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008:テストその②

 通路は真の暗闇ではない。

 だが、いまはユニスのすぐ後ろに立つ晶斗の顔さえ見分けられない。


――晶斗はあまり驚いていないみたい……?


 迷宮でいきなり暗闇に包まれた不安と恐怖も、ユニスのテストから逃げ出すという選択の後押しにはならなかったらしい。


 ほどなく、床や壁や天井の輪郭が、うっすら見えてきた。

 そこかしこがほのかな苔緑色(モスグリーン)に光り出す。


 暗さに目が慣れてきた。

 うすぼんやりだが次の曲がり角まで確認できる。


 ユニスはT字路の突き当たりを背にした。ぶつけた光球が消滅した位置はここで間違いない。


「遺跡の中には、さらに特別な空間があるの――『迷図(メイズ)』を知ってる?」


 遺跡に馴染みある護衛戦闘士なら、噂を耳にした事くらいあるだろう。


「遺跡のどこかにあるという『迷宮の中の迷宮』だ。遺跡地帯に伝わる伝説で、実際に見た者はいないという話だが?」


 晶斗はユニスの方を向いていた。


 まるでユニスがはっきり見えているみたいだ。暗さに目が慣れるのはユニスよりも早かったということか。それだけ遺跡内での活動に慣れている証拠だろう。


「ええ、シャールーン帝国の民間伝承よ。『迷宮の中の迷宮』は遺跡の中のどこかにあり、透視の得意なシェイナーでもめったに見つけられない、次元と空間が遺跡よりもなおずれた領域のこと。運良く見つけたシェイナーがいても、おおやけにはならないし、発見されたお宝も、稀少すぎて一般には流通しないという……遺跡地帯の伝説ね」


 ユニスが説明すると、晶斗はうなずいた。


「その通りだ。『迷図』は実在するが、探索はどこの国でも軍の管轄下にある。その情報を、君はどこから仕入れた?」


 どうやら晶斗も、一般には流通していない情報を持っている。


 ユニスはどこまで話そうかと考えながら、口を開いた。


「シャールーン帝国の軍関係でないことは確かね。あとは遺跡の情報誌かしら。レア・アイテムの噂話の特集号とかよ。わたしはシェインで透視するのが得意なの。だから、遺跡の中で見かけたこれが『迷図』だとわかったわ。見つけるのは大変だけど、見つければあとは入るだけだもの」


 半分本当で、半分は嘘。


 雑誌には、シェイナーが迷図に潜る方法までは載っていなかった。

 晶斗の言う通り、迷図についての情報は軍事機密級の扱いとされている。実際に発見された迷図の記録を知っているのは、軍関係者か遺跡専門の研究者くらいだろう。


 ユニスは晶斗に背を向け、壁に両手を当てた。継ぎ目の無いなめらかな壁面は、温かくはないが体温より冷たくもない。


 シェインによる『索敵(サーチ)』――目には見えないシェインの『目』と『手』を伸ばし、壁の向こうを探査する――と、指の透き間が淡く光った。指先が、ピクリと動いた。

 反射反応! シェインの指先が、予想外の異質な何かに触れた!


「どうかしたか?」


 晶斗に気付かれた。

 ユニスは、ええ、とうなずいた。


「生命体の気配があるわ。たぶん人間が複数」

「別の入口からの盗掘者だな。未踏破の遺跡は早い者勝ちだから。――で、どうする?」

「なにが?」


 ユニスは何について訊かれたのかわからなくて、一瞬戸惑った。お宝を入手する計画以外に考えていたことはない。


「相手は遺跡探索のプロだぜ。こっちは丸腰で、ガードナイフの1本もない。もしやり合うことになれば危険が大きい。探索をあきらめて撤退するか、無理やり進むか、どっちを選ぶかってことさ」


 晶斗はわかりやすく訊き直してくれた。ユニスが口ほどには遺跡慣れしていないと看破した上での進言だ。頭ごなしに危険だから引き返せとは言わない。


「ここはわたしが見つけたのよ。採掘の権利はわたしにあるわ」


 親切には感謝するが、子供扱いにはムカついた。

 遺跡地帯での採掘争いなど日常茶飯事。ユニスだってそれくらいわきまえた上でここへ来ているのだ。

 逃げたいなら、晶斗だけ空間移送で遺跡の外へ脱出させてやる。


「迷図にあるという、すごいお宝を取れば、迷図は崩壊するそうよ。それは迷図の核であり、遺跡の核でもあるの。内部が崩壊すれば、とうぜん外郭である遺跡全体が崩れるわ。だからお宝を取ると同時に、脱出しなければならないわ。でも、わたしは取りに行くわよ」


