ラブコメにはまだ早い
「ただいま……」
「おかえり……な……さ……い……リュートさん……」
ニナが明るい声で迎えてくれたがその声は次第に力を失い、俺の頬を凝視する。俺はの視線を反対の頬をかいて逃れる。
「キスマークつけて帰って来るってリュートも勇者だよねー」
だって落ちねえんだもんこれ。ステージで汗かいてもいいように強めの着色料使ってるみたいで。
そもそも拭う権利なんてないわけだが。
「え、ええっと……りゅ、リュートさん、はその、あのアイドルの方とねんごろに……?」
ニナが恐る恐る尋ねる。ねんごろて。
「まあただのファンサービスだよ」
「ふーん……じゃあさ。ボクがリュートにキスしてあげたらずっと僕たちと一緒にいてくれる」
「「「!?」」」
「ハハ、なんてね?」
「仕事が欲しいからってそういうことはしなくていいっての。握手会までならともかく、そういうのは大切に取っとけ」
枕営業とかそういう黒い噂とかドルオタとしてアンテナ広げてるといやでも耳にしたりするもんだが。そういうのとは関係なしに努力して、ステージに上がってほしいって思うんだ俺は。少なくとも、俺のプロデュースしたアイドルには。
「リュートとしてはそっちの方が好みってこと?」
「ん? んーそうだな。そういう解釈でいい」
「そっかそっか」
クリスとニナも妙にそわそわして何か微妙な空気になってるな。何だ? 一体。
※※※
その夜。おっちゃんに呑みに誘われて、俺たちは最初に来た夜に落ち合った飲み屋に来ていた。
「で、何だよ? 話って」
「いや、そうだな。色々と言いたいことはあるんだ。例えば……昼に会ったあの悪役令嬢アイドルとお前知り合いなのか? とかな」
あっけなく言い放ったおっちゃんに絶句して、おっちゃんは肩を叩いて笑った。
「別に詳しくは聞かねえよ。色々あるさ、そりゃ。ただお前さんが戻って来たんならそれでいい。ただ、そうだな。あのお嬢さんたちはあんまりこういうのには慣れてないだろ。懐に敵に転がるかもしれねえやつと酒飲むってのは。トリッシュですら、お前さんにはちょいとばかり懐き過ぎてる。だから、オレとしてはその辺、引き受けておいてやりてえのさ。期間限定サービスだがな」
「……俺に知ってること吐けってことか?」
正直に白状する気も無かったが、おっちゃんは首を横に振った。
「いいや。さっきも言ったが、別に詳しくは聞かねえよ。あのお嬢さんたちよりもお前さんだ。心配なのは。だから、何か抱え込んでんなら、吐いちまえって話」
「……いいのか? それで」
敵かもしれねえって言うなら、何でそんな……優しいんだよ。面倒抱え込んでんだよ。
「そん時はまあ、そん時だよ。そん時はまあ仕方ねえ。お前さんがオレの敵として立つんなら容赦せんだけだ。そんだけの話だ」
また呆気なく言い放った。それで分かった。このおっちゃんは、今まで幾度となく色んな人間と酒を酌み交わして、分かりあって、そして殺し合ったんだろうって。
「まあそうならんように色々とやるのもオレの仕事のうちだ。例えば……お前さんをどうにかこうにか口説き落とすとかな。いま一緒に呑んでんのだってその一環さ。情が移ればいいって打算で動いてる。これもあの勇者パーティのお嬢さん方じゃ無理だろうね」
「そうだな。ニナたちにも、そういう媚びるようなことしてほしくないしな」
ニナも。クリスも。トリッシュも。みんなきっと俺に頼ったり縋ったりしなくたって立っていける。だから俺なんかの為に媚びてへつらってって、そういう姿は見たかない。
「あー……そうだね。まあ、うん。難しいね。あの勇者のお嬢さんの場合、無自覚なひとたらしの気質もあるんだが意識しちまうとどうにも不器用そうだし。あのお嬢さんたちと進展するには、まだ何かしらの積み重ねがいるんだろう。それはしょうがねえな」
何の話してるんだ?
「いいから。ともかく、色々話しちまいな。話したくねえんなら、まあそれはそれでいいんだけどよ」
話したいこと……か。
「どうにも、俺のいたダンジョンに俺がここにいること、バレたみたいなんだ」
「そうか」
戦略的に言えば一大事だろうに、おっちゃんはただ受け流した。
「で……何だ。あいつらさ。心配してるみたいなんだ」
レベッカに会って、こうしておっちゃんと話して……ずっと蔑ろにしてた自分の中に在る感情に気付く。
「ヘルさんは人一倍寂しがってくれてるみたいで、ディーヴェルシアはデビューしたばっかで色々な意味で目が離せねえしゴブゾウもそんな二人に振り回されてんだろうなーって」
取り留めもなく、色々と話しちまった。さすがにレベッカのことは喋らないよう細心の注意は払ったが。
「まだあそこでやることがあったんじゃないかって思うんだ」
今さら、後悔してきた。
「もちろん、ニナたちにも、今は順調に進み始めたとはいえ目が離せないし……あー」
こんがらがってる。俺は、どうするべきなんだろ。
「さて……そうだな。案外何とかなんじゃねえかな」
適当か。
「いや、そういうわけじゃないんだがな。本当に。こういうのはだな。大体、道を切り開いたりすんのはオレらの役目じゃねえんだ。後々になってみれば悩んだりすんのがバカバカしくなったりするような結末になったり、そんなもんだ」
「分からん」
「く、ハハ。そうだな」
おっちゃんは酒を呷って、文句を言うのも何かバカバカしくなった。
それに、多少は心が軽くなったのも確かだった。




