それ以前の問題
というわけでヘルさんとともに迷宮の奥底のコア? と呼ばれる場所で待機。ここなら迷宮の至る所の様子を見られるらしく、モニターにゴブゾウとディーヴェルシアのようすが映し出された。
しばらくすると、冒険者と思しき一行がゴブゾウの前に現れる。
『行くぜ野郎ども!』
その声を上げたのは、ゴブゾウである。そう、ゴブゾウは一人ではなく、無数のゴブリン達を率いるゴブリンリーダーだった。
『ひゃっはー!』
一見、ならず者のように見えるがそうではない。その動きは訓練された兵そのものだ。
ゴブリン特有の小さい体躯を活かし、縦横無尽に駆け敵を翻弄する。気付けばその手には縄が握られていて、いつの間にかその身体を締め上げられ、拘束されている。
見かけ上、ただの魔物と侮っているとその動きに気付かず、じわりじわりと追い詰められていく。あるいは、その風貌すらもただのカモフラージュであるのかもしれない。
そうして、ゴブリン達は冒険者一行を捕獲し、口に猿轡を噛ませる。
はて? そういえばアイドル事業を見せるという話ではなかったか。倒すのではなく捕獲、ゴブゾウのゴブリン部隊の作戦遂行能力の柔軟さは分かったがそれと何の関係があるのか。
『~~~! ~~~~!』
冒険者たちは声を発することも出来ず、忌々しげにゴブゾウたちを見上げている。
『みんなぁ! きょうはわらわのライブに来てくれてありがとう!』
妙に場違いな声色が聞こえた。
どこからだ? と周りを見回して……ああ、何だ。モニターからか……てちょっと待て!
『~~~! ~~~!!』
なおもジタバタと足掻く冒険者たちの背後にまわり無理矢理顔をディーヴェルシアの方に向かせるゴブリン部隊。
心なしか若干申し訳なさそうである。
何だ。何だこれは。
『それじゃぁ……! 一曲目、いっくよぉ~』
そして何だこのディーヴェルシアの猫なで声……控えめに言ってキモいぞ。
やんややんやと手拍子を始めるゴブリン部隊に合わせ、ディーヴェルシアが歌い始める。
うん、なるほど……まだまだ拙い面もあるが悪くないんじゃないか。
と思えるのは傍観者の発想。
『~~~~!!!! ~~~~~!!!!!』
しかしそれ以前の問題である。冒険者たちにとってみれば楽しむどころではなく、一体何が起こっているのか全く分からないという恐怖心しかないだろう。
「何やってんだこのバカどもはぁあああああああああああああ!!!!!!!!」
※※※
俺はすぐさまディーヴェルシア達の元へ向かった。転移? の術をヘルさんに頼んだがなぜだろう、ヘルさんが怯えているような気がするんだが。
まあどうでもいい。俺はすぐさまディーヴェルシアの元に行き、演奏を止めさせる。
「あ、何? もう、熱心なファンさん。ライブ中のアイドルへのお触りは厳禁だぞ」
「いいから止めろ」
自分でも驚くくらいに低い声が出た。
それから、何とか冒険者たち一行の縛りを解いて丁重にお帰りいただいた。
「お前らバカだろう! アイドルをいったい何だと思ってんだ」
そして反省会である。ディーヴェルシア、ゴブゾウには正座である。
「お前らのやってたことを俺の世界では何て呼ぶか知ってるか? 拷問だよ!」
「奇遇だなそれは俺らの世界でも同じだ」
とゴブゾウも頷いた。
いやゴブゾウ。分かってたんなら何故、止めない。
「仕方ねえだろう。言ったと思うが逆らえる立場じゃねえし……それにアイドルって知らねえからまあ……こんなもんなのかなって」
まあそうだな。ゴブゾウに関しては仕方ない。
一番の原因はお前じゃディーヴェルシア! お前、アイドル知ってるんだろ! 何やってんだ!
「そ、そんなどならなくてっていいじゃないの……わらわだって……わらわだって」
て、えぇ……。ちょっと涙目じゃんか。どうしたらいいかあたふたしてしまう。
「てかいったい何が悪いんだ?」
ゴブゾウが疑問の声を上げる。
こんなのアイドルじゃないやい! て言うだけなら簡単だが……そうだな。
「アイドルってのは人気商売なんだよ。そもそも、このダンジョンでのアイドルの目的はそれを目当てに冒険者が来るようにってことだろう? あんな経験した奴らがまた来ると思うか? ヘタしたらトラウマだぞ。それどころか『このダンジョンやべえ』って口コミが広がるだろう」
「なるほどな……つっても俺らだって最初はここまではしなかったんだぜ。ただなぁ。相手側もこっちを切って捨てる覚悟で来てるわけだからこうでもしねえと歌も何も聞きゃしねえんだよ」
そうか……いや、それでもやっていかなくちゃならんと思うんだ。
綺麗ごとだってのは分かる。だが、アイドルってのは綺麗ごとを見せる仕事なんだ。それ位はきっと乗り越えなくちゃならないことだと思う。
俺も精いっぱい考えるからさ。
「へぇ……そっか、まあ言ったと思うけどよ。俺に出来ることがあれば呼べよ」
「ありがとな」
ひらひらとゴブゾウとその部下たちは去っていく。
さて、どうしたもんか……さすがに拘束はまずいと思うんだがどうにかしてまずは聞いてもらう手だてってやつを……
「ねえ」
「ん?」
ディーヴェルシアが声を掛けてきた。
「あんた、名前、なんて言うんだっけ」
「阿崎隆斗だよ」
「そっか……リュート」
「だから何だよ」
「…………ぁりがと」
あ? 何だって?
「これからも精々励むのね! このわらわのために! プロデューサー」
小声で何か言ったかと思えばすぐさまふりむいて捨て台詞を吐いて去って行った。
振り向きざまの不敵な笑顔は悪くないな、と思った。
うん、きっとアイツの魅力さえ伝える手段さえあれば、と。そんな希望を持つのだった。