 さあ、どうする? と、今度はユニスが、晶斗を見据える番だった。


 晶斗は困惑を隠さず、ユニスの視線を受け止めた。


「いい根性だな。相手が襲撃してきたらどうする気だよ?」


 溜め息混じりだ。それでもユニスの意思を尊重してくれている。


「平気だわ。あなたはわたしに付いて来ればいいの。ここまで来たら一緒に走るのよ!」


 ユニスは右手を差し出し、晶斗はためらうことなく左手で掴んだ。


 そうそう、そうこなくちゃ!


 タン! と、ユニスは左手で、壁を一打ちした。


 壁が、光った。光が壁面から漏れ出してくる。まるで苔緑色の絵の具が水にゆらゆら広がるように、ユニスと晶斗の周りを染めていく。

 次の瞬間、視界が、パァッ! と明るくなった。




「ここは……?」


 晶斗の呟きを聞きながら、ユニスは何度も瞬きした。


「おい、もう……ここは迷図の中か?」


 晶斗の手が震えている。――ごく、かすかだが。

 まずい、ちょっと脅かしすぎたか。


「そうみたいねー。不思議な空間だわ」


 ユニスは、初めて見る光景だ、というコメントは付け加えずにおいた。 


 360度が明るい空のようだ。

 天も地も果てが無さそう。

 そこかしこに様々な色をした光の小さな塊が雲のようにふわふわ漂い、チラチラ光る。


 それらが星々なら、ここは明るい空色の宇宙だ。


 微風が頬をなぜていく。

 迷図という異次元の空間で、風はどこから生まれるのだろう。


「みたいって……おいおい、本当に、大丈夫なんだろうな?」


 ユニスと晶斗は、宙に浮いていた。


 いや、浮いている、というのは正確ではない。


 足下を踏めば、硬い。足場は在るのだ。ただ、天井と壁らしきものは無し。床は、あるとしても、完全に無色透明だ。肉眼で見る限り『空中』にいるとしか思えない。

 だが、『(みち)』はここにある。


「あはは、以前見た迷図とちょっと違うなーって、思っただけなの。だいじょうぶよ、わたしを信じて。シェインの透視で、ルートはちゃんと視えているから!」


 ユニスは、つとめて明るい声を出した。


 じつは、遺跡で迷図を見つけるのは、これが二度目。前回は知識不足もあってお宝の奪取に失敗、遺跡は崩壊した。ユニスは無事に脱出できたのでここにいるわけだが、そこまで詳しく晶斗に説明せずともいいだろう。


「……本当だろうな」


 ちょっぴり不安そうな声。チラリと見たら、晶斗は膝も震えていた。

 ユニスは見なかったことにした。

 いつ異次元へ滑り込むともしれぬ遺跡の中で、緊張するなという方が無理だ。


「さーて、どちらへ行こうかしら、と!」


 ほんとは何も考えてないだろ、と、ぼやきが聞こえたけど、気にしない。


 さあ、どちらへ行こう。


 目印(ランドマーク)になるようなものは見当たらない。これでは肝心のお宝の在処さえわからないではないか。


 いや、ユニスよ、あきらめるのは早過ぎる。

 何かを感じるからここへ来たのだぞ?


