ゴブリンのゴブゾウ
「……さい……」
ゆさゆさと揺さぶられているのが分かった。
「ぉ……きてください。起きてください」
んーあと五分……。
「弱りましたね、ディーヴェルシア様に叱られてしまいます。私はいいとしてもこの人には……」
と、困らせるのもここまでだな。
「おはよう」
「おはようございます」
跳ね起きた俺を見て、しばし顔を傾けて頬に手を添え、考えに耽るヘルさん。
「どうかなさいましたかね」
「ああいえ、そういえば……お名前を聞きそびれていたかと」
そういえばそうか。
「阿崎隆斗です。アザキが姓で隆斗が名前です」
「なるほど。では隆斗さまと」
何かむず痒いな。
「さて今日の予定ですが……とりあえず、私達の今までの歩みと言いますか。それを一度ご覧になっていただきたいのです。実は隆斗さまが召喚される前、私たちなりにこの世界にアイドル……? というのを広めるために色々やってきてはいたのですが中々うまくいかず耐えに耐えかねたディーヴェルシア様が異世界召喚にまで手を出した、という経緯でして」
そりゃそうだろうな。困ってなけりゃわざわざ異世界召喚までしないだろうて。
とはいえ俺はこの世界について何も知らない。だからこの世界でのやり方ってのを知ってるこのダンジョンの奴らがやってダメだったっていうのなら、俺に出来ることってあるんだろうかとも思う。
まあ結論から言うと…………それ以前の問題だったわけだが。
※※※
案内された先にいたのはふんぞり返るディーヴェルシアと……
「やあヘル様、そいつが例の?」
こちらに手を上げて挨拶をしてきたのは、ゴブリンだった。身長は俺の腰くらいまでしかなく、皺の深い緑色の肌を歪ませて、笑顔を形作る。
しかしその笑顔は本人の気性かどこかさっぱりとしたものがあり、身なりも下は腰布だが革のジャケットを羽織り、ベレー帽を被ったその姿は恐らくそこらのゴブリンとは違うのだろうというのが分かる。
「阿崎隆斗だ。よろしくな」
多少は面食らったが、魔族側でやっていく以上、こういう魔物たちとも付き合っていかなきゃならないわけだし、覚悟を決めようと手を差し出す。
うん、それに何となくだがこいつは付き合いやすい雰囲気みたいなのがあるし。
「はっはーよろしくなリュート。ちっとはビビると思ってたが上手くやれそうで何よりだぜ」
そしてゴブリンも俺の手を握りぶんぶんと振り回す。
「改めてよろしくな。俺は一応このダンジョンのフロアマスター……中ボスの一人のゴブゾウだ。まあ、最下層も最下層だけどな」
何と。まあこんなところに呼ばれてる段階でそれなりの役職もちだとは思ったが。
そうだ。ダンジョンの住人だったら聞いておきたいことがある。
「なあ、お前らアイドルとか言ってるダンジョンマスターに不満とかないのか? バッカじゃねえのコイツってさ」
一応、ディーヴェルシアとヘルさんに聞こえないようにひそひそと。
「あはは……そうだな。まあつっても、ディーヴェルシア様の手に掛かれば俺なんざ所詮、指先一つで殺せるわけだし俺に拒否権なんざそもそもねえさ」
そうか……フ○ーザを前にしたタ○マみたいなものか。
「そんな気にすんな。俺は色々なダンジョンを渡り歩いてここに辿り着いて、これは経験則なんだけどな。アレでもマシなんだぜ、ダンジョンマスターの中では。安心して命賭けられる雇い主ってえのは貴重なんだ。ま、兄さんには分からんとは思うが」
にぃっと笑う。その表情にもどこか愛嬌のあるこのゴブリン……ゴブゾウか。ゴブゾウがあのディーヴェルシアのことを信頼しているのはよく分かった。
なら、もう少しは信頼してもいいのかな、俺も。
なんてな。
「そう言えば何でゴブゾウはここに呼ばれてんだ? まさかとは思うがお前もアイドルなのか」
「うん? いやちげえさ。ただ、今までのこの迷宮のアイドル事業? で一番やりやすいのが俺らってことで今までやっててな。その引継ぎだ。ま、言ってくれれば手伝いはいくらでもするけどよ」
ゴブゾウが今までアイドル事業に……?
一体何をしてたんだ?