先輩アイドル
突然ではあるが、おっちゃんが俺たち三人を連れて飯にでも行こうと誘ってきた。
シャレたオープンテラスのカフェ。サンドイッチにフライドポテトといった片手で掴めるファーストフードの類だ。
確かになかなか美味いんだけど。
「で、団長。一体何のつもりなの? ボクたち練習あるんだけど」
トリッシュが声を掛ける。
そうなのだ。おっちゃんだってアイドル活動について知ってるし、いたずらに時間無駄にしないと思うんだけど……意図が読めない。
「んー、そうだなー……もうそろそろだと思うんだが」
何が……て尋ねようと思った時、音楽が聞こえてきた。
「これは……まさか、アイドルですか?」
「ああそうだ。百聞は一見にしかずってな。一度見ておきたかったんだよアイドルってのを」
「ですが、何でこの場にアイドルがいるんですの?」
「さあね。何でも、ダンジョンで触発されて、外でもアイドルの真似事する輩が出て来たらしい」
へぇ…………てまさか!?
「おーほっほっほ」
この高飛車な笑いは……。
「わぁ……綺麗な方ですね」
「あの装いは『鮮血の悪役令嬢』、それに……ふふ、なるほど。知る人ぞ知るところに細やかな憎い仕掛け。貴族の遊び方というのを知っていますのね」
「しかしあれだな、結婚するならまた話は変わって来るものの、こういう見物はやっぱどこか危ない悪女ってのがいいんだよな。なあリュート」
「……ああ、まあニナたちの参考にはならないけどな」
「どったのリュート? 顔色悪いけど」
聞かないでくれ。
「よし、それじゃちょいと会いに行って話を聞いてみないか?」
何言ってんのおっちゃん。
「その道について知りたいんなら先人に聞くのが一番手っ取り早いんだよ。プロデューサーから聞くだけじゃわからねえアイドルのあれやこれや聞きたいこたあんだろう? 三人とも」
「そう、ですね」
「あの方は話が通じそうですし、会話に興じたいと思いますわ」
「よーしそれじゃあ突撃だぁ!」
さて……デザートにアップルパイでも頼もうかな。
「おい何してんだリュート」
おっちゃんは無慈悲に首根っこを摑まえる。いや、ちょ、ま……。
※※※
「さあ庶民の皆さん、ワタクシに感謝なさい」
相変わらず高らかに締めて、設置されたステージから降りていく。
そう、このアイドルの正体は……レベッカだ。俺がプロデュースしてたんだから間違いようがない。
レベッカも巧妙に路地裏まで誰にも気づかれずに移動した……ようだが、相手が悪かった。勇者パーティ、スカウトのトリッシュだけでなく傭兵団団長の青狸までついているのだ。逃げおおせるはずもない。
「あらあら……」
仮面を外そうとしていた右手を咄嗟にそのまま固定し、頭を抱える仕草にすり替える。
「あなたたち、身の程を弁えてはいかがです? 今日あなたたちに与える至極の時間はもう終わりでしてよ」
やれやれ、と首を振り、顔を大げさに覆っている。表面上は仕方のないファンに対する対応に相違ないが、レベッカを多少なりとも知る身としては分かってしまった。
割と動揺してるのを必死に隠そうとしてる。そして見てる。俺をじっと胡乱気な目で見てる!
「わたしたち、アイドルを目指しているんです」
「アイドルを……?」
一瞬、レベッカの素の表情が垣間見えたが、すぐに仕切り直し、高慢な悪役令嬢としての側面を装う。
「蒙昧なる民草がアイドルという真理に目覚めたこと。大変喜ばしいですわ。褒めて進ぜます」
「あ、ありがとうございます」
そこでお礼言っちゃうのか。全員ちょっと吹き出してしまった。レベッカもである。
「あ、あの……それで、色々とお聞きしていいですか?」
「ええ、よろしいですわよ。存分にお聞きなさい。民草の陳情を受け入れるのも、貴き者の務めですわ」
「あの、わたし緊張してしまうんですが、うまくやれるかどうかいつも不安なんです」
「……ふむ」
いささか意外そうに、首を傾げてゆっくりとレベッカは口を開く。
「なるほど。それはきっと外向けの自分と内向けの自分が一致していないからでしょう。ふらりと普段着で近所を出歩くような時に緊張はしないでしょう? 要するに自然体でないのです。ではどうするか……そうですわね。例えばの話ですけれど、外向けの自分と内向けの自分を一致させるのです。完全に、というのでは無理がありますけれど人目を気にしてばかりいないで、平時の自分ならばどうするのか。要するに、自分の気持ちに嘘をつかないこと。これが第一歩となるのかもしれませんわね」
事実、レベッカも大仰なほどの悪役令嬢になりきってはいるが、かといってレベッカ・シャイナンダークとしての自分と完全に切り離したりはしていない。レベッカはただ仮面を被っているだけで、今こうして相談に乗ったり、そういった決断の一つ一つは紛れもなくレベッカなのだ。
「そう……そう、ですよね」
それが、ニナの出した答えにもつながっている。こくこくとニナも満足そうに笑って、微笑んだ。
「お初にお目にかかりますわ。私、クリス・ブリリアントと申します」
「まあまあ、これはどうもご丁寧に」
二人とも上品に挨拶を交わす。
「あなた知っていますのね『鮮血の悪役令嬢』を」
レベッカは問いかけに対して、ふっと不敵に笑う。
「『愛されなければ愛さないというのですか? まるで誂えた物語のよう……素敵ですわね反吐が出ますわ』」
「!!」
芝居がかったレベッカの即興に、クリスはがしっとレベッカの手を握った。
「やはりあの時のこの動きは、あの……」
「ふふふ、分かる方がいてくれて嬉しいですわ。アイドルをまだまだ下賤、と見下す貴族を騙る方もいますが、派手な動きばかりに目を動かし、この真意に気付く方がどれだけいることでしょう」
「なるほど……アイドルというのは時に道化師の役目を担う、ということですのね」
「その通りです」
この世界に関する知識が無いから会話についていけん……が、レベッカめ。なるほどそこまで考えて振り付けやら衣装やらも演出してたのか。もう少し色々勉強していこうか俺も。
「じゃあ最後はボク」
トリッシュはんーっとあーでもないこーでもないと考え込んで、
「えっと、アイドルって、何?」
すごいアバウトな疑問を投げてきた。
「アイドルとは何か、ですか……」
これは少し気になる。レベッカにとってアイドルとは
「アイドルとは……ワタクシです!」
盛大に誤魔化したぁああああああ!!!
「なるほど……」
「深いですわ」
「そっかぁ……」
感心しちゃった。
「そういえば、そちらの方は……」
レベッカはすうっとおっちゃんではなく俺に指を差す。
「えっと、リュートさんは」
「もしかして、プロデューサー様ですの!?」
「はぁ?」
コツコツコツ、と胸元まで迫られる。そして気付かれないように足を踏んづけられる。あ、余計なこと言うなってそういうことですね。
「ワタクシ、プロデューサーにはお会いしたことございませんでしたの。それがまさかこんなところで出会えるなんて……とてもうれしいですわ」
手を取って、まるで初対面、という体でいくようだ。
「此処で会ったのも何かの縁ですわ。このプロデューサー様をワタクシに貸していただきたいのですけれど」
「リュートさんを……」
ニナたちは考え込んでいる、が……先程の貸しがあることを思い出して断りきれないようだ。まさかレベッカそこまで考えて……。
「決まり、ですわね。さあ参りましょうか。プロデューサー様」
「は、いやその……」
「ね?」
有無を言わせぬ迫力で、俺はそのままレベッカに連行されていった。




