傭兵と商会
トリッシュの伝手を頼り、何とかおっちゃんと連絡を取ったかと思ったらすぐにどこでもド……前にも見た扉から出てきた。
「久しぶりだな……まさかこんな形で会うことになるたあ夢にも思わなんだ」
そうだな、俺もだよ。
「てかおっちゃん、結婚してたんじゃなかったっけ? 嫁が五人いるとか言ってたよな」
「不潔です……」
「うーんいや、まあそんな悪いもんじゃないんだけどね、ボクたちにとってみればお母さんがいっぱいいるくらいの感覚というか」
ニナは拒否反応を示しているが、トリッシュはそう悪いもんじゃないと思ってるようだ。レベッカとクリスはノーコメントか。
珍しい話ではあるが前例がないわけでもないってとこかな。まあそこはどうでもいいや。
「とはいえこっちも団を離れてる間に進められた話でな。帰ったらびっくりだよそりゃ。息子の視線はまた厳しくなるし」
「ワタクシも、行方不明だったリュートさんを探していた時期に進められていたようで……」
「……あれ? ひょっとして巡り巡ってボクのせいなの?」
「顔合わせの予定を詰めようとしたら突然、ちょっと待ってほしいとか言い出すし何があったかと思えば」
それでも立ち消えになってないあたり、抗議の家出もあんまり功を奏してないってことか。
まあでも知り合いでよかったっていうべきかね。おっちゃんからも婚約に気乗りしないんだって言ってくれれば。
「んー……」
だというのに、おっちゃんは考え込むようにして態度をあいまいにしている。
「何さ団長、まさかとは思うけどレベッカさんがあんまりにもキレイだからって、スケベ心出したとか言い出さないよね? 奥さんに言いつけるよ」
「それはやめろ」
割とマジなトーンだった。
おっちゃんは顎に手を添えて、レベッカをじっと見る。そしてゆっくり口を開き始める。
「正直、団にとっても悪くない話だから、断りましょうはいそうですかっていうのはちょいとばかり憚られるんだなこれが」
威勢の良かったトリッシュもむっと口を噤んだ。自分の生まれ育った古巣だ。そりゃ思うところはあるだろう。
「で、具体的にはどんなもんなんだ?」
「商会と結びつきを強めようってんだからそりゃもちろん目当ては兵站さ。勘違いしてほしくないのは、別にタダで物資を流してもらおうなんて思っちゃいないってことだ。傭兵ってのは肩身が狭くてな。戦線の困ってるときに吹っ掛けられるくらいならまだマシで、何かと理由つけて門前払いされることも少なくない。正規軍とも違って接収なんぞも出来んし。まあこれは好き勝手暴れる粗暴な同業の連中がいたり、相手方が色々手を回したりすることも一因ではあるんだが、まあともかくだ。要するに、いつでも取引を結べる信頼できる商人ってのは必要不可欠なわけだ。その伝手は多ければ多いほうがいい」
そこまではわかったがでは何故婚姻まで結ぶのか、というと
「嫁に出した娘が不自由な思いをさせまいとするのは当然の親心と思うがね」
とのこと。なるほど。身内になることでいざというときに裏切れないようにする、と。体のいい人質といえばそうだが。
「で、商会側のメリットは?」
「力はあるに越したこたあない。商売敵だって手荒な手段を取りにくくなるし、要人の護衛だってそこいらの冒険者に依頼するより安く確実に仕事をさせてもらうつもりだ」
なるほど………………あれ? 悪い話じゃないな聞けば聞くほど。
「ついでにちょいとばかり調べさせてもらったがシャイナンダーク商会は冒険者向けの装備に力入れてるようだが、冒険者なんてのは武器の正しい使い方ってのを学んでないのも多くて、思いもよらねえ故障なんかもザラで試験運用すらもなかなか大変だろう? その点、おっちゃんほどアイテムの使い方に精通した人間もいない。必要なら頭数もそろってる」
ダンジョンの宝箱の中に隠して取引したりするのも正規で市場に出す前に使い心地を確かめるため。レベッカも商人の顔つきで、思案している。
「それとだな。おっちゃんは結婚しても黙って家庭に入ってろとか言いません。というかそんな余裕はありません。副業大歓迎です」
甲斐性なしだった。
「むしろバンバン手伝わせてもらうぞ? レアな素材だって探すし、売り手だろうと針仕事だろうと暇してるやつらの働き口作ってくれるんなら大歓迎だ」
なんと。一番の課題だったレベッカの夢について賛同までしてくれた。ともすればレベッカの実家のシャイナンダーク商会以上に。
「そうだね……細かい条件は色々詰めていかにゃあならんだろうけれども、偽装結婚でもしてみるかい? 仮にこの話が立ち消えになったところでまた第二第三の婚約者候補やらが出てくるだろう。だから、その虫よけにでも使うといい。おっちゃんは一向にかまわんよ。さっきも言った通りこっちにも利のある話だし。大丈夫、手出したりしないから……いやマジで。出したらまた色々家族の目が痛いから。困ったら嫁たちに泣きつけばオレなんか一ひねりだから」
おっちゃんの家庭環境がだんだん気になってきたことはともかくとして、一つの解決策として、おっちゃんを頼るという選択肢も出てきた。
「……ワタクシは」
だというのに、レベッカのほうは心底困った表情を浮かべていた。