 上を見て、下を見て。

 右を見てから左を見たら。


「あら?」


 はるか遠くで、淡紅色がきらめいた。


「あ、動いた?」


 すーっ、と、こちらへ近づいて来る。さほど大きくもない、雲のような光の塊。

 ユニスの頭上までやってきて、虹色の粒子に変化すると、キラキラしながら消えていった。


 また別の方から、銀色の光の雲が漂ってきた。


 ユニスは掴もうとした。だが、光は捉えどころがない。

 あきらめて手を引っ込めたら、銀色の光の雲はどこかへ流れていった。

 意識を集中。ユニスをこの迷図へ引き寄せたのと同じ『シェイナーの勘』は、気になる方向と同時に、もう一つの事象の存在を告げている。


――こういうときこそ落ち着いて、自分を信じなくちゃ……。


 ユニスはピンと背筋を伸ばした。


「あっちへ行くわよ。人の気配がするわ、急いで!」


 人の気配は、ユニスが前を向いて視界に入るぎりぎり右端の方向だ。

 目の端に、チラリ、ゴマ粒のような影が瞬いて、消えた。


「例の先客か!?」


 と、手から伝わっていた晶斗の震えが止まった。ユニスは驚いて、晶斗を振り向いた。晶斗の顔に見えたのは怯えではなく、紅色のオーラにも似た『闘気』だ!


「え、あの、あなた、闘う気なの?」


「まさか! 俺は素手だぜ。でも、護衛戦闘士の仕事はできるさ。まかせとけ!」

 ニッと笑った晶斗は、震えるどころか嬉しそうだ。


 ユニスは首を傾げそうになった。晶斗という男が変わっているのか、それとも護衛戦闘士は皆こういう反応をするのだろうか?


「いいわ、よくわからないけど、手を離さないでね!」

「わかった!」


 重力はより少ないから、身体が軽い。ユニスが軽く引っ張れば、晶斗も疾走するユニスと同じ速度で、飛ぶように移動する。


「次、右へ行くわよ!」


 ユニスが指示する方向へ、晶斗が顔を向けた。眼を凝らそうと、シェイナーではない晶斗には迷図の路が見えるはずもない。


 はるかな空間。微風だけがきらめく光を運んでいく。

 来た路を振り返れば、点々と付いた足跡が水色に光っていた。

 空色の宇宙みたいだった空間は、いつの間にやら淡い緑色がかり、光の雲は銀色の星屑めいたものばかりが漂うようになった。


「景色が変わったな」

「不思議な光景ね。わたしも初めて見るわ」

「そうか、初めて……ええッ?」


 晶斗の悲鳴は、今度こそまぎれもない恐怖に(いろど)られていた。


 ユニスは晶斗の手を強く握った。


「いえ、今のは気にしないで! ほら、次は左へまっすぐよ!」

「い、いやいやいや、ちょっと待て、君、迷図の探索するのが初めてなんか。この空間が何なのか、本当にわかっているのかよッ!?」

「ここは迷図だから、だいじょうぶだって!」

「その自信はどこから来るんだ?……わッ!?」


 ユニスの力でも左手1本で晶斗を軽く引っ張れるのをいいことに、疾走しながらひっきりなしに方向転換した。


 右、左、ナナメ上。曲がって落ちて、三歩戻り、見えない地を蹴り上がる。まつわりつくわずかな重力を振りきっての垂直上昇――――。


 途中、何度も曲がったヘアピンカーブでは「おわっ!」とか「うぐっ?」「ひええッ!?」という晶斗の悲鳴が。でも、悲惨な響きじゃなかったから、きっとだいじょうぶ。気にしないことにしておく。

 上昇する途上で、はっきりとした異常を感知。

 進行方向のずっと遠く。

 人間の気配3人分!


「いた! やっぱり誰かいるわ。……あれ?」


 ユニスは急停止した。空いている左手を前方へ伸ばす。空間の感触?……いや、気配だ。シェインで感じる『空間の匂い』とでも表現しようか。


 晶斗もユニスと一緒に止まろうとした。ところが、見えない路に足を着けていたユニスと違い、半分浮いて飛んでいたから慣性を殺しきれず、ユニスよりも前に飛び出た。晶斗は大慌てで、ユニスの右腕を両手で強く掴んだ。ちょっと痛い。


「うわっと、すまん。ここがその、お宝のある、終点か?」

「ちがうわよ」


 ユニスは、晶斗がジタバタしながらまっすぐ立つまで待った。ギュッと掴まれた二の腕がけっこう痛い。これが知らない相手ならシェインを使って三倍返しするところだが、不可抗力の相手を怒るほど子どもではない。


「いえ、こっちこそ、急に止まってごめんなさい。信じられないけど、わたし、誰かとぶつかったのよ。あるはずのないルートでね。ほら、そこ!」


 ユニスが指差した近くの空中から、


「やいやいやい、そこのてめーら!」


 聞き覚えのないダミ声が、()えた。


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