推しから殺されそうです!
「おぎゃーっ!おぎゃーーっ!!」
いきなり明るくなった視界に目が眩む。
まだ目は開いてないけど。
「第一王女、クリスティーナ様がお生まれになりました!」
その名を聞いた途端、
あ、これ私死んだわ。
人生を悟った。
唐突だが、私には前世の記憶がある。
私はかつて、乙女ゲームが大好きな女子高生だった。その日は、新作の乙女ゲームが手に入って、徹夜でプレイした翌日だった。
メインキャラの俺様王子を夜を徹して攻略し終わった朝、私はフラフラで学校へと出かけた。思った以上に疲労が溜まっていて、目眩がした。その際、運悪く階段を上がっていて、私は後頭部を強かに打ち付けて死んでしまったのである。
その乙女ゲームのタイトルは、
「あなたと夢見る愛に願いを」
舞台は王城。
王子の妃を決めるために魔力持ちの娘たちが呼ばれる。ヒロインは平民だが、莫大な魔力を有するため特例として招待されたのだ。
攻略者は5人。
俺様王子と、中性的で儚げな王女の護衛騎士、ミステリアスな魔術師に、ドSな宰相、ワイルド系騎士団長。
おい、騎士被ってんじゃねーか!
と思った私だったが、2人のキャラは全然被っていなかった。
護衛騎士の名前はグレース。平民出身とのことで、ミドルネームとファミリーネームはなかった。平民出身の彼がなぜ王女の護衛騎士なんてやっていられるのかというと、王女のお気に入りだったからだ。グレースは銀色の髪に青い瞳を持った、冷たくも見えるほど整っている顔立ちをしていた。そんな彼だから、王女から気に入られ、幼い頃からずっとつき従わされているのだ。
そんな王女は悪役として立ちはだかる。
我儘放題の美女だ。王子の妹で、王子を攻略するときも、グレースを攻略する時もライバルとして立ちはだかる。
王女はありとあらゆる手段でヒロインを阻む。他にも様々な悪事に手を染めていて、最後は処刑されるのだ。
その王女の名はクリスティーナ・エデュ・ヴァレンティン。そう、私だ。
私は、悪役王女として生まれ変わったのだ!
「姫様。グレースと申します。
未熟者ですが、これからどうかよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるのは見事な銀髪。
私は耐えきれずに思わず天を仰いだ。
ど う し て こ う な っ た 。
兄である王子と一緒に騎士団を見学していた時、銀色に煌めく銀髪が目に入った。
「お兄様、あの方は?」
ついつい聞いてしまったのだ。
そのときの兄のからかい具合といったらなかった。
あのときの迂闊な自分を呪いたい。
そして兄は100ぺん呪われろ!
自分の保身のためにはあまり関わらない方がいいのだろうけど、だって気になったんだ。
だってグレース様は私の押しなんだもの!!
前世の私はグレース様を攻略する前に死んでしまった。だから本当に事前知識しか知らないのだ。ただ分かっていることは見た目とキャラが私のどストライクということだけ!!
「….…姫様?」
何も言わない私を不審に思ったグレースが訝しげにこちらを見る。あああ、いい!いい!
「……何でもありませんわ」
私は素知らぬ顔をしてつい、と目線を逸らした。
それからの私はそれはもう頑張った。
気を抜くとにやけそうになる顔を引き締め。グレース様の匂いを嗅ごうと荒くなる鼻息を抑え。サラサラの髪を触りたくなる手を留め。
そんな平凡な日々は唐突に終わりを告げた。
隣国が攻め入って来たらしい。
予定されていた王子の婚活パーティー(ざっくり言って)も中止になった。
….…あれー?原作がログアウトしてるぞー。
無駄に平和ボケしていた我が国は実戦経験のある者自体が少なく、ボロ負け状態だ。
侵略軍は遂に王都まで辿り着いたらしい。
国民は早めにこの国から逃がした。
もうこの国に残っているのは王城の者たちのみ。
「姫様、お逃げになって下さい」
そう静かに告げるのは護衛騎士。
私は目の前の騎士を見遣る。
この6年間、ずっと一緒にいてくれた。
ふと死の恐怖に襲われた時、黙って抱きしめてくれた。
はにかむ顔はスーパー可愛くて、真剣な顔は究極にカッコイイ、私の推し。
どんな時も、私はこの人がいたからここまで頑張って生きてこれた。
だからもう、解放してあげないと。
「グレース、お前を私の護衛騎士から解任します。今までよくつとめてくれました」
グレースが目を見開く。
表情が乏しい貴方のそんな顔が見られるだなんて、役得ね。
「……それは、命令ですか」
震える声に込められている思いは私には読み取れない。
「命令です。
どこへなりともお行きなさい」
生まれて初めて命令をした。
本当はこの手を取ってどこまでも連れて行って欲しい。
それでも私は最期までこの国の王女だ。
私を育ててくれたこの国を裏切ることは出来ない。
「……そうですか。
それではーー」
グレースが迫ってくる。
私は身動きする間もなく無抵抗のままで強い力で引き寄せられる。
しまった、魔法だーー。
「貴女には、死んでいただきましょう」
やっぱり私は死ぬ運命なのね。
それでもグレース様に殺されるんなら幸せかな。
私は死を受け入れるように目を閉じた。
………。
結論から言おう。私は生きている。
何故だ!?と思う間も無く目に入ったのは
たっかい天井。そういえば私が今寝てるベッドふっかふかー。
ベッドのスプリングを感じようと全身でバインバイ運動をしていたら、丁度扉が開き、人が入ってきた。
….……見られてないよね?
恐る恐るその人の顔を伺うと、
そこにいたのは。
見慣れた銀色の髪に青い瞳。
慣れないのは目の前の人物が立派な正装をしていることだ。
ーーああ、そうか。
グレースは、隣国の王子だったのか。
私の国では珍しい髪と瞳の色も、この国ではそう珍しくない。その整った顔立ちは類稀なるものであるけれども。
正装姿に内心鼻血が出そうになるのを気合いで堪える。頑張れ私の毛細血管!
私はベッドから降り、頭を垂れる。
「今までの数々の無礼、大変申し訳ございませんでした」
首を相手に晒すことは、絶対の服従を示す。
「やめて下さい!」
グレース、いや、殿下は慌てて私の方へ駆け寄り、またベッドへと座らせる。
「謝らなければならないのは私の方です。
今まで姫さまを騙していました。私は本当はこの国の第2王子で、兄である第1王子から命を狙われ、亡命していました。その後、平民として貴女の国に紛れ、騎士となりました」
そう言って殿下は私の髪を愛おしげに撫でる。
「……最初は、このままあの国で騎士として生きていこうと思っていたんですけどね….」
「何故、私の国を滅ぼしたんですか?」
震える声で尋ねると、髪を撫でていた手がピタリと止まった。
「……貴女のことをどうしようもなく欲しくなってしまったからですよ」
涼しげな容姿とは正反対に、瞳は燃えるように熱い。私は推しから真摯に見つめられ、顔を赤くして目をそらす。
「貴女を愛しています。
王女としてではなく、
どうか、妻として私と共に生きてください」
どっどっどっ。心臓が全力疾走した後みたいに動いている。
私はもういっぱいいっぱいで目を回して倒れた。
推しから萌え殺されそうです!
実は戦争での被害はあったものの、死人は出ておらず、両親や兄も無事に避難していて、戦争とは名ばかりのもので、第一王子を討つために第二王子が仕掛けた戦だと知るのはまた別の話。
読んでいただき、ありがとうございました!