しそうな心臓の鼓動……。




 ユニスは止まった。


 目を開けた。


 この迷図では、あらゆる場所で空間は歪み、屈折している。

 うつむいて、見つけた。


 小さな影が移動していく。晶斗だ!


「晶斗、こっちよ!」


 驚かせすぎないように声を掛け、ユニスは顔から落ちていった。


 晶斗がハッと上を向く。目を(みは)っている。落ちてくるユニスを受け止めようと、両腕を広げている。


「ええ、ちょっと、親切すぎ……!?」


 ユニスは焦った。早く目的地へ行くための方法を企んでいたのに、真正面から抱き留められたら、勢いが止まっちゃう!


 いや、あきらめるのはまだ早い。


 落下コースを軌道微修正!

 真正面からの衝突回避!

 ユニスが左腕で晶斗を掴んでうまく引っ張れば……――!!!


「ぐわッ!?」


 晶斗の苦鳴。


 ユニスが横へのばした左腕は晶斗の喉元へぶつかった。

 晶斗は晶斗でユニスを左腕でとめたが、勢いに負けて背後へのけぞり倒れた。

 そして、うしろの空間には、足場が無かった。一応、その方向へいくのはユニスの予定通りなのだが。


――角度がちょっとまずかったかしら?


 ユニスは晶斗の首に左腕を回してしがみつき、晶斗はユニスのウエストを左腕で抱いている。お互いに衝突するまいと気を遣った結果、こうなった。

 落ちていく方向から風が吹き上げてくる。


 晶斗は何も言わない。


 ユニスの長い髪が上にたなびいていた。耳の側では風がゴウゴウとうなっている。


――やだ、なんか気まずい。


 なんて言おう。


 ずっと透視していたのに、だいじょうぶだった? では変だろう。ケガはないかと訊くのも同じだ……。


 左腕でユニスを抱きかかえ、ガチガチに固まっていた晶斗が、腕の力をフッと緩めた。


「おいおい、お嬢さんのくせにすごい合流の仕方をしてくれるじゃないか。それで? どこまで一緒に落ちる気だ?」


 軽口を叩けるようなら、だいじょうぶだろう。


「あら、見る角度を変えれば、わたしたちは上昇しているのよ。目的地はこの先にあるの」


 ユニスが晶斗の顔のすぐ傍でささやくと、晶斗が表情を強張らせ、ゴクリと唾を呑み込んだ。ユニスと合流しても、まだ迷図の中。警戒を解いていないのだろう。


 空間の色は刻々と移り変わる。


 空色から緑、濃い青、紫へ、さらにオレンジ。


 はるか下方を見下ろせば、七色の光が入り交じった底知れぬ空間だ。


「これが迷図か……!」


 晶斗が唇をわななかせた。


「そうよ。ここは遺跡の中に在る一つの世界。異次元に閉じた小さな宇宙なの」


 ユニスは晶斗を少し押し離そうとしたが、晶斗の腕はビクともしない。


 じつは怖くてユニスにしがみついているのだろうか?――黙って周囲を眺めている晶斗の横顔からは怯えや不安は推し量れない。


――まあ、いいか。普通なら、遺跡の中は怖いわよね。


 ユニスはしばらくそのままでいることにした。


 晶斗から顔を背けたら、元来た方が目に入った。


 澄んだエメラルドグリーンの輝く雲が渦巻いている。ユニスが眺めているうちにその周囲から青い闇が忍び寄り、エメラルドグリーンの雲を深い(あい)(いろ)に変えてしまった。


 藍色の雲の中で、銀の星屑がきらめいた。


 ユニスの視界に映るすべてが藍色の雲に変じた次の瞬間、黄金の光が爆発した。

 銀の星屑に、輝く金の粒が加わった。金粒は漂って銀の星屑と混じり合い、そこかしこで小さな渦巻きをいくつも形成した。


 無数の小さな銀河の誕生だ。


 小銀河たちが動き始めた。小さな流れがより集まり、ゆるやかに大きな流れへとまとまってゆく。シェインの透視でしか捉えられない、迷図の中にある目に見えないエネルギーの潮流だ。


 集まった小銀河の集団が、巨大な銀河へ成長する。大きな渦を巻き始めた巨大銀河の中心から、輝く糸が伸び出した。糸はまっすぐ天上へと伸び上がり、途切れなく吸い込まれていく。あたかも逆さまの砂時計から輝く砂が落ちるように。


 ユニスがそろそろウエストから晶斗の手を外そうと小さな努力を始めたとき、落下あるいは上昇かもしれない速度が、急速に増した。


 ユニス達の周囲を漂っていたこまかな星屑が飛び去った。

 晶斗の手が緩み、ユニスは晶斗の両手を取った。


 互いの両手を握り合って、向かい合った。右回りにゆっくりと、大きな()(せん)を描くように回転しながら、降下する。それは水のなかへ潜るのにも似て、ひどく(かん)(まん)に感じられた。

 星の満ちる藍色の宇宙が、下の方から白くかすんだ。


 夜明けの始まりのように。


 いつしか周囲に散った小銀河の群れは、薄明に呑み込まれて色あせた。

 とん!、と、ユニスの足は見えない地を踏んだ。上になびいていた髪がふんわり肩に降りると同時に、晶斗が着地した。


 晶斗はユニスの両手を離さない。止まったけれど手を離して大丈夫なのか、わからないのだろう。


「あいつらを出し抜けたわ。ここが目的地よ。こっちね!」


 ユニスはゆっくり手を離した。眩しそうに目を細める晶斗の左手を取り、歩き出した。

 目指すはこの明るさの源だ。


 着地点からきっかり10歩。


 突然、カーテンを引き開けたように、まばゆい輝きが目を射た。


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