ヘルさんはサキュバス
お前はサキュバスをなんだと思ってるんだというのは密に
「実はここの主であるディーヴェルシアはアイドルになりたいらしい」
ゴブゾウとヘルさんは驚いたような顔でこっちを見るが具体的に言葉を発することは無くハラハラと見守っている。
「アイドル……?」
レベッカは怪訝そうな面持ちだが、その奥に好奇な感情があると見た。
そうだ。さっき俺に話しかけた時もそうだが、目新しいものに対する嗅覚と言えばいいのか。そもそも魔族に商売を仕掛けているのだ。理解さえ得られれば、きっと人間側の良き協力者となってくれる、と俺は見た。
まあ、確証はないんだが。だから、俺は出来うる限りの熱意をもって、アイドルについて説明した。
「そう言えば名前をお聞きしても」
「阿崎隆斗だ。アザキが姓でリュートが名前になる」
「なるほど、ではリュートさん、と」
ヘルさんがお茶を淹れて、どしりと腰を据えて話を始める。
「なるほど……戦い以外の道を。その為にダンジョンマスター自らが広告塔として立つ、と……くすっ、あの方は相変わらず面白いですわね」
上品な仕草でくすくすと笑うレベッカ。
「その、レベッカとしては大丈夫だろうか。既得権益の問題とか」
「あら、心配してくださるのですか? ですが大丈夫ですわ。需要というのは日々、移り変わるモノ。それに応対し、職人たちに仕事を割り振るのがワタクシたちのお仕事ですもの……とはいえ、確かにアイドルというのがどれほどモノになるかというのは不確定ですわね。ですから、助力を約束することは出来ませんが」
レベッカは悪戯に笑みを浮かべて、ウインクを向ける。
「ワタクシたち商会の力が必要というのであれば、どうか、ワタクシをその気にさせてくださいませ」
その笑みは蠱惑めいていて、届かなくても手を伸ばしてしまいそうな色気があった。
令嬢の手練手管というのか。その在り様はさながらアイドルのようだと、ふと過った。
まあ思っただけだが。何かアイドルにならなきゃならない事情でもあれば話は別だが無理に強要するつもりもない。その余裕もないしな。
「さて、そういうお話であればお聞きしたいのですけれど……」
「何だ?」
正直、今手詰まりだからな。その疑問が何かのとっかかりになるかもしれない、とその言葉を待つ。
「ヘルさんがその『アイドル』を務められない事情でもおありなのですか?」
「ヘルさんが……?」
何故ここでヘルさんが。
「だってヘルさんは確か上位サキュバスの一族でしたわよね」
「サキュバス……?」
まあ、そういう類の種族なんだろうなと薄々思ってはいた。やけに謙虚だが……だがそれが現状とどう噛み合うんだろうか。
「下級の淫魔族は夜、隙を見て夢に入り込んで悪さをする程度ですけれど、魔族の中でも上位貴族の部類に入るサキュバスは格が違います。さながら演劇のように振る舞いながら戦い、冒険者たちを知らず知らずの内に魅了の虜にする。他者だけでなく自己への呪いの術に長けた魔族。パフォーマンスの為に無理に無力化する必要もないわけですから、リュートさんの今望んでいる状況に一番近しいのではないか、と」
ゴブゾウに目を向けると、ゴブゾウも何か考えながらも頷いた。
「どうだろうか、ヘルさん」
俺が声を掛けるとビクッとヘルさんが飛び上がるように、目に見えて動揺していた。
「わ、わた、しは……その…………ええっと。いえ、忙しくて、ですね、ですから」
「ああ、いや。そっかそれならいいんだ。付き合ってもらってるけど、ヘルさんには色々悪いと思ってるからさ」
「そんな、隆斗さんが謝ることでは……」
「ああそうですわ。リュートさん、もう少し、アイドルのことについてお聞かせ願えないでしょうか」
ヘルさんの言葉を遮るように、レベッカが声を掛けた。
「例えば、そうですわね。衣装のこと、などどうでしょうか」
「ああそうだな。俺の世界では……」
俺はそれに乗って、紙で色々と書いたりして伝える。
「まあ、スカートが随分と短いのですわね」
「受け入れられないもんだろうか価値観的に」
「いえ。確かに少しばかりはしたないかとも思いましたれど、たいへん可愛らしいと思いますわ……なるほど…………」
レベッカは割と乗り気で、しばらく話し込んだのち、迷宮を後にした。
それからしばらく、ヘルさんと再びダンジョン内を巡って、新たな人材を探し回った。
ヘルさんの口数が少なくなり、多少、交渉に苦労はしたがゴブゾウが何とかフォローしてくれて、事なきを得た。