表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/58

000:緑の霧

 ひと抱えはある透明な探査球(たんさきゅう)

 中心に光が集まる。

 歪んでいた色彩が形となり、映像を結ぶ。


 緑の惑星(ほし)だ。

 その名は『ルーンゴースト』。

 惑星表面積の1/5を占める大陸が拡大され、その1点に、ポツリ、(とも)った光が輝き始める。


 光は大陸を()み込んで、ついには探査球いっぱいに膨れ上がった。




羅針盤(コンパス)起動、現在地を確認。理律(シェイン)波動(ウェイブ)、安定していますが、過去のサンプルデータに一致するものはありません。遺跡(サイト)の面積は、巨大。予測値も、不明……!?」


 観測手の声は緊張で震えている。

 眉間にしわを寄せた隊長の顔が、探査球の表面に映り込んだ。


「こいつは……神話クラスの迷宮かもしれんぞ。全員、レンズをおろせ」


 20名の隊員がヘルメットからバイザーを引き下ろした。顔面が黒いレンズで隠される。黒い戦闘服と重装甲(ボディアーマー)、左腕には肩部装甲盾(ショルダーシールド)(つや)のない盾は肩から手首までを(おお)う。


 これほど重装備な先遣隊が出るのは(まれ)だ。

 ルーンゴースト大陸二大国家であるシャールーン帝国と東邦郡(オリエント)の合同チーム。


 両国家の上層部は、この遺跡が極めて貴重なものと判断した。

 この機会を(のが)すまじ――そして、第一級の緊急召集がかけられたのだ。


 シャールーン帝国の軍はまだ到着していない。

 いるのは東邦郡のメンバーだ。それも陸軍と民間会社に、フリーランスの集合隊。ともあれ全員、遺跡探索においては経験を積んだ強者ぞろいだ。


「出現から1時間経過、起点を現在地にマーク。ここです」


 観測手が指先で光る球面の一点を示した。


 人の想像を絶する『遺跡』は、太古から存在したという。

 その正体は解明されていない。

 この第七銀河の太陽系には、超古代文明の痕跡がある。


 かつて銀河を席巻して滅び去ったという『地球』の伝説だ。


 遺跡はその遺産とも、または異次元の遊泳物(ゆうえいぶつ)という説まであった。

 怪しい噂は数知れず、真実は時間の彼方に眠っている。




 調査済の遺跡は、ありふれた鉱物性岩石の(かたまり)でしかない。

 だが、新しく出現する遺跡は、解析不可能な未知の物質だ。そのどこかには人間が出入りできる『(ゲート)』があり、迷宮が隠されている。


 迷宮とは、人知が及ばざる謎、果てしない異次元に続くとも囁かれる未知の空間なのだ。


「隊長、固定化するには出発時間の限界です。やはり本隊の到着を……」


「待てないな。俺達だけでいくしかない。よし、空間センサーの波形に注意しろ。先頭には俺が立つ。万が一の時は俺を見捨てて逃げろよ、怒らないからな!」


 隊長のおどけた物言いに、軽い笑い声が上がる。

 が、すぐに空気は張り詰めた。危険を知るからこその軽口だ。それは皆もわかっている。


 その時、探査球が新たな計測を告げた。


「空間の歪曲周波数(わいきよくしゆうはすう)、安定しています。索敵機(ジャイロ)、三層目まで移動中。生体反応、無し!」


「よし、出発だ!」


 隊長の号令一下、黒い装備の男達は一列になり、進行を開始した。


 薄暗い通路は、壁も床も天井も、灰色がかった苔緑色(モスグリーン)だ。高い天井はアーチ形、通路の幅はおよそ三メートル。周り中が濡れたように光っている。


 足音はほとんど聞こえない。継ぎ目の無い壁や床を構成する謎の素材が、あらゆる音を吸収するのだ。静かな通路に満ちるのは重苦しい空気だけ。


 突然、前方の薄闇が密度を増した。


 センサーに反応! 


 肉眼では()えない空間の歪み。レンズの視野の右側がスクリーンに切り替わる。捉えた対象の解析終了まで千分の一秒、3(スリーディー)展開図として表示された歪みの部分は、黄色く光る点線で囲まれていた。


 次の瞬間、映像が真紅に変じた!


「逃げろ!」


 隊長が叫び、全員が(きびす)を返して走り出す。

 薄闇のそこかしこから、発光する緑の霧が湧き出してくる。


 探査球前にいた観測手が絶叫した。


「歪曲周波数、異常! 囲まれていますッ」


 緑の霧が密度を増す。通路の先は(よど)んだ沼のようだ。チラつく粒子は動き出し、そこかしこで小さな渦巻きを生じさせた。


 起点へ戻った一行は、探査球を囲み、狭い場所で折り重なった。


 しんがりが起点へ辿り着いた時、緑の霧は追ってこなかった。


 探査球には、周囲の空間を安定させる機能がある。個人装備の歪み避けが効かない空間異常でも、大型の探査球周辺ならまだ安全だ。


 皆で通路を振り返った。


 全員が、息を呑んだ。


 緑の地獄さながらに渦巻いていた霧が、静止していた。


 そうして見る間に、緑色が薄くなっていく。まるで漂白されるように、色を失っていく。

 すっかり白くなった霧の粒子は落ち始めた。


 サラサラ、サラサラ……音がする。それらは床へ着く前にすべて消えた。


 通路が、晴れた。


再走査(スキャン)だ!」


 隊長が指示する。

 他の隊員と一緒に霧の方をポカンと眺めていた観測手は、慌てて探査球を確認した。


「オールクリア。異常無し!」


 あちこちで、ホウ、と安堵の息が吐かれた。


「よし、小休止だ。これでしばらく次は出ないだろう。5分経ったら出発だ」


 隊長の指示に、隊員達がバイザーを額へ押し上げた。互いに顔を見合わせ、笑いあう。


「全員いるな」


「ほとんど進んでいないぜ」


「あれ? おい、シリウスはどこだ?」


 まさか、あいつ、はぐれたのか?

 おーい、どこだ!

 シリウスはどこにいる?


「おい、俺はここにいるぞ」


 初めは笑って応えていた。

 ところが、すぐ側に立つ隊長の肩を掴もうとした手は隊長の体をすり抜けた。


 探査球は全方位を走査した。


 結果は、オールクリア。

 緑の霧はとうに去った。

 通路は安全。

 いかなる異常も存在しない。


 すべてが正常。


――俺だけ時空間の位相が違うのか!?


 何故だ。


 緑の霧には触れていない。

 隊列では隊長のすぐ後ろにいた。


 呆然としている間に、遺跡探索は遭難者の捜索に切り替えられた。


 踏破は失敗だ。

 

 シャールーン帝国からの本隊の到着は間に合わない。

 ほどなく時間の限界がくる。

 人間が遺跡に滞在できるタイムリミットが。


「ジャイロからの生体反応は無し。この遺跡には、もうシリウスは存在しません」


 報告が隊長に届けられた。


 そのすぐ横で、すでに存在しないとされた本人が聞いているとは知らず。


「遺跡に喰われたか」


 隊長の声は苦渋(くじゆう)に満ちていた。

 そして、最後の決断が下された。


「捜索はこれまでだ。撤収する」


 目の前で隊長が宣言するのを聞いた。


 仲間が門から出て行くのを見た。


 同じように、何度も門から出ようとした。

 その度に空間はループして、門の内側の通路に戻り――そして……。


 (ひと)りになった。


 人為的に固定されなかった遺跡は、時間の限界がくれば異次元へ帰還する。


 それでも、一縷(いちる)の望みはある。

 歴史上の記録では、人間が目印を付けている最中に異次元へ消えた遺跡が、再び遺跡地帯の違う場所へ出現したこともあったという。


 ただし、それが何時(いつ)になるのか……明日なのか一瞬後か、数ヵ月先か。

 あるいは何年も後かは、誰にも予測できない。

 見つけてもらえない可能性の方が高いのだ。


 もしかしたら……永遠に。






 ルーンゴースト大陸共通暦3323年。

 シャールーン帝国暦:月の世紀12023年。


 シャールーン帝国・東邦郡合同調査隊報告書:行方不明者一名:護衛戦闘士(ガードファイター)シリウス(本名:晶斗(あきと)・へルクレスト)。25歳。遺跡内で『霧の洞窟(ミストホール)』に遭遇後、行方不明。


 救助隊追記:帰還は絶望と思われる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